「離せよ。その子は魔女じゃない」

間違えるはずもない愛しい声がする。目を開けると、あの人がいた。足音の主はレオだった。どうしてこんなところに。

「何だ、お前も魔女の手先か?」

お願い逃げて。あなたまで処刑されてしまうから。

「まあまあ、落ち着いて。俺は怪しい者じゃないよ、なーんてね!」

レオがそう言うやいなや、ズドンと大きな銃声が鳴った。さっきまで銃を持っていた男が倒れている。レオが構えている銃の銃口からは煙が上がっていた。レオの発砲によって男は倒れたようだ。男たちは私をそっちのけでレオを捕えようとした。

「初めて出会った場所へ逃げろ!必ず追いつくから!」

レオが私に向かって叫ぶ。レオを置いてはいけない。

「早く!」

母さまもそう言って私を逃がした後、処刑された。どうしても躊躇してしまう。私のために命を懸けてくれる人を見捨てられない。

「まったく、世話が焼けるお姫様だな!」

短剣を振り回して男たちを振り払ったレオが、呆然としている私のもとに来た。私の手を取ると路地裏に向かって走り出す。

「何もしゃべるな!とにかく走れ!」

魔女狩りの目をかいくぐり、いつもの港の外れへとたどり着く。停留してある小舟に飛び乗って、荒れはじめた海へと漕ぎ出した。

 荒れ狂う海をものともせず、レオは北へと針路を取った。舟の操縦はセイラムの男の嗜みだと、あの日と変わらない笑顔でレオは笑う。

「謝らないといけないことがあるの」

「本当に魔女なんだろ?」

言おうとしていたことを的確に言い当てられた。出会った頃より大きなレオの手が私の黒髪を撫でる。

「知ってたよ、とっくに」

レオは、私が大人になる兆しを見せないことに気づいていた。万が一魔女狩りが起こった時に逃れられるように港に小舟を停留させ、自治警察から私を守れるように鍛錬をしていたらしい。気づいても指摘しなかったのは、その会話を誰かに聞かれないようにとのことだった。

「でも、魔術で人間なんて蹴散らせるものだと思ってた」

私が使える魔法や今まで生きてきた700年の話をした。レオが綺麗だと言ってくれた花は、母の記憶を具現化した花だということ。魔女であると知られないように同じ場所にとどまれなかったこと。母は魔女狩りで亡くなったこと。300年天涯孤独の身で、恐怖で眠れない夜を生きてきたこと。

 レオが握る私の手に涙が落ちた。レオが泣いている。私も泣いている。この手に落ちた涙がどちらの涙なのか分からないけれど、私のために泣いてくれる人に初めて出会った。この人とどうしても離れたくなくて、3年間あの村にとどまった。

「大丈夫。もう1人じゃないから。俺がいるから」

レオが私を抱き締める。不揃いな魂の光が2つ、船の上で揺れる。神様がいるのならば、私たちにご加護をくださいと心の中で何度もつぶやいた。