ユイ先輩が右手で乱雑に前髪をかきあげながら、なにかを振り払うように息を吐く。

「うちの親はなにも言わないけど。そのぶん、兄がうるさいんだ」

「先輩、お兄さんいらっしゃるんですか」

「うん、年の離れた兄がふたり。とくに次男の方が最近なにかと過干渉で、やれ大学はどこに行くだの、彼女はどうだの──」

 そこまで言って、ユイ先輩はハッとしたように口を押さえた。
 またもや気まずい空気に支配される空間。
 ブリキ人形のようにぎこちない動きで振り返った先輩と、ばちり、視線が交わる。

「彼女……?」

「口が滑った。忘れて」

「いや、さすがにそんなすぐは忘れませんて。……お兄さん、私のこと知ってるんですね」

 ユイ先輩はしゅんと眉尻を下げた。なんだか怒られてしょげこんでいる子犬のようで、こんなときなのに小さく吹きだしてしまう。

「こっち来てください、ユイ先輩」

「っ……」

 躊躇いがちに寄ってきたユイ先輩は、ポスンと私の肩に額を乗せてくる。
 その頭をよしよしと撫でながら、ふと、こうして触れ合うことが当たり前になってきていることに気づいた。すべての触れ合いを覚えているわけではないけれど、私の身体はちゃんとユイ先輩の体温を覚えている。
 嬉しいような、恥ずかしいような、なんとも複雑な気持ちだ。
 こんなふうに先輩と密に近づけるなんて、一年前は思ってもみなかったのに。

「病気のことも知ってるんですか?」

「……つい、言っちゃったんだよ。今となっては激しく後悔してるけど」

「そりゃあそうでしょう。お兄さんの気持ちはわかりすぎるほどわかります」

 病気の子が彼女、なんて。
 ましてやも余命幾ばくの彼女なんて、大事な弟を思えば心配して当然のことだ。
 他ならぬ私だって、愁が余命宣告をされた子と付き合ってしまったら、口を出さずにはいられないだろう。傷ついてほしくない。傷つかずに済むのなら、と。
 とりわけユイ先輩は、お母さんを亡くしている。
 その傷を知っているお兄さんからすれば、いっそ青天の霹靂だったはずだ。このユイ先輩が彼女を作るだけでも驚きなのに、まさか、と私なら絶句してしまう。

「それから、さっきの沙那先輩の気持ちも」

「っ……なんで。鈴は俺じゃなくて、榊原さんの味方するの?」