恋人になってからは、レオは私の家を訪ねるようになった。私が具現化した記憶の花は人間界に存在するものだから、特に見られて困るようなものはない。

「綺麗な花だね」

レオは窓辺のピンク色の花を見て言った。あの花を人間たちが何と呼んでいるのかは知らないけれども、私は「母さまの花」と呼んでいる。の思い出を具現化した花だ。種から育てた。種は巾着袋に入れて肌身離さず持ち歩き、どこかの街に定住するたびに育てている。

「花の名前は分からないの。でも、母との思い出の花よ」

「きっと素敵なお母さんだったんだろうね」

 レオは出逢った頃のまま、ずっと美しい。少しずつ背が伸びて逞しくなって、それでもずっと美しい。澄んだ心は汚れを知らず変わらない。時の流れが止まったように感じていた。寒い冬を繰り返しても時の流れを実感することはなかった。魔女の性もあり、私はレオ以外の人間とかかわることはあまりなかったので余計に外界の時の流れとは切り離されていた。

 私はレオと会うとき以外は帽子を深く被り、ただでさえ目立つ東洋風の顔立ちを覚えられないようにしていた。でも、こちらが顔を覚えることはあった。村に来た頃は果物市場のおじさんは赤ちゃんを抱いていたけれども、最近その子はもう大きくなって舌っ足らずながら店の前で「いらっしゃいませ」と元気な声で笑っている。

 1692年3月のある朝、私の家のドアを激しくノックする音が聞こえた。どうやら外も騒がしく悲鳴も上がっているようだ。火事かと思い避難しようとしたところ、ドアが複数人の男たちによって破壊された。

 男は、「貴様、魔女だな」と言った。どうして。新大陸で魔女狩りの噂は聞いたことがなかったのに。私は銃を突き付けられた。

 威嚇に打った1発が私のほほをかすめるくらいの距離をすり抜けて、壁に銃弾の痕をつけた。わずか数秒の間に走馬灯が流れた。私もここまでか。レオに最期に会いたかった。私は捕らえられた。雨が降っている。迂闊だった。こんな日に火事なんて起こるわけがないのに。私以外にも、捕えられ連行されている女性、追っ手から逃げ惑う女性がいた。

 さようなら、レオ。愛してた。誰かの足音が聞こえた。