「そうでしょ? こんなこと言いたくはなかったけど、あなたは小鳥遊さんがいない未来のことを少しも考えてないのよ。だから、そんなに悠長にしていられるんだわ」

 シン、と水を打ったように静まり返った。
 ユイ先輩の顔からいっさいの表情が抜け落ちるのがわかる。あまりにも冷えきった鋭い双眸が、本当に人形のそれみたいで、背筋がぞくりと震える。

「──……もう、出ていってくんない」

「っ……」

「俺がどんな未来を歩もうが、あんたには微塵の関係もない」

 ……先輩が本気で怒っているところを、私は初めて見たかもしれない。

「どんなときも、なにがあっても、俺の未来には鈴がいる。それはこれからさき、なにがあってもずっとだ。次同じこと言ったら、俺は君を一生許さない」

 沙那先輩は今にも泣きそうだった。
 くしゃりと顔を歪めて、けれど泣きださないのは高いプライドゆえだろうか。
 しばし強く唇を噛みしめた後、彼女は深く息をついて、私の方を向いた。
 ごめんね、と言われた気がして、私は思わず首を横に振った。

「目先のことに囚われすぎて恥も外聞も捨てているあなたには、なにを言っても無駄ね。恋は盲目っていうけど……それにしたって、救えない馬鹿だわ」

 半ば諦めたようにそう捨て置くと、沙那先輩は静かに病室を出ていった。
 まさか久しぶりに再会した直後にこんな状況になるなんて、誰が予想しただろう。
 とりあえず、ここに愁がいなくてよかった。困惑しすぎてそんな見当違いなことを安堵しながら、私はおろおろとユイ先輩を見上げる。
 ユイ先輩とふたりきりの空間で、こんなにも気まずくなったことなど、これまで一度もない。どう声をかけるべきなのかもわからずにいると、

「──……ごめん、鈴」

 やがて、ユイ先輩がこちらに背を向けたままぽつりとつぶやいた。
 さきほどの気迫はどこへやら、今にも消え入りそうな声だった。ユイ先輩の纏う空気が、だんだんといつものものへ戻っていく。私は心底ほっとした。

「鈴の前ではああいうの、見せたくなかったんだけど。……ほんと、ごめん」

 私の前では、という言葉が妙に引っかかった。

「先輩、もしかして結構怒りっぽいんですか?」

「そんなことは……いや、どうかな。あまり他人に対して逆上したりすることはないけど、人並みに苛立つことはあるよ。とくに、最近はね」