ある日、長い髪の少女とフードを被った少年が手を繋いで冥界への道を歩いていた。二人はまだ十六歳だった。少女は多くの人間を殺した。少年は殺人の罪を犯し、自らの命を絶った。



 地獄の扉を通り過ぎて歩き続け、彼らがたどり着いたのは天国の扉だった。二人は扉が開く瞬間、お互いの手を強く握りしめて目をつぶった。扉がゆっくりと開き、世界が無音に包まれた。



 二人は生前恋人同士だった。どこにでもいるような歌を愛する少女と、少女に一目惚れした少年のありきたりな組み合わせだった。けれども、少女はその身に呪いを受けていた。彼女が声を発すれば、身近な誰かが死ぬ。彼女が天涯孤独の身となったあと、悪魔が彼女に告げた。



 彼女は自らその美しい声を封印した。ある朝、別の悪魔が彼女に告げた。お前が声を発さなかった日、この世界のどこかで死ぬ運命になかった誰かが死ぬと。彼女がそれを知ったのは、既に百余りの命が失われた後だった。



 毎晩、呪いによって死んだ者の夢を見た。ある時は夢半ばに死んだ新進気鋭のベンチャー企業の若き役員の夢を。ある時は、ウグイスが鳴く村で生まれ育ち、転落死した普通の女の夢を。ある時は、孫の誕生を心待ちにしながら心筋梗塞で死んだ善良な男の夢を。



 心優しい少女は、自分は生きていてはいけないと思った。彼女は少年に、手紙を書いた。



「私は多くの人を殺したのに、自分で命を絶つ勇気がないの。私を殺してください」



「僕はセカイより君が大事だ」



「私がもう生きていたくないの」



自責の念に駆られた恋人の最期の願いを少年は叶えることにした。代わりに少年も彼女に一つお願いをした。



「もう一度君の声を聞きたい。その声で僕が死んでもいいから」



愛する人の声に殺されるのならば本望だった。



「あなたが死んだら、きっと私はためらいなく死ぬと思う。でも、私はきっと地獄行きだからもう会えないね」



少女は数ヶ月ぶりに声を発した。その声で少年が死ぬことはなかった。



「君を一人で地獄になんて行かせない。いっしょに逝こう」



「ありがとう。愛してる」



 少年は少女を殺した。睡眠薬を飲んで、眠る彼女の首をその手で締めて殺した。彼女が一時たりとも苦しまないように、躊躇はしなかった。素手で掴んだ彼女の首に全体重をかけて殺した。「生」から「死」に変わる瞬間の感触は、あまりに生々しかった。



 少年は彼女を殺した後、彼女の長い髪で自らの首をくくって命を絶った。自らを罰するように少しでも長く苦しんでの死を選んだ。少年の最期の涙が彼女の髪に落ちて天の川のように煌めいた。セカイに翻弄された二人の心中は誰にも知られることなく、セカイに再び平穏が訪れた。



 呪われた無垢な少年少女を神が裁くことはなかった。少女の呪いによって死んだ者たちは天国へ昇った者、煉獄へ行った者、地獄へ堕ちた者と様々な運命をたどった。少年少女は天国へと迎え入れられた。神は二人のために初めて、音を立てることなく扉を開けた。



 少女は誰にも邪魔されることなく、愛の歌を歌った。その歌は、この世とあの世をすべて合わせた世界で一番美しい音だった。



 やがて、彼らは生まれ変わるだろう。今度こそ、神に祝福された平凡な少年少女として。