手に乗せていた顎がかくんと滑り落ちて、カインははっとして目を開けた。
いつの間にかうとうとしていたらしい。
連絡を受けたクルーレがやってきて警護を強化するから休めと言われたが、ケイナのことが気になって横になることができなかった。
それでもティだけは部屋に返した。ヨクは何度言っても一緒にいると言って聞かなかった。
しかしその彼もしばらくすると腕を組んで座ったまま、顎が胸につきそうなくらいがっくりと首を前に倒して眠り込んでしまった。
昨晩もほとんど眠っていないような状態だったからかなり疲れていたのだろう。
今はもう座った状態から肘掛に頭を預けて横になってしまい、ぐっすり寝入っている。かすかにいびきの音が聞こえた。カインは立ち上がってケイナのベッドから毛布を持ってきて彼にかけてやった。
時間を見ると午前4時だった。ケイナが出て行ってから4時間近くにもなる。
いったいどうしたのだろう。
クルーレがエアポート付近で銃を使った痕跡があると言っていた。しかし警備の人間が行くとそこには誰もいなかったらしい。
小さなデスクに向かい、モニターを開いた。何か連絡があればこっちに転送されるはずだ。その処理だけは行えた。コンピューター自体に損傷はなかったから、必ずこっちに連絡が来る。
「ケイナ……」
カインはモニターの前でつぶやいた。
行かせるんじゃなかった。
彼にもしものことがあったらどうすればいいだろう。
手に額を埋めたとき、いきなり通信音が鳴ってカインは弾かれたようにモニターにしがみついた。
「ケイナ!」
しかし、予想に反して画面に映ったのはアシュアだった。
「アシュア……」
「連絡が遅くなって悪かった。……ケイナは…… 一緒にいる」
「一緒に?」
なぜケイナがアシュアと? カインは目を細めた。
「ケイナがおれのことを呼んだんだ」
アシュアは答えた。
「それでケイナは?」
そう尋ねると、アシュアはちらりと視線をそらせ、再びこちらを向いた。
「大丈夫」
カインはほっと息を吐いた。
「……そっちも大騒ぎだったみたいだな。すまなかった」
アシュアの口調が固い。カインは少しためらったあと口を開いた。
「アシュア、『ノマド』は…… どうだったんだ」
それを聞いてアシュアは目を伏せた。
「なかったんだ」
「え?」
「コミュニティがなかったんだ。移動したみたいで……」
「移動……?」
移動って、どういうことだ。カインは呆然としてアシュアの顔を見つめた。
「コミュニティには行ったんだけど、もぬけの殻だったんだ。すまん。……おれたち、帰れなくなった」
カインは言葉を失った。
『ノマド』が移動した? アシュアとリアを残して? そんなばかな。
立て続けに起こる事態に頭が混乱しそうになった。
「ダイと…… ブランは?」
声を振り絞るようにして尋ねると、アシュアはかぶりを振った。
「分からない。連れて行ったんだと思う」
アシュアの表情は沈鬱だった。
「おれ…… 何をどう説明していいか分からねぇんだ。リアとだいぶん話をしたんだけど、あいつ、カインのところには帰れないの一点張りで……」
リアはコミュニティが移動してしまったことが今回の情報流出事件の犯人だと『ノマド』自身で言ってしまっているのと同じだと考えたのだろう。
『ノマド』だったからといって、それがイコール、リアではない。カインはそう思ったが、『ノマド』で生まれ育った彼女にとっては耐え難い苦痛であるに違いない。
「リアはどうしてるの?」
「今、ケイナについてる」
アシュアは口をへの字にゆがめて答えた。カインは目を細めた。
「どういうこと……。ケイナは怪我でもしたのか?」
アシュアは首を振った。
「そうじゃない。しばらく興奮状態で手がつけられなかったんだ。今やっと少し落ち着いて……。でもまともにしゃべってくれねぇんだ」
カインは視線を泳がせた。
「今、どこにいるんだ」
「エアポートから15分ほど離れた公園かな……。とにかく静かな場所がいいと思って……」
「戻ってこれるか?」
アシュアは再び顔を巡らせた。
「もうちょっと落ち着かないとだめなんじゃないかな……」
「いったい何があったんだ……」
「分からないんだ。何にも話してくれないんだよ」
カインはしばらく考え込んだ。
「ぼくがそっちに行くよ」
それしかないだろう。しかしアシュアは表情を険しくした。
「おまえ、出ないほうがいいんじゃないか」
カインは首を振った。
「クルーレが来てる。誰か護衛を連れて一緒に行くよ」
アシュアは心配そうな顔をしたが、やがてうなずいた。
「ん、じゃあ、待ってる」
アシュアが消えたので、カインは立ち上がった。ヨクは全く起きる様子がない。起こそうか起こすまいか迷ったが、結局カインはそのままそっと部屋を出た。
クルーレの姿を探すと、彼はフロアの端で兵士の一人に何か指示を出していた。
カインの姿に気づいて厳しい表情のまま顔をこちらに向けた。
「どうかされましたか?」
「ケイナの居場所が分かった。迎えに行きたいんです」
クルーレはうなずいた。
「わたしが一緒に行きましょう」
カインは兵士から軍用の大きな銃を受け取って先に立って歩き出すクルーレのあとに続いた。
いつの間にかうとうとしていたらしい。
連絡を受けたクルーレがやってきて警護を強化するから休めと言われたが、ケイナのことが気になって横になることができなかった。
それでもティだけは部屋に返した。ヨクは何度言っても一緒にいると言って聞かなかった。
しかしその彼もしばらくすると腕を組んで座ったまま、顎が胸につきそうなくらいがっくりと首を前に倒して眠り込んでしまった。
昨晩もほとんど眠っていないような状態だったからかなり疲れていたのだろう。
今はもう座った状態から肘掛に頭を預けて横になってしまい、ぐっすり寝入っている。かすかにいびきの音が聞こえた。カインは立ち上がってケイナのベッドから毛布を持ってきて彼にかけてやった。
時間を見ると午前4時だった。ケイナが出て行ってから4時間近くにもなる。
いったいどうしたのだろう。
クルーレがエアポート付近で銃を使った痕跡があると言っていた。しかし警備の人間が行くとそこには誰もいなかったらしい。
小さなデスクに向かい、モニターを開いた。何か連絡があればこっちに転送されるはずだ。その処理だけは行えた。コンピューター自体に損傷はなかったから、必ずこっちに連絡が来る。
「ケイナ……」
カインはモニターの前でつぶやいた。
行かせるんじゃなかった。
彼にもしものことがあったらどうすればいいだろう。
手に額を埋めたとき、いきなり通信音が鳴ってカインは弾かれたようにモニターにしがみついた。
「ケイナ!」
しかし、予想に反して画面に映ったのはアシュアだった。
「アシュア……」
「連絡が遅くなって悪かった。……ケイナは…… 一緒にいる」
「一緒に?」
なぜケイナがアシュアと? カインは目を細めた。
「ケイナがおれのことを呼んだんだ」
アシュアは答えた。
「それでケイナは?」
そう尋ねると、アシュアはちらりと視線をそらせ、再びこちらを向いた。
「大丈夫」
カインはほっと息を吐いた。
「……そっちも大騒ぎだったみたいだな。すまなかった」
アシュアの口調が固い。カインは少しためらったあと口を開いた。
「アシュア、『ノマド』は…… どうだったんだ」
それを聞いてアシュアは目を伏せた。
「なかったんだ」
「え?」
「コミュニティがなかったんだ。移動したみたいで……」
「移動……?」
移動って、どういうことだ。カインは呆然としてアシュアの顔を見つめた。
「コミュニティには行ったんだけど、もぬけの殻だったんだ。すまん。……おれたち、帰れなくなった」
カインは言葉を失った。
『ノマド』が移動した? アシュアとリアを残して? そんなばかな。
立て続けに起こる事態に頭が混乱しそうになった。
「ダイと…… ブランは?」
声を振り絞るようにして尋ねると、アシュアはかぶりを振った。
「分からない。連れて行ったんだと思う」
アシュアの表情は沈鬱だった。
「おれ…… 何をどう説明していいか分からねぇんだ。リアとだいぶん話をしたんだけど、あいつ、カインのところには帰れないの一点張りで……」
リアはコミュニティが移動してしまったことが今回の情報流出事件の犯人だと『ノマド』自身で言ってしまっているのと同じだと考えたのだろう。
『ノマド』だったからといって、それがイコール、リアではない。カインはそう思ったが、『ノマド』で生まれ育った彼女にとっては耐え難い苦痛であるに違いない。
「リアはどうしてるの?」
「今、ケイナについてる」
アシュアは口をへの字にゆがめて答えた。カインは目を細めた。
「どういうこと……。ケイナは怪我でもしたのか?」
アシュアは首を振った。
「そうじゃない。しばらく興奮状態で手がつけられなかったんだ。今やっと少し落ち着いて……。でもまともにしゃべってくれねぇんだ」
カインは視線を泳がせた。
「今、どこにいるんだ」
「エアポートから15分ほど離れた公園かな……。とにかく静かな場所がいいと思って……」
「戻ってこれるか?」
アシュアは再び顔を巡らせた。
「もうちょっと落ち着かないとだめなんじゃないかな……」
「いったい何があったんだ……」
「分からないんだ。何にも話してくれないんだよ」
カインはしばらく考え込んだ。
「ぼくがそっちに行くよ」
それしかないだろう。しかしアシュアは表情を険しくした。
「おまえ、出ないほうがいいんじゃないか」
カインは首を振った。
「クルーレが来てる。誰か護衛を連れて一緒に行くよ」
アシュアは心配そうな顔をしたが、やがてうなずいた。
「ん、じゃあ、待ってる」
アシュアが消えたので、カインは立ち上がった。ヨクは全く起きる様子がない。起こそうか起こすまいか迷ったが、結局カインはそのままそっと部屋を出た。
クルーレの姿を探すと、彼はフロアの端で兵士の一人に何か指示を出していた。
カインの姿に気づいて厳しい表情のまま顔をこちらに向けた。
「どうかされましたか?」
「ケイナの居場所が分かった。迎えに行きたいんです」
クルーレはうなずいた。
「わたしが一緒に行きましょう」
カインは兵士から軍用の大きな銃を受け取って先に立って歩き出すクルーレのあとに続いた。