「欲が悪いとは言わねえし、実際それも大事だと思うけど。それに囚われてる作品ってやっぱわかるんだよな。とくに小鳥遊さんは毎年勝ちにくる絵をしてたし。……その点、去年は顕著だった気がするよ。めちゃくちゃ本気を感じたね」
「ああ……たしかに、強烈だったね。激情があふれてた」
「だろ。結生が目立ちすぎて霞んでるけど、一部の学生画家評論家なんかには『極彩色の弓士』って言われてたりすんだぞ。おまえとはまるで真逆だな」
チョコレートをぽいぽいと二粒口に放り込み、ちらりと俺の傍らに置かれたパレットへ視線を向けてくる隼。おそらく最初から気づいていただろうに、本当にこの男は無駄に空気を察するというか、タイミングを見極めるのが癖になっているらしい。
「で? どうしたよ。明日は槍でも降んのか?」
「……俺はそんな世界に影響してないよ」
「喩えだろ。そんくらい俺には信じられねえ光景に見えるんだよ。結生が絵の具いじってるとこなんて小学生以来見てないぞ」
まあ、たしかにそうだ。今いじっている絵の具も、俺のものではない。美術部から拝借してきたものだ。あまりに馴染まない筆の感触に俺自身も正直驚いている。
「小鳥遊さんがなんか関係あんの?」
「………………」
「俺はなんも知らねえけどさ。おまえ、夏前くらいからずっとおかしいじゃん。なんでも今、小鳥遊さん入院してるらしいし……どうせなんかあったんだろ? 話聞くくらいならしてやれるけど」
え、と顔を上げて隼を見れば、どこか拗ねたような表情をしていた。
「寂しいよ、俺は。なんも相談してくれねーし、なんも頼ってくれねーし。いったい小中高一緒の幼なじみってなんなんだろうなあって虚しさいっぱい」
「……隼は、俺に相談してほしいの?」
「無理にとは言わんけど。でも、ひとりでなんでも抱え込んでないで話してくれてもいいんじゃないか、とは思う。いい答えなんか返せねえかもしんねーけど」
大きく伸びをしながら、隼はだいぶ日が傾いた空を見上げた。
「話せば楽になることって、あんだろ。どんなことでもさ」
長い付き合いのある隼から、こんなことを言われたのは初めてだった。
隼はいつものらりくらりと俺のそばにいる物好きだ。そのくせ、決して懐には入り込んでこない。こちらが鬱陶しいと思わない距離を絶妙に判断する。