不思議でお菓子な出会い

♢寿命が延びるラムネとせんべい

 たそがれ時の時間がやってきた。今日は一日がとても長く感じていた。かすみは夕暮れ時を心待ちにしていた。昨日と同じ草原のわき道で、日が長くなってきている空に向かって強く願う。
「おばあちゃんの寿命をのばして!!」
 かすみの想いは昨日よりもずっと強くなっていた。確実にあのお店に行けるだろうと思っていた。行けなければ、おばあちゃんの死期が近づくだけだ。そのねがいを胸に秘めたかすみの想いが夕陽屋へと届いたのだろうか。その瞬間にあたりの景色が変わる。夕焼けに囲まれたと感じる。先程の草原はなくなっていた。その代わり、昨日来た古びたレトロなお店が目の前に現れた。
 かすみは昨日の緊張した気持ちとは違った気持ちでドアに手をかけた。2回目だと初めての時とは違い、気持ちに余裕ができるものだ。横開きの入り口のドアを開けると、少年がいた。お店特有のにおいがする。
「黄昏夕陽君にお願いがあるの」
「なんだよ、やぶからぼうに」
「あのね、おばあちゃんの寿命があとわずかしかないから、寿命を延ばす特別なお菓子が欲しいの」
「寿命が延びるって言っても一日でいいのか?」
「1年以上延ばすことができるアイテムとかない?」
「1年以上っていうのはないけれど、寿命が1日延びるラムネと1か月延びるせんべいっていうのがあるぞ」
「でも、おばあちゃん、歯が悪いから堅いものは食べられないかも」
「ラムネは10円だけど、せんべいのほうは100円するんだ」
「100円なら安いものだよね。おばあちゃん、ラムネ苦手かもしれない。あんまり食べているの見たことないし。せんべいはやわらかくしたら食べられるかな」
「これにはきまりがある。寿命が延びると教えたうえで食べさせると効果はなくなるから」
「そんなぁ。じゃあ、食べてって言っても好きでもないラムネは食べないかもしれない」
「歯が悪いならば、せんべいをお湯にひたして柔らかくするという手はあるけど、せんべいをお湯にひたして食べる人っていないしな」
 夕陽がお湯にひたすという方法を提案した。
「お湯にひたすなんてちょっとした嫌がらせみたいになってるかも? でも寿命のためだからなんとか食べさせないと。せんべいのひとかけらだけでも効果はあるの?」
「ひとくち程度じゃあまり効果はないな」
「どうしよう」
「ここは、毎日何かに混ぜて飲ませるとか。薬だとでも言ってラムネをあげたほうがいいかもな」
「そうだね、でもここに来ることができなければラムネは買うことはできないんだよね。明日、ここに来ることができなければ確実に寿命が減ってしまうよね」
「そうだな。ここの品物は1日にひとつしか買えないから。1か月命が延びるせんべいをまずは食べさせてから、ラムネで延ばすっていうのもありだな」
 アドバイスをしっかりしてくれる夕陽を頼もしく感じたかすみは、信頼という感情を抱いた。
「この店にいる時間ってもしかして、時間は止まっているの?」
「よくきづいたな」
「元に戻った時は、全然空が暗くなかったから」
「ここにどんなに長くいても時間が進むことはない」
「だから、夕陽君は歳を取らないで時間が止まっているとか?」
「なかなか鋭いな」
「不思議なお店の店員さんは絶対不思議な人でしょ」
「結構年上だと思うから、口のきき方に注意しろよ」
「明日からも毎日ラムネ買いに来ていい?」
「きたけりゃ、くればいい。でも、まとめてラムネを食べても1日しか延びないぞ。だから、毎日1つずつ食べること」
 夕陽のきれいな瞳が夕日に照らされて、かすみを見つめた。この店はたくさんの不思議であふれていた。かすみは一瞬ドキッとしたが、妹と話すという目的を思い出して電話を借りることにした。
「電話かして」
「今日は話せるといいな」
 少し夕陽の瞳が優しく感じる。夕陽の目じりが少々下がったように感じた。きっとこの少年は優しい人なのだろうとかすみは信じていた。
 日付と時間を押して、その後電話をする。昨日とは少し離れた日付にした。家族が出かけたとか、そういった過去のことはメモを取っているわけではないし忘れている。勘を頼りになんとなくでしか電話をかけることができなかった。

 トゥルルルル……
 音が鳴るが、誰も出ない。出かけているのだろうか? 仕方ない、他の日に変えよう。そう思って電話を切る。

「電話の使用は1日1回だよ」
 夕陽が冷めた瞳で説明する。

「ええぇ?? 聞いていないよ!! でも、過去の細かい家族の行動ってわかんないんだよね」
「だから過去への電話は難しいんだよ」
「自分が電話に出たらまずいとかないでしょうね?」
 かすみは怖くなり、説明を求めた。
「もし、自分が出たら何も言わないで切ること」
「ぜんぜん説明してくれないから、わかんないよ」
「すごい勢いで電話をかけていたのはおまえだろ」
「これからは、危険なこととかあったらちゃんと教えてね。それと私の名前は霧生《きりゅう》かすみだよ。かすみって呼んでね」
「俺のことは夕陽でいいよ」
「じゃあ、夕陽君。今日はおせんべいを買って帰るよ」

 かすみは100円玉を1枚出して店を出た。店をでると、いつもの街並みが広がっていた。かすみは急いで自宅に帰り、おばあちゃんに快くおせんべいを食べてもらうための作戦を練った。歯が悪いおばあちゃんは固いものは食べられない。このおせんべいを食べないと言われても、効果を説明することは無理なので、細かくして食べさせようと思った。しかし、ただくだいたせんべいを出しても見栄えも悪いし、食べてくれないかもしれない。そう思ったかすみは、くだいたせんべいをごはんにかけてみた。ちょうど夕食時で炊飯ジャーから出来上がりの音が聞こえたので、思いついたのだ。意外と見た目もおいしそうで、まさにふりかけだ。

「おいしそうでしょ? この食べ方、今流行しているんだよ」
「おいしそうだね。これならば、おばあちゃんも食べられるよ」

 と言っておばあちゃんがほほ笑んだ。
 無事ごはんを完食するのを見届けて、かすみはほっとした。これで一か月おばあちゃんの寿命が延びた。しかし、その次はどうしようか? そんなことを考えていた。1か月延びただけではお別れはすぐ来てしまう。またせんべいを食べさせよう。かすみはおばあちゃんの命を少しでも長くするために、運命を操りたいと思っていた。
♢寿命が見えるあめ ふたたび

「いらっしゃい」
「こんにちは」
 いつものように笑顔で入ってきたのはかすみだった。
「実は、また寿命が見えるあめがほしいの」
「自分の寿命が見たくなった?」
 何でも見透かした様子の夕陽が不気味でもあり頼もしくもあった。それは、信頼と疑いのような気持ちが混じっている気持ちの表れだった。しかし、なぜか昔から知っているようなおさななじみのような安心感が夕陽にはあった。
「ひいきしているお客様だからね」
「どういう意味?」
「そのままの意味だよ。特別なお客さんだと思っているから」
 美しいまじめな顔でそんなことを言われたら、かすみは恋の期待をしてしまいそうだ。
「俺は、君の前世を知っているんだ。だから、ここに呼んだってのもあるかな」
「私は、自分の意志でここにきたつもりだったけれど……」
「でも、呼んだのは俺だよ」

 よくわからない夕陽の言葉が少しもやもやしたが、今はあめを入手するという目的があった。自分の命の長さを知りたいと思った。普通、知らないほうがいいことなのだろう。なにかの予感がしたのかもしれないが、かすみは自分の命の長さがとても気になった。ここに来れば寿命が見える赤いあめがある。今日はここにきて、あめを買うことを決めていた。

「かすみは自分の寿命なんて知ってどうするの? 結構短かったらショックだと思うよ。だからおすすめはしないけど」
「短いならば寿命を延ばすお菓子があるでしょ」
「でも、不老不死になるわけじゃない」
「じゃあ10年延びるお菓子とかないの? 1日じゃなくて1年とか」
「あまり長いのはおすすめしてないんだ。いつ食べたか忘れる人が多くてね。10年後に食べようと思っていてもそのときになると忘れちゃうっていうのがよくあるんだ。だから、毎日食べるとか習慣づけしていたほうが食べ忘れがないんだよ」
「じゃあ、一気に食べればいいんじゃない?」
「いっきに食べても効力はないんだ。つまり、1日寿命がのびるあめを一気に食べても1日しか寿命はのびないのさ」
「ええ?? そうなの?? おばあちゃん、忘れっぽいし、私も忘れちゃうかもしれないから、その作戦はだめじゃん」
「あと、寿命をのばすあめだと相手に言ったら効果がない。薬でも飲み忘れがあるから、お菓子ならばなおさら食べ忘れるっていうことはありえるな」
「ちなみに1年以上寿命を延ばすお菓子ってないの?」
「今は販売していないんだ。そのお菓子には食べ忘れたとかどこにおいたか忘れたという事件が多くてね。特殊な食べ物だから、危険なんだ。誰かが食べたりすると困るから今は販売していないよ。あと、体に副作用が出るっていうのも大きいな」
「副作用って薬のせいで体に害が出るっていうものでしょ」
「そうだ。これは、体に負担がかかる。生きることは健康でいなければいけないのだけれど、無理に寿命をのばすことは人間の体には負担が大きいらしい。だから販売はしていないんだ」
「私、自分の寿命を見たいの。それで、1日でもいいから長く生きるためにここに通おうって思ったの」
「最初は過去に電話をしたいって目的だっただろ?」
「でも、欲が出たのかもしれない。ここに来るとすごいものがたくさんあるから」
 かすみはありのままの本音を話す。
「人間は欲があるからな。だから、特別なかすみには何度もここへ来れるようにしてるんだけどさ。かすみの前世は俺がよく知っている人間だから」
「どういうこと?」
「そのうち話すときがくるかもな」
 そういうと夕陽が真っ赤なつやのあるあめを差し出す。かすみは10円を支払い、あめを受け取った。そして、いつもと同じように公衆電話の前に立つ。

「この電話は何度でもかけられるの?」
「回数に制限はないよ」
「家族に私の正体を話してもいいの?」
「正体を話すと二度とその人間は電話を使うことができなくなるから」
「そーいう重要なこと、ちゃんと最初に言ってよ」
「かすみが何回も使うとは思わなかったんだよ」
「自分の正体を明かさず、過去の家族と本音で話すことは難しいよね」
「だから、過去にかけても何も解決にはならないんだよな。自分の本当の名前も身分も明かせないのだから」
「未来を変えてしまうことになってもいいの?」
「この電話で何か未来を変えたからって罰はない。未来が変わることは人生の書庫の本たちが書き換えてくれているから」
「人生の書庫って人間の一生の物語が入っている本がたくさんあるんでしょ」
「でも、かすみには見せられないけれど」
「そっか。私の寿命が変わってもあの本がちゃんと書き換えてくれるってことか」
 少し安心したかすみは受話器を置き、電話をかけるのをやめた。
「夕陽君と話しているとなぜか安心するよ」
「また来い。おまえは自分の寿命をわかっていたほうがいいかもしれないな」

 最後の夕陽の一言が気になった。寿命をわかっていたほうがいいの? 疑問が頭をぐるぐるまわる。でも、かすみは夕陽に会える事がとても楽しいと感じていた。
 自分が未来の姉だということを明かさずに過去の妹と話すことは難しい。友達のふりをするのは無理があるし、せいぜい間違え電話をわざとかけて妹の声を聞くくらいしかできない。だから、本当に話したいことが話せないということに気づき、もう少しいい考えが浮かんでからかけてみようと思った。あまり間違い電話ばかりかけるのは、不自然だろう。最初は声だけを聞きたいと思っていたけれど、人間は欲張りなのかもしれない。もっとちゃんと話したいと思ってしまうのが本音だ。

 家に帰宅すると、鏡を見つめる。でも、寿命を見るには少し勇気がいるような気がした。夕飯を食べてからあめをなめてみよう。落ち着かない気持ちで夕食を食べて自分の部屋に向かう。鏡をじっとみつめてあめをなめてみる。

 2028、12,12

 2028年?? かすみは自分の頭の上に出る数字を見てその短さに驚く。そして、どうすればあと5年で死なずに済むのかを確かめるために明日も夕陽屋へ行こうと決心した。


 翌日の夕方――
「夕陽君、私の寿命あと5年なんだって!! 命を延ばしたいの!! 力を貸して!!!」
「自分の命の長さを見たのか」
 夕陽は冷静な瞳でじっとかすみを見つめた。
「知っていたの?」
「かすみは特別だから、俺は寿命を延ばしてほしいと思ってここへ呼んだんだよ」
「特別ってどういうこと? 私たち会ったこともないじゃない?」
「かすみの前世は俺の大事な人だったんだよ。だから、この立場を利用して、えこひいきさせてもらったんだ」
「大事な人って?」
「秘密」
 夕陽は口元は笑っていたけれど、目は笑っていなかった。それは彼の精一杯の笑顔だったのかもしれない。もしかしたらかすみは前世は夕陽の家族だったのかもしれないし、恋人や夕陽の好きな人だったのかもしれない。でも、そんなことをかすみは全く覚えていない。
 夕陽が特別扱いしてくれたおかげで、かすみは寿命を延ばすことができるのだろうか。不安と疑問がかすみの中で、ぐるぐるまわる。昨日ほとんど寝ていなかったこともあって、かすみは目の前が真っ暗になって、意識が遠のいて、その場に倒れてしまった。もし、このお店で倒れたりしたら、元の世界に戻れなくなるのではないだろうか? そんな不安を抱きながらかすみは意識を失った。不安から来る疲れだったのかもしれない。
 目を開けると、そこは知らない部屋だった。古びた和室の一室だろうか。天井は意外と高く、立派な柱のある木の家だった。ふかふかした布団が敷かれており、気づいたかすみは真新しい布団の上で寝ていた。白いのりの効いたふとんはパリッとしていて、新品の香りがした。

「気づいたか?」
 ふすまの影から夕陽の顔が見えた。

「ごめん。私具合が悪くなって、めまいがして倒れたんだよね?」
「だから、自分の寿命を見ると必要以上の体力や精神力を使っちまう。そして、思わぬ結果だと何とかしようと考えてしまうが寿命はどうにもならない。そして、心も体も疲労しちまうんだ。でも、命の長さを知りたいのが人間の本心だよな」
「あなただって人間でしょ?」

 かすみは人間を客観的に分析している少年を見て、疑問を投げかけてみる。なぜこの人はここでこんなことをしているのだろうか? 今まで思っていたけれどずっと考えないようにしていたことがあふれでてきた。

「正確に言えば、元人間かな? この空間は時間が止まっているから歳をとらないし、生きている人間ではないからな」
「あなたはずっと歳をとらずに病気にもならないの?」
「たまに君たちの世界にも行くけれど、歳を取るほど長くいないし、病気にはならないんだ。一度死んでいるからな」

 一度死んでいるということを聞いたかすみは、意味を理解するのに時間がかかる。理解をしようとそのまましばらく黙っていたが、気を持ち直して質問を考えた。

「なぜこの店をやっているの?」
「罪滅ぼしってやつさ」
「どういうこと?」
「まずはかすみの寿命があと5年しかないからどうするかのほうが先だろ?」

 そうだった、かすみは自分自身の大問題の解決のためにここへ来たことを思い出す。そして、心配で心配で、きのうの夜はほとんど眠ることができなかったから、倒れてしまったのかもしれないと思い返した。

「私は18歳で病気とか事故で死ぬのかな?」
「事故ならば防ぐことは可能だよな。前世のつみほろぼしをさせてほしい。一緒に解決しよう」
 そう言って、夕陽は頭を下げた。

「寿命がのびるせんべいならば少し延ばせるよね」
「あれは、根本的な解決にはならないからな。前世のことはいずれ必要があれば話すけれど、俺は味方だということだけ頭に入れておいてほしい。それに、お菓子を一気に食べてもその分長くは生きられないという不便なものだ。食べ忘れたりすれば効果はないからな」

 かすみは不安ながら、夕陽といい方向に持っていけるように何とか頑張ろうと心に決めた。きっとこの人は私を裏切らない。そんな気がした。

「かすみの前世の人とはずっと一緒にいよう、俺が守ると約束していたんだ。でも、結局守ることはできなかった。一緒にいることもできなかった……」
「結婚しようという話だったの?」
「いや、結婚とかそういった形だけのものではない。もっと深く真剣な約束だよ」
「恋愛関係だったの?」
「恋愛なんていうものよりずっと重く深いものさ」
 そういった夕陽の瞳は遠くをながめていた。それは、かすみの前世を見ていたのかもしれない。
♢死んだ人と会えるミラクルキャラメル

 かすみは夕陽屋の常連となった。かすみは常に死んだ妹と会いたいという気持ちがあるので、強いねがいを持っているから夕陽屋に行くことができているのかもしれない。そして、かすみは夕陽の特別な誰かだったという過去を持っているらしく、夕陽が招いているのかもしれない。

 たそがれどきにしかいけないお店。そして、番人である不思議な存在の黄昏夕陽。最近は夕陽に会いたいという気持ちも混じりながらの来店だったりする。
 かすみは妹を失ってから、会えない寂しさにおそわれることが時々ある。夕方から夜は特にその寂しさを感じる時間帯だった。闇に飲み込まれていくような感覚におちいる時間帯は昼と夜の境目だ。夕方という時間帯は昼でもなく夜ではない不確かさを感じた。それは世界でたった一人になったような孤独な気持ちになる時間で、とても怖いものだった。しかし、夕陽屋に出会ってからはその寂しさを紛らわせることができていた。

「こんにちは、夕陽君」
 ドアを引くと、鈴の音が聞こえる。レジの後ろに飾ってある鈴が何個かかけてあるのだが、風に吹かれて鈴の音が不思議な音を奏でる。風鈴のようなその音は、華やかさと寂しさを兼ね備えていて、かすみにとっての夕方そのものだった。

「ねぇ、死んだ人に会えるお菓子ってないの?」
「あるよ」
 夕陽屋の商品は無限なのだろうか。際限なく色々な商品がどんどん出てくる。不思議な無限空間のようだった。でも、そんな便利な商品があるのならば、もっと早く教えてほしかった。夕陽のいじわるとかすみは心の中でため息をついた。

「ミラクルキャラメルっていうんだけど、溶けるまでの間だけ、話すことができるんだ」
 夕陽がつまんだ商品はきれいな紙につつまれていて、輝いていた。ミラクルって日本語で奇跡という意味だ。奇跡がつまっているキャラメルはとても魅力的だ。
「会えるって言っても、肉体はもうないよ」
「死んだ時期に一番近い元気なときの姿で現れるんだ」
「元気だったころ……妹は病弱だったから」
「でも、話をできた時期はあったんだろ?」
「じゃあこのキャラメルをなめて、あそこにあるいすに座って」
 店の角に小さなテーブルと机があった。そこにかすみが座った。そして、あとはキャラメルをなめるだけ。

「でも、このキャラメルをなめた人は、二度と会えないとかそういったことはないの?」
 かすみは不安になって夕陽に質問した。

「大丈夫。キャラメルさえあればまた会えるけれど、このキャラメルは希少品なんだ。いつも夕陽屋にあるわけではないんだ。もちろんこれからも過去につながる公衆電話も使えるよ。電話の世界とはつながっていないから、別な世界になっている。電話をかけた時に夕陽屋の話をしても、電話をかけた過去の人間には通じない話だ」

 かすみは一気に色々な説明を受けて一瞬頭が混乱したが、つまりここで会った人と過去の電話の妹は別人だということが少し考えて理解できた。

「でも、ここで会う死んだ人って、幽霊ってこと?」
「違うよ。生きていた時の残像だよ」
「残像……?」
「生きていた時の記憶で形が作られた人形みたいなものさ」
「普通に話したりできるんだよね?」
「できるよ。でも、キャラメルを食べた人の記憶の範囲でしか話をしないし、新しい話題をふっても同じような返事が返って来る程度さ。生きていた時に妹が話していたこととか、うんという簡単な返事になっちまうけど」
「じゃあ、本当の妹の気持ちを聞き出すことはできないの?」
「死人には意志がない。だから、記憶の中の応答でしか返ってこないだろうな。みんな勘違いしているけれど、死んだら意志はないんだ。生きている人の思い出の中で生きているだけなのさ」
「思い出と会話するってこと?」
「形はそのまま思い出の死んだ大切な人が現れる。それだけでほとんどの人は満足するのが、ミラクルキャラメルの特徴さ。俺の場合は死んでいるけれど、こうやって意志があるのはこの店の魔力なんだろうな」

 死んだという奇妙な発言をする夕陽。かすみは、今回は確かめてみたいと決意して、夕陽に質問する。

「夕陽君って本当に死んでいるの?」
「まぁ、俺の話はまた今度っていうことで。まずは10円。そして、キャラメルを食べてみて。かんだりすると溶けるのが早くなるから、気をつけろよ」
「わかった」
 夕陽の爆弾発言も気になるけれど、今は死んだ妹に会うという使命がある。かすみはキャラメルの包みをていねいに開けて、口に放りこんだ。

「甘くて、溶けそうな味。こんな味、はじめて!!」
 興奮したかすみが興奮して頬を赤らめながらキャラメルを口の中で味わう。そのなめらかな舌触りは天下一品だった。

 すると、目の前にかすみの死んだはずの妹が現れた。見た感じは透き通ることもなく、普通の人間だった。生きていた妹そのものだった。偽物ではない、絶対に妹だ。

「きりか、元気にしていた? 会いたかったよ」
 かすみは妹のきりかに話しかける。死んでいる人に向かって元気なんておかしな話だけれど、挨拶というか社交辞令みたいなものだ。きりかは気にすることもなく
「元気だよ。お姉ちゃんは小学校楽しい?」

 きりかはかすみが小学生のときに亡くなっている。だから、会話はかすみが小学生のときで止まっているようだ。

「お姉ちゃんは今、中学生になったんだよ」
「そっかー」

 きりかの表情はあまり変わらない。そして、返事は生気のないものだった。人形みたいなものにしてはよくできているけれど、記憶で作られているせいか、きりかの言葉の種類は少ない。きっと記憶の中で作られたから、かすみの覚えている範囲の受け答えしかできないのだろう。

「きりか、少しでも長生きしてほしかったよ」
「病気治ればいいんだけどな」
 きりかは病気だということをわかっているけれど、死んだということは知らないんだ。もうすこしで、キャラメルが溶けてしまう……。
「あなたと姉妹でよかった。また会おうね」
「おねーちゃんのこと大好きだよ」

 きりかの表情は明るかった。まだそんなに病気がひどくないころだったのかもしれない。キャラメルが溶けると……きりかの姿はあとかたもなくなっていた。

「ありがとう。でも、記憶の姿だから、本人は死んでいることは知らないんだね」
「誰でも、いつ死ぬなんて知らないからな。記憶の中の妹は生きていたときの時間で止まっているんだ」
「死んだ人の時間は止まっているんだね。当たり前のことだけれど、実感できたよ。記憶の姿だけれど、会えたのはうれしいよ。生きている人が忘れないことが最大の供養なのかもしれないね」
「今時の若者のくせに、色々悟ってるじゃないか」
「そういえば、夕陽君って心臓止まっているの?」
「止まっていると思うけど。この空間は時間が止まっているからこれ以上老けないし、俺にはちゃんと意志がある」
「聞かせてよ!!」
「え……?」

 かすみは夕陽の心臓の音を聞こうと胸に寄り添う。
 夕陽は戸惑いを見せた。

「本当だ、夕陽君の胸から音が聞こえない」
 ここで恋愛小説ならば夕陽の心臓が高鳴るところだが、心音は全く聞こえなかった。そして、夕陽の手はとても冷たかった。
「幽霊なの?」
「幽霊じゃないけれど、命とひきかえにここの店の店主となった。罪を償うために。そして、君に謝るために。前世ではごめんな」
「私、全然前世の記憶なんてないし、謝られても意味が分からないし……何があったの?」
「俺の記憶もそこまで鮮明には覚えていないんだ。そろそろお帰りの時間だよ。会えてよかった。ありがとう」
「え? もう会えないみたいなことを言わないでよ。私の寿命は夕陽君にかかっているんだから」
「大丈夫だよ。命をかけてでも君を守るから」
「もう、かける命はないんじゃないの?」
「そうだった。でも、全身全霊で守るよ」
「なんだか王子様みたい。ありがとう。またね」
 少し頬を赤らめたかすみはにこっと笑って帰宅した。夕陽の頬も夕陽のせいなのか少し赤くなっているように見えた。
♢自分で死亡日時を決められるエンディングノート

 寿命を延ばすための禁じ手アイテムがここにある。「エンディングノート」だ。現在大人たちの間で流行しているというエンディングノートとはちょっと違う。どんなノートかって? 人生の終わりに向かって歩いている大人たちのエンディングノートは、自分が死んだら葬式はこうしてほしいとか、自分の人生の記録を記すノートだ。

 でも、夕陽屋のエンディングノートは未来日記に近いものだ。何歳で眠ったように死んでしまうとか、人生を決定するノートだ。書いたことが事実になるメモ帳と紙の成分は少し似ている。しかし、メモ帳はひとつしかねがいごとは書けないが、エンディングノートは自分の死ぬことに関することしか書けない。書いたことが事実になるノートと言ってもいいかもしれない。しかし、死ぬ日時と死因を書いたら、あとで書き足したり修正することもできない。使い方次第でおそろしい作用のあるノートだ。
 自分は何歳でどのような死因で死ぬかを決定するのはとても難しいものだと思う。運命ならばしかたのないことだが、死ぬ日や時間を自分で決めないといけないということは誰でも大変悩むだろうし、死ぬ時期を知っているというのは死ぬまで辛い。使い方次第で自殺ノートにもなるのだ。
 そして、効果が本物なので、とても危険な商品だ。だから、夕陽屋でも扱い方が普通の人間には難しいので、普段は売ることはないが、かすみのために入荷を決断した。夕陽が考えたのは、人生が決定していることを消すには、それなりに効力が強い商品で太刀打ちするしかない。考えに考えぬいた結果、これしか打つ手はないと夕陽は思った。
 他に夕陽が思いついた商品の中には「夢をかなえるペン」というのもあったのだが、夢をかなえる効力だけでは寿命を延ばすには力不足だと夕陽は思った。
 寿命を延ばし、人生を変えてしまうというのは人間の長い人生を変える大きな力が必要となる。大きな力には代償がともなうし、人生を自分で決めるというのは13歳にまだならない年齢の人間には過酷すぎるとも感じた。
 もし、かすみが夕陽とこの時代に出会わなければ、幸せだったのかもしれない。そう考えると夕陽の心は後悔の気持ちにおそわれる。たとえ寿命が短くとも知らないでその時を迎えたほうが幸せだったのかもしれない。しかし、かすみは自分の寿命を知ってしまった。ならば、責任をもって夕陽が前世のつぐないをしよう。今こそ彼女に恩返しをしたいと思っていた。もう、前世の自分の名前も忘れてしまったけれど、それでも、思いだけは消えていなかった。

「かすみ、このノートを使ってみよう」
 最近、ちょくちょく夕陽屋に来るかすみに向かって、心の距離が縮んできたと感じていた夕陽は思い切って切り出してみた。店外持ち出し禁止ともいえる商品を棚から出す。

「エンディングノートっていうんだ。これは、書いたことが本当になる力がある。死に方の希望をここに書いてほしい。そして、最後に死因と死亡日時を書いたらこのノートは修正できなくなる」
「これで寿命を延ばすの? でも、死に方の希望とか日時のねがいなんて思いつかないよ」
「ちゃんと考えてからでいいよ。これは使い方によっては自殺ノートにもなる。でも、これならばかすみの寿命は確実に長くなる。そのかわり自分が死ぬことを知っていながら生きていかなければいけない」
「代償は死ぬことを知っていながら生きていくこと?」
「それも代償のひとつだけれど、このノートを使ったら夕陽屋のことは忘れてしまうんだ。でも、死ぬ日だけはなぜか覚えていると思うよ」
「夕陽君のことを忘れてしまうの?」
「元々俺たちは知り合いではなかった。だから、それでいいだろ?」
「私とあなたは前世で恋人だったの?」
「血のつながらない兄と妹だよ。前世で義理の妹を守れなかった。そして、妹は死んだ。それ以上のことは俺は覚えていない。でも、ようやく生まれ変わりの妹に会えた。だから、この世界でつぐなわせてほしい」
「でも、本当にあなたの妹だったのかもわからないし……」
「俺にはわかる。かすみは俺が愛していた大切な人だ」

 夕陽のまなざしはとても真剣でまっすぐだった。少し、涙を浮かべているような気もする。同級生の男子にもそんなセリフを言われたことがないかすみは顔が真っ赤になる。そして、初恋のような淡いけれどとても大切な人を想う気持ちを感じた。この人を忘れたくない。でも、忘れなければいけないの?

「他に未来を変える商品はないの?」
「……」

 夕陽は黙ってしまった。
 夕陽を忘れたくないと思ったかすみは必死に店内の商品をくまなく探す。もしかしたら、夕陽を忘れずに未来を変える商品を見つけられるかもしれない。過去へつながる公衆電話も使えないかを考えたが、5年後の自分の死は過去を変えることで変わるものではないと思えた。

「寿命をのばすラムネやせんべいを食べればなんとかなるよね」
「大人になると周波数が合わなくなって夕陽屋に来れるとは限らないしな。あのお菓子は、一時しのぎでしかないんだ。老衰ならば太刀打ちできるけれど、突発的な事故ならば効き目が薄いと思う」

「事実を変えることができるメモ帳は? 死なないってかけばいいでしょ?」
「不死はこのメモ帳ではねがえないからな」
「じゃあ5年後に死なないと書くとか」
「5年後に死ななくても6年後に死ぬってこともある」

「事実を消すことができる消しゴムは?」
「まだ死んではいないから、事実にはならない」
「私が死んだら夕陽君が消しゴムで死んだ事実を消して」
「俺は死んだ人間だ。そちらの世界に直接的に関わって生き返らせることはできないんだ。ここの商品は俺には効かないし、使っても意味をなさないんだ」

 かすみは思いつくだけ提案してみる。
「病気を吹き飛ばす風車とかは?」
「病気が死因なのか今のところはわからないだろ」

「じゃあ、人生の書庫で未来のページは読めないの?」
「人生の書庫の本は毎日文字が自動的に増えている。未来を読むことはできないんだ」
「じゃあ、このエンディングノートしか手はないの?」
「他の商品だと決定した命に関わる未来を変える力は弱いと思う」
「私、夕陽君を忘れたくない」
「俺は忘れないよ。自分のために生きてほしい。来世でまた会おう」
「そのときは、もっともっと一緒にいようね」

 かすみは涙を流した。忘れてしまうさびしい気持ちと夕陽と心が通じた気持ちが混じりあったような涙だった。その涙を夕陽の長くて細い指が拭ってくれる。心が通うというのはなんて心地がいいのだろう。どきどきしているはずなのに、落ち着いた気持ちになる。
「まだ時間はある。このノートを持っていけ。じっくり考えてからノートに書き込むんだ。そして、誰かに勝手に使われないように保管には注意しろよ。それと、寿命がのびるお菓子にはあまり期待するなよ」


 あれから、しばらくたったが――かすみはまだこのノートに自分が死ぬ日を記すことができないでいた。自分で死ぬ日を決めるということはあまりにも自己責任が大きすぎるからだ。そして、寿命が途切れる前にこれを使って寿命を延ばせば、夕陽屋のことも黄昏夕陽のことも忘れてしまうという事実もかすみには大きな悲しみとなっていた。
 それから、半年ほどで、おばあちゃんはあっけなく持病の悪化で突然亡くなってしまった。それは老衰と呼ばれるもので、寿命を全うしたのかもしれない。でも、寿命がのびるせんべいを食べさせていたのに、ラムネだって毎日渡していた。どうして……。
 かすみはあれから、せんべいを1か月おきに食べさせた。そして、メモをとりながらラムネもその間のつなぎとして食べさせていた。
 お母さんがおばあちゃんの部屋を掃除していると、引き出しからラムネが出てきたとお母さんが言っていた。おばあちゃんはラムネが好きではないけれど、ありがとうと受け取って、食べたふりをしていたみたいだ。渡したはずのせんべいも1枚出てきた。
「食べ忘れたのね」とお母さんは言ったが、おばあちゃんはだいぶ食欲がなくなっていたのは事実だった。寿命がなくなりつつあるとき、高齢になると食べる量が減るという。きっとお菓子を食べたいと思わなかったのかもしれない。最後に夕陽が言っていた「お菓子には期待をするな」という意味はそういったことなのだろう。それに、決まった寿命に対しての効果が必ずというわけではないという効き目の弱さについての話も気になった。寿命への万能薬はないのだろう。かすみは、自身のためにエンディングノートに真面目に向き合うことにした。
♢少年Zが黄昏夕陽になるまで

 死にたいと思っている少年Zがいた。Zとしたのは、もう後がないという意味で、そういった仮名にしておいた。でも、Zはどうやったら死ぬことができるのかわからずにいた。正確に言うと、死にたいけれど死ぬという勇気がないという少年だった。Zは大切な人を守ることができなかった。彼女は死んでしまった。それは自分のせいだとずっと悔いていた。そして、彼女のいない世界で生きるということが苦しみとなっていた。
 Zは考えた。痛くない苦しみのない死に方を。生きるという選択肢もあるだろうが、Zの中で、生きることを考える余裕はなくなっていた。生きるとしても苦しみから逃れる方法だってあるだろうし、誰かに助けを求めればいいと思う。でも、Zは孤独だった。誰にも頼ることができない状況だった。人間、切羽詰まるといい考えが浮かばないのだ。もっと柔軟に広い心で思考すればいいと思うのだが、当人は狭い視野でしか物事を見ることができない。そんな狭い通路に立たされた少年Zの物語だ。
 チラシが落ちていた。Zは拾ってみる。すると、地図が書いてある。方向音痴でもわかるように、非常にわかりやすい書き方をしていた。現在地からあるいてすぐだということだ。『ねがいをかなえる商品あります(死にたい方大歓迎)』チラシの言葉が心に刺さった。
 これは、自分のための店じゃないだろうか? 死に方ばかりを考えていた心にぽうっとあかりがわずかに灯ったような気がした。一筋のまばゆい希望の光がZに微笑んだような気がした。Zはそのチラシを握り締めて、まるで生きる希望でも見つけたかのように一気に走り出す。
 Zは店らしきものを見つけるとガッツポーズをした。その姿はとても死に急いでいる人だとは思えない元気な姿だったと思う。まさか10代の健康な少年が死ぬことを考えているなんて思う人は少ないかもしれない。でも、若い体に痛みと暗闇を抱えていることだってある。若くても健康でも、辛いことだって人間関係の闇だって持ち合わせている。
 いかにもそれらしい雰囲気の店が存在している。今まで見たこともない建物だが、それなりに年数は経っているものだと思われる。縁日のような明るさと夕暮れ時の不気味さが重なる独特の雰囲気の扉を開いてみた。少し勇気が必要だったが、死ぬことにくらべたら簡単なことだったので、Zは迷うことなく、扉を開けた。

「いらっしゃい」
 出迎えてくれたのは知らない若い女性だった。ふわふわした白い生き物が女性の肩に乗っている。店員は1人しかいないようだ。

 Zは、手に汗を握りながら女性に質問した。
「なんでもねがいをかなえてくれるのですか?」
 チラシを差し出して、Zは質問をした。
「君は死にたいの?」
 女性は真剣なまなざしでZを見つめた。真剣に対応してくれるのだろう。そう思った。
「俺は死にたい」
「死ぬなんて簡単なことなのに、なぜここにきたの?」
「簡単? そんなことはない。死ぬことは生きるよりもある意味大変なんだぞ。苦しみや痛み、別れを覚悟しないといけないんだ」
「覚悟はあるの?」
「……ない。だから、チラシをみて、この店ならば何とかしてくれるかなって思って」
 Zは本音で語った。

「殺すことはできるけれど……」
 無表情で淡々と説明する女性にZは恐怖を覚えた。背中がすーっと凍るような怖さを感じた。この人は命の重みをわかっていないんだ。もしかしたら、死に対しても痛みに対しても何も感じない人なのかもしれない。女性の無表情な様子から、Zは色々推測していた。

 こんな怪しい店にいる人間が普通の感覚を持っているはずはない。店内の商品も空気もどこか普通ではないような気がする。よく見ると、店の商品は普通ではない名前のお菓子や文房具が並んでいた。本当に効き目があるのだろうか? Zは半信半疑で商品をじっと見つめた。

「死ぬときの恐怖とか苦痛がやっぱり立ちはだかって、死ぬことはできないんだ」
 Zはこぶしをぎゅっと握り締めて、てのひらが汗ばむことを感じていた。

「じゃあ、恐怖や苦痛なしで一瞬で命を落とすことも可能よ」
 女性の顔は真剣で嘘をついているようにはとても思えない。やはり、まずい人と関わってしまったのかもしれないとZは思った。

「でも、色々考えると、自分がこの世から無くなるということが一番の恐怖なんだ」
 人としての弱さをこのときのZはまだ持っていたように思う。

「みんなそんなことをいうけれど、いずれはみんないなくなるのよ。早いか遅いかだけよ」
 落ち着いた様子で話す女性の話は正論だった。しかし、そんなことを平気な顔をして語る目の前の女性のことが、Zはとてもとても怖くなった。

「もし、私の後を継いでこの店を守ってくれるのならば、あなたは死にながら生を受けることができるのよ」

 女性は思わぬ意外な提案をした。さっきまで恐怖しか感じなかったのだが、女性が思いのほか不思議な提案をしたので、Zは少し安心をしていた。どこかで、殺されるのではないかという恐怖心があったからだ。Zは平凡な一般市民なのだから、特別な力はない。

「どういう意味だ?」
「私は引退しようと思っているの。あなたがここのお店の店主になれば、見殺しにした少女の生まれ変わりに会えるかもしれないのよ」
「おまえは死んでいるのか?」
「私はずっとこの仕事をやっているの。見た目も変わらずにね。ここでは生きているけれど、実は現世では死んでいるの。不老不死って結構大変なのよ。あなた、私の仕事やってみない? そうすれば死んでもあなたは消えないわ」
「でも、普通の人間ではなくなるし、仕事でしか人間とは接することはできないってことだろ?」
「意外と賢いのね。依頼がなければ私は、ずっと孤独よ。人間の欲望には終わりがないの。だから、この仕事には終わりがないのよ。でも、もうあきらめているの。だって、こんな仕事やりたい人なんていないでしょ」

 女性の話が本当ならば、かわいそうな人だとZは同情を感じていた。ずっと変わらずに淡々と仕事をこなすというのはとても大変だろう。定年というものがない永遠という仕組みは普通の人間には到底無理な話だ。

「俺は罪をつぐないたい」
「この店には、欲望にまみれた人間がやってくるのよ。人間のこっけいなねがいにつきあうのも罪をつぐなうことになるのよ」
「あなたはこの立場を俺にゆずったらどうなるんだ?」
「私はそのまま消えて生まれ変わるのかもしれない。詳しいことはわからないけれど」
「ここの店主になったら、俺はちゃんと会いたい人に会えるのだろうか?」
「ここの店主になると、本当の名前を忘れてしまうの。でも、大切な人のことは覚えているのよ。生まれ変わった大切な人のことはわかる能力が身につくの。そして、つぐないはここで人のために一生懸命仕事をすることなのよ。そうすれば、次に後継者を見つけた時に、あなたはちゃんと生まれ変わることができるでしょう」

「俺の本当の名前は……」
 Zは先程まで覚えていたはずの名前が出てこないことにあせりを感じた。

「もう、本当の名前を忘れかけているのね。私の後継者となって、この店をふわわと一緒に守ってね。黄昏夕陽くん」
「黄昏夕陽?」
「今日からあなたは黄昏夕陽として夕陽屋を守ってちょうだい。今日あなたが来ることはわかっていたわ。私も罪を充分つぐなったもの。綿の妖精ふわわと一緒に夕方の時間が続くこの空間で、時が止まったままの世界で生きるのよ」
 
 にこやかに優しい笑顔で女性はほほえむ。
「会えてよかった、さようなら。あなたの前世は私の大事な人だったのよ。人と人はつながっているの。きっと縁があなたと大切な人をめぐりあわせてくれるはずよ」

 そう言うと、女性はそのまま店を出た。Zの前世があの女性の大切な人だったという記憶は全くZにはなかった。そして、多分、現世のZは今日死んだということだろう。死ぬというねがいはかなったのだ。しかし、死んだような気はしないが、どことなく体が軽い。不老不死の状態で、時の止まったこの店で一生懸命働くことで、罪をつぐなっていくということなのだろう。

「こっちには人生の書庫があるふぁよ」
 白いわたがしのようなふわわが店内を案内する。店の一番奥の部屋には不思議な扉があり、ずらりとたくさんの本が並んでいた。

「ここは?」
「人間の一生を勝手に記している本が置いてある部屋だふぁ。夕陽の一生の話も書いてあるふぁ」

 1冊の本を手に取る。そこには、少年Zから黄昏夕陽へと書かれた本が置いてあった。他の本に比べて比較的分厚い本だが、最初のほうにしか文章は書いていなかった。半分以上白紙だ。

「この本は、俺の人生の本?」
「この本にはこれからの夕陽の人生が書き込まれる予定だふぁ。夕陽の人生は長くなる予定なので、他の人より分厚いふぁね」
「俺の以前の名前って何だっけ?」
 普通はありえないのだが、夕陽は本当の名前を忘れてしまったのだ。いくら思い出そうと思っても全然覚えていなかった。
「本当の名前と引き換えに、この店の店主になれたふぁね。だから、もう本当の名前は思い出すことはできないし、思い出す必要もないふぁ」
「だから、俺だけ名前が書いてないのか?」
「もうあとがないから、少年Zとしたふぁよ。Zはアルファベットで一番最後だふぁね」
「名前なんていらないよ。俺はこの店で大切だった人に会えたら、そのときこそ彼女を守ってやるんだ」
「何年かかるかわからないふぁよ」
 そして、店の裏側をふわわが案内した。何部屋かあり、生活ができる台所や風呂場やトイレが設置されていた。ごく普通の家だった。でも、並んだ商品は見たこともない商品ばかりで、夕陽はひとつひとつの商品の使い方や危険性を学ぶこととなった。
 夕陽は死を普通とは違った形で迎えることとなった。死は生と反対なものだと思っていたのだが、夕陽屋の店員として永遠に働くことがZにとっての死となったのだ。
 誰にだって苦労も大変なこともあるが、それを乗り越えて毎日を生きなければいけない。その命が自然と尽きるまで。わたしたちは生きるべきなのだ。その価値は自分で見出すのだ。

 ♢♦♢♦♢

 あなたも夕陽屋に来た時は、慎重に買い物をすることをおすすめします。たそがれどきに強いねがいを込めると不思議な夕陽屋に出会えるかもしれません。チャンスを生かすも殺すもあなた次第。運がよければ店主になれるかもしれませんが、現世での死を意味するらしいので要注意です。

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