「自殺したから、あの世に行けない?」
「そう。あの扉が、あの世への入口なのさ」
(やっぱり、そうなのね)
アンジェリカは、あの世に関する物語を読んだことがあった。
川や森、トンネルなど、あの世への入口の表現は数多く見てきた。
その中の1つに、空にある扉も確かにあった。
「普通に死んでくれていたら、君の足元にもあの扉に通じる雲の階段がちゃんとできて、『ようこそあの世へパーティー』が君のために開けたのに」
「……何なの、そのふざけた名前のパーティーは」
「君は本当に冗談が通じないよね。生真面目で、頑固で融通がきかない。そこが、僕にとっては魅力的だったわけだけど」
「魅力……」
(そんなことを他人から言われたのは、一体何年振りかしら……)
アンジェリカは遠い過去に思いを馳せた。
「そ、僕はね、君を将来の神候補にしたいと思っていたんだ」
「神候補? それって、どういうことですの?」
「神は、何もずっと存在するわけではないんだよ」
「そうなの?」
「どんな存在でも始まりがあれば終わりもある。その理は、神も一緒さ。僕もいずれ神ではなくなり、新しい神が生まれる。神は、相応しいと思われる魂が候補として選出され、その中から決めることになっているんだ」
「知らなかった……」
神とは、絶対的な唯一の存在であると、当たり前のようにアンジェリカは子供の頃から教わっていたから。
「その、次の神候補の中にね、君がいたんだよ」
「そんなこと、急に言われましても……」
アンジェリカにとって、神は遠い空の上にいる存在だった。
もちろん、自分が神になるかもしれないなんてこと、一度も考えたことすらなかったアンジェリカは、戸惑いを隠しきれない。
「だから僕たちは決めていたんだ。君がこちらの世界に来たら、神になるための修行を積んでもらおうと。それなのに君は……本当に、とんでもないことをしてくれたね」
神と名乗る男……自称神は、大きなため息を吐いた。
その息がアンジェリカの頬にかかった。
他の男……特に父である公爵にそうされた時は気分が最悪に悪くなったのに、自称神の息は、春に吹く風の匂いのようだとアンジェリカは思った。
「本来だったら、君は自殺してからこの場所に来ることもできず、現世を悪霊として彷徨ってもらうしかなかったわけだけど……」
そう言うと、自称神が急にアンジェリカの髪に手を伸ばそうとしてきた。
アンジェリカは、咄嗟に後ろに下がった。
髪の手は、ギリギリ私には届かなかった。
アンジェリカはホッとした。
自称神の手は、そのまま今度は自分の白銀の髪をポリポリとかき始めた。
そんな仕草すら、美しいとアンジェリカは思った。
「他のやつは、さすがに君を諦めるべきだと言ったんだ。自殺をした人間は神にふさわしくはないからと」
(この自称神以外に、神と呼ばれる存在がいるのかしら……?)
「でもね、僕は……君をどうしても諦められなくてね」
「はあ……」
「だから、裏技を使うことにしたんだ」
「うら……わざ……」
「そう、裏技。滅多に使ってはいけない究極の神力さ」
自称神はそう言うと、どこから取り出したのか砂時計をアンジェリカに見せた。
砂はまるで、夜空に輝く星のようにキラキラと輝いていた。
「僕は、確かに君が言う通り、役立たずな時もあるかもしれない。……いや、違うな。むしろ、基本的に僕は、役立たずでいなければいけないんだ。何故なら、僕が持たされている神の力が、どれだけの影響力を持つかは自覚をしているから。だから……使い所はちゃんと分かっているつもりだ」
「力の、使い所……?」
無意識に、アンジェリカは自分の手のひらを見つめていた。
力と聞いて、真っ先にそうしないといけない気がしたのだ。
「そのうちのまず1つを、君にあげよう。僕がこの砂時計を回せば、君の人生は遡ることができる」
「そ、それって……」
アンジェリカの王妃教育が始まる前は、ほんの少しだが趣味の小説を読む時間があった。
その小説の中でよく使われていたのが「死に戻り」「魂還り」と呼ばれる、死者が過去へ戻る現象。
アンジェリカも、「死にたい」と思った時は何度も読み返しては、現実逃避してきた。
でもそれは、物理学的には絶対に不可能だからこそだ。
ところが、それが可能なのだと、自称神はアンジェリカに言い放ったのだ。
「随分と、疑っているみたいだね」
「…………だって、無理だもの」
「何故?」
「本には……時間を巻き戻すのは無理だと書いてあったわ」
子供の頃に何度か、アンジェリカは時間が巻き戻ればいいのにと願ったことがあった。
その度に歴史書や科学書など、思いつく限りの本を読み、方法がないかをアンジェリカは探し求めた。けれど、何も見つからなかった。
「君は、本に書いてあることが全て正しいと思っているの?」
「少なくとも、馬鹿達のうるさい噂話よりは、正しいと思っているわ」
「なるほど……。うん。でもそれはね、君たちの世界に僕たちが与えている条件の結果だから」
「与えている条件……ですって?」
「そう。あの扉が、あの世への入口なのさ」
(やっぱり、そうなのね)
アンジェリカは、あの世に関する物語を読んだことがあった。
川や森、トンネルなど、あの世への入口の表現は数多く見てきた。
その中の1つに、空にある扉も確かにあった。
「普通に死んでくれていたら、君の足元にもあの扉に通じる雲の階段がちゃんとできて、『ようこそあの世へパーティー』が君のために開けたのに」
「……何なの、そのふざけた名前のパーティーは」
「君は本当に冗談が通じないよね。生真面目で、頑固で融通がきかない。そこが、僕にとっては魅力的だったわけだけど」
「魅力……」
(そんなことを他人から言われたのは、一体何年振りかしら……)
アンジェリカは遠い過去に思いを馳せた。
「そ、僕はね、君を将来の神候補にしたいと思っていたんだ」
「神候補? それって、どういうことですの?」
「神は、何もずっと存在するわけではないんだよ」
「そうなの?」
「どんな存在でも始まりがあれば終わりもある。その理は、神も一緒さ。僕もいずれ神ではなくなり、新しい神が生まれる。神は、相応しいと思われる魂が候補として選出され、その中から決めることになっているんだ」
「知らなかった……」
神とは、絶対的な唯一の存在であると、当たり前のようにアンジェリカは子供の頃から教わっていたから。
「その、次の神候補の中にね、君がいたんだよ」
「そんなこと、急に言われましても……」
アンジェリカにとって、神は遠い空の上にいる存在だった。
もちろん、自分が神になるかもしれないなんてこと、一度も考えたことすらなかったアンジェリカは、戸惑いを隠しきれない。
「だから僕たちは決めていたんだ。君がこちらの世界に来たら、神になるための修行を積んでもらおうと。それなのに君は……本当に、とんでもないことをしてくれたね」
神と名乗る男……自称神は、大きなため息を吐いた。
その息がアンジェリカの頬にかかった。
他の男……特に父である公爵にそうされた時は気分が最悪に悪くなったのに、自称神の息は、春に吹く風の匂いのようだとアンジェリカは思った。
「本来だったら、君は自殺してからこの場所に来ることもできず、現世を悪霊として彷徨ってもらうしかなかったわけだけど……」
そう言うと、自称神が急にアンジェリカの髪に手を伸ばそうとしてきた。
アンジェリカは、咄嗟に後ろに下がった。
髪の手は、ギリギリ私には届かなかった。
アンジェリカはホッとした。
自称神の手は、そのまま今度は自分の白銀の髪をポリポリとかき始めた。
そんな仕草すら、美しいとアンジェリカは思った。
「他のやつは、さすがに君を諦めるべきだと言ったんだ。自殺をした人間は神にふさわしくはないからと」
(この自称神以外に、神と呼ばれる存在がいるのかしら……?)
「でもね、僕は……君をどうしても諦められなくてね」
「はあ……」
「だから、裏技を使うことにしたんだ」
「うら……わざ……」
「そう、裏技。滅多に使ってはいけない究極の神力さ」
自称神はそう言うと、どこから取り出したのか砂時計をアンジェリカに見せた。
砂はまるで、夜空に輝く星のようにキラキラと輝いていた。
「僕は、確かに君が言う通り、役立たずな時もあるかもしれない。……いや、違うな。むしろ、基本的に僕は、役立たずでいなければいけないんだ。何故なら、僕が持たされている神の力が、どれだけの影響力を持つかは自覚をしているから。だから……使い所はちゃんと分かっているつもりだ」
「力の、使い所……?」
無意識に、アンジェリカは自分の手のひらを見つめていた。
力と聞いて、真っ先にそうしないといけない気がしたのだ。
「そのうちのまず1つを、君にあげよう。僕がこの砂時計を回せば、君の人生は遡ることができる」
「そ、それって……」
アンジェリカの王妃教育が始まる前は、ほんの少しだが趣味の小説を読む時間があった。
その小説の中でよく使われていたのが「死に戻り」「魂還り」と呼ばれる、死者が過去へ戻る現象。
アンジェリカも、「死にたい」と思った時は何度も読み返しては、現実逃避してきた。
でもそれは、物理学的には絶対に不可能だからこそだ。
ところが、それが可能なのだと、自称神はアンジェリカに言い放ったのだ。
「随分と、疑っているみたいだね」
「…………だって、無理だもの」
「何故?」
「本には……時間を巻き戻すのは無理だと書いてあったわ」
子供の頃に何度か、アンジェリカは時間が巻き戻ればいいのにと願ったことがあった。
その度に歴史書や科学書など、思いつく限りの本を読み、方法がないかをアンジェリカは探し求めた。けれど、何も見つからなかった。
「君は、本に書いてあることが全て正しいと思っているの?」
「少なくとも、馬鹿達のうるさい噂話よりは、正しいと思っているわ」
「なるほど……。うん。でもそれはね、君たちの世界に僕たちが与えている条件の結果だから」
「与えている条件……ですって?」