翔平の家を後にして、暮れかけていく街の中を耀は中瀬と肩を並べて歩いていた。
「ケーキ美味しかったな」
耀の隣で中瀬はクスッと笑っていた。
「でもすごかったよね、あのケーキ」
翔平の母親が後に買ってきたケーキはホールの誕生日ケーキだった。
いきなり目の前に大きな箱からまん丸のケーキが出てきたときは、みんなびっくりしてたけど、礼子は翔平の誕生日だと思ってとても喜んでいた。
実際はもっと先のことだけど、礼子が喜ぶからみんな雰囲気で翔平の誕生日を急遽祝うことにした。
誕生日ケーキは、明日の予約だったものを間違えて作ってしまったらしく、たまたまそこに訪れた翔平の母親がそれを聞いていて、折角だからそれを買ってきた。
お店の人は喜んで値引きしてくれたそうだし、楽しい雰囲気になって場が盛り上がったし、耀も中瀬も翔平も問題を解決したように全てがまさにそのケーキのごとく丸く収まっていた。
「全てが丸く収まるケーキか。なんか面白いな」
耀の視線は宙を泳いでいる。
「坂内君、今見えてるんでしょ。大きな丸いケーキを囲んでいる人たちとピンクのゾウの姿」
「うん。やっぱりわかる?」
「人が沢山集まってケーキとお茶を囲んで話をするのってやっぱり楽しいね」
「中瀬さんもそんな風に思うんだ」
「私がそんなこと思っておかしい?」
「おかしくはないよ。だけどいつも気高い女王様って感じがしてたから……」
耀の頭の上に中瀬のチョップが下った。
「何それ、私のことよく思ってなかった感じだね」
「いや、その違うんだ」
耀は頭を抱え身を竦める。実際は苦手だと思っていたから、慌てると却ってばれてしまう。
「何が違うのよ、いつも避けてたくせに」
「だって、そっちが睨むから怖くて」
「私はずっと坂内君としゃべりたくて見ていただけなのに」
ふんと首を横にふり、中瀬は拗ねるしぐさをする。でも実際腹を立てながら睨んでいたかもしれないと気づいてしまった。中瀬も少し気まずくなっていた。
「えっ、そ、そうなの? なんで?」
「なんでって、私が坂内君と話したいって思っちゃだめなの?」
「ダメっていう問題じゃなくて、そのなんで僕なんかとその……」
「ああーん、もう、坂内君はそういうところがわかってないな。なんならもう一度手を繋いで『ぞうさんの歌』一緒に歌う?」
「えっ?」
中瀬は恥ずかしくなって歩く速度を速める。その後を耀は小走りでついていく。
「ねぇ、待ってよ、中瀬さん。その、僕さ」
折角仲良くなれたから、いまさら中瀬に耀は嫌われたくなかった。不思議と縋りたい気持ちになって衝動であとをついてきてしまうのだけど、上手く何を言っていいのかわからない。
側でピンクのゾウが鼻を使って耀を後押している。しっかりしろといわれているイメージを見たとき、それは自分がそうしたい気持ちだと気がついた。
「僕も、もっと中瀬さんと喋ってみたいな」
これが耀のするべきことだと確信したとき、耀は自信がなく丸めていた背中をぐっと伸ばしてみた。
「今、坂内君の後ろにピンクのゾウがいるでしょ。長い鼻を力強く坂内君の背中に押し当てたんじゃない?」
「うん。そうだよ」
坂内が素直に認めるのが中瀬は嬉しかった。
「あのさ、その『ぞうさんの歌』だけど、本当の意味がわかったんじゃない?」
中瀬に言われるけど、耀は首を横に振る。
「いや、坂内君はもうわかっていると思うよ。だって、顔つきが今、違って見えるもん」
中瀬の言っている意味がわからないけども、確かに自分の中で何かが変わった気になった。
なんでそう思ったのだろう。
耀は考える。
ピンクのゾウが見える人たちと出会ったこと。それは様々な見え方で、その定義は何でもいいということ。何も恥じることはない。
それを受け入れたとき、それでいいと安心して納得する。
それって、自分の価値は自分で決めるということだ。例え相手がどう思おうとも、それは自分の本当の価値に当てはまらない。自分のことは自分で決められる。そこは自由でなくちゃいけない。
周りに惑わされない自分だけの世界。
そしてぞうさんは誰が言おうと鼻が長い。母さんも鼻が長い。それは鼻が長いことは当たり前で、ぞうにとってはいいことだと認めている。そのままの姿だ。
鼻の長いお母さんが大好き。そこは自分のルーツだから当然、同じ鼻が長い自分も好きになって当たり前だ。それを受け入れる。
ぞうさんの歌は認めて受け入れて全てをありのままに愛している。
「はっ!」
電流が体を流れてビリビリと感電したかのように、耀はすごい発見をしたことに自分自身驚いた。
自分はありのままの自分でいい。
そうだ自信を持て!
少し先を歩く中瀬が耀に振り返る。夕日が差し込んで輝く彼女が眩しい。トワイライトの不思議な時間帯に踏み込んでいく中瀬。耀は一緒にそこへ行きたいと気持ちが抑えられなかった。
「あのさ、もし僕が将来、すごい画家になったらさ……」
その時は中瀬はもっと自分に興味をもってくれるのか、耀はちょっと例えて訊きたくなったのだけど、話し終える前に中瀬が言った。
「もう幼稚園の頃から坂内君はすごい画家だよ。それ以上すごくなって有名になったら、なんか嫌かも」
「えっ?」
「その価値を知ってたのは私だけだったんだから」
自分の訊きたい答えよりもずっと耀には嬉しい答えだった。
その時、耀は恋に落ちていく瞬間を感じた。どくんと心臓が飛び出した。ピンクのゾウが鼻で耀のハートを引っ張ってるのが目に見えた。
「さて、ここからどういうことを想像する?」
中瀬は悪戯っぽく笑みを投げかける。
耀が胸を押さえていると、中瀬はにやっとしながら話し出した。
「これから坂内君と八頭君が私を好きになって、ふたりで私を取り合うの。三角関係の始まりね。かっこいい八頭君の前だと坂内君は少し気が引けて、私に近づけなくなるの。お互いすれ違い、紆余曲折があってさ……」
「ちょっと待って、それ何の話?」
「これからの青春物語に決まってるでしょ。所々でピンクのゾウが出てきて、ラブコメ風になってもいいかな」
「……」
耀はついていけなくて引いていた。
「ちょっと、別にいいでしょ、色々と想像しても。坂内君には自分の空想を言いたかっただけ。坂内君だっていつも色々想像してひとりで楽しんでいるじゃない」
「そうだけど、でもその展開は、ちょっとなんていうのか」
あまりにもどこかのベタな青春漫画の筋書きみたいで木っ端恥ずかしい。
「だったら、坂内君は八頭君が私に言い寄ってきても平気なの?」
「えっ、それはその、嫌かも」
中瀬に乗せられて耀の本音が出てしまう。
「それじゃ頑張りなさい」
トンと中瀬に背中を叩かれた。
困惑する耀。でも言葉の意味を考えたらもっと耀に積極的になってほしいということだ。それならば耀はその期待に応えたい。
今ふたりはまどろんだロマンチックな世界に入り込み、気持ちが高ぶって普段決して話さないような言葉が浮かんで口にしてしまう。
これもまたピンクのゾウの仕業に違いない。そういうことにしておいた。
「モモちゃん」
昔、耀は中瀬のことをそう呼んでいた。
「何? ヨウちゃん」
自然と中瀬は返事をした。中瀬には優しい笑みがこぼれている。それは耀だけに向けられたものだ。
ピンクのゾウが鼻で耀の肘を突く。もちろん自分が想像していることで、本当は自分でもぐいぐい攻めたくてたまらない。
耀は覚悟を決めてぐっとお腹に力をこめた。
「ねぇ、手を繋いで『ぞうさんの歌』また一緒に歌ってくれる?」
深い意味に到達した今だから、中瀬と一緒に歌ってみたい。
返事の代わりに中瀬は耀に手を差し伸べていた。
「ケーキ美味しかったな」
耀の隣で中瀬はクスッと笑っていた。
「でもすごかったよね、あのケーキ」
翔平の母親が後に買ってきたケーキはホールの誕生日ケーキだった。
いきなり目の前に大きな箱からまん丸のケーキが出てきたときは、みんなびっくりしてたけど、礼子は翔平の誕生日だと思ってとても喜んでいた。
実際はもっと先のことだけど、礼子が喜ぶからみんな雰囲気で翔平の誕生日を急遽祝うことにした。
誕生日ケーキは、明日の予約だったものを間違えて作ってしまったらしく、たまたまそこに訪れた翔平の母親がそれを聞いていて、折角だからそれを買ってきた。
お店の人は喜んで値引きしてくれたそうだし、楽しい雰囲気になって場が盛り上がったし、耀も中瀬も翔平も問題を解決したように全てがまさにそのケーキのごとく丸く収まっていた。
「全てが丸く収まるケーキか。なんか面白いな」
耀の視線は宙を泳いでいる。
「坂内君、今見えてるんでしょ。大きな丸いケーキを囲んでいる人たちとピンクのゾウの姿」
「うん。やっぱりわかる?」
「人が沢山集まってケーキとお茶を囲んで話をするのってやっぱり楽しいね」
「中瀬さんもそんな風に思うんだ」
「私がそんなこと思っておかしい?」
「おかしくはないよ。だけどいつも気高い女王様って感じがしてたから……」
耀の頭の上に中瀬のチョップが下った。
「何それ、私のことよく思ってなかった感じだね」
「いや、その違うんだ」
耀は頭を抱え身を竦める。実際は苦手だと思っていたから、慌てると却ってばれてしまう。
「何が違うのよ、いつも避けてたくせに」
「だって、そっちが睨むから怖くて」
「私はずっと坂内君としゃべりたくて見ていただけなのに」
ふんと首を横にふり、中瀬は拗ねるしぐさをする。でも実際腹を立てながら睨んでいたかもしれないと気づいてしまった。中瀬も少し気まずくなっていた。
「えっ、そ、そうなの? なんで?」
「なんでって、私が坂内君と話したいって思っちゃだめなの?」
「ダメっていう問題じゃなくて、そのなんで僕なんかとその……」
「ああーん、もう、坂内君はそういうところがわかってないな。なんならもう一度手を繋いで『ぞうさんの歌』一緒に歌う?」
「えっ?」
中瀬は恥ずかしくなって歩く速度を速める。その後を耀は小走りでついていく。
「ねぇ、待ってよ、中瀬さん。その、僕さ」
折角仲良くなれたから、いまさら中瀬に耀は嫌われたくなかった。不思議と縋りたい気持ちになって衝動であとをついてきてしまうのだけど、上手く何を言っていいのかわからない。
側でピンクのゾウが鼻を使って耀を後押している。しっかりしろといわれているイメージを見たとき、それは自分がそうしたい気持ちだと気がついた。
「僕も、もっと中瀬さんと喋ってみたいな」
これが耀のするべきことだと確信したとき、耀は自信がなく丸めていた背中をぐっと伸ばしてみた。
「今、坂内君の後ろにピンクのゾウがいるでしょ。長い鼻を力強く坂内君の背中に押し当てたんじゃない?」
「うん。そうだよ」
坂内が素直に認めるのが中瀬は嬉しかった。
「あのさ、その『ぞうさんの歌』だけど、本当の意味がわかったんじゃない?」
中瀬に言われるけど、耀は首を横に振る。
「いや、坂内君はもうわかっていると思うよ。だって、顔つきが今、違って見えるもん」
中瀬の言っている意味がわからないけども、確かに自分の中で何かが変わった気になった。
なんでそう思ったのだろう。
耀は考える。
ピンクのゾウが見える人たちと出会ったこと。それは様々な見え方で、その定義は何でもいいということ。何も恥じることはない。
それを受け入れたとき、それでいいと安心して納得する。
それって、自分の価値は自分で決めるということだ。例え相手がどう思おうとも、それは自分の本当の価値に当てはまらない。自分のことは自分で決められる。そこは自由でなくちゃいけない。
周りに惑わされない自分だけの世界。
そしてぞうさんは誰が言おうと鼻が長い。母さんも鼻が長い。それは鼻が長いことは当たり前で、ぞうにとってはいいことだと認めている。そのままの姿だ。
鼻の長いお母さんが大好き。そこは自分のルーツだから当然、同じ鼻が長い自分も好きになって当たり前だ。それを受け入れる。
ぞうさんの歌は認めて受け入れて全てをありのままに愛している。
「はっ!」
電流が体を流れてビリビリと感電したかのように、耀はすごい発見をしたことに自分自身驚いた。
自分はありのままの自分でいい。
そうだ自信を持て!
少し先を歩く中瀬が耀に振り返る。夕日が差し込んで輝く彼女が眩しい。トワイライトの不思議な時間帯に踏み込んでいく中瀬。耀は一緒にそこへ行きたいと気持ちが抑えられなかった。
「あのさ、もし僕が将来、すごい画家になったらさ……」
その時は中瀬はもっと自分に興味をもってくれるのか、耀はちょっと例えて訊きたくなったのだけど、話し終える前に中瀬が言った。
「もう幼稚園の頃から坂内君はすごい画家だよ。それ以上すごくなって有名になったら、なんか嫌かも」
「えっ?」
「その価値を知ってたのは私だけだったんだから」
自分の訊きたい答えよりもずっと耀には嬉しい答えだった。
その時、耀は恋に落ちていく瞬間を感じた。どくんと心臓が飛び出した。ピンクのゾウが鼻で耀のハートを引っ張ってるのが目に見えた。
「さて、ここからどういうことを想像する?」
中瀬は悪戯っぽく笑みを投げかける。
耀が胸を押さえていると、中瀬はにやっとしながら話し出した。
「これから坂内君と八頭君が私を好きになって、ふたりで私を取り合うの。三角関係の始まりね。かっこいい八頭君の前だと坂内君は少し気が引けて、私に近づけなくなるの。お互いすれ違い、紆余曲折があってさ……」
「ちょっと待って、それ何の話?」
「これからの青春物語に決まってるでしょ。所々でピンクのゾウが出てきて、ラブコメ風になってもいいかな」
「……」
耀はついていけなくて引いていた。
「ちょっと、別にいいでしょ、色々と想像しても。坂内君には自分の空想を言いたかっただけ。坂内君だっていつも色々想像してひとりで楽しんでいるじゃない」
「そうだけど、でもその展開は、ちょっとなんていうのか」
あまりにもどこかのベタな青春漫画の筋書きみたいで木っ端恥ずかしい。
「だったら、坂内君は八頭君が私に言い寄ってきても平気なの?」
「えっ、それはその、嫌かも」
中瀬に乗せられて耀の本音が出てしまう。
「それじゃ頑張りなさい」
トンと中瀬に背中を叩かれた。
困惑する耀。でも言葉の意味を考えたらもっと耀に積極的になってほしいということだ。それならば耀はその期待に応えたい。
今ふたりはまどろんだロマンチックな世界に入り込み、気持ちが高ぶって普段決して話さないような言葉が浮かんで口にしてしまう。
これもまたピンクのゾウの仕業に違いない。そういうことにしておいた。
「モモちゃん」
昔、耀は中瀬のことをそう呼んでいた。
「何? ヨウちゃん」
自然と中瀬は返事をした。中瀬には優しい笑みがこぼれている。それは耀だけに向けられたものだ。
ピンクのゾウが鼻で耀の肘を突く。もちろん自分が想像していることで、本当は自分でもぐいぐい攻めたくてたまらない。
耀は覚悟を決めてぐっとお腹に力をこめた。
「ねぇ、手を繋いで『ぞうさんの歌』また一緒に歌ってくれる?」
深い意味に到達した今だから、中瀬と一緒に歌ってみたい。
返事の代わりに中瀬は耀に手を差し伸べていた。