「…………え」

「そりゃあ『やめたんじゃない?』くらい言いたくもなるでしょ。こちとらさんざん振り回されてるんだから。だから今日は、とりあえず文句を言いに来たのよ」

 つかつかと大股で歩み寄ってきた沙那先輩は、私から二歩ほど離れたところで立ち止まり仁王立ちした。沙那先輩の足から、三倍ほど膨れた墨色の影が長く伸びる。

「言いなさい。なんでこの一ヶ月、休んだのか」

「えぇ……っと」

「先輩命令よ。あたしには知る権利がある」

 びっくりするほど横暴な物言いと主張ではあるが、いまの話を聞いてしまった後ではなかなか無碍にもしづらい。
 正直なところ言いたくなかった。というか、沙那先輩に限らず、家族以外には必要に迫られるまで言わないつもりだった。
 まさかこんな展開になるとは予測もしておらず、私は眉間を揉みながら唸る。

「……言っときますけど、面白い話じゃありませんよ?」

「面白いか否かは関係ないわ。どんな理由であれ、結生の調子を狂わせて、あたしや相良に気苦労をかけたことに変わりはないんだから」

 相良先輩は、ユイ先輩の幼なじみだ。ときおり部活中にユイ先輩の様子を見にやってくるので、私も何度か顔を合わせたことがある。
 どうも聞く限り、私がいなかったあいだユイ先輩は調子が悪かったようだから、一緒にいることが多い相良先輩に被害が及んだのはたしかだろう。
 意図したものではなくとも、申し訳ないとは思う。思うけれども。

「うーん。じゃあ、誰にも言わないって約束してもらえますか?」

「……言えないようなことなの?」

「そうですね……正直、これに関しては難しいところです。いずれは知られてしまうかもしれないけど、いまはまだ隠しておきたいなって感じで」

 ふぅん、と先輩は訝し気に目を眇める。

「いいわよ。べつに、他の誰が知りたい訳でもないだろうし」

「ありがとうございます。じゃあ少し長くなるので、座りながら話しましょうか」

 とはいえ、いったいなにから話したらいいものか。

「あんまり人に話さないので、上手く説明できる自信がないんですけど」

 美術室の古びた木製椅子は、あちこちに絵の具が散りばめられている。何年も何年も蓄積されたそれは、いっそいい味を醸し出していて、私はなんとなく好きだ。