“__死んだ人間が現れたとしたら? それは何でしょう?”

 いやいや。そんなことがあるわけがない。だけど……。

「お父さん! かんばでも焚いた!?」

 私は靴を脱ぎ捨てるとリビングに飛び込む。そしてソファーに腰掛ける父に詰め寄る。

 「かんば」とは白樺の皮を乾燥させたもので、お盆の迎え日と送り日に玄関の前や墓前で燃やすのが昔からの長野の風習だ。かんばを燃やしながら「じーちゃん。ばーちゃん。戻っておいでー」なんて歌いながらご先祖様の帰りを待つものなのだけれど……。

「かんばを燃やすには、まだ早いだろう」

 不思議そうな顔の父にホッとする。
 やっぱり、そんなことがあるはずない。せめて、かんばでも焚いていたら戻ってきてしまった可能性はゼロではないと思った自分の子供染みた考えに苦笑する。

「夏実。ご飯できたから運んでちょうだい」

「あ、はい」

 私は雑念を振り払うように急いで立ち上がると、母のいるキッチンへと向かう。

 “__つまらない”

 だけどソックリさんに言われたその言葉が、頭の中をいつまでもグルグルと巡っていた。


「食欲ないの?」

 ダイニングテーブルの上に並ぶ温かな手料理。席についたものの、なかなか箸を伸ばさない私を心配したのだろう。目の前に座る母が小皿に「笹寿司」をよそってくれる。
 笹の葉の上に乗った一口大に握られた酢飯。散りばめられた錦糸卵に細かく刻まれた椎茸の甘煮と鬼胡桃。よくお祝い事で食べられる長野の郷土料理を母は私が帰省する度に作ってくれる。

「ありがとう」

 小皿を受けとると大好物を目の前にお腹が鳴る。けれど、ソックリさんのことが気になってしょうがない。波立つ心を落ちつかせるようにお椀に入った汁物に口をつける。根曲がり竹という細長い筍と鯖の水煮が入った汁物「たけのこ汁」。故郷の味が心にも身体にも染み渡る。