翌朝、まだ暗いうちにケイナはダフルを揺り起こした。
テントの中は床にそのまま寝転んで寝入ってしまった子供たちで一杯になっていて、ダフルはその真ん中で口を開けて大の字になっていた。
「ん」
ダフルが声をあげそうになったので、ケイナは、しっと指を立てた。
眠そうに目をしばたたせてケイナを見て、ダフルは自分の肩に頭をもたせかけて眠っている男の子をそっと床に降ろして立ち上がった。
子供の手を踏みつけないよう気をつけながら外に出ると、ブランとダイが小さな荷物を持って待っていた。ダイは大きな欠伸をしている。
「エリドにだけ挨拶をしておいで」
ケイナがそう言うと、ふたりはうなずいて手を繋いで長老のテントに歩いていった。
「今、何時」
ダフルは眠そうな声でそうつぶやいて、腕の時計を見た。
「うわー……。4時半か……」
「顔を洗って来たら」
ケイナは言ったがダフルは首を振った。
「いい。面倒臭いよ」
ケイナは腕をあげて伸びをするダフルから目を逸らせると、ブランとダイが戻って来るのを待った。
しばらくしてふたりはテントに向かったときと同じように手を繋いで戻ってきた。
ダフルはふたりの荷物を持ち上げた。
「ぼくが持ってあげるよ」
そう言ってから、少し首をかしげた。
「軽いね。何が入ってるの?」
「えっとね……」
ダイが言いかけたので、ブランが彼を肘でこづいた。
「秘密」
ブランはそう言うとにっこり笑った。ダフルは笑ってうなずくと、ふたりの小さなバックを自分の荷物の中に入れた。
顔を巡らせるとケイナが歩き始めていたので、慌てて荷物を背負うとふたりに手招きしてあとを追った。
コミュニティから出る前にダフルは名残惜しそうにテント群を振り返った。
「ここが好きなの?」
ダイが尋ねると、ダフルはうなずいた。
「うん。来るときはちょっと不安だったけど、いいところだなあって思ったよ」
ダイが手を差し出したので彼はその手を繋いで歩き出した。ブランはケイナと手を繋いで先を歩いている。
「お茶の匂いとか、花の匂いとか、草の匂いとか。こういうの、ずっと忘れてた」
ダフルは言った。
「訓練で森に入ったことは何度もあったのに、土を踏む感触も、少しも感じてなかったと思うんだ」
ダイは時々ダフルを見上げて黙って聞いていた。ケイナの耳にも彼の声は届いていたが、彼は何も言わなかった。
「ねえ、ケイナ」
ダフルは前を歩くケイナに声をかけた。ケイナはちらりと振り返ったがやはり返事はしなかった。
「ぼくね、決めたよ」
「何を」
振り返らずに聞くと、ダフルはダイを見下ろしてにっこり笑った。
「ぼくさ、この任務が終わったら、軍を辞めるよ」
ケイナは無言のままだ。
「合ってないんじゃないかっていうのはずいぶん前から思ってたんだ。でも、父さんがいるし、姉さんもやっぱり軍の所属になったし、当たり前みたいにぼくもって考えてて。もう22歳だから、今から何ができるかわからないけど…… そうだな……」
彼はそう言ってダイを見下ろした。
「『ジュニア・スクール』の先生がいいな」
「先生ってなに?」
ダイが尋ねた。
「きみみたいな子供たちがいっぱいいる場所で、勉強を教える人のことだよ」
ダフルは答えた。
「ぼくもダフルに教えてもらうこと、できる?」
ダイの言葉にダフルはふふっと笑った。
「『ジュニア・スクール』に入る手続きをすればいいんだよ。字は書ける?」
ダイはこくんとうなずいた。
「うん。少しだけなら」
「じゃあ、大丈夫だよ。5年生からブランと一緒に通える。そうだな…… きみたちが修了するまでになんとか先生になれるといいな」
「そこ、楽しいの?」
「うーん」
ダフルは首をかしげた。
「楽しいときとそうでないときがあるかもしれないな……。ぼくはあんまり勉強が好きじゃなかったから、退屈してたかも」
ダフルはそう答えると、再びダイを見た。
「でもね、ぼくが先生になったら、絶対、退屈させない先生になるよ」
ダイは少し口の端を持ち上げてダフルに笑いかけた。ダフルは前を歩くケイナに目を向けた。
「ねえ、ケイナ。きみは何か考えてることがあるの? きみだったら、今から、なんでもできるじゃない。『ライン』を中途で辞めても、3年前から特待生制度もできたしさ……」
ダフルはケイナの後ろ姿に言った。ブランと繋いでいるケイナの左手がかすかにぴくりと動いた。ブランがケイナの顔を見上げたが、顔を見た限りでは彼は無表情のままだった。
「なんだかいろいろ事情が複雑そうで、ぼくはよく分かってないんだけど、一段落ついたらさ……」
「おれ、いちいち詮索されるの好きじゃない」
言葉を遮られてダフルは目を丸くした。ダイに目を向けると、ダイは顔をしかめてしーっというように指をたててみせた。ダフルは苦笑して肩をすくめた。
ブランがケイナの手をぎゅっと握り締めた。
「あっちでダフルと手を繋いでもいいよ」
ケイナはブランに目を向けずに言ったが、ブランはかぶりを振った。
「おれと手を繋いでたら、嫌な思いが流れ込むんじゃないの?」
しかしブランはかぶりを振って、繋いでいないほうの手も彼の左手に持ってきた。
まるでしがみつくような感じだった。
ケイナはそこで初めてブランに目を向けた。おしゃべりなブランがじっと黙っている。
「どうしたんだ?」
ケイナは目を細めた。それでもブランは勢いよく首を振って何も言わなかった。
まるで怒っているような顔だ。いや、怯えているというべきか。
少し異様な気がしたが、ケイナには殺気も不穏な気配も感じられなかった。
30分ほど歩くと森の中も少しずつ明るくなってきた。
「いい匂いだ」
ダフルは大きく深呼吸して嬉しそうに言った。
「森から離れるのは寂しくない?」
ダイに尋ねると、ダイは小さくかぶりを振った。
「また帰ってくるから」
「そうか」
ダフルは笑った。
さらに30分ほど歩くと、光が差し込んで靄が立ち込め始めた。
「子供たち、少し休ませたほうがいいよ」
ダフルがそう言ったので、ケイナは立ち止まった。
ダイとブランは水を少し飲んで、すぐに遊び始めた。
「休みたかったのはあんたじゃないの」
ケイナは木の根元に腰を降ろすダフルを見下ろして言った。
「ん、まあ、そうかも」
ダフルは笑った。ケイナはダイとブランの姿を確認して周囲を見回した。たちこめる朝靄がミントのような香気を含んでいる。自分たち以外に人の気配は感じられなかった。
「ケイナ」
ダフルの声にケイナは彼に目を向けた。
「きみ、カート社長の弟なんだろ?」
ケイナは返事をしなかったが、ダフルは少し笑みを浮かべた。
「ぼく、調査とか捜査とか、得意なんだよ」
ケイナはダフルから目を逸らせた。
「カート社長の弟は2歳違いで、レジー・カート司令官の養子だ。7年前に事故で昏睡状態になった。……公にはそうなってる。本当はぼくよりもずっと年上だ」
ダフルは肩をすくめた。
「ごめんよ。詮索されるの好きじゃないんだよな。そういうつもりはなかったんだ。ただ、自分が護衛しなきゃならない人のことを知っておきたいって気持ちだったんだ」
ダフルは近くで木の実を拾っているダイとブランに目を向けた。
「ぼくは詳しいことは分からないし、これ以上詳しく調べようとも思ってない。父さんが詳しく言ってくれなかったのは、ぼくが知るべきじゃない、ってことだ。でもさ、分かってて知らん顔して別れるのって、なんか、卑怯かなって思って、それで言った。きみがカート社長の弟だとしたら、森を出て戻ったらたぶん会うことなど一生ないかもしれない。きみは、そういう立場の人だ。でも、ぼくは少ない時間でも、一緒に組んだ人っていうのはきちんと覚えておくことにしてるんだ。こういうのって、巡り会うべくして会ったってことだろ?」
ダフルは一気に言うと少し息を吐いて、ふふっと笑った。人懐こい視線がケイナに向く。
「ぼくさ、きみのこと好きだ。きみってその場しのぎに取り繕ったりすることがないじゃない。返事したくなきゃしないし、怒りたくなりゃ怒るし、すごく正直だ。そういう人、ぼくは好きだよ。きみみたいな人に出会えてよかった」
ケイナはダフルの顔をしばらく見つめた。
「おれもあんたのことは嫌いじゃないよ。ここを出ても言ってくれればいつでも会う」
ケイナがそう言うと、ダフルの目がびっくりしたように丸くなり、それから泣き笑いのような顔になった。
「い…… 行こうか」
ダフルは立ち上がった。嬉しさのあまり上ずったような声だった。
「あと一時間くらいだろ?」
かすかに潤んだような彼の声にケイナはうなずいた。
彼は初めてダフルと視線を合わせて、ほんの少し笑みを浮かべた。
森の入り口に停めたプラニカが見えたとき、ダフルはやれやれというように背負っていた荷物をおろした。
「疲れてない?」
ダフルがダイに尋ねると、ダイはううんというように首を振った。
荷物をプラニカに載せ、ダフルはケイナに目を向けた。
「ちょっと待っててくれる?」
ケイナが顔を向けると、ダフルは照れくさそうに笑った。
「用足しに行って来る」
ケイナはうなずいた。
ダフルは一度出た森の中に再び入っていった。
ほんの少し離れた場所ならいいだろう。
そう思って茂みに足を踏み入れようとしたとき、背後に人の気配を感じて振り向いた。
「なんだ」
彼は笑った。
「きみもなの?」
ダフルはそう言って、顔を前に戻すと再び茂みに足を踏み入れた。
「ぼく、ほんとにトイレが近くてね。1時間に1回くらい行っちゃうこともあるんだ。訓練のときも少しくらい我慢しろってだいぶん怒られた。今日は歩いてたから……」
しゃべりながらふと背中に違和感を覚えた。そしてようやく気づいた。
ケイナは肩まで伸びた金髪を無造作に後頭部でゆわえていた。だからいつも目の下あたりまで垂れた前髪の奥に耳が見えていた。
両耳に青いピアスがあった。
きれいな子はきれいなものをつけるとやっぱりきれいだな、と、そんなことを考えた。
どうして気づかなかったんだろう。
……それは、同じ顔だったからだ。
「思いっきり恨めとあいつに伝えとけ」
耳元でささやかれたあと、ダフルは茂みの中に倒れ込んだ。
テントの中は床にそのまま寝転んで寝入ってしまった子供たちで一杯になっていて、ダフルはその真ん中で口を開けて大の字になっていた。
「ん」
ダフルが声をあげそうになったので、ケイナは、しっと指を立てた。
眠そうに目をしばたたせてケイナを見て、ダフルは自分の肩に頭をもたせかけて眠っている男の子をそっと床に降ろして立ち上がった。
子供の手を踏みつけないよう気をつけながら外に出ると、ブランとダイが小さな荷物を持って待っていた。ダイは大きな欠伸をしている。
「エリドにだけ挨拶をしておいで」
ケイナがそう言うと、ふたりはうなずいて手を繋いで長老のテントに歩いていった。
「今、何時」
ダフルは眠そうな声でそうつぶやいて、腕の時計を見た。
「うわー……。4時半か……」
「顔を洗って来たら」
ケイナは言ったがダフルは首を振った。
「いい。面倒臭いよ」
ケイナは腕をあげて伸びをするダフルから目を逸らせると、ブランとダイが戻って来るのを待った。
しばらくしてふたりはテントに向かったときと同じように手を繋いで戻ってきた。
ダフルはふたりの荷物を持ち上げた。
「ぼくが持ってあげるよ」
そう言ってから、少し首をかしげた。
「軽いね。何が入ってるの?」
「えっとね……」
ダイが言いかけたので、ブランが彼を肘でこづいた。
「秘密」
ブランはそう言うとにっこり笑った。ダフルは笑ってうなずくと、ふたりの小さなバックを自分の荷物の中に入れた。
顔を巡らせるとケイナが歩き始めていたので、慌てて荷物を背負うとふたりに手招きしてあとを追った。
コミュニティから出る前にダフルは名残惜しそうにテント群を振り返った。
「ここが好きなの?」
ダイが尋ねると、ダフルはうなずいた。
「うん。来るときはちょっと不安だったけど、いいところだなあって思ったよ」
ダイが手を差し出したので彼はその手を繋いで歩き出した。ブランはケイナと手を繋いで先を歩いている。
「お茶の匂いとか、花の匂いとか、草の匂いとか。こういうの、ずっと忘れてた」
ダフルは言った。
「訓練で森に入ったことは何度もあったのに、土を踏む感触も、少しも感じてなかったと思うんだ」
ダイは時々ダフルを見上げて黙って聞いていた。ケイナの耳にも彼の声は届いていたが、彼は何も言わなかった。
「ねえ、ケイナ」
ダフルは前を歩くケイナに声をかけた。ケイナはちらりと振り返ったがやはり返事はしなかった。
「ぼくね、決めたよ」
「何を」
振り返らずに聞くと、ダフルはダイを見下ろしてにっこり笑った。
「ぼくさ、この任務が終わったら、軍を辞めるよ」
ケイナは無言のままだ。
「合ってないんじゃないかっていうのはずいぶん前から思ってたんだ。でも、父さんがいるし、姉さんもやっぱり軍の所属になったし、当たり前みたいにぼくもって考えてて。もう22歳だから、今から何ができるかわからないけど…… そうだな……」
彼はそう言ってダイを見下ろした。
「『ジュニア・スクール』の先生がいいな」
「先生ってなに?」
ダイが尋ねた。
「きみみたいな子供たちがいっぱいいる場所で、勉強を教える人のことだよ」
ダフルは答えた。
「ぼくもダフルに教えてもらうこと、できる?」
ダイの言葉にダフルはふふっと笑った。
「『ジュニア・スクール』に入る手続きをすればいいんだよ。字は書ける?」
ダイはこくんとうなずいた。
「うん。少しだけなら」
「じゃあ、大丈夫だよ。5年生からブランと一緒に通える。そうだな…… きみたちが修了するまでになんとか先生になれるといいな」
「そこ、楽しいの?」
「うーん」
ダフルは首をかしげた。
「楽しいときとそうでないときがあるかもしれないな……。ぼくはあんまり勉強が好きじゃなかったから、退屈してたかも」
ダフルはそう答えると、再びダイを見た。
「でもね、ぼくが先生になったら、絶対、退屈させない先生になるよ」
ダイは少し口の端を持ち上げてダフルに笑いかけた。ダフルは前を歩くケイナに目を向けた。
「ねえ、ケイナ。きみは何か考えてることがあるの? きみだったら、今から、なんでもできるじゃない。『ライン』を中途で辞めても、3年前から特待生制度もできたしさ……」
ダフルはケイナの後ろ姿に言った。ブランと繋いでいるケイナの左手がかすかにぴくりと動いた。ブランがケイナの顔を見上げたが、顔を見た限りでは彼は無表情のままだった。
「なんだかいろいろ事情が複雑そうで、ぼくはよく分かってないんだけど、一段落ついたらさ……」
「おれ、いちいち詮索されるの好きじゃない」
言葉を遮られてダフルは目を丸くした。ダイに目を向けると、ダイは顔をしかめてしーっというように指をたててみせた。ダフルは苦笑して肩をすくめた。
ブランがケイナの手をぎゅっと握り締めた。
「あっちでダフルと手を繋いでもいいよ」
ケイナはブランに目を向けずに言ったが、ブランはかぶりを振った。
「おれと手を繋いでたら、嫌な思いが流れ込むんじゃないの?」
しかしブランはかぶりを振って、繋いでいないほうの手も彼の左手に持ってきた。
まるでしがみつくような感じだった。
ケイナはそこで初めてブランに目を向けた。おしゃべりなブランがじっと黙っている。
「どうしたんだ?」
ケイナは目を細めた。それでもブランは勢いよく首を振って何も言わなかった。
まるで怒っているような顔だ。いや、怯えているというべきか。
少し異様な気がしたが、ケイナには殺気も不穏な気配も感じられなかった。
30分ほど歩くと森の中も少しずつ明るくなってきた。
「いい匂いだ」
ダフルは大きく深呼吸して嬉しそうに言った。
「森から離れるのは寂しくない?」
ダイに尋ねると、ダイは小さくかぶりを振った。
「また帰ってくるから」
「そうか」
ダフルは笑った。
さらに30分ほど歩くと、光が差し込んで靄が立ち込め始めた。
「子供たち、少し休ませたほうがいいよ」
ダフルがそう言ったので、ケイナは立ち止まった。
ダイとブランは水を少し飲んで、すぐに遊び始めた。
「休みたかったのはあんたじゃないの」
ケイナは木の根元に腰を降ろすダフルを見下ろして言った。
「ん、まあ、そうかも」
ダフルは笑った。ケイナはダイとブランの姿を確認して周囲を見回した。たちこめる朝靄がミントのような香気を含んでいる。自分たち以外に人の気配は感じられなかった。
「ケイナ」
ダフルの声にケイナは彼に目を向けた。
「きみ、カート社長の弟なんだろ?」
ケイナは返事をしなかったが、ダフルは少し笑みを浮かべた。
「ぼく、調査とか捜査とか、得意なんだよ」
ケイナはダフルから目を逸らせた。
「カート社長の弟は2歳違いで、レジー・カート司令官の養子だ。7年前に事故で昏睡状態になった。……公にはそうなってる。本当はぼくよりもずっと年上だ」
ダフルは肩をすくめた。
「ごめんよ。詮索されるの好きじゃないんだよな。そういうつもりはなかったんだ。ただ、自分が護衛しなきゃならない人のことを知っておきたいって気持ちだったんだ」
ダフルは近くで木の実を拾っているダイとブランに目を向けた。
「ぼくは詳しいことは分からないし、これ以上詳しく調べようとも思ってない。父さんが詳しく言ってくれなかったのは、ぼくが知るべきじゃない、ってことだ。でもさ、分かってて知らん顔して別れるのって、なんか、卑怯かなって思って、それで言った。きみがカート社長の弟だとしたら、森を出て戻ったらたぶん会うことなど一生ないかもしれない。きみは、そういう立場の人だ。でも、ぼくは少ない時間でも、一緒に組んだ人っていうのはきちんと覚えておくことにしてるんだ。こういうのって、巡り会うべくして会ったってことだろ?」
ダフルは一気に言うと少し息を吐いて、ふふっと笑った。人懐こい視線がケイナに向く。
「ぼくさ、きみのこと好きだ。きみってその場しのぎに取り繕ったりすることがないじゃない。返事したくなきゃしないし、怒りたくなりゃ怒るし、すごく正直だ。そういう人、ぼくは好きだよ。きみみたいな人に出会えてよかった」
ケイナはダフルの顔をしばらく見つめた。
「おれもあんたのことは嫌いじゃないよ。ここを出ても言ってくれればいつでも会う」
ケイナがそう言うと、ダフルの目がびっくりしたように丸くなり、それから泣き笑いのような顔になった。
「い…… 行こうか」
ダフルは立ち上がった。嬉しさのあまり上ずったような声だった。
「あと一時間くらいだろ?」
かすかに潤んだような彼の声にケイナはうなずいた。
彼は初めてダフルと視線を合わせて、ほんの少し笑みを浮かべた。
森の入り口に停めたプラニカが見えたとき、ダフルはやれやれというように背負っていた荷物をおろした。
「疲れてない?」
ダフルがダイに尋ねると、ダイはううんというように首を振った。
荷物をプラニカに載せ、ダフルはケイナに目を向けた。
「ちょっと待っててくれる?」
ケイナが顔を向けると、ダフルは照れくさそうに笑った。
「用足しに行って来る」
ケイナはうなずいた。
ダフルは一度出た森の中に再び入っていった。
ほんの少し離れた場所ならいいだろう。
そう思って茂みに足を踏み入れようとしたとき、背後に人の気配を感じて振り向いた。
「なんだ」
彼は笑った。
「きみもなの?」
ダフルはそう言って、顔を前に戻すと再び茂みに足を踏み入れた。
「ぼく、ほんとにトイレが近くてね。1時間に1回くらい行っちゃうこともあるんだ。訓練のときも少しくらい我慢しろってだいぶん怒られた。今日は歩いてたから……」
しゃべりながらふと背中に違和感を覚えた。そしてようやく気づいた。
ケイナは肩まで伸びた金髪を無造作に後頭部でゆわえていた。だからいつも目の下あたりまで垂れた前髪の奥に耳が見えていた。
両耳に青いピアスがあった。
きれいな子はきれいなものをつけるとやっぱりきれいだな、と、そんなことを考えた。
どうして気づかなかったんだろう。
……それは、同じ顔だったからだ。
「思いっきり恨めとあいつに伝えとけ」
耳元でささやかれたあと、ダフルは茂みの中に倒れ込んだ。