夜も更けた頃、ケイナは自室のベッドに寝転がってぼんやりと考え込んでいた。
 どんなに銃の使い方を教えてもらったところで、今まで銃を持ったこともないヨクが咄嗟の場でそれを使うことができる可能性はゼロに近いだろう。構えるところまではできたとしても引き金を引くことはできないはずだ。あいつが目の前に来たらあっという間に撃たれてしまう。
 つまり、どうしたってヨクのガードは自分かアシュアがすることになる。
 クルーレは途中でヨクとアシュアが入れ替わる案を出した。
 どこかで入れ替わってヨクが単独で行動するシチュエーションを作る。
 体格の似ているふたりだと入れ替わることは可能かもしれないが、そんな小細工にあいつがひっかかる可能性は低いかもしれない。
 でも、待っていても何も解決しない。ユージーはできる限りのことをしているが、警備を強化するのも限界がある。できるだけ早急に何らかの動きを出さないと、『リィ・カンパニー』は破滅だ。
 左手に握っていたノマドの剣の柄を持ち上げた。
 闇の中でも自分の頭の中にはその刃を感じることができる。
 剣はあいつを覚えただろうか。
 あいつの新しい腕が前よりも強かったら、剣が覚える力を制限時間内に発揮することができるのだろうか。
(ケイナ)
 ハルドの声が頭の中で響く。
(躊躇するな)
 ケイナは目を閉じて剣を握ったままの腕をぱたりと倒した。
 あいつは誰の意思で動いているんだろう。
 おれの周りにいる人を狙うのは、ハルドさんの意思なのか。それともあいつ自身なのか。
 クルーレの言うようにもともとのあいつの役目はプロジェクトに関わっていた主要な人間を殺していくことだっただろう。ティを襲ったときには、まだバッカードもエストランドも生きていた。
 おれを直接狙ったときもそうだ。
 いつ、あいつはハルドさんの意識になっていたんだろう……。
 まだ気持ちがぐらつく。
 ダフルを殺されて憎くてしようがなかったのに、迷いが沸き起こる。
 誰かが死ねばそれで丸く収まるなんて、そんな理不尽なことがあっていいはずがない。
 どうすればハルドさん自身を取り戻すことができるんだろう……。
 ふと、人の気配を感じて身を起こした。
 誰か来た?
 耳を澄ませた。かすかな音が聞こえる。ベッドから下りて立ち上がると、そっと寝室のドアの前に立った。
 外のドアじゃない。もう部屋の中に誰かいる。
 ノマドの剣を握りなおし、寝室のドアを開きざまに腕を振り上げた。
「きゃーっ!」
 聞き覚えのある声が響いた。
「やめて、やめて、やめて、やめて、あたしーっ!」
 リア? ケイナはびっくりして腕をおろした。
「なんだよ……」
 思わずつぶやいた。
「どうやって入ってきた?」
 暗がりの中に両手を顔の前にあげていつもの泣き出しそうな顔をしているリアの姿があった。
「だから嫌だったのよう、ケイナの部屋に入るなんて……」
 リアは顔を歪めてそう言うと手をおろし、ケイナの顔をこわごわ見上げた。
「ケイナ、ごめん、怒らないでね」
 ケイナは訝しそうにリアを見た。
「絶対怒らないでね」
「だから、なんだよ……」
 リアは弱りきったように目を伏せた。
「ごめんね、ダイがロックを開いちゃったのよ。あの子たちがどうしてもって言って聞かなくて……」
「はっきり言えよ!」
 ケイナは思わず声を荒げた。
「やっぱり怒ってる……」
 ケイナは口を引き結んだ。ダイがロックを外しただと? 子供に外れるロックかよ。カインが知ったら仰天するぞ。
 リアは観念したように目をぎゅっと閉じると、後ろを振り返った。ケイナはその視線の先を追った。
 暗がりの中に小さな人影が見えた。ダイとブランだ。
 ふたりの足元に丸くなってうずくまっている緑色の髪を見るなり、ケイナが反射的に寝室のドアを閉めかけたのでリアは慌ててドアにしがみついた。ケイナは彼女を睨みつけた。
「おれをばかにしてんのか?」
「違うわ!」
 リアは必死になって言った。
「あの子たちは、あなたがもうセレスを取り戻す方法を知ってるはずだって言うのよ!」
 方法? ケイナの目が細められた。
「そんなもん、知るかよ……」
「ここまで必死になって背負って連れてきたのよ。ケイナ、お願いよ。追い返したりしないで」
「お兄ちゃん」
 ダイがケイナのそばに走り寄ってきた。上目づかいに見上げる彼の顔をケイナは見下ろした。
「夢見たちが辿りついたんだ。お兄ちゃんに会わせてあげなさいって言ってる。お兄ちゃんは思い出すからって」
 ケイナはダイの顔をしばらく見つめたあと、険しい表情のままセレスに目を向けた。彼女は床にそのままうずくまるようにして眠っているようだ。
 『ノマド』のシナリオだ。彼らはセレスを起こそうとしている。
 セレスを起こしたらいったいどうなる? 何が起こるんだ?
 彼らの思惑通りには動きたくない。おれはおれの意思で動く。操られるのはごめんだ。
 でも、『グリーン・アイズ』のままだと『ノマド』は守護をしないかもしれない。
 ちくしょう、これじゃあ、脅迫じゃねぇか……。
「ケイナ、お願い」
 リアはすがりつくような表情でケイナを見た。
「あなたしかできないみたいなの。わたしも、もう辛い。ふたりが憎み合うみたいに離れているのを見るのは辛いの」
 ケイナの視線が鋭い。あまりの鋭さにリアは目を逸らしかけたが、我慢して彼の目を見つめ返した。
「セレスが必要だわ。そう思わない?」
「『ノマド』にとってか?」
 ケイナは言った。
「『ノマド』のシナリオ通りにことを運ぶために、あいつを起こす必要があるってことかよ」
「なんのことを言ってるの?」
 リアは困惑したように眉をひそめた。
「『ノマド』のためじゃないわ。あなたにとってよ」
 ケイナは苛立たしげにリアから目を逸らせた。
「ケイナ、あなた、『ノマド』に戻ってきたときと同じ顔をしてるのよ」
 リアは言った。
「ううん、そのときよりも酷いわ。あのときはセレスがそばにいた。あなたはセレスを見るときだけは優しい顔になってた。生きようって気持ちが現れてた。でも、今のあなたはいつもいつも暗い顔で、生きたいっていう気持ちが見えないわ。そんなのでこれからどうやっていくの?」
 ケイナはリアから目を逸らせたままだった。
「あなたはセレスの声があるから、生きて行こうと思えるんでしょ?」
「出ていけ」
 ケイナは再びリアを睨みつけて言った。
「もともとは『ノマド』がセレスの中の『グリーン・アイズ』を起こした。起こし間違えたから、今度はおれに元に戻せと言うのかよ。そうでなければ守護もしないと? ふざけんな!」
 ケイナの言葉にリアの顔に怒りの表情が浮かんだ。
「どうにかできるんだったら、夢見たちはそうしてるわ!」
 リアは小さな声で叫んでケイナに詰め寄った。
「ダイが言ったじゃない! 夢見たちが辿りついたって! あなたがコミュニティに行ったあと、彼らは必死になって過去を辿ったのよ? あなたの残したあなたの気配で彼らはセレスを取り戻す方法を探したのよ? 自分たちでできることなら彼らはどうにかしてるわよ! できないからここに来てるんじゃない!」
 ケイナが再びドアを閉めようとしたので、リアは必死になってドアにしがみついた。
「ドア、閉めるなら、わたしの腕を切って」
 彼女は挑みかかるようにケイナに言った。
「ちゃんと彼女と向き合って。逃げないで」
「逃げてるわけじゃない」
「逃げてるわ!」
 リアは小さく叫んだ。
「自分に正直になりなさいよ! セレスが必要でしょ?」
 ケイナが力づくでドアを閉めようとしたとき、床に丸くなっていたセレスの緑色の髪が動いた。ブランが彼女を起こそうと揺り動かしている。ケイナがさらにドアにかけた手に力を込めたので、リアは必死になってドアを押さえた。
「腕を叩き切るぞ!」
 ケイナは小さく怒鳴った。
「そうしたいんなら、しなさいよ!」
 リアも負けずに怒鳴り返した。
「いい加減にしろ! おれは夢見の夢の中に生きてるんじゃない。振り回されるのはごめんだ」
 ケイナがそう答えたとき、セレスが頭をもたげた。彼女は身を起こすと戸惑ったように周囲を見回し、ケイナの姿を見てびっくりしたように目を見開いた。ドアにかけたケイナの手がかすかにぴくりと動くのをリアは見た。
 彼女と視線が合ってしまった。ドアを閉めて4人を外に出さなければと思うのに、ケイナは身動きがとれなくなった。
「お姉ちゃん」
 ブランは床に座り込んだままのセレスの前に腰を落として彼女の顔を覗きこんで言った。
「目が覚めた?」
「どうしてこんなところにいるの?」
 セレスは怯えきった表情でブランを見た。
「どうしてあの人がいるの?」
「さよならするときが来たんだよ」
 ブランは答えた。
 セレスは何のことか分からないような表情でブランの顔を見つめ返した。
「お姉ちゃん、帰ろう」
「お部屋に?」
 そう尋ねるセレスの大きな目を見つめて、ブランはかぶりを振った。
「お父さんが迎えに来てるよ」
 ブランの言葉に、セレスの表情が変わった。あっという間に彼女は小刻みに震えだした。小さくいやいやをするように顔が揺れた。
 ブランはセレスの手をとった。
「怖くないよ。お兄ちゃんは優しいから」
 ケイナはダイが自分の手に触れるのを感じた。拒否するように手を振り払ったが、ダイは再びその手を掴んだ。
「お兄ちゃん、ぼくらはお兄ちゃんに生きて欲しいんだ。死んじゃだめだよ」
 自分の顔を見つめるダイの目を見て、ケイナはかすかに顔を歪めた。
 『ノマド』のシナリオ通りに動かしたくない。それだけは絶対に嫌だ。それなのに、体が動かない。どんどん『ノマド』の思惑通りになっていくようだ。
 ブランはケイナのほうをちらりと見ると、立ち上がってセレスから離れた。慌てて一緒に立ち上がって逃げ出そうとするセレスをブランは押しとどめた。
「お姉ちゃん、だめだよ」
「いやよ。この人は嫌い。置いていかないで」
 セレスはかすれた声で訴えた。
「お姉ちゃん」
 今にも泣き出しそうなセレスの顔をブランは覗き込んだ。
「嘘ついちゃだめだよ。お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと、嫌いじゃないでしょ」
「嫌いよ。この人は嫌い。大嫌い。カインさんのところに行きたい」
「カインさんはもういっぱい声をくれたよ」
 ブランが言うと、セレスの目にみるみる涙が溜まった。
「カインさんは声だけだよ。手も繋いでもらったよね。もう無理だよ」
 床に座り込んだままのセレスの目から大きな粒がぽたぽたとじゅうたんに落ちていった。
「……お姉ちゃんも、分かっているんだよね。これ以上はだめだって」
 セレスの口から小さな声が漏れた。
「だから…… お兄ちゃんに返してあげてよ……。ね?」
 ブランはセレスの顔に自分の顔を近づけると、その口の端にキスをした。
「さよなら、お姉ちゃん。あたし、お姉ちゃんのこと、大好きだったよ」
 それを見たケイナの表情が凍った。ダイはケイナの顔を見上げて小さく笑みを浮かべると、掴んでいた彼の手をそっと放した。
「お母さん、行こう」
 ダイはリアに言った。
「え?」
 リアは面食らった。
「そんな、でも…… 大丈夫なの?」
 リアが心配そうに言うと、ダイはケイナに目を向けて笑みを見せた。
「大丈夫だよね、お兄ちゃん。もう、思い出したでしょ?」
 ノマドのキス。
(生きてね)
 彼女はそう言って、セレスにノマドのキスをした。
 唯一触れた生身の記憶。
 ブランとダイは両側からリアの手をとると、困惑したような表情を浮かべている彼女を引っ張ってドアに向かった。それを見て、セレスが慌てて叫んだ。
「ブラン、待って!」
「ケイナ!」
 部屋を出て行く3人のあとを追おうと立ち上がりかけた『グリーン・アイズ』は、ケイナの声にびくりとして彼のほうを見た。部屋の扉が閉まる小さなかちりという音がした。
「おれと同じ名前だったよな……」
 ケイナはつぶやいた。
 自分と同じ名前の少女。セレスと同じ顔をした少女。
 彼女はおれとセレスがひとつになっていた。
「目が覚めてから…… 名前を呼んでもらったことがないんだろ?」
 ケイナを見つめる『グリーン・アイズ』の目に再び涙が浮かんだ。
「名前を呼んでもらえないのって…… 辛いよな」
「あなたは…… 嫌い」
『グリーン・アイズ』はそう言って顔を歪めるとかぶりを振った。ケイナは目を伏せた。
「だろうな。……おれくらいしかいねぇもん、おまえの名前を呼ぶのって」
 『ノマド』は残酷だ。こんなふうにおれはセレスを取り戻さないといけないのか。
 でも、もう、抜け出せない……。
 顔をあげて、ケイナは『グリーン・アイズ』に歩み寄り、彼女の前に腰を落として片膝をついた。
 『グリーン・アイズ』は慌ててケイナから離れようと、両手を床について座り込んだまま後ずさった。切なくなるほど潤んだ大きな緑の目がこちらを見つめる。
「カインはあんたのことを決して<ケイナ>とは呼ばないよ……」
「触らないで」
 ケイナが手を伸ばして涙で頬に貼りついた髪を指で梳いてやろうとすると、彼女は顔を強張らせてその手を跳ね除けた。
「なぜ、みんなわたしのことを嫌がるの? どうしてわたしはいちゃいけないの?」
「違うよ」
 ケイナは答えた。
「……望みが何か、なんて…… 聞いて悪かったよ」
 小さな嗚咽が彼女の口から漏れた。
「あんたの気持ちを分かろうともしなかった……」
 『グリーン・アイズ』は手をあげると、子供のような仕草で涙をぬぐった。
 彼女はいったい何歳だったんだろう。
 70年もたったひとりで氷の下で、どれほど人の温もりを求めただろう。
 ケイナは再び近づいて手を伸ばすと、指で彼女の涙をぬぐってやった。
 今度は彼女も手を払い除けなかった。
 腕を伸ばして引き寄せると、小さな子供にしてやるように、ケイナは彼女の髪を撫でた。
「ありがとう、<ケイナ>。おまえがいたから…… おれは今、生きているんだよな」
 『グリーン・アイズ』はケイナにしがみつくと、小さな声をあげて泣き出した。新しい涙が次から次にこぼれ落ちる。
 ケイナは彼女の背後にぼんやりとした人の気配を感じた。
 幻なのかもしれない。しかし、ケイナには何となく分かった。あれはきっと彼女の父親だ。
 彼女を父親に返してあげないといけない。
 涙で冷えた彼女の頬にケイナは手をあてた。
「あったかい……」
 ケイナの手の上から彼女はそっと自分の手を添えてつぶやいた。
 もう、泣かなくていいんだよ。待ってる人がいる。
 ケイナは心の中でつぶやいて、顔を近づけると、『グリーン・アイズ』の口の端にキスをした。
「おとうさん……」
 かすかな声が彼女の口から漏れた。
 その声を聞きながら、ケイナは唇をそっと彼女の唇に滑らせた。
 彼女はもう逃げることはなかった。
「ケイナ……」
 セレスの口から初めて自分を呼ぶ声が出た。
「ケイナ…… 会いたかった……」
 ケイナはセレスを抱きしめた。

 アシュアは部屋の中で大欠伸をして頭をがしがしと掻いた。
 熟睡している自分の上にいきなりリアと子供たちが飛びかかってきたので、びっくりして飛び起きたら3人とも興奮状態だった。
 きゃあきゃあと騒ぎたてる3人を顔をしかめて眺めた。
「分かったの? アシュア!」
 リアが彼の肩を揺さぶった。
「セレスが元に戻ったのよ?」
「でも、最後まで見てないんだろ?」
 アシュアは再び大欠伸をした。
「戻ってるよ!」
 ブランが言った。
「お兄ちゃんはもう思い出したもん」
「何を?」
 アシュアが眠そうな表情のまま聞くと、ブランは小さな唇をアシュアの口の端にくっつけた。
「『ノマド』のキスだよ」
「はあ……」
 アシュアはまだ困惑気味だ。
「お兄ちゃんはコミュニティに行ったとき、長老と手を繋いでるんだ。あれから夢見たちが一生懸命探したみたい。お兄ちゃんとあのお姉ちゃんの記憶を」
 自分を見上げるダイの顔をアシュアは見つめた。
「緑のお姉ちゃんの目が覚めないと…… だめなんだ」
「何が?」
 アシュアは尋ねたが、ダイは何も言わず目を伏せた。アシュアはダイの頭をぽんぽんと叩いた。
「でも、なんつうか……。こういう話を子供の頃に聞いたような気がする。キスで目が覚めるお姫さんとかなんとか」
「ケイナを怖がったはずよね……。自分が消えちゃうんだもん」
 アシュアのベッドの端に腰をかけていたリアがつぶやいた。
「彼女はそれで納得してくれたのか?」
「大丈夫だよ」
 ブランが口を挟んだ。アシュアが顔を振り向けると、ブランは嬉しそうに顔をほころばせていた。
「だって、お兄ちゃんはきっとお姉ちゃんの名前を呼んであげてるもん」
「名前……?」
 ブランがこくんとうなずいてダイを見た。ダイが控えめに笑みを見せた。
「彼女の名前って…… なんていうんだ?」
「ケイナ」
 ダイの言葉にアシュアはあんぐりと口を開けた。リアも知らなかったようで、びっくりしてダイを見た。
 そりゃ、誰も呼ばないだろう。
 みんなにとって、ケイナはひとりしかいない。
 誰も自分を見ない。誰も自分の名前を呼ばない。……誰も自分に気がつかない。
 きっと寂しくてたまらなかっただろう。
「お姉ちゃんは帰ったよ。お姉ちゃんのお父さんがちゃんと迎えに来てたよ」
 ブランは言った。
「お父さん!」
 ダイがふいに声をあげたので、アシュアは振り向いた。
「通信機が光ってる」
「えっ……」
 アシュアとリアが同時に声をあげた。
 『ノマド』から連絡が来た。
 慌ててベッドから滑り下りて通信機を掴むと、リンクの姿が小さく浮かび上がった。
「アシュア」
 リンクは笑みを見せた。アシュアはとても笑い返せなかった。彼はよほどのことがなければ連絡はしないと言っていたのではなかったか。
「今から話すこと、誰にも口外しないで欲しいんだ」
 リアがアシュアのそばにきて彼の腕に手を触れた。
「おまえたち、向こうに行ってろ」
 ダイとブランはアシュアに言われて、ふたりで手を繋いで隣の部屋に行った。
「なに?」
 アシュアは言った。
 リンクはうなずくと話し始めた。
 言葉をひとつひとつゆっくりと、アシュアの頭に染み渡っていくように話した。
 それを聞くアシュアの手が次第に小刻みに震え始めた。
 セレスの記憶が戻った喜びがみるみる消え失せていく。
「そんな…… そんな方法しかないのかよ……」
 アシュアはつぶやいた。リンクは辛そうに目を伏せた。
「受け入れるのは時間がかかると思うけれど……。でも、もう終わりにしないと」
「そんな方法しかないのかよ」
 アシュアは再び言った。
「アシュア……」
 リアが声をかけたが、アシュアは通信機を持ったまま床にぺたりと座り込んでしまった。
「そんな方法しか……」
「アシュア。常に通信機を携帯しておいて。いいね」
 リンクは言った。アシュアはそれには答えなかった。
 リンクが消えても、アシュアは通信機を掴んだまま、床に座り込んで呆然としていた。
 リアは彼の背中に額を押しつけた。

 ――カインは泣いている。――

 こういうことだったのか。
 彼女は夢見の言葉をようやく理解した。