第六章 「先輩は、私がいないと寂しいですか」
夏休みが明けて学校が始まっても、私は変わらず入院したままだった。
眠っている時間が日に日に増えていくなか、ひとつだけ新たに始めたことがある。
「あら、鈴ちゃん起きてる。また絵、描いてるの?」
ひょこりと病室に顔を覗かせのは伊藤先生だ。リクライニングベッドの背を半分ほど起こし、腰だけ寄りかかりながら絵を描いていた私は曖昧に相好を崩す。
「もう絵を描く理由はないと思ってたんですけどね……」
「理由?」
「うん、だって去年が私にとって最後のコンクールだったから。次のコンクールにはもう出せないだろうなってなんとなくわかってたし。それが終わったら描く理由も気力もなくなっちゃって」
下書き途中の紙の表面をさらりと撫でた。今はまだ構想中のため、ただのスケッチブックだけれど、実際に絵具を垂らすときはキャンバスになっているだろう。
水彩紙ではなくあえてキャンバスを選ぶのは、人に贈るものだからだ。
「……私ね、先生。本当はすごく怖いんだ」
「……うん」
先生は私のベッドに腰掛けながら話を聞く体制になってくれる。
やっぱり先生はたくさんの患者さんを診てきているだけあって、場の空気を読むことに長けている人だ。
忙しいだろうに、こんな私の戯言にも真剣に向き合い付き合ってくれる。
きっと先生にしかこぼせない弱音があると、わかっているからだろう。
それは誰よりも私の体のことを理解している立場ゆえのもので、先生自身、こうして患者と話すことも仕事なのだと前に言っていた。
つねに多くの命と向き合う仕事の大変さは、私にはわからないけれど。
きっと先生は、こうして多くの患者を救ってきたのだ。命と共にある患者の心を。
「どうしてもわからないんです。自分が死ぬってこと」
「うん」