アシュアのプラニカは公園の隅に停車していた。
 クルーレの運転するプラニカで近くに下りると、少し離れた緑地の中にいる3人の姿を見つけた。
 ケイナのそばに座っていたリアが顔をこちらに向け、途方に暮れたような表情で立っていたアシュアがカインの姿を見て数歩こちらに歩み寄る。
 ケイナは木にもたれて座り込んだまま、カインが近づいても伏せた顔をあげようともしなかった。
「ずっとこの調子なんだ。最初は地面に突っ伏してひたすら大声あげてて……。プラニカに乗せるのが大変だった」
 アシュアの言葉にカインはうなずいた。
「あいつの腕をぶった切ったみたいでさ。落ちてたやつ、一応持ってきた」
 アシュアは顎でプラニカをしゃくった。
「完璧に義手。ケイナと同じものなのかどうかは分からないけど」
 カインはケイナの前に腰を落とすと、彼の顔を覗きこんだ。
「ケイナ…… 無事でよかった」
 しかしやはりケイナは顔をあげなかった。立てた膝の上に置いた左手がぎゅっと握り締められている。なんだか拗ねている子供のように見えなくもない。出会った頃はまぶしくてしようがなかった彼の仕草が、今はずっと年下の弟のように感じられる。
「……帰ろうか」
 カインがそう言うとケイナの顔がゆっくりとあがった。彼はその目をカインではなく、少し離れて立つクルーレに向けられ、立ち上がるとゆっくりとクルーレに近づいていった。
 カインはアシュアとちらりと視線を交わして彼の姿を目で追った。
 ケイナはクルーレの前に立つと、彼の顔を見上げた。
「クルーレ…… 教えてくれよ」
 ケイナは言った。
「あんたの知っていることを教えてくれないか」
 クルーレは無言でケイナを見下ろした。
「いったい誰が狙われて、誰が狙ってるんだ」
 ケイナはそう言って握っていた左手を彼の前に突き出した。そしてその手をゆっくりと開いた。
 クルーレはケイナの手に目を移したあと、再びケイナを見た。
 ケイナはクルーレの顔を見つめながら言葉を続けた。
「なんで最初に言ってくれなかった?」
 ケイナの声がかすかに震えていた。
「なんでハルドさんが……?」
 ハルド?
 すぐにアシュアが駆け寄ってケイナの手の中を見た。そして呻いた。
 ブレスレット。ハルド・クレイのブレスレット?
「いったい何が動いてるんだ」
 ケイナは言い募ったが、クルーレはそれでも黙っていた。ケイナは唇をかみ締め、さらに手をクルーレに突きつけた。
「分からないよ……。教えてくれよ、クルーレ……。おれがハルドさんを殺したら全てが解決するのか? だからあんたは何も言わずにいたのか?」
 ブレスレットを持つケイナの手が小刻みに震えているのをアシュアは見た。
「なんで黙ってんだよ! ハルドさんがユージーやカインを襲うはずがないだろ。目的はなんだよ。『ゼロ・ダリ』がおれを狙ってんのか? だったらおれだけでいいじゃねえか。ユージーやカインは関係ないだろ!」
「関係ない?」
 クルーレが初めて口を開いた。
「どうしてそんなことが言える? きみにもしものことがあったとき、ユージー・カートとカイン・リィは黙ってはいまい」
 クルーレはケイナの顔を見据えて言った。
「ずいぶんと自分勝手だな。ふたりは自らの意思できみのそばにいるんだぞ」
 ケイナの腕が下がり、視線が不安を浮かべて流れた。
「なんでハルドさんが……」
 ケイナはつぶやいた。
「ケイナ」
 クルーレは言った。
「ここでだらだらと話を続けることは愚かだと思うがね。考えることができるほど冷静になったのなら戻りなさい」
 彼のきっぱりした口調はまるで子供に言い聞かせているような感じだった。
 ケイナはクルーレの顔を見上げ、それからカインを振り返った。
「ケイナ、帰ろう」
 カインがそう言うと、ケイナは口を引き結んで小さくうなずいた。

 オフィスに戻ると、置いてきぼりをくったヨクがかんかんに怒って待っていた。
 眠ってしまっていたとはいえ、彼なりにカインのそばにいて守るつもりでいたのが、目が覚めたとき誰もいなかったことが相当ショックだったらしい。
「あんたもあんただ!」
 ヨクはクルーレに噛みつくように言った。
「なぜおれにひとこと言ってくれないんだ?」
「申し訳ありません」
 クルーレに謝られてもまだ気が治まらない様子のヨクに、カインが見かねて口を出した。
「クルーレ、ありがとうございました。感謝しています。また改めてお話を……」
「はい」
 カインはケイナに目を向けた。「いいね?」というカインの視線にケイナは渋々うなずいた。クルーレが敬礼をして出て行ったあと、カインはヨクに顔を向けた。
「ぼくの部屋の工事は何時から?」
「まだ5時だぞ」
 ヨクは不機嫌そうに答えた。
「夜が明けなきゃ無理だよ」
「じゃあ、ヨクの部屋で休ませてもらうよ」
 カインは答えた。ヨクの訝しげな視線を受けて、カインは力なく笑みを浮かべた。
「ちょっと疲れた。午前中だけ休ませて」
 そしてその顔をアシュアとリアに向けた。
「きみたちも部屋で休むといいよ」
「カイン、あの……」
 リアが言いかけたが、カインは手をあげてそれを遮った。
「話はあとで」
 アシュアとリアは顔を見合わせた。カインは目を伏せた。
「いや…… もういい。『ノマド』かもしれない。そうじゃないかもしれない。『ゼロ・ダリ』か? 残酷な真実が待っている? そうかもしれない。でも…… もう、疲れた」
 カインはソファにどっと腰を落とし、両手で顔をこすった。
「申し訳ないけど、もうぼくは考える気力がないよ。休ませて」
 疲れきった声だった。
「気弱なことを言って悪いんだけど、不安なんだ。アシュア、きみがどうしても『ノマド』に行きたいというのなら、ぼくはしかたがないと思ってる。でも、まだどちらとも決められないんだったらここにいてくれ。頼むから」
 誰も何も言わなかった。アシュアは目を伏せて俯いた。
 しばらくして口を開いたのはヨクだった。
「さ、お開き。もうじき夜が明けちまう。暗いうちに寝るぞ」
 彼はぽんと手を叩いて言った。
「ああ、それとな、おれの部屋ははっきり言って汚いんだよ」
 カインが怪訝な顔をすると、ヨクは手をあげて部屋を出るために背を向けた。
「寝る場所なんかないよ。だから、ティの部屋で休ませてもらいなさい」
 彼の言葉にカインが抗議しようとすると、ヨクはうるさそうに手を振った。
「今さら体裁取り繕ってもしょうがないだろ。お休み」
 さっさと出て行くヨクを見送ってカインがアシュアに目を向けると、アシュアは手の甲で鼻をこすって言った。
「ありがとな。カイン」
 カインは目を逸らせて小さくうなずいた。