夜の(とばり)はすでに降り、もう辺りはすっかり暗くなっていた。食堂の白熱灯の周りには小さな虫達がひかりを求めて飛んでいる。

「美咲は、何にするの?」
「えーどうしよ、今日はガツンとしたもの食べたいから唐揚げ定食にしようかな、瑠衣は?」
「私はさば味噌」
 そう呟いた瑠衣は、既に発券機のボタンを押していた。
「よく毎日同じ料理ばっかり食べれるね。ずっとさば味噌定食じゃない?」
 この二週間、瑠衣は毎日この食堂でさば味噌を食べている。成長期である高校生のお腹を満たせるようにと、種類も豊富でボリュームのある料理が券売機には沢山並んでいるのに、瑠衣がボタンを押すメニューは決まってさば味噌定食だ。 

「だって好きなんだもん。和食。さば味噌。」

 まるで歌を歌うように話す瑠衣に、私は返す言葉が見つからない。

 ワンフロアで七十席ほどの広さを持つ食堂には、二人がけ、四人がけ、八人がけと人数に分けられたテーブルが配置されている。お世辞にも設備が整った綺麗な食堂とは言えないが、昔ながらというか哀愁の漂う食堂だと、私は思ってる。

 小さなテーブルで向かい合い私は唐揚げを口に運んでいた時、「あっ葉山くん。」とふいに瑠衣が言った。

「えっ?」
 瑠衣が何気なく放ったその言葉に、私は途端に胸がきゅっとなってしまう。葉山くんは、私の気になる人だからだ。

 男女共に人気があり、いつも葉山くんの席の周りには人で溢れてる。それに、葉山くんの描く絵はモノトーンを基調とした本人の明るさとは真逆の雰囲気が漂い、私はそこに少しばかりの闇を感じる。そのギャップが好きだった。

 でも、私なんかは視界にすら入らない。そんなことは分かってる。 

 「葉山くん、おはよう!」

 瑠衣は唐突に食堂に響くほどに大きな声を発した。

「……っ」

 ちょっと、瑠衣何してるの?
 やめて、私なんかが声をかけたら嫌われる。
 そう思うと、怖くて後ろを振り返れない。

「おう、おはよう!」
「丁度明日話しかけようと思ってたんだけど、いま時間ある?」
「あぁ全然大丈夫。ご飯食べにきただけだから」
 私は瑠衣と葉山くんの言葉の掛け合いを黙って聞いていた。

「今週の日曜日さ、クラスのみんなでバーベキューしない?すぐそこの川沿いで。」
「えっ?」

 私は唐突に掲げられた瑠衣の提案に思わず声を発してしまった。

「あぁ、全然いいけど。どうせ暇だし」
「良かった、じゃあ女子は私達が声かけるから男子は葉山くんが声かけてよ」
「ねっ?」

 瑠衣が私に目配せをしてきたので、力なく頷いた。もう何が起きてるのか分からない。 

「分かった、じゃあ楽しみにしてる!」

 ここで初めて葉山くんの鼻筋の通った綺麗な顔が、私の視界に広がった。切れ長の目を弧を描くように曲げて私に微笑みが向けられる。胸がきゅっとなり、私はスカートの裾を両手で握りしめた。手が汗で滲み、葉山くんの顔から無意味に目の前にある食べかけのご飯に視線を滑らせたりと、動揺を隠せなかった。

「良かったね、美咲」 

 葉山くんが券売機へと向かったのを確認してから、瑠衣が囁くように呟く。

 私はまだ心臓が高鳴っていた。少し話すだけでこんなに緊張するなんて思いもしなかった。

「良かったねってなにが?」
「だって美咲、前寝る前に葉山くんのこと気になってるって言ってたじゃん。」
 あっ、と心の中で呟いた。いつだったか、消灯時間になり二段ベッドの上と下で他愛もない話しをしている時、唐突に瑠衣が「美咲って気になる人とかいないの?」と聞いてきた。私の中で真っ先に頭に浮かんだのは葉山くんだった。夜の闇に恥ずかさも紛れてくれると思い、勇気を振り絞って彼の名前を口にしたのだ。

「確かに言ったけど、いきなり声掛けないでよ。びっくりするじゃん。」 
「あははっ」
 瑠衣が表情をくしゃりと崩し笑みを溢した。
「なによ?」
「だって美咲、嬉しそう」
「からかわないでよ、嬉しいのは嬉しいけど」
「からかってないよ。美咲が嬉しそうで私も嬉しくなっただけ」

 瑠衣はそう言葉を切ると、さば味噌を口に運び歓喜の声をあげた。