翌日、お昼過ぎから私達は最寄りの商業施設を訪れた。二人で学校の外に繰り出したことは初めてだったこともあり、何をみても何をしていても心が踊った。一通り館内を歩いたあと昼食をとろうということになり、お腹を満たし満足した私達は二階フロアの服屋へと向かった。明日のバーベキューはいつもと同じようにパーカーで行くつもりだと言った私に、「そんなんじゃ駄目だよ代わりに選ぶ」と瑠衣が呆れ顔で言ったからだ。一度言い出したらてこでも動かない瑠衣の性格は、恐らくクラスで一番私が知ってる。

 だから、私は今こうして試着室にいる。

 鏡に映る私はまるで別人だった。白いワンピースにカーキ色のカーディガン、黒色の小物を合わせるいう瑠衣の考えてくれたコーディネート。  

 普段の私ならこんな女の子らしい格好なんてしない。中学の時は雑誌を読み漁り、トレンドに沿った服を季節ごとに取り入れたりしていたが、最近は出来るだけ身軽で動きやすい服ばかりを選ぶようになった。きっかけがあるしたら母が亡くなってからだと思う。全てがどうでも良くなった。

「どんな感じ?」と瑠衣の声がカーテン越しに聴こえ、私は少しずつ試着室の袖を開く手に力をいれる。

「…どうかな?」 
「美咲、すっごくいい感じ。絶対似合うと思ったんだ」

 瑠衣は左右の手のひらを顔の前で合わし、パンと音を鳴らした。目を輝かせ、自分の抱く感情をそのままに。手を加えることなく弾き出されたそれを受け止めた私の心にはひかりが射し込む。そう、私の描いた絵を褒めてくれる時と同じ。瑠衣は私にとってのひかりそのものだ。

「それなら良かった、ありがとう」

 親以外に褒められることなんて今までの人生でほとんど経験がない。だから真っ直ぐに私をみつめてくれる瑠衣の視線がむず痒かった。でも、それ以上の気持ちが私の目尻を下げさせるのだけれど。

 瑠衣のお墨付きを貰った私は一通りのコーディネートの会計を済ませ、カフェでコーヒーを啜りながら改めて服のお披露目会をして、施設をあとにした。

 時刻は17時を回り、一日中動き続けていた私達はくたくたになり帰りのバスに揺られていた。車内は私達と同じように施設からの帰りの人達で埋まっていたが、みんな同じ気持ちなのだろう。しんと静まり返った車内では子供の声だけが、その場を灯していた。

「あー疲れた。でも楽しかったね」 

 そう呟いた瑠衣は足を伸ばし私の肩にこてんと、頭を乗せた。ふわりと鼻をかすめる瑠衣のシャンプーの香り、子供みたいに私に身体を預ける姿をみていると無性に愛おしくなった。恋愛感情でないことは確か。私は葉山くんのことが好きだから。でも、瑠衣に抱く気持ちは友達以上のなにか別のものだった。ずっと一緒にいたい。高校を卒業したからとか、彼氏ができたからとか、社会人になったからなんて小さなきっかけで瑠衣との絆を切りたくない。

 何故か私は今、無性にそう思ってる。

「瑠衣、ありがとね」

 ずっとこの関係が続けばいいと思った。

 瑠衣が隣にいてくれれば、私はいつでも前を向いて歩くことが出来る。

「全然何もしてないよ。美咲が可愛いから私の選んだ服が似合ったってだけ」

 上目遣いで私の顔を見上げ、首をかしげる瑠衣をみて私は思った。わざととぼけたり何もしてないって言うのも分かってた。でも、私の目に映る世界は、この二年闇に満ちていた世界は、瑠衣が現れたことでひかりが差したんだ。

 だから私はその想いを、感謝を、伝えたい。

「違う。そうじゃなくて……友達になってくれてありがとう。私、瑠衣が友達になってくれたおかげで変わった気がする。自分でも分かるの。」  

 日向の匂いが鼻をくすぐる。窓から吹き込む風に乗って伝ってきたのだろうか。

「瑠衣?」 

 会話が途切れたことを不思議に思い、声を掛けた。

「ごめん、何……でもない。何でもないんだけど美咲がそんな風に思ってくれて私は嬉しいよ」

 啜り声が聴こえるより少し前に瑠衣が泣いてることに気付いていた。私の肩が瑠衣の涙で湿り始めていたからだ。瑠衣は泣いていた。小窓から射し込む西日に照らされ、頬を伝う涙がきらりと光る。その姿をみていると、途端に鼻の奥が痺れ目が潤み始めてきた。 

「ちょっと瑠衣泣かないでよ、私まで泣けてきたじゃんか」

 瑠衣は人差し指で涙を拭いながら、ごめんごめんとおどけるように笑った。

 なんとなく、今しかないないと思った。

 白い肌を夕陽でほんのりと茜色に染め、足元に視線を向ける瑠衣をみて今言わなきゃって思った。

「瑠衣、ずっと一緒にいてね。私と……ずっと友達でいてね」 
「……うん。」

 ほんの数秒。
 ほんの数秒だった。
 でも、消え入るようなその小さな声が、ほんの数秒の間が、そして「うん。」と呟き向けてくれた微笑みの奥に見え隠れした淋しげな表情が、言葉には言い表せない程の胸騒ぎを覚えさせた。

 今日も茜色に染まる空は息を呑むほど綺麗だったのに。