『ケイナ』はカートの家に引き取られた。
ユージーは養子にはしなかった。サナと結婚させたいという思惑があったのかもしれない。
だがその思惑は外れて、サナはカインの息子アキラと結婚した。サナは昔からアキラのことが好きだったようだ。
『ケイナ』はクルーレのあとを継いでその仕事を担っていたが、飲み込みの早い彼はあっという間に頭角をあらわした。彼がユージーの跡を継ぐのかどうかは分からないが、カートを担う重要な人間になっていくことは間違いないだろう。
アキラと『ケイナ』は、年齢が同じということもあって気が合うようだった。
ふたりとも多忙だったのでなかなか会うことはできなかったが、『ケイナ』は時間ができればアキラのオフィスに訪れた。父親のケイナと違って息子の『ケイナ』はかなり社交的だ。ケイナと同じ顔でにこにこ笑う彼を見ているとカインは面食らってしまうことがある。屈託のない性格はきっとセレスから譲り受けたのだろう。
「『ケイナ』がこっちに来ると、面倒臭いんだよ」
アキラは一度カインにこぼした。
「あの顔であの愛想の良さは、どうかしたほうがいいんじゃないかと思える。若いスタッフの女の子たちが騒ぐからうるさくって。カートでも大変なんじゃないかな」
カインは思わず苦笑した。
「さっさと身を固めさせたら。ユイなんかどう」
アキラの言葉にカインはかぶりを振った。
「そりゃ、無理だろう」
ユイは医師免許を取得して仕事に燃えている。彼女が結婚する気になるのは相当先の話になりそうだ。
『ケイナ』は来るたびにカインにいろいろと話をしてくれた。
『ケイナ』の声は生前のケイナとよく似ていた。言葉の多さがなければケイナ自身が話しているような気持ちになる。
彼にとって父親はとても怖い存在であったらしい。
だが、よく手を繋ぎ、抱きしめてくれたと『ケイナ』は言った。
言葉数が少なく態度も素っ気無い父の愛情をそれで感じることができた。
「母は父が亡くなってから、『先に眠らないでと言ったのに』とこぼしていました。どうも父とそういう約束をしていたみたいです。母が食べ物を受けつけなくなったのは、母の意志じゃなかった。体がそういう状態になっていったんです。『グリーン・アイズ』の血は、そんな定めがあったのかもしれません。次世代であるぼくには既に父と母の特化した遺伝がありません。『グリーン・アイズ』は、子孫を残すと長生できず、あっという間に滅びる種だったんだろうと長老は言っていました」
『トイ・チャイルド・プロジェクト』は失敗に終わるプロジェクトだった。
『グリーン・アイズ』の血を残すためには、相手は『グリーン・アイズ』であってはならなかった。
しかし、そうすると『グリーン・アイズ』は自らの死に伴侶の死を伴わせることができず、吊り合うだけの死を周囲に求める。呼ぶ声だけを頼りに危うく生きていくしかない。
危険な因子を消すためには混血を許すことができなくなる。でも、同じ血の者同士で子孫を残すと『グリーン・アイズ』は消えてしまう。結局、行き詰った種だったのだ。
多くの犠牲を生みながら自然は結局人の手で作られた無理な種の存続を許さなかった。
「父は亡くなる前日、目が覚めると明日が来る、と言いました」
『ケイナ』は言った。
「……独り言みたいでした。怖い言葉だなと思った」
彼は目を伏せた。
「どういう意味なのか、あの時はよく分からなかった。でも、ここに帰って来てから怖くなくなった。うまく言えないけど…… なんだかずっと父や母と手を繋いでいるような気がする。父と母はこの青い星の大気と水に溶け込んでいるように思うんです。心から愛したこの星の上の命として。目が覚めると明日が来る、と思うとほっとする……」
そう言って、『ケイナ』は空を仰いだ。
父親の形見のピアスが耳元で揺れた。
ある星間機が、地球からはかなり離れた宇宙空間で浮遊する古びた一隻の船を見つけた。
中に入ってみたが誰もいなかった。
船を航行させるための循環設備は、船の古さからは想像もできないほど優れた技術が駆使され、見た者を驚かせた。
中にいたとおぼしき者の痕跡を探るために計器やコンピューター類を作動させてみたが、全てのデータは消去され、誰がいたのか、何のために航行していたのかは分からずじまいだった。
同じ船があと十数隻あったことを知っている者は誰もいなかった。
最終的に昔の遭難船と判断され、船は処分された。
カインとユージーが他界して50年後のことだった。
END
ユージーは養子にはしなかった。サナと結婚させたいという思惑があったのかもしれない。
だがその思惑は外れて、サナはカインの息子アキラと結婚した。サナは昔からアキラのことが好きだったようだ。
『ケイナ』はクルーレのあとを継いでその仕事を担っていたが、飲み込みの早い彼はあっという間に頭角をあらわした。彼がユージーの跡を継ぐのかどうかは分からないが、カートを担う重要な人間になっていくことは間違いないだろう。
アキラと『ケイナ』は、年齢が同じということもあって気が合うようだった。
ふたりとも多忙だったのでなかなか会うことはできなかったが、『ケイナ』は時間ができればアキラのオフィスに訪れた。父親のケイナと違って息子の『ケイナ』はかなり社交的だ。ケイナと同じ顔でにこにこ笑う彼を見ているとカインは面食らってしまうことがある。屈託のない性格はきっとセレスから譲り受けたのだろう。
「『ケイナ』がこっちに来ると、面倒臭いんだよ」
アキラは一度カインにこぼした。
「あの顔であの愛想の良さは、どうかしたほうがいいんじゃないかと思える。若いスタッフの女の子たちが騒ぐからうるさくって。カートでも大変なんじゃないかな」
カインは思わず苦笑した。
「さっさと身を固めさせたら。ユイなんかどう」
アキラの言葉にカインはかぶりを振った。
「そりゃ、無理だろう」
ユイは医師免許を取得して仕事に燃えている。彼女が結婚する気になるのは相当先の話になりそうだ。
『ケイナ』は来るたびにカインにいろいろと話をしてくれた。
『ケイナ』の声は生前のケイナとよく似ていた。言葉の多さがなければケイナ自身が話しているような気持ちになる。
彼にとって父親はとても怖い存在であったらしい。
だが、よく手を繋ぎ、抱きしめてくれたと『ケイナ』は言った。
言葉数が少なく態度も素っ気無い父の愛情をそれで感じることができた。
「母は父が亡くなってから、『先に眠らないでと言ったのに』とこぼしていました。どうも父とそういう約束をしていたみたいです。母が食べ物を受けつけなくなったのは、母の意志じゃなかった。体がそういう状態になっていったんです。『グリーン・アイズ』の血は、そんな定めがあったのかもしれません。次世代であるぼくには既に父と母の特化した遺伝がありません。『グリーン・アイズ』は、子孫を残すと長生できず、あっという間に滅びる種だったんだろうと長老は言っていました」
『トイ・チャイルド・プロジェクト』は失敗に終わるプロジェクトだった。
『グリーン・アイズ』の血を残すためには、相手は『グリーン・アイズ』であってはならなかった。
しかし、そうすると『グリーン・アイズ』は自らの死に伴侶の死を伴わせることができず、吊り合うだけの死を周囲に求める。呼ぶ声だけを頼りに危うく生きていくしかない。
危険な因子を消すためには混血を許すことができなくなる。でも、同じ血の者同士で子孫を残すと『グリーン・アイズ』は消えてしまう。結局、行き詰った種だったのだ。
多くの犠牲を生みながら自然は結局人の手で作られた無理な種の存続を許さなかった。
「父は亡くなる前日、目が覚めると明日が来る、と言いました」
『ケイナ』は言った。
「……独り言みたいでした。怖い言葉だなと思った」
彼は目を伏せた。
「どういう意味なのか、あの時はよく分からなかった。でも、ここに帰って来てから怖くなくなった。うまく言えないけど…… なんだかずっと父や母と手を繋いでいるような気がする。父と母はこの青い星の大気と水に溶け込んでいるように思うんです。心から愛したこの星の上の命として。目が覚めると明日が来る、と思うとほっとする……」
そう言って、『ケイナ』は空を仰いだ。
父親の形見のピアスが耳元で揺れた。
ある星間機が、地球からはかなり離れた宇宙空間で浮遊する古びた一隻の船を見つけた。
中に入ってみたが誰もいなかった。
船を航行させるための循環設備は、船の古さからは想像もできないほど優れた技術が駆使され、見た者を驚かせた。
中にいたとおぼしき者の痕跡を探るために計器やコンピューター類を作動させてみたが、全てのデータは消去され、誰がいたのか、何のために航行していたのかは分からずじまいだった。
同じ船があと十数隻あったことを知っている者は誰もいなかった。
最終的に昔の遭難船と判断され、船は処分された。
カインとユージーが他界して50年後のことだった。
END