ドアーズに促されて薄暗い部屋に足を踏み入れ、さらに奥に進むと計器類の点滅する明かりが見えた。数人の人影が見える。ふたりの姿を見て会釈をする者もいた。
大小さまざまな光の向こうにカインとアシュアは薄く白いベールのような布が天井からテントのように下げられているのを見た。
1年前も確かそうだった。テントの中はさらに気温が低い。セレスはその中で無数のチューブに繋がれていた。ほとんど肉体が見えない状態であったように思う。アシュアが後ろで小さくくしゃみをした。
「ちょっと寒いでしょうな。それでも1年前に比べると5度ほど違いますよ」
ドアーズが振り返って少し笑いながら言った。そしてさらに部屋の奥にふたりを促した。
計器類の明かりを通り越して白いテントの中を見たふたりはそのまま目を丸くして立ち止まってしまった。アシュアは中に横たわるセレスの姿を見て、カインはその姿にデジャヴを感じて。
「セレス……」
アシュアのかすれた声が聞こえた。
テントの中のその姿は、カインがかつて見たことのある姿だった。
緑色の長い髪。透き通ってしまいそうな白い肌。
『グリーン・アイズ』
7年前、氷の下の部屋に閉じ込められていた少女、『グリーン・アイズ・ケイナ』そのままだった。
襟も袖もない白い服を着て横たわっていたセレスのむき出しの腕と足が痛々しいほど細い。それでも少年とも少女ともつかなかった体型が丸みを帯びている。もう、今は少女としか見えない。かすかに隆起を感じさせる胸が規則正しく呼吸のための上下運動を繰り返している。トレードマークだった緑色の髪は艶を失うことなく、今はもう腰のあたりまで伸びていた。
「大丈夫ですか?」
凍りついたように立ちすくむカインとアシュアに、ドアーズが声をかけた。その声にふたりは我に返った。
「テントを上げましょう」
ドアーズが少し笑ってそう言ったので、カインは驚いて彼の顔を見た。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。免疫もだいぶんつきましたからね」
ドアーズは答えると、後方の誰かに合図を送った。ほどなくしてゆっくりと下側から白いベールがたくしあがり、セレスの姿がはっきりと見えるようになった。ふたりはセレスの横たわるベッドに近づいた。
「なんだか…… いい夢でも見てそうな顔だな」
アシュアがセレスの顔を覗き込んで、かすかに笑ってつぶやいた。
確かにセレスは目を閉じてはいたが、ほんの少し笑っているような表情だった。
「痩せちゃったな……」
カインは彼、いや、彼女の細い足を見つめて言った。そしてセレスの顔に目を向けた。
「セレス……。頑張るんだぞ。ケイナもすぐ目が覚める」
少し顔を近づけてそう言うと、ドアーズが何かに気がついて後方のスタッフに目をやった。
「おやおや」
彼が嬉しそうに声をあげたので、ふたりは振り向いた。
「ご子息、あなたの声に彼女の脳波が反応したようですよ」
「え?」
カインは目を丸くした。
「夢の中ででも聞いているのかもしれませんね。もっと近くに行って、話してみるといい。彼女の手を握って。あなたの声や体温で彼女がさらに覚醒に近づくかもしれませんよ」
まさか、とカインは思った。どうしてぼくの声に? ケイナの声ならともかく。
アシュアの顔を見ると、やってみたら? というようにうなずいたので、カインはおずおずと細く折れそうなセレスの手をとった。
温かい……。セレスは生きている。
7年前のセレスの表情が思い出された。大きな目、屈託のない笑い顔、『ライン』での時間、逃亡の時間……。思い出すと記憶がとめどなくあふれ出た。
「セレス……」
カインはセレスの細い指を両手で握り締めた。
「セレス…… 聞こえるか? ……あのとき…… ごめんな、助けてやれなくて……」
カインの言葉を聞いてアシュアは目を伏せた。
「……今度はちゃんと守ってやるから……」
『カイン……』
頭の中でふいにセレスの声が聞こえたような気がしてカインは小さく目を見開いた。
『カイン…… ケイナに会って……』
「……ケイナに……?」
つぶやくカインの横顔をアシュアが怪訝そうに見た。
『……ほんとのケイナに会って……』
本当のケイナに会う? どういうことだ? ケイナは『アライド』だ。『アライド』に行けということなのか?
途端に目の前に閃光が走り、鋭い痛みを目に感じた。カインは思わずセレスの手を取り落として目を押さえた。
「カイン……!」
アシュアが慌てて腕を伸ばすとバランスを崩しかけたカインの体を支えた。
「どうした、大丈夫か?」
ドアーズがスタッフとなにやら会話していたが、すぐに戻ってきた。
「どうしました? 彼女の脳波はいい兆候でしたよ」
「い、いえ……」
カインは瞬きを繰り返してかぶりを振った。光の残像がまだ残っている。もう何年もこんなにはっきり『見えた』ことなんかなかったのに……。これはいったい何のメッセージなんだろう。
セレスに目を向けると、光の残像の中で彼女は最初に見たときと同じ表情で眠っていた。
「まさかご子息の声に反応するとは思いませんでしたよ」
部屋のドアを抜けながら嬉しそうにドアーズは言った。ドアーズはトゥの時代からホライズンにいるため、カインのことをいまだに『ご子息』と呼ぶ。カインはその呼称が嫌いだったが、今はそんなことを考える余裕もなかった。
「こんなことならもっと早くから定期的にあなたの声を聞かせてやるんでしたね」
カインは緩くかぶりを振った。こんな痛みを伴う意識下のコンタクトなんて何度も味わいたくはない。
アシュアは真っ赤になったカインの目をそっと見やった。カインは何かを見たのだ。『見た』あとのカインはいつも少なからず体力を消耗している。久しくそうした機会がなかったから、もしかしたら相当ダメージを受けているのかもしれない。
そう思ったアシュアは強引にドアーズとカインの間に割り込んだ。
「悪いけど、社長はこのあと予定があるからこれで失礼させてもらうよ。また何かあったら連絡くれるだろ?」
「もちろんです」
ドアーズはアシュアを見上げて答えた。
「定期的に連絡はさせていただきますが、何か動きがあれば直通でお知らせしますので」
「じゃあ、頼むよ。こっちの受け入れ体制はまた説明しに来るから」
アシュアはカインの肩を抱きかかえるようにしてそそくさとドアーズに背を向け、大急ぎでその場を離れた。ドアーズがかすかに不審そうな目を向けていることは分かっていたが無視した。
大小さまざまな光の向こうにカインとアシュアは薄く白いベールのような布が天井からテントのように下げられているのを見た。
1年前も確かそうだった。テントの中はさらに気温が低い。セレスはその中で無数のチューブに繋がれていた。ほとんど肉体が見えない状態であったように思う。アシュアが後ろで小さくくしゃみをした。
「ちょっと寒いでしょうな。それでも1年前に比べると5度ほど違いますよ」
ドアーズが振り返って少し笑いながら言った。そしてさらに部屋の奥にふたりを促した。
計器類の明かりを通り越して白いテントの中を見たふたりはそのまま目を丸くして立ち止まってしまった。アシュアは中に横たわるセレスの姿を見て、カインはその姿にデジャヴを感じて。
「セレス……」
アシュアのかすれた声が聞こえた。
テントの中のその姿は、カインがかつて見たことのある姿だった。
緑色の長い髪。透き通ってしまいそうな白い肌。
『グリーン・アイズ』
7年前、氷の下の部屋に閉じ込められていた少女、『グリーン・アイズ・ケイナ』そのままだった。
襟も袖もない白い服を着て横たわっていたセレスのむき出しの腕と足が痛々しいほど細い。それでも少年とも少女ともつかなかった体型が丸みを帯びている。もう、今は少女としか見えない。かすかに隆起を感じさせる胸が規則正しく呼吸のための上下運動を繰り返している。トレードマークだった緑色の髪は艶を失うことなく、今はもう腰のあたりまで伸びていた。
「大丈夫ですか?」
凍りついたように立ちすくむカインとアシュアに、ドアーズが声をかけた。その声にふたりは我に返った。
「テントを上げましょう」
ドアーズが少し笑ってそう言ったので、カインは驚いて彼の顔を見た。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。免疫もだいぶんつきましたからね」
ドアーズは答えると、後方の誰かに合図を送った。ほどなくしてゆっくりと下側から白いベールがたくしあがり、セレスの姿がはっきりと見えるようになった。ふたりはセレスの横たわるベッドに近づいた。
「なんだか…… いい夢でも見てそうな顔だな」
アシュアがセレスの顔を覗き込んで、かすかに笑ってつぶやいた。
確かにセレスは目を閉じてはいたが、ほんの少し笑っているような表情だった。
「痩せちゃったな……」
カインは彼、いや、彼女の細い足を見つめて言った。そしてセレスの顔に目を向けた。
「セレス……。頑張るんだぞ。ケイナもすぐ目が覚める」
少し顔を近づけてそう言うと、ドアーズが何かに気がついて後方のスタッフに目をやった。
「おやおや」
彼が嬉しそうに声をあげたので、ふたりは振り向いた。
「ご子息、あなたの声に彼女の脳波が反応したようですよ」
「え?」
カインは目を丸くした。
「夢の中ででも聞いているのかもしれませんね。もっと近くに行って、話してみるといい。彼女の手を握って。あなたの声や体温で彼女がさらに覚醒に近づくかもしれませんよ」
まさか、とカインは思った。どうしてぼくの声に? ケイナの声ならともかく。
アシュアの顔を見ると、やってみたら? というようにうなずいたので、カインはおずおずと細く折れそうなセレスの手をとった。
温かい……。セレスは生きている。
7年前のセレスの表情が思い出された。大きな目、屈託のない笑い顔、『ライン』での時間、逃亡の時間……。思い出すと記憶がとめどなくあふれ出た。
「セレス……」
カインはセレスの細い指を両手で握り締めた。
「セレス…… 聞こえるか? ……あのとき…… ごめんな、助けてやれなくて……」
カインの言葉を聞いてアシュアは目を伏せた。
「……今度はちゃんと守ってやるから……」
『カイン……』
頭の中でふいにセレスの声が聞こえたような気がしてカインは小さく目を見開いた。
『カイン…… ケイナに会って……』
「……ケイナに……?」
つぶやくカインの横顔をアシュアが怪訝そうに見た。
『……ほんとのケイナに会って……』
本当のケイナに会う? どういうことだ? ケイナは『アライド』だ。『アライド』に行けということなのか?
途端に目の前に閃光が走り、鋭い痛みを目に感じた。カインは思わずセレスの手を取り落として目を押さえた。
「カイン……!」
アシュアが慌てて腕を伸ばすとバランスを崩しかけたカインの体を支えた。
「どうした、大丈夫か?」
ドアーズがスタッフとなにやら会話していたが、すぐに戻ってきた。
「どうしました? 彼女の脳波はいい兆候でしたよ」
「い、いえ……」
カインは瞬きを繰り返してかぶりを振った。光の残像がまだ残っている。もう何年もこんなにはっきり『見えた』ことなんかなかったのに……。これはいったい何のメッセージなんだろう。
セレスに目を向けると、光の残像の中で彼女は最初に見たときと同じ表情で眠っていた。
「まさかご子息の声に反応するとは思いませんでしたよ」
部屋のドアを抜けながら嬉しそうにドアーズは言った。ドアーズはトゥの時代からホライズンにいるため、カインのことをいまだに『ご子息』と呼ぶ。カインはその呼称が嫌いだったが、今はそんなことを考える余裕もなかった。
「こんなことならもっと早くから定期的にあなたの声を聞かせてやるんでしたね」
カインは緩くかぶりを振った。こんな痛みを伴う意識下のコンタクトなんて何度も味わいたくはない。
アシュアは真っ赤になったカインの目をそっと見やった。カインは何かを見たのだ。『見た』あとのカインはいつも少なからず体力を消耗している。久しくそうした機会がなかったから、もしかしたら相当ダメージを受けているのかもしれない。
そう思ったアシュアは強引にドアーズとカインの間に割り込んだ。
「悪いけど、社長はこのあと予定があるからこれで失礼させてもらうよ。また何かあったら連絡くれるだろ?」
「もちろんです」
ドアーズはアシュアを見上げて答えた。
「定期的に連絡はさせていただきますが、何か動きがあれば直通でお知らせしますので」
「じゃあ、頼むよ。こっちの受け入れ体制はまた説明しに来るから」
アシュアはカインの肩を抱きかかえるようにしてそそくさとドアーズに背を向け、大急ぎでその場を離れた。ドアーズがかすかに不審そうな目を向けていることは分かっていたが無視した。