ビルの外は夜が更けているにもかかわらずまだ行きかう人は多かった。
 ケイナは立ち並ぶビルを見上げた。ずっと上のほうまで明かりのついている窓がある。
 いったいどこから撃ったんだろう。
 視線を巡らせながらケイナは道路を横切った。
 あいつは絶対いる。おれを呼び出している。その確信はあった。
 いくつかのビルの前を通り過ぎた。
「埒あかねぇ……」
 ケイナはヴィルに乗って飛び立とうとしている少年を見つけてその肩を掴んだ。
「なにすんだよ!」
 振り返るなり怒鳴る少年を義手の右腕で引きずり降ろし、ヴィルに飛び乗った。
 エンジンがかかっていれば認証は不要だ。
「ごめん、あとで返す」
「ちょっ……! ふざけんな!」
 罵倒する声はあっという間に後方に消えた。
 見ているだけでは何もなかったようないつもの夜の街だ。
 顔を巡らせてケイナは一点に目を凝らした。ちかちかと光が点滅している。
「エアポート……」
 ケイナはつぶやいた。点滅する光の中にひとつだけ違う点滅をしている光があった。
「自己主張しやがって……」
 口をゆがめてつぶやくと、ケイナはヴィルをそちらに向けた。
 エアポートが見えた、と思った途端、閃光が走ってヴィルがぐらりとかしいだ。
 墜落は免れたが、ヴィルから身を翻した途端、ぼん、という音をたててヴィルは黒煙を吐き出した。
「借り物だぞ」
 ケイナは銃を引き抜いた。
「そう?」
 相手のその言葉が終わる前にケイナは撃っていた。狙うヒマを与えるわけにはいかない。ひとしきり撃ったあと、ケイナは左手で『ノマド』の剣を引き抜いた。がきりという音がして、相手の顔が自分の前に来た。
「やっぱり義手かよ」
 剣を右腕で受けた相手にケイナは言った。
「ふふっ……」
 自分の顔をした相手が笑みを漏らした。
「どっちの『覚える』のが早いかだな」
 ケイナは力を込めたが、あっという間に弾き返されて身を伏せた。頭の上を光が飛んでいった
 すぐに起き上がって距離を置こうとする相手の近くに再び走り込んだ。
 距離をおくこと、狙う時間を与えることが命取りだった。
 何度も同じことを繰り返して、ケイナは歯を食いしばった。
 動いても動いても相手が少しも消耗しない。それなのにこちらはどんどん疲れてくる。
 義手である右腕と義足である左足は動くが、ほかの部分がついていかない。
 ケイナは『ノマド』の剣を右手に持ち替えた。コントロールは悪くなるが力は左腕以上出るはずだ。
 呼吸が荒くなっていた。
(こいつ、生身じゃない……)
 そう思った途端硬い手で首を掴まれ、草の茂る斜面に仰向けに倒れ込んだ。
「そんなに接近戦がしたいのか?」
 相手の背後でエアポートの光が点滅していた。彼はケイナに顔を近づけた。
「首を握りつぶされるほうが、そんなにいいのか?」
 息が詰まる。乱れていた呼吸がさらに苦しくなる。逃れたくてもがっちりと掴まれて動かなかった。
「いい加減、諦めたら?」
 そう言って相手が顔を遠ざけたとき、ケイナは夢中で剣を振り下ろしていた。ふっと体が軽くなった。
(切れた……)
 剣を右手に持ち替えていたのが幸いしたのか。
 転がった腕を視界の隅に捉えながらケイナは体を起こした。
 早く動かないと。そう思うのに、詰まった息を整えることができない。息を吸おうとすると胸に痛みが走った。
 狙われる。まだ片腕が残ってる。じっとしていると狙われる。目が見えない……。
 いや、見える。
 義眼は相手の姿を捉えていた。再び自分に掴みかかろうとする相手に向かってケイナは必死になって剣を振り下ろした。切っ先が相手の頬をかすって赤い筋を残した。
「血?」
 ケイナは目を見開いた。顔は作り物じゃない?
「だったら…… 話は早い」
 ケイナは歯を食いしばって立ち上がると、剣を左手に握りなおして相手の懐に飛び込んだ。
「首ごとぶった切ってやる!」
 剣を振りおろしたとき、相手の残った腕で切っ先を受けられた。
 チッと小さな音がして何かが飛んでいった。
 相手が銃で狙おうとする前にケイナは再び飛びかかっていた。今度は相手もバランスを崩した。
 起き上がる前にケイナは相手に馬乗りになり、右腕で相手の頭を押さえ込んで剣を振り上げた。それを振り下ろそうとしたとき、手が止まった。
 相手の顔の近くに光るものが落ちていた。見覚えのあるその形にケイナは呆然とした。
「ケイナ」
 相手が言った。ケイナはその声をやっと思い出した。
「躊躇するな」
 息が荒れた。
『ノマド』の思惑、思い出せなかった声、セレスの記憶、自分と同じ顔……。
 頭の中でぐるぐると詰め込まれた情報が渦を巻く。
 相手が自分の額に銃を突きつけても、ケイナは動くことができなかった。
「ケイナ!」
 アシュアの声にはっとして身を翻した途端、相手が起き上がる気配を感じた。
 アシュアの撃つ銃の光が自分の前を何本も通り過ぎていった。
「ケイナ! 大丈夫か!」
 アシュアが走り寄ってきたが、ケイナは立ち上がることができなかった。
 震える手でエアポートの光を反射して光る『それ』を拾った。
 銀色のプレートがついたブレスレット。
 セレスと同じ形のブレスレット……。
(兄さんとひとつずつ形見でもらったんだ)
 昔聞いたセレスの言葉が蘇る。
 ケイナはうめき声をあげて、ブレスレットを掴んだままひれ伏すように突っ伏した。
 うめき声はやがて咆哮に変わった。
 うずくまったまま何度も何度も叫び声をあげるケイナを、アシュアは呆然として見つめていた。