『ノマド』のコミュニティはブランたちに会ってから20分ほど歩いた場所にあった。
初めて見る色鮮やかなテント群をダフルは口をあんぐりと開けて見入った。
「すごい。きれいだ……」
彼はため息まじりにつぶやいた。住民のひとりと目が合って笑みを受けたので戸惑ったように顔を真っ赤にした。
「お兄ちゃん、こっち」
ブランはケイナの手を引いて一番奥のテントに向かった。
「長老がいるよ」
テントの前で彼女がそう言ったので、ケイナは立ち止まった。
「入っていいよ」
ブランの声にうなずくと、ケイナは足を踏み入れた。そのあとに続いて入りそうになったダフルの手をダイが掴んだ。
「おじさんはこっち」
「おじさん?」
ダフルはダイを見下ろして顔をしかめた。
「あっちがお兄ちゃんで、ぼくがおじさん?」
「ごめんなさい」
ダイは口を尖らせた。ダフルは笑った。
「冗談だよ」
「おじさん、なんて名前なの?」
「ダフル。ダフル・クルーレ」
ダフルはダイの目の高さに腰を落とした。
「ダフルって呼んでいい?」
「いいよ」
ダイがやっと笑みを見せた。
「あっちのテントにお茶があるよ。そこで待っていてって」
ブランが彼の手を掴んだ。
「お兄ちゃんより小さな手ね」
彼女が握った手を見つめてそうつぶやいたので、ダフルは思わず笑った。
「うん。小さいだろ? だから射撃もあんまり得意じゃなかったんだ」
「ダフルはヘイタイサンなの?」
ダイが尋ねた。
「うん、そうだよ」
「ヘイタイサンって、何するの?」
「何って……」
困惑して自分の手を掴んだままのブランに目をやると、今まで元気だった彼女の顔が妙にこわばっていたので、ダフルは目を細めた。
「どうしたの?」
ダフルが顔を覗きこむと、ブランははっとしたような表情になって首を振った。
「ううん。なんでもないよ」
彼女は笑った。
「お茶飲んでよ。クレスのお母さんが淹れてくれたお茶は美味しいよ」
「うん、そうするよ。ありがとう」
ダフルは笑みを浮かべた。
ケイナがテントに入ると、覚えのあるハーブの香りがした。
トリのテントでも同じ香りがした。
「ケイナか。お帰り」
テントの中央に座っていた男が立ち上がって笑みを浮かべた。
「よく帰ってきた」
ケイナは黙って彼の顔を見つめた。遠い遠い記憶の中で覚えがあるような気がした。
髪はもう半分以上白くなっていたが、浅黒い肌にがっしりした体つきは若々しく見えた。
「こっちにきてお座り」
彼が小さなクッションをたくさん重ねた床を指差したので、ケイナは指し示された場所に腰をおろした。
「大きくなったな。あの時はダイと同じくらいだったのに」
ああ、そうか……。
自分の前に置かれた甘い匂いの立ちのぼるカップを見つめながらケイナは思った。
小さい頃にいたコミュニティの長老、エリドだ。
トリとリア、そしてマレークとユサがいたコミュニティの……。
「帰ってきたんじゃないんだ……」
エリドの着ている白い衣を視界の隅に捉えながら、ケイナはかぶりを振った。
「どうしてアシュアとリアを置いて移動した?」
エリドはケイナを見つめて笑みを浮かべた。
「ふたりは元気か?」
「元気だよ…… 悪いけど…… あんまり時間はないんだ」
ケイナの言葉にエリドはうなずいた。
「帰るときは、ダイとブランを連れて行きなさい」
思いがけない言葉だった。
「それで、外を知ったみんなを『ノマド』から弾き出すのか?」
「そうではないよ」
疑わしそうな顔をするケイナにエリドは答えた。
「ダイもブランも夢見の血を引いている。あのふたりを一緒に連れて行けば守りは強くなる。それに、そろそろ親が恋しくなる頃だ。ふたりともよく我慢した」
「エリド」
ケイナは彼の顔を見据えた。
「『ノマド』はいったい、何にどう関わっている?」
エリドはまっすぐにケイナを見つめ返した。
「全てに関わっている」
あまりにも簡潔な返答に、ケイナは呆気にとられた。
「ハルド・クレイは病状の悪化が著しかった。だから延命のために人工的なパーツを取り付けることを提案したのはわたしたちだ。そもそもその情報は『A・Jオフィス』が先に入手していたんだが」
パーツ……。ケイナは苛立ったようにエリドから目を逸らせた。
「当時の段階ではまだ研究状態だった。半分は実験台にもなりかねない状態だったが、彼の命を長らえさせるためにはそれが必要だと判断した」
「実験台……」
ケイナは思わず声をあげた。
「いい加減にしろよ。ハルドさんは人間だぞ……。それじゃあ、あんたたちがやったことはプロジェクトとなんら変わりがないじゃないか」
「そう言われてもしかたがない」
エリドは素直に認めた。
「だが、最終的に彼の事案があったからこそ、きみに今の腕や足がつくことになった」
ケイナは彼の言葉を拒否するように、ゆるくかぶりを振った。
「腕や足を失ったおれを生き返らせたのは誰なんだよ……」
エリドはケイナの言葉に沈鬱な表情になった。
「分かってるんだよ……。あんたたちがあの地震を起こし、あんたたちがおれとセレスを眠らせて、生き返らせた。生かしてもらって有難いと思ってるよ。……思ってるけど…… 腕や足がなくなってるからって、人の命の踏み台で新しいのをつけてもらったって嬉しくもなんともない。そんなんだったら、目覚めないほうがましだ」
ケイナは一気にそう言うと、口を引き結んで顔を伏せた。
「あいつは…… ハルドさんなのか」
つぶやくように口を開いたケイナにエリドはうなずいた。
「そうだよ。首から上だけがハルドの本体だ」
「え?」
エリドの言葉にケイナは目を見開いた。頭だけがハルド・クレイ? 頭部は生身だとは思っていたけれど、頭だけ……?
「そんな技術……」
「そう。あるはずがない。そう思っていた。今まではね」
エリドは答えた。
「体の一部を人工のものに付け替えるのは、全身の55%以内とされていた。それを超えると生存は難しい。あのパーツだと普通の人間では脳が持たないんだ。彼は90%に及ぶ。何をどうしたのか、その情報まではこちらにはない。『グリーン・アイズ』の遺伝子を若干でも持ち合わせるハルド・クレイだからこそ可能だったのかもしれん。と、すれば、きみやセレスはもっと可能だということになるな」
エリドの言葉にケイナは顔を引き攣らせた。
「整形の技術は数百年前からこの世にはあった。だが、最先端の技術は『ゼロ・ダリ』が持っている。顔を変えたからといって遺伝子の情報までは誤魔化せない。認証をかけられればあっという間に分かってしまう。その遺伝子認証に対してシールドもする技術を彼らは持っていたようだ」
ナナの顔がケイナの頭に浮かんだ。
「顔を別人に変える技術は『A・Jオフィス』のものだったんじゃないのか?」
「『A・Jオフィス』は『ゼロ・ダリ』から技術を盗み出していたからな」
ケイナは、眉をひそめてエリドを見た。
「なぜ……。なぜ、『A・Jオフィス』はそんなに『ゼロ・ダリ』の情報を盗み出しているんだ……。『A・Jオフィス』の主要業務は運輸のはずだろ?」
「我々がそうするように提案した」
エリドのきっぱりした口調に、ケイナの口が呆然としたように開かれた。
「提案って……」
声がかすれた。
「何を言ってるんだ……。ナナは何年も前から情報を盗み出していたと言っていた。おれが『ライン』にいた頃からずっとだ。……あんたたちはいったい何を見たんだ……?」
『ライン』でカインとアシュアに出会い、セレスに出会った。18歳の命の期限を前に怯えた数年間。命がけで走りぬいた時間が蘇る。
「全部…… 全部、あんたたちは見通していたのか……?」
ケイナは歯を食いしばった。体中が怒りで震えた。
「知っていながらおれたちをゲームボードの駒のように動かしたのか。カインが苦しんで、ユージーが撃たれて、『グリーン・アイズ』はみずから命を絶った。全部知っていながら、あんたたちは……!」
エリドに掴みかかると、彼の胸ぐらを掴んだ。
「人の…… 人の命をなんだと思ってる! そのことを一番知っていたのは『ノマド』じゃなかったのかよ! おれはゲームの駒じゃねえ!」
「そうだ。わたしたちは罪を犯した。だから終わりにしようと思っている」
静かなエリドの口調にケイナの表情が固く凍った。
エリドはケイナを見つめると、手を伸ばして彼の生身の左手を掴んだ。
「怒るのはもっともだ。トリは命がけでおまえたちを守った。だから生かしてやりたかった。もっともいい方法で。だのに食い止められなかった」
エリドはケイナの左手を掴んだまま、もう片方の手で彼の肩を押さえると無理矢理座らせ、彼の顔を覗きこんだ。
「ケイナ。ひどいことだというのは重々承知の上で言う。きみは、自分がこの星で生きてはいけない存在だという自覚があるか?」
ケイナは言葉をなくしてエリドの黒い目を見つめた。
「『ノマド』にはそれがあるんだよ……」
エリドは言った。
「命の重さはみんな同じだ。わたしたちだって生きる権利がある。最後に残ったプロジェクトの子供たちだってそうだ。そっとしておいてくれさえすれば、何の邪魔もせず生きていくつもりだった。なぜ、わたしたちがそうして生きていくことをこの星の民は許してはくれないんだろうな」
プロジェクトの子供。
自分とセレスとハルド・クレイ。
そうだ。そっとしておいてくれさえすれば、それで良かったのだ。
氷の下でずっと眠らせておいてくれさえすれば。
でも、起こされた。起こしたのはあんたたちじゃないか……。
ケイナは視線を泳がせた。
冷凍保存……。残される細胞。残される遺伝子。
『ノマド』が起こさなかったら、ほかの誰かが起こしたかもしれないということか?
「トリはね、きみとセレスが次世代を作り、命を繋いでいくことを夢見たんだよ」
エリドは静かに言った。
「命が途切れてしまうことの悲しみを一番よく知っているのはトリ自身だ。彼はきみたちには生きていって欲しかった。彼の夢は『ノマド』と『グリーン・アイズ』、そしてこの星の民との共生だったんだ。彼が地球のコミュニティを外れて『コリュボス』に渡ったのはそのためだったんだよ」
ケイナは肩を押さえていたエリドの手が、自分の顔に伸び、彼の手のひらが自分の目を覆うのを感じた。自然と目が閉じた。
初めて見る色鮮やかなテント群をダフルは口をあんぐりと開けて見入った。
「すごい。きれいだ……」
彼はため息まじりにつぶやいた。住民のひとりと目が合って笑みを受けたので戸惑ったように顔を真っ赤にした。
「お兄ちゃん、こっち」
ブランはケイナの手を引いて一番奥のテントに向かった。
「長老がいるよ」
テントの前で彼女がそう言ったので、ケイナは立ち止まった。
「入っていいよ」
ブランの声にうなずくと、ケイナは足を踏み入れた。そのあとに続いて入りそうになったダフルの手をダイが掴んだ。
「おじさんはこっち」
「おじさん?」
ダフルはダイを見下ろして顔をしかめた。
「あっちがお兄ちゃんで、ぼくがおじさん?」
「ごめんなさい」
ダイは口を尖らせた。ダフルは笑った。
「冗談だよ」
「おじさん、なんて名前なの?」
「ダフル。ダフル・クルーレ」
ダフルはダイの目の高さに腰を落とした。
「ダフルって呼んでいい?」
「いいよ」
ダイがやっと笑みを見せた。
「あっちのテントにお茶があるよ。そこで待っていてって」
ブランが彼の手を掴んだ。
「お兄ちゃんより小さな手ね」
彼女が握った手を見つめてそうつぶやいたので、ダフルは思わず笑った。
「うん。小さいだろ? だから射撃もあんまり得意じゃなかったんだ」
「ダフルはヘイタイサンなの?」
ダイが尋ねた。
「うん、そうだよ」
「ヘイタイサンって、何するの?」
「何って……」
困惑して自分の手を掴んだままのブランに目をやると、今まで元気だった彼女の顔が妙にこわばっていたので、ダフルは目を細めた。
「どうしたの?」
ダフルが顔を覗きこむと、ブランははっとしたような表情になって首を振った。
「ううん。なんでもないよ」
彼女は笑った。
「お茶飲んでよ。クレスのお母さんが淹れてくれたお茶は美味しいよ」
「うん、そうするよ。ありがとう」
ダフルは笑みを浮かべた。
ケイナがテントに入ると、覚えのあるハーブの香りがした。
トリのテントでも同じ香りがした。
「ケイナか。お帰り」
テントの中央に座っていた男が立ち上がって笑みを浮かべた。
「よく帰ってきた」
ケイナは黙って彼の顔を見つめた。遠い遠い記憶の中で覚えがあるような気がした。
髪はもう半分以上白くなっていたが、浅黒い肌にがっしりした体つきは若々しく見えた。
「こっちにきてお座り」
彼が小さなクッションをたくさん重ねた床を指差したので、ケイナは指し示された場所に腰をおろした。
「大きくなったな。あの時はダイと同じくらいだったのに」
ああ、そうか……。
自分の前に置かれた甘い匂いの立ちのぼるカップを見つめながらケイナは思った。
小さい頃にいたコミュニティの長老、エリドだ。
トリとリア、そしてマレークとユサがいたコミュニティの……。
「帰ってきたんじゃないんだ……」
エリドの着ている白い衣を視界の隅に捉えながら、ケイナはかぶりを振った。
「どうしてアシュアとリアを置いて移動した?」
エリドはケイナを見つめて笑みを浮かべた。
「ふたりは元気か?」
「元気だよ…… 悪いけど…… あんまり時間はないんだ」
ケイナの言葉にエリドはうなずいた。
「帰るときは、ダイとブランを連れて行きなさい」
思いがけない言葉だった。
「それで、外を知ったみんなを『ノマド』から弾き出すのか?」
「そうではないよ」
疑わしそうな顔をするケイナにエリドは答えた。
「ダイもブランも夢見の血を引いている。あのふたりを一緒に連れて行けば守りは強くなる。それに、そろそろ親が恋しくなる頃だ。ふたりともよく我慢した」
「エリド」
ケイナは彼の顔を見据えた。
「『ノマド』はいったい、何にどう関わっている?」
エリドはまっすぐにケイナを見つめ返した。
「全てに関わっている」
あまりにも簡潔な返答に、ケイナは呆気にとられた。
「ハルド・クレイは病状の悪化が著しかった。だから延命のために人工的なパーツを取り付けることを提案したのはわたしたちだ。そもそもその情報は『A・Jオフィス』が先に入手していたんだが」
パーツ……。ケイナは苛立ったようにエリドから目を逸らせた。
「当時の段階ではまだ研究状態だった。半分は実験台にもなりかねない状態だったが、彼の命を長らえさせるためにはそれが必要だと判断した」
「実験台……」
ケイナは思わず声をあげた。
「いい加減にしろよ。ハルドさんは人間だぞ……。それじゃあ、あんたたちがやったことはプロジェクトとなんら変わりがないじゃないか」
「そう言われてもしかたがない」
エリドは素直に認めた。
「だが、最終的に彼の事案があったからこそ、きみに今の腕や足がつくことになった」
ケイナは彼の言葉を拒否するように、ゆるくかぶりを振った。
「腕や足を失ったおれを生き返らせたのは誰なんだよ……」
エリドはケイナの言葉に沈鬱な表情になった。
「分かってるんだよ……。あんたたちがあの地震を起こし、あんたたちがおれとセレスを眠らせて、生き返らせた。生かしてもらって有難いと思ってるよ。……思ってるけど…… 腕や足がなくなってるからって、人の命の踏み台で新しいのをつけてもらったって嬉しくもなんともない。そんなんだったら、目覚めないほうがましだ」
ケイナは一気にそう言うと、口を引き結んで顔を伏せた。
「あいつは…… ハルドさんなのか」
つぶやくように口を開いたケイナにエリドはうなずいた。
「そうだよ。首から上だけがハルドの本体だ」
「え?」
エリドの言葉にケイナは目を見開いた。頭だけがハルド・クレイ? 頭部は生身だとは思っていたけれど、頭だけ……?
「そんな技術……」
「そう。あるはずがない。そう思っていた。今まではね」
エリドは答えた。
「体の一部を人工のものに付け替えるのは、全身の55%以内とされていた。それを超えると生存は難しい。あのパーツだと普通の人間では脳が持たないんだ。彼は90%に及ぶ。何をどうしたのか、その情報まではこちらにはない。『グリーン・アイズ』の遺伝子を若干でも持ち合わせるハルド・クレイだからこそ可能だったのかもしれん。と、すれば、きみやセレスはもっと可能だということになるな」
エリドの言葉にケイナは顔を引き攣らせた。
「整形の技術は数百年前からこの世にはあった。だが、最先端の技術は『ゼロ・ダリ』が持っている。顔を変えたからといって遺伝子の情報までは誤魔化せない。認証をかけられればあっという間に分かってしまう。その遺伝子認証に対してシールドもする技術を彼らは持っていたようだ」
ナナの顔がケイナの頭に浮かんだ。
「顔を別人に変える技術は『A・Jオフィス』のものだったんじゃないのか?」
「『A・Jオフィス』は『ゼロ・ダリ』から技術を盗み出していたからな」
ケイナは、眉をひそめてエリドを見た。
「なぜ……。なぜ、『A・Jオフィス』はそんなに『ゼロ・ダリ』の情報を盗み出しているんだ……。『A・Jオフィス』の主要業務は運輸のはずだろ?」
「我々がそうするように提案した」
エリドのきっぱりした口調に、ケイナの口が呆然としたように開かれた。
「提案って……」
声がかすれた。
「何を言ってるんだ……。ナナは何年も前から情報を盗み出していたと言っていた。おれが『ライン』にいた頃からずっとだ。……あんたたちはいったい何を見たんだ……?」
『ライン』でカインとアシュアに出会い、セレスに出会った。18歳の命の期限を前に怯えた数年間。命がけで走りぬいた時間が蘇る。
「全部…… 全部、あんたたちは見通していたのか……?」
ケイナは歯を食いしばった。体中が怒りで震えた。
「知っていながらおれたちをゲームボードの駒のように動かしたのか。カインが苦しんで、ユージーが撃たれて、『グリーン・アイズ』はみずから命を絶った。全部知っていながら、あんたたちは……!」
エリドに掴みかかると、彼の胸ぐらを掴んだ。
「人の…… 人の命をなんだと思ってる! そのことを一番知っていたのは『ノマド』じゃなかったのかよ! おれはゲームの駒じゃねえ!」
「そうだ。わたしたちは罪を犯した。だから終わりにしようと思っている」
静かなエリドの口調にケイナの表情が固く凍った。
エリドはケイナを見つめると、手を伸ばして彼の生身の左手を掴んだ。
「怒るのはもっともだ。トリは命がけでおまえたちを守った。だから生かしてやりたかった。もっともいい方法で。だのに食い止められなかった」
エリドはケイナの左手を掴んだまま、もう片方の手で彼の肩を押さえると無理矢理座らせ、彼の顔を覗きこんだ。
「ケイナ。ひどいことだというのは重々承知の上で言う。きみは、自分がこの星で生きてはいけない存在だという自覚があるか?」
ケイナは言葉をなくしてエリドの黒い目を見つめた。
「『ノマド』にはそれがあるんだよ……」
エリドは言った。
「命の重さはみんな同じだ。わたしたちだって生きる権利がある。最後に残ったプロジェクトの子供たちだってそうだ。そっとしておいてくれさえすれば、何の邪魔もせず生きていくつもりだった。なぜ、わたしたちがそうして生きていくことをこの星の民は許してはくれないんだろうな」
プロジェクトの子供。
自分とセレスとハルド・クレイ。
そうだ。そっとしておいてくれさえすれば、それで良かったのだ。
氷の下でずっと眠らせておいてくれさえすれば。
でも、起こされた。起こしたのはあんたたちじゃないか……。
ケイナは視線を泳がせた。
冷凍保存……。残される細胞。残される遺伝子。
『ノマド』が起こさなかったら、ほかの誰かが起こしたかもしれないということか?
「トリはね、きみとセレスが次世代を作り、命を繋いでいくことを夢見たんだよ」
エリドは静かに言った。
「命が途切れてしまうことの悲しみを一番よく知っているのはトリ自身だ。彼はきみたちには生きていって欲しかった。彼の夢は『ノマド』と『グリーン・アイズ』、そしてこの星の民との共生だったんだ。彼が地球のコミュニティを外れて『コリュボス』に渡ったのはそのためだったんだよ」
ケイナは肩を押さえていたエリドの手が、自分の顔に伸び、彼の手のひらが自分の目を覆うのを感じた。自然と目が閉じた。