その日の授業が全て終わるや否や、坂内耀は誰よりも早く教室から出ようとしていた。その出入り口で仕掛けられた網に引っかかったごとく、クラスのいけ好かない男子生徒たちに先回りされ取り囲まれた。
「坂内、なんで俺たちを避けるんだよ」
ニヤニヤとしたわざとらしい笑み。ひとりが耀に迫るように顔を近づけ、残りのふたりは家来のようにへらへらとして調子を合わせる。
人見知りが強く、消極的な耀にとってこの状況は危機的だ。怖くて泣きそうになってくる。すでに体が思うように動かずどんどん硬くなった。ただでさえ人に話しかけられるだけで緊張し、他人の目を気にしすぎて何もできなくなる対人恐怖症だというのに、こんな奴らに絡まれたらそのうち心臓が破裂して死んでしまうかもしれない。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ?」
どんどん詰め寄られ、体は拒否反応を起こし反り返る。それでも耀は声を出せない。その代わり息がどんどん激しくなっていく。
「やっぱりこいつおかしいよな?」
耀を貶める奴らの嘲る笑い声が耳に入る。まるで耀をおもちゃのようにして楽しんでいる。こういう奴らは弱く揄えるものを見つけるとちょっかいを出さずにはいられない。高校に入学したばかりで調子に乗っている。自己顕示欲が強く、悪びれることがかっこいいと周りにアピールしているにすぎない。それが勘違いの馬鹿げた行動だとわからないのだ。
「ちょっと、そこ邪魔なんだけど……」
気の強そうな女子生徒がどけてほしいと声を掛けた。
「おっと、ごめん、ごめん」
意外にも素直にどけた。
耀たちを尻目に数人の女子生徒たちが出入り口から出て行く。その中のひとりが耀と目が合った。耀はどきっとしてすぐに目を伏せた。とてもそれが恥ずかしくてかぁっと体が熱くなった。
「今の女子たちって、レベル高いよな」
「特に最後に出て行った奴って、このクラスでも一番のかわいさだと思う」
「ああ、中瀬か」
女子達が去った後で三人は彼女たちの噂をする。
中瀬――さっき耀と目が合った女の子。幼稚園、小学校、中学校と全て同じだったから耀も彼女のことはよく知っていた。まさか高校まで同じになるなんてと新学期が始まって自分のクラスに中瀬がいたとき耀は驚いていた。いつも彼女は誰からもかわいいと言われ目立つ存在だ。耀とは住む世界が全く違う。耀のことなど眼中にはないだろうが、耀もまた彼女のつんつんとした気の強さを感じるところが苦手だった。
――どうせ僕のことなんか……。
中瀬と目が合ったとき、蔑んで見られたみたいで耀はとても居心地悪くて消えてしまいたくなった。きっと今頃みんなと一緒に自分のことを笑っている。
小学生のときも、中学生のときも、耀はいつも弄られるばかりで喋ったことがない奴らからも廊下ですれ違うと、くすっと笑われている被害妄想に囚われていた。
――周りが怖い。どうせ僕は価値のない人間だ。
目の前の三人にこのまま苛められるくらいなら……と耀は衝動的に駆られてしまう。その勢いで耀は取り囲まれていた三人から一目散に飛び出した。その弾みでドンと誰かとぶつかったけど、気にしてられなかった。
「おい、坂内、待てよ」
追いかけてくるかもしれない。捕まったら体をぶつけたことを怒って殴ってくるかもしれない。耀はただただ怖くて仕方がなかった。
早く昇降口に辿り着くことしか考えられない。でもその先に中瀬が友達と歩いていて、そこを通り抜けるのを躊躇してしまう。もたもたしていると三人の男子生徒に追いつかれる心配に焦りもあって、仕方なく廊下の端に寄ってするりと抜けた。
その途中、中瀬が話している言葉が耳に入った。
「ピンクのゾウが……」
一瞬のことだったから聞き間違えたかもしれない。でもその言葉が強く耳に残り耀ははっとしていた。
「坂内、なんで俺たちを避けるんだよ」
ニヤニヤとしたわざとらしい笑み。ひとりが耀に迫るように顔を近づけ、残りのふたりは家来のようにへらへらとして調子を合わせる。
人見知りが強く、消極的な耀にとってこの状況は危機的だ。怖くて泣きそうになってくる。すでに体が思うように動かずどんどん硬くなった。ただでさえ人に話しかけられるだけで緊張し、他人の目を気にしすぎて何もできなくなる対人恐怖症だというのに、こんな奴らに絡まれたらそのうち心臓が破裂して死んでしまうかもしれない。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ?」
どんどん詰め寄られ、体は拒否反応を起こし反り返る。それでも耀は声を出せない。その代わり息がどんどん激しくなっていく。
「やっぱりこいつおかしいよな?」
耀を貶める奴らの嘲る笑い声が耳に入る。まるで耀をおもちゃのようにして楽しんでいる。こういう奴らは弱く揄えるものを見つけるとちょっかいを出さずにはいられない。高校に入学したばかりで調子に乗っている。自己顕示欲が強く、悪びれることがかっこいいと周りにアピールしているにすぎない。それが勘違いの馬鹿げた行動だとわからないのだ。
「ちょっと、そこ邪魔なんだけど……」
気の強そうな女子生徒がどけてほしいと声を掛けた。
「おっと、ごめん、ごめん」
意外にも素直にどけた。
耀たちを尻目に数人の女子生徒たちが出入り口から出て行く。その中のひとりが耀と目が合った。耀はどきっとしてすぐに目を伏せた。とてもそれが恥ずかしくてかぁっと体が熱くなった。
「今の女子たちって、レベル高いよな」
「特に最後に出て行った奴って、このクラスでも一番のかわいさだと思う」
「ああ、中瀬か」
女子達が去った後で三人は彼女たちの噂をする。
中瀬――さっき耀と目が合った女の子。幼稚園、小学校、中学校と全て同じだったから耀も彼女のことはよく知っていた。まさか高校まで同じになるなんてと新学期が始まって自分のクラスに中瀬がいたとき耀は驚いていた。いつも彼女は誰からもかわいいと言われ目立つ存在だ。耀とは住む世界が全く違う。耀のことなど眼中にはないだろうが、耀もまた彼女のつんつんとした気の強さを感じるところが苦手だった。
――どうせ僕のことなんか……。
中瀬と目が合ったとき、蔑んで見られたみたいで耀はとても居心地悪くて消えてしまいたくなった。きっと今頃みんなと一緒に自分のことを笑っている。
小学生のときも、中学生のときも、耀はいつも弄られるばかりで喋ったことがない奴らからも廊下ですれ違うと、くすっと笑われている被害妄想に囚われていた。
――周りが怖い。どうせ僕は価値のない人間だ。
目の前の三人にこのまま苛められるくらいなら……と耀は衝動的に駆られてしまう。その勢いで耀は取り囲まれていた三人から一目散に飛び出した。その弾みでドンと誰かとぶつかったけど、気にしてられなかった。
「おい、坂内、待てよ」
追いかけてくるかもしれない。捕まったら体をぶつけたことを怒って殴ってくるかもしれない。耀はただただ怖くて仕方がなかった。
早く昇降口に辿り着くことしか考えられない。でもその先に中瀬が友達と歩いていて、そこを通り抜けるのを躊躇してしまう。もたもたしていると三人の男子生徒に追いつかれる心配に焦りもあって、仕方なく廊下の端に寄ってするりと抜けた。
その途中、中瀬が話している言葉が耳に入った。
「ピンクのゾウが……」
一瞬のことだったから聞き間違えたかもしれない。でもその言葉が強く耳に残り耀ははっとしていた。