「美咲ー、起きて!遅刻しちゃうよー」

 身体を揺すられて目が覚めた。意識が今日という日に産み落とされてすぐに、ドライヤーの音が鼓膜に触れて、甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。 

 ベッドからゆっくりと身体を起こすと、テーブルの上に三面鏡を置き、髪の毛を乾かしている瑠衣と目があった。

「やっと起きた!美咲、全然起きないからどうやって起こしてあげようかっていろいろ考えてたとこ」 
「そうだったんだ……、ごめんね。もう、起きたから」
 ドライヤーの風にあてられて手触りの良さそうな髪がさらさらと揺れ動いている。それをみながら、あぁそういえばルームメイトが増えたんだったと今更ながら意識も虚ろにぼぅっと考えた。一年近くも一人で過ごしていたせいか、部屋の中に誰かいるという感覚が久しぶりすぎてまだ慣れない。瑠衣が窓のカーテンを開けてくれたのか、部屋の中に白いひかりが差し込んでいる。

「二日目かー、今日はクラスの皆と友達になりたいな」
 ベッドから重たい身体を無理やり起こし、寝巻きから制服へと着替えていると、ふいに瑠衣が言った。
「瑠衣ならきっとすぐに皆と仲良く出来るよ。昨日だって本当は皆喋りたかったんじゃない?」
 この高校に入ってから初めての転校生ということもあって、昨日は男女問わず皆が瑠衣に興味を示していた。「どこから来たの?」「何してる時が一番楽しい?」「どんな人がタイプ?」と休み時間になる度に瑠衣の席の周りには人集りが出来て質問攻めにあっていたのに、ひとつふたつと返したのちに人集りから逃げるように教室の中では一番離れた席にいる私の元へと来た。

「何で日高さんと友達になりたいんだろ?」

 誰かが言った。私ですらそう思っているのだから、クラスメイト達からすれば尚更のことだろう。クラスで一番目立たず、この世界で生きていくことの意味すら見い出せずつまらなそうにしている私なんかと友達になりたいなんて、私が言うのもなんだか瑠衣は変わっていると思う。本当に、何で私なんかと友達になりたかったんだろう。

「美咲、もう用意出来た?」
 白いシャツに紺色のプリーツスカート、制服に着替え終えた瑠衣が優しげな面持ちで問いかけてきた。

「うん!じゃあ、いこっか」
 丁度、私もくしで髪をとき終わったところで、鞄を手にして二人横並びになって学校へと向かった。心の中で芽生えた小さな疑問には蓋をして。

 瑠衣が私達の高校に転校してきてから二日目。教室の扉を開けると同時に、昨日と同じ勢いは衰えてなかったことを私達は知る。机に腰を掛け大きな声で笑っていた男子達も、ロッカーの前で楽しげに話していた女子達も、皆がおはようと声をかけ、瑠衣の元へと寄ってくる。それに応えるかのように、瑠衣も満面の笑みを向けている。私はそんな瑠衣の隣に自分が立っていることが凄く申し訳なく思ってしまい、足早に自分の席へと向かった。

 席に腰を下ろし、窓辺に視線を向ける。目の前には透き通るような青い空が広がっているのに、私の心の中では夕立みたいに雨が降った。何故か、無性に悲しくなったのだ。今までだってずっと一人だった。それを望んだのは自分だったはずなのに、昨日から丸一日一緒にいた瑠衣との世界から弾き出されたかのような感覚になり、胸がしくしくと痛んだ。

 小さくため息を溢し、身勝手な自分が大嫌いになりかけた時だった。

「なにみてるの?」

 耳元で瑠衣の声がして、咄嗟に振り返る。大きな目が何度か瞬きをして、その中にある茶色の澄んだ瞳の中に泣きそうな顔をしている私が映ってる。そこにいたのは瑠衣だった。まただ……。私は心の中でぽつりと呟く。昨日と同じ。さっきまでクラスメイト達に囲まれていたのに、一人でいる私の傍にきてくれた。今は、悲しくて泣きそうになっているんじゃない。嬉しさと瑠衣の優しさが心に染みて、目の中が涙で一杯になっていた。瑠衣越しにみえるクラスメイト達は、不思議なそうな顔をしてこちらをみている。

「昨日もここから景色みてたよね?美咲はこういうのが好きなの?」

 背を向けている瑠衣は気付いてないのか、知ってて知らないフリをしているのか、一度私に微笑んでさっきまで私がみていた窓辺からの景色に視線を置いている。

「うん……。好きなんだ、ここからみえる景色。」

 言いながら、思った。瑠衣になら全てを話せる、瑠衣が傍にいてくれたら私の世界が壊れる前のような人生を送れるかもしれないと。そして、こんな私なんかに友達になりたいと言ってくれたその想いに応えたい、私も瑠衣と友達になりたいと。心から、そう思った。