「何故、私が……?」
アンジェリカがそう聞くのは、当然だろう。
アンジェリカ自身の人生のことなのだから、経緯を知る権利くらいは欲しいと思うのは普通の感覚だ。
でも公爵は、そんなアンジェリカの頬を叩いてから、ただ一言、唾と一緒に吐き捨てるだけだった。
「フィロサフィール公爵家に泥を塗る真似だけは、してくれるなよ。いいな」
近くに座っていたアンジェリカの母は、そんな父の苦虫を潰したような顔を、愉快そうに見ていた。
それを見ただけで、アンジェリカは容易に察することができた。
ああそうか。この母親が仕掛けたんだな、と。
(そういえばお母様の家は、王家に由来がある家でしたわね)
10年以上虐げられ続けた母が、公爵と公爵の愛人、そしてアリエルに対する復讐として選んだのが、自分にそっくりなアンジェリカを王家に嫁がせ、自分にそっくりな孫を王家の一員にすることだったのだろう。
そこまでしなくてはならない程、追い詰められていた母親のことは、なんて可哀想なのだろうとアンジェリカは思った。
だが一方で、アンジェリカはこの頃からこうも考えるようになった。
(そんなことで人生を簡単に捻じ曲げられる私のことは…………一体誰が、哀れと思ってくれるだろうか……?)
このような誰も答えてくれないであろう虚しい疑問を、アンジェリカは1度も口にしたことはなかったし、津波のごとくアンジェリカに襲い掛かる王妃教育によって、あっという間に藻屑となって消え失せた。
王子の婚約者に内定したアンジェリカは、これまで以上に自由と尊厳を奪われた。
個人の意思を捨て、ソレイユ王国全ての民のために生きるようにと、事あるごとに言われ続けた。
アンジェリカの行いが全て、王国の存続に関わるのだとも。
それを聞いたアンジェリカは、もう脳が麻痺をしていたからかもしれないが、こんなことを考えてしまったのだ。
(私の人生が、ソレイユ王国の為に存在していたのであれば、生きてきた意味は少しはあったのかしら)
これが、1度目の人生の残念なアンジェリカの姿。
アンジェリカは、少しでも縋りたかったのだ。
家ではアリエルと比較され、蔑ろにされ続けたアンジェリカが、別のところであれば尊重される生き方ができるかもしれない、と。
だから血が出る程歯を食いしばりながら、アンジェリカは耐えに耐え続けた。
それが、あの頃のアンジェリカを救ってくれる手段だと、思い込むことが、アンジェリカにとって救いだったのだ。
けれども、ルナ歴440年の春。
ルイと聖堂で結婚式を挙げ、国民に未来の王妃としてお披露目された日の夜。
まさにこれから共にベッドに入り、契りを交わそうとした時だった。
アンジェリカは信じられないことをルイから告げられてしまったのは。
「アリエルを、側室として城に入れる」
「……どうして……ですか?」
仮にもアンジェリカは、ルイの生涯の伴侶として永遠に生きると、神に誓ったばかりの女だ。
相手が次期国王だとしても、尋ねる権利くらいはあると考えても不思議ではないだろう。
だが、ルイがアンジェリカに言い放ったのは、たった一言だけ。
「それをお前に言ったところで、どうなる?」
それは、婚約してから今まで、アンジェリカが一度も聞いた事もないような、無機質な声だった。
「そ、それは……」
言葉に詰まったアンジェリカの言葉など待たずに、さらに重ねて、ルイはアンジェリカを追い詰めていった。
「お前の目の前にいるのは誰だ?」
「ソレイユ国の第1王子殿下でございます」
「そうだ。そして…………お前は? 俺のなんだ?」
「私は…………」
あなたの妻です。
あなたと共に、ソレイユ王国を統治していく女です。
そして、あなたの子供を産み、次の王として育てていく女です。
そう、言えば良かったのに。
言う資格は、ちゃんとアンジェリカにはあったはずだったのに。
「あなたに、生涯お仕えする女です」
アンジェリカが声に出せたのは、たったこれだけ。
でも、この言葉こそがルイが望んだ言葉だったのは、すぐに分かった。
満足げな笑みを浮かべながら、アンジェリカを見下ろしていたから。
「そうだ。お前は、俺の所有物だ。お前が俺に意見を言う権利は、何一つない」
ルイはそう言いながら、アンジェリカをまるで椅子か何かを扱うのと同じように、乱暴に押し倒した。
「これは、義務だからな」
そう言いながらルイは、アンジェリカのよりもずっと綺麗な手で、つるんとした触り心地のシルクのネグリジェを破いた。
そのネグリジェは、結婚式のウエディングドレスと同じシルクで作られた、初夜用に用意されたものだった。
アンジェリカは、ルイが乱暴にアンジェリカの足を開き、無理やり中に入ってくるのを受け止めながら、アンジェリカは思ってしまった。
(このシルクは、私を縛りつける縄のようね)
その、悲しい予感は、確かに正しかった。
ルイによって血の涙をシーツに堕とされたアンジェリカの地獄は、この瞬間から始まったのだから。
アンジェリカがそう聞くのは、当然だろう。
アンジェリカ自身の人生のことなのだから、経緯を知る権利くらいは欲しいと思うのは普通の感覚だ。
でも公爵は、そんなアンジェリカの頬を叩いてから、ただ一言、唾と一緒に吐き捨てるだけだった。
「フィロサフィール公爵家に泥を塗る真似だけは、してくれるなよ。いいな」
近くに座っていたアンジェリカの母は、そんな父の苦虫を潰したような顔を、愉快そうに見ていた。
それを見ただけで、アンジェリカは容易に察することができた。
ああそうか。この母親が仕掛けたんだな、と。
(そういえばお母様の家は、王家に由来がある家でしたわね)
10年以上虐げられ続けた母が、公爵と公爵の愛人、そしてアリエルに対する復讐として選んだのが、自分にそっくりなアンジェリカを王家に嫁がせ、自分にそっくりな孫を王家の一員にすることだったのだろう。
そこまでしなくてはならない程、追い詰められていた母親のことは、なんて可哀想なのだろうとアンジェリカは思った。
だが一方で、アンジェリカはこの頃からこうも考えるようになった。
(そんなことで人生を簡単に捻じ曲げられる私のことは…………一体誰が、哀れと思ってくれるだろうか……?)
このような誰も答えてくれないであろう虚しい疑問を、アンジェリカは1度も口にしたことはなかったし、津波のごとくアンジェリカに襲い掛かる王妃教育によって、あっという間に藻屑となって消え失せた。
王子の婚約者に内定したアンジェリカは、これまで以上に自由と尊厳を奪われた。
個人の意思を捨て、ソレイユ王国全ての民のために生きるようにと、事あるごとに言われ続けた。
アンジェリカの行いが全て、王国の存続に関わるのだとも。
それを聞いたアンジェリカは、もう脳が麻痺をしていたからかもしれないが、こんなことを考えてしまったのだ。
(私の人生が、ソレイユ王国の為に存在していたのであれば、生きてきた意味は少しはあったのかしら)
これが、1度目の人生の残念なアンジェリカの姿。
アンジェリカは、少しでも縋りたかったのだ。
家ではアリエルと比較され、蔑ろにされ続けたアンジェリカが、別のところであれば尊重される生き方ができるかもしれない、と。
だから血が出る程歯を食いしばりながら、アンジェリカは耐えに耐え続けた。
それが、あの頃のアンジェリカを救ってくれる手段だと、思い込むことが、アンジェリカにとって救いだったのだ。
けれども、ルナ歴440年の春。
ルイと聖堂で結婚式を挙げ、国民に未来の王妃としてお披露目された日の夜。
まさにこれから共にベッドに入り、契りを交わそうとした時だった。
アンジェリカは信じられないことをルイから告げられてしまったのは。
「アリエルを、側室として城に入れる」
「……どうして……ですか?」
仮にもアンジェリカは、ルイの生涯の伴侶として永遠に生きると、神に誓ったばかりの女だ。
相手が次期国王だとしても、尋ねる権利くらいはあると考えても不思議ではないだろう。
だが、ルイがアンジェリカに言い放ったのは、たった一言だけ。
「それをお前に言ったところで、どうなる?」
それは、婚約してから今まで、アンジェリカが一度も聞いた事もないような、無機質な声だった。
「そ、それは……」
言葉に詰まったアンジェリカの言葉など待たずに、さらに重ねて、ルイはアンジェリカを追い詰めていった。
「お前の目の前にいるのは誰だ?」
「ソレイユ国の第1王子殿下でございます」
「そうだ。そして…………お前は? 俺のなんだ?」
「私は…………」
あなたの妻です。
あなたと共に、ソレイユ王国を統治していく女です。
そして、あなたの子供を産み、次の王として育てていく女です。
そう、言えば良かったのに。
言う資格は、ちゃんとアンジェリカにはあったはずだったのに。
「あなたに、生涯お仕えする女です」
アンジェリカが声に出せたのは、たったこれだけ。
でも、この言葉こそがルイが望んだ言葉だったのは、すぐに分かった。
満足げな笑みを浮かべながら、アンジェリカを見下ろしていたから。
「そうだ。お前は、俺の所有物だ。お前が俺に意見を言う権利は、何一つない」
ルイはそう言いながら、アンジェリカをまるで椅子か何かを扱うのと同じように、乱暴に押し倒した。
「これは、義務だからな」
そう言いながらルイは、アンジェリカのよりもずっと綺麗な手で、つるんとした触り心地のシルクのネグリジェを破いた。
そのネグリジェは、結婚式のウエディングドレスと同じシルクで作られた、初夜用に用意されたものだった。
アンジェリカは、ルイが乱暴にアンジェリカの足を開き、無理やり中に入ってくるのを受け止めながら、アンジェリカは思ってしまった。
(このシルクは、私を縛りつける縄のようね)
その、悲しい予感は、確かに正しかった。
ルイによって血の涙をシーツに堕とされたアンジェリカの地獄は、この瞬間から始まったのだから。