そして、数週間後ーー。

 私は満開の桜を見上げていた。遠い青空と桜色の花びらが織りなす景色は、春にしか見られない特別なもの。それは、別れの印であり出会いの合図でもある。

「あれから、あっという間だったな」

 桜並木の下でポツリと呟いた私は、誰に見せるわけでもなく微笑んだ。

 脳裏に蘇るのは、あの幽霊の少女と別れてからの出来事。少女が夕焼けに消えた日から、彼女は二度と私の前に姿を現さなくなった。多分、屋上で見たまんまの意味なんだと思う。

 少女という邪魔者が消えて、ようやく私の願望が叶うはずなのに、なぜか実行しようとは思えなくなっていた。死ぬことがダメなことだと、痛いほど聞かされていたからだろうか。

 それから私は、とにかく生きることを頑張った。時に苦しいことも辛いこともあったけど、終わって仕舞えば笑い話。

 受験もちゃんと受けた。今までやってきたことを存分に出し切って、終わった瞬間は何とも言えない開放感に満たされた。

 勉強というしがらみから一旦外れることのできた私は、レクリエーションだの最後の授業だのを重ねて、気がつけば卒業式だった。

 もうこの中学校に通うことはない、もうこの先生と会えない、もうこの友達と一緒にはいられない。そう思うと涙が溢れていた。泣きくじゃる私を、みんなは優しく抱きしめてくれた。

 辛い、苦しいと思っていたのに、こんなにも切なくなるなんて、思いもしなかった。自分が中学校や同級生にどれほどの想い入れがあったのかを気付かされた瞬間だった。

 そして、高校の合格発表。口から心臓が飛び出そうなほどの緊張を味わいながら高校に行き、自分の受験番号を見つけた瞬間には大泣きしていた。今までの努力が報われ、自分のやってきたことが無駄ではなかったと証明された瞬間だった。

 本当に、いろんなことがあった。いろんなことを学んで、経験した。

 そのおかげで、ようやく気づけた。私は、私は無駄な存在じゃない、と。いなくなんなくていいんだ、と。

 私はそっと、自分の胸の上に手を置く。ドクドクと、鼓動する心臓がある。この体を生かす魂が宿っている。そうでなければ、こうして体を思い通りに動かして、やりたいことができないのだから。

 ふわりと風が吹いて、甘くて清々しい香りが鼻腔をくすぐった。春の、植物が混ざった香りだった。いい香り、と目を閉じる。生きていなければ、こんな風に匂いを感じ取ることもできない。

 生きることは、素晴らしいこと。人生は一度きり、めいいっぱい過ごすこと。

 命の大切さが、ようやく分かってきた気がした。あの少女に教えられたように。

「おーい、華菜(かな)ぁー!」

 私を呼ぶ声がして振り向くと、大きく手を振る友達が遠くで待っていた。みんな、笑顔で私を見ている。その光景に、胸が暖かくなった。

「写真撮るから来てー!」

「分かったー!」

 大声で返して、一瞬だけ桜を振り返ってから、踵を返して走った。タッタッタとリズミカルに地面を踏む。私の胸も弾む。友達の姿が大きくなるのが嬉しい。

 はぁっ、と友達の目の前について、膝に手を置く。

「よし、全員揃ったことだし、早く記念撮影しよー!」

 カメラを持った女子が仕切る。彼女の指示によって、私たちは高校の名前が書かれた看板の前に並んだ。

「もうちょっとこっち……あっ、そうそう。あと、後ろの花も映るようにしたいから……そうだね、バッチリ!」

 じゃあ撮るよ、とカメラを構えて女子がスタンバイする。

 私は友達と共に、レンズに向かってにっこりと笑った。もちろん、ピースも忘れずに。

 カシャっとシャッターが切られて、女子が「オッケー」と親指と人差し指をくっつけて丸を作る。

 見せて見せて、とみんな彼女に詰め寄った。はいこれ、と液晶を差し出す彼女の手を私も覗き込む。

 みんな笑顔、もちろん私も幸せそうに笑ってていい写真だ。と、その時おやっと思った。私たちの背景に、純白のすみれが数本、映り込んでいる。

 ふっとカメラから顔を上げて奥の方を見つめると、確かにあった。太陽の光を反射して、眩く輝きながら揺れるすみれは、何処か嬉しそうに見える。

 不意に少女の姿が頭をよぎって、私は自然と微笑んでいた。