翌日ヨクはカインの部屋を訪れて、いきなり彼の構える銃口に出迎えられて立ちすくんだ。
「なにしてんだ!」
「ごめん」
 カインはデスクの脇に立って申し訳なさそうに銃を下におろした。
「しばらく持ってなかったから、慣れておこうと思って」
「慣れておこうとって……」
 ヨクはカインに近づくと彼の顔と手元の銃を交互に見て困惑したような表情になった。
「何年も使ってないから…… やっぱりだめかな……」
 カインは銃を見つめてつぶやいた。
「何をしようとしてるんだ?」
「ねえ、ヨク」
 訝しげに目を細めるヨクの表情を無視してカインは言った。
「このビルに射撃場ってあったっけ」
「そんなもんあるわけないだろ」
 何を考えているんだといわんばかりにヨクは答えた。
「そうだよな……。ましてや実弾だし……」
 カインはコトリと銃をデスクに置いて考え込んだ。
「なんでそんなもん持ち出してるんだ?」
 詰め寄るヨクの顔にカインは目を向けた。
「自分の身は自分で守ろうと思って」
「え?」
 ヨクはカインの顔をまじまじと見た。
「そんなこと……」
「そう、できるわけがない」
 カインは彼の言葉を遮って、銃を引き出しに片付け、デスクから離れるとソファに座った。
「あのユージーが撃たれたんだ。たとえアシュアがそばにいても無理かもしれない」
「カイン……」
「でも、何もしないよりはマシだ」
「ボディガードを雇う……」
「雇わない」
 カインはヨクの目を見据えてつっぱねた。
「少しでも費用を削減したい」
「ばかなことを言うな!」
 ヨクは思わず声を荒げたが、カインはそっぽを向いた。最初からヨクが怒ることは承知のうえだったのだろう。
「費用と社長の命とどっちが大事だよ!」
 カインはヨクの言葉を聞いて少し小首をかしげた。そして答えた。
「どっちも」
 ヨクは呆れたように首を振った。
「どうかしてる。どうかしてるよ……」
「ぼくは死にたくないんだ」
 カインはソファに身を沈めて言った。
「あなたも死にたくないでしょう。死にたくないから、かつて『ビート』だった自分の腕に賭ける」
「ふざけんなよ。きみに守ってもらうのか? そんな本末転倒なことがあるかよ」
 ヨクは手を振り上げた。
「じゃあ、あなたも射撃の訓練をする?」
 カインの言葉にヨクはぐっと詰まった。生まれてこのかた銃なんか手にしたこともない。カインは彼から目を離した。
「ユージーの秘書に会いたい旨を伝えてください。彼の都合がいい一番近い日時でアポイントを」
 ヨクは黙っていた。口を真一文字に引き結んでいる。カインはそれきり何も言わなかった。ヨクもそのまま何も言わず、しばらくして部屋を出て行った。

 その日の夜、ヨクは部屋に入ってくると黙ってカインの前に布包みを置いた。
 カインが彼の顔を見上げるとヨクは肩をすくめた。
「気が進まないがね」
 包みを開けると新しい銃が見えた。
「アンリ・クルーレとは明日12時だ。彼のほうからこっちに来てくれる。……これは彼が手配して人づてに届けてくれた」
「クルーレが?」
 カインは目を細めた。ヨクはうなずいた。
「カートは軍の関連だからこういうのは得意だよ。きみの腕はだいたい把握していた。ユージー・カートからも時々話しを聞いていたんだろう。軍仕様の最新式だそうだ」
 カインは銃を持ち上げた。今の自分のものよりすんなり手に馴染む。
「自分の身は自分でというのは賢明な選択だと言ってたよ」
 ヨクは首を振りながらソファに歩み寄るとどさりと腰掛けた。
「たくさん護衛をつけていたのに、全く役に立たないのなら、いないのと一緒だとさ」
 カインはユージーと一緒に降りてきた数人の兵士たちを思い出した。クルーレはもしかしたら彼らを解雇してしまったかもしれない。
「ユージーの容態について何か言っていましたか?」
「変わりない」
 ヨクは答えた。カインは銃を元通りに包むと人の目に触れないようデスクの引き出しの奥に片付けた。
「ユージー・カートはたくさんの部下を抱えていた。仕事柄、万が一のことがあっても物事が滞りなく進むよう日ごろから手配していたそうだ。だからとりたてて現状の業務に差し支えはないが、彼の昏睡が長引くようだと次期社長のことを重役会で考えないといけないだろうってところまではきているらしい」
 カインは椅子の背もたれに身をもたせかけると、口を引き結んで宙を見つめた。
 代替わりをすると、ケイナやセレスのことは蚊帳の外になるだろう。
「ヨク……」
 カインはつぶやくように尋ねた。
「もし、ぼくに万が一のことがあったら、カンパニーは同じように業務を続けられますか?」
「たぶんね」
 即座に答えるヨクにカインは思わず彼に目を向けた。
「カートと同じだよ。ほどなくして次期社長ができるだろう。でなきゃ組織じゃないよ」
 カインが再び口を開こうとすると、ヨクはそれを遮るように畳み掛けた。
「でも、きみがいなくなったらおれは辞める」
 カインは目を細めた。
「……なんでそんなにぼくに固執するんです……」
「トウ・リィの息子だからな」
 ヨクは肩をすくめて答えた。
 怪訝な顔つきでこちらを見るカインにちらりと目を向けてヨクはかすかに口を歪めた。
「トウと約束をしたんだ。自分に何かあったときはきみを頼む、と言われた」
「え……?」
 カインが目を見開いたので、ヨクはため息をついた。
「これ以上は話さないよ」
「いつもそうやって……」
 カインは椅子の背もたれに寄りかかって腕を組むと不機嫌そうにつぶやいた。ヨクは知らん顔をして壁のモニターを開くと報道を映した。
「あなたは……」
 カインはそんな彼の顔を見て言った。
「トウが20代でひとつの部署を任されたとき、彼女の直属の部下になっていますよね。以後20年ほどトウの近くで仕事をしてきてる」
「そんなことはおれに聞かなくても調べりゃすぐ分かるだろ」
 ヨクは素っ気無い。カインは立ち上がると彼に近づいた。
「あなたは父にも会っているはずだ。どうして何も教えてくれないんです?」
 今日はてこでも引き下がらないつもりだった。しかしヨクはまるで聞こえていないかのように壁のモニターを見つめている。 
 カインは彼とモニターの間に立ちはだかった。
「見えないよ。どきなさいって」
 子供をなだめるような口調でヨクが言った。
「クローズ!」
 カインはむっとして壁に向かって怒鳴った。シュンッと音をたててモニターが消えた。
 再び向き直って彼を見下ろした。ヨクはじろりとカインを見上げたが、すぐに目を逸らせた。
「ボルドーの会社とはとっくの昔に取引はなくなってるよ。たぶんこれからもない。知らせる必要なんかないだろう?」
「父はどんな人だったんですか」
 カインはヨクの言葉を無視してせっついた。ヨクは肩をすくめた。
「頭のきれる男だったよ。おれはあんまり好きじゃなかったけどね」
 カインは目を細めた。ヨクはちらりと笑った。
「頭が良くて、女性をうっとりさせるだけのご面相も持っていたよ。これで満足?」
 カインは一瞬口を引き結んだあと、イラついたように彼の隣に腰をかけた。
「煙草、いいかな」
 ヨクはそう言うと、カインの返事を待たずにキッチンに行って、前に自分が灰皿として使わせてもらった小皿を見つけ出して持ってきた。そして再びソファに座った。煙草に火をつけると話し始めた。
「トウは最初こそボルドーに惚れていたと思うけれど、彼が心変わりをしてからはあっさり彼のことなぞ諦めたと思うよ」
 カインは彼の口から吐き出される煙を見るともなしに眺めた。
「きみのお父さんと、きみにとっては叔母にあたるサエの話は聞いていると思うが、一番の原因はボルドーの弱さだ。きみには悪いが、所詮それだけの男だったとおれは思うね」
 ボルドー。名前しか知らない父。母であるトウを裏切って姉のサエと結婚した男。
 でも、トウはボルドーを責める言葉は一度も口にしなかった。彼女の心の中には姉のサエへの憎しみで一杯だった。トウの立場からすればそうでも、第三者として端から見ていたヨクは違う面を見ていたようだ。
「サエ・リィの性格もまあ、いろいろ問題はあったがね。ただ、彼女の場合、それは自分でもどうすることもできなかったと思う」
「どうして……」
 カインは目を細めた。
「サエは…… 精神を患っていたんじゃないかと思う」
 カインは呆然としてヨクを見つめた。
「それは明確な話? それともあなたの推測ですか?」
 ヨクはカインをちらりと見て首を振った。
「当たり前に見てサエは普通じゃなかったよ。彼女の危うさは、重役連中は全員知っていたと思う。たまに経営会議にしゃしゃり出ることもあったんだが、言っていることが今日と昨日とで口調から方針までまるっきり違う。そのことを指摘するとそんなことは言った覚えがないの一点張り。様子からして本当に思い出せなかったようだったけどね」
「トウはそのことが分かっていたんですか?」
「分からないはずがない。でも、はっきりと彼女が口にしたことはないな」
「なぜ祖父は叔母にしかるべき治療を受けさせなかったんです?」
 カインの言葉にヨクは紫煙を吐き出して一瞬口を引き結んだ。
「おれの父がシュウ・リィの側近で、当時父は彼に忠告したこともあったそうだ。だが、シュウ・リィは聞かなかった。何よりも彼自身がそのことを認めたくなかったみたいだ。彼はトウもサエも両方大切にしていたけれど、トウは人に媚びないし、ずっと自立している。そういう点では彼にとってはサエのほうが可愛かったんだろう」
 ヨクはソファに身を沈めて重いため息を吐いた。
「トウはきみが生まれたとき、ずいぶん心配していたよ。サエがそのうちきみを育てることに飽きて放棄してしまうことは目に見えていたからな。そのとき、ボルドーが責任を持つとも思えなかった」
「ヨク……」
 カインは少し口篭ったあと、思い切って尋ねた。
「叔母が代理出産をしたというのは…… 本当なんですか」
 ヨクはカインの顔をちらりと見てうなずいた。
「本当だよ。そのこと自体は限られた人間しか知らないけれど。今でもきみはトウが養子に迎えた彼女にとっての甥だと思っている人間は多いと思う」
 ヨクは短くなった煙草をもみ消した。
「あのとき、サエはトウを脅迫したんだ。子供を生むからボルドーをよこせと。それが許されないなら、隠された子供を世間に公表すると」
「隠された子供?」
「ケイナだ。……ふたりのケイナ」
 ヨクの言葉にカインは呆然とした。
「あの当時は『ノマド』に行ったケイナの居場所は捜索中だった。もうひとりのケイナは氷の下だ。トウはだいぶん悩んだみたいだったけどな。結果的には了承した。彼女自身、子供が欲しかったということもあったんだろう。昔から子供は好きだったからな」
 子供が好き……。
 カインは信じられなかった。彼女のどこを思い浮かべればそんな気持ちが見えるというのだろう。
 でも、彼女はカンパニーを退任してからは子供の療養施設の運営にシフトしていた。
「母が一度封印されたプロジェクトを始めるということに周囲は反対をしなかったんですか?」
「したさ。当たり前だろ」
 ヨクは苦笑した。
「苦い経験があるんだ。しないわけがない。でも、最終的には彼女が押し切った」
 カインは眉をひそめた。
「どうしてそこまで……」
「きみと同じ理由だよ」
 ヨクがそう言ったので、カインは険しい目で彼を見た。
「ぼくと同じ理由? どういうことです」
 ヨクは再び煙草の箱を取り出し、一本口にくわえた。
「病気を持たない子供たちを生まれさせたかったんだ」
 カインは言葉を失って彼の顔を見つめた。ヨクはそんなカインに笑みを見せた。
「プロジェクトはもともとそれが目標だったはずだろ?」
「でも、道を誤った」
 カインは言った。
「再び同じことを繰り返すのは目に見えているじゃないですか」
「トウは遺伝子操作をしようとしていたわけじゃない。遺伝子治療をしようとしていたんだ」
「同じだ」
 カインは吐き出すように言った。
「あなたはトウと同じことを言うんですね」
「でも、きみはケイナやセレスに遺伝子治療をしているだろう」
 カインは心外だという顔でヨクを睨んだ。
「あなたは…… あのふたりを助けることがプロジェクトの継続だと思っているんですか?」
「そうじゃないよ」
 ヨクは答えた。
「でも、彼らは遺伝子治療を行って正常に生きていけるだろう? 病気になる因子を持たず。彼らが結婚して子供が生まれたらどうだろう。そのまた子供は? 繰り返す命はたとえば100年後、何をもたらすのかな」
 カインはヨクから顔を背けた。
「きみは環境の改善から、トウは遺伝子の改善から。おれはどっちかというときみのやり方のほうに賛同する。ただ、『トイ・チャイルド・プロジェクト』で生まれた命も継続している。『ノマド』もそうだろ? 思うようにはいかないかもしれない」
「それは分かってます」
 カインは言った。
「結局は淘汰されていくのかもしれない。最後に残るのはどの血なのか分からないけれど、でも、星が病んでいるのは確かだ」
「そうだな。どちらにしても、もうプロジェクトの資料は何もない。残っているのはあのふたりだけだ。それは事実だよ。つまり、彼らがプロジェクトの資料そのものだってことだけは忘れるなよ」
 ヨクは二本目の煙草をもみ消した。カインは険しい表情で口を引き結んだ。
 ふたりがプロジェクトの資料そのもの。
 そうかもしれない。でも、もう過ちは繰り返さない。生きている限りぼくは彼らを守っていく。
「話を元に戻すがね、きみが生まれてからトウがきみを気にかければかけるほど、サエは意固地におまえを放さなかったみたいだ。それはさながら自分のおもちゃをとりあげられようとするのを拒む子供のようだったんだ……。そのくせ、彼女はきみの世話など何もしていなかったんだよ。おむつを替えることもミルクも与えることもしなかった。トウは忙しい中をぬってこっそりおまえの面倒を見ていたんだ。ベビーシッターを雇えれば良かったがね。トウの雇うベビーシッターなぞ、サエが受け入れるわけがない」
「それで思い余って母は…… ボルドーとサエを殺したんですか」
 カインが言うと、ヨクはかぶりを振った。
「あれは事故だよ。トウがやったんじゃない」
「でも…… あの日、同じ旅行機に母から雇われた男がひとり乗っていた」
「あれは……」
 ヨクは言いかけて口を引き結んが、決心したように再び口を開いた。
「あれは、おれの父が雇った人間だ」
「え」
 ヨクはカインをちらりと見てため息をついた。
「会社の金をごっそり引き出して行ったんだよ。ふたりとも」
「お金を?」
 カインは目を細めた。ヨクはうなずいた。
「トウの口座からもかなりの額を引き出していた。トウの予想通り、サエはきみへの興味を失ったんだ。金を持って逃げたのはトウに売りつけたような気持ちだったんじゃないかな。トウはそれでも怒らなかった。きみを置いていったのだから、手切れ金と思えばそれでいいと言った。無くした金は例え無一文になっても別の自分の個人財産で補填するつもりだったんだろう。だがね、父は納得できなかった。おれも納得できなかったよ。全従業員たちの給料の20%だぞ? 許されるはずがない。父は彼らの逃亡先を把握して返金の要求をするために交渉人を派遣したんだ」
「でも、拒めば殺すつもりだった?」
 カインが言うとヨクは緩く首を振った。
「かもしれん……。あくまで憶測だ。父は詳しいことは言わなかった。金を引き出した彼らも犯罪を侵したが、殺人を計画していたとしたら、こっちも犯罪だ。……結果的に旅行機は事故に遭った。ボルドーもサエも派遣した男も死んだ。金は戻らなかった」
 カインは脱力したようにソファに身を沈めた。
「どうしてそのこと…… 教えてくれなかったんです……」
「言っただろう。言いたくなかったんだ」
 ヨクは答えた。
「ぼくはずっとトウを憎んでいたんだぞ」
「嘘をつけ」
 きっぱりとした彼の口調にカインは顔をこわばらせた。
「きみは一度だって彼女を憎んだことなんかなかっただろう」
 ヨクはそう言い放ってかすかに口を歪めた。
「たぶんそのことはきみの周りの人間のほうがよく分かっていたと思うよ。そう、ケイナにしてもアシュアにしても……。おれもだ。もちろん…… トウも、ユージー・カートも」
 言いようのない気持ちがぐるぐると痛いほどに頭の中を回っている。
 カインは唇を噛んだ。
 10代のあのとき、駆け抜けたように思えたあの2年間。その断片が襲い掛かってくるようだった。
「トウは不器用だったからな……。背負っているものが大きすぎた。きみの前で掛け値なしの愛情表現をしたくてもできなかったんだ。反抗期くらい誰でもある。きみが彼女のそんな不器用さに反発したかった気持ちも分かるよ」
「反抗期?」
 カインは思わずヨクに食ってかかった。
「反抗期だったと?」
「それ以外に何があるんだよ」
 ヨクはカインをじろりと見た。カインはショックだった。トウのことで苦しみ悩んだあの時間が反抗期? ただの反抗期だと?
「大人になって、自分の正直なところに気づけよ。いろんな部分でさ」
 ヨクは3本目の煙草を取り出した。カインはそれを乱暴にひったくった。
「ひとつ聞いていいですか」
「なに」
 カインの険しい目をヨクは見つめ返した。
「あなたはぼくが尋ねたことに全く答えを返してくれていない。トウがあなたにぼくのことを頼んだのはなぜなんです。なぜ、あなたに頼んだ?」
 ヨクは眉を吊り上げるとそっぽを向いた。
「自分のことはだんまりですか」
「おれとトウの関係で妙なことを考えているんだったら的はずれだよ」
 ヨクは言った。
 カインは納得できないような表情になったが、何も言わずいらだたしげにソファにもたれこんだ。
 ヨクはまだ何か隠している。彼の話はあまりにもトウに近すぎる。カインが再び口を開こうとするのをヨクは遮った。
「トウはサエとボルドーの話をあまりきみに聞かせたくなかったみたいだ。ましてや会社組織で殺人計画があったなど、きみに知らせたくないのは当然だろう。彼女が言いたくないものをおれが話すのも変な話だからな。だから今まで言わなかった」
 ヨクは束の間口をつぐんだ。
「それにな、どんなに懇願されたって、人には言いたくないことは誰だってあるんだよ。おれは小さい頃からきみを見て知っているから息子同然に思っているけれど、それでも言いたくないことはあるんだ。これが全てだ」
 彼は息を吐くと立ち上がった。
「これ以上はもう話すことはない。きみももう反抗期じゃないんだから、冷静に受け止められるよな?」
 カインはむっとした表情で彼を見上げた。
「そういう顔をしないことだ。いい加減、おとなになれ」
 ヨクはカインの顔を指差しながらそう言うと、最後ににっと笑って部屋を出ていった。
 カインは握ったままだったヨクの煙草を手の中で握りつぶした。
 反抗期だと? ばかにしやがって……。
『きみは一度だって彼女を憎んだことなんかなかっただろう』
 唇を噛みながら、ヨクのその言葉に反論できなかった自分が悔しかった。