慌ただしく昼食を準備している間に、会議の時間になった。二人が昼食をとる隣で、俺は支給されたマイク付きヘッドホンを頭に乗せた。「パパかっこいい」と環奈は目を輝かせた。5歳児の些細な発言に、情けなく顔がにやける。
会社の方と滞りなく連絡がつながって、会議は順調に進んでいた。俺の発言順になって「はい、それでは…」と話し出そうとした時だった。けたたましい楽器音が、ヘッドホンごしでも大音量で耳に届いた。俺はその音に一瞬で血の気が引いて体が固まった。マイクがオンになっていたので、もちろん画面の向こうの人たちにもその音は聞こえていたのだろう。みんなこちらに唖然とした視線を向けている。少し間をおいてから「すみません、少々お待ちください」と言って席を外した。リビングの方を見ると、花恋が鍵盤ーモニカのホースの口に当てる部分を5分の4ほど口にくわえて、頬を膨らませて顔を真っ赤にして吹いている。俺は躊躇なく声をかけた。
「ちょいちょい、花恋。なに?急に何なの?」
驚いた俺に、花恋は驚いた顔で返してきた。
「やだ、パパ、来ないでよ。授業中なんだから」
「授業中?」
俺は花恋の目の前に立てかけられたタブレットに目がいった。そこには大画面に先生らしき女性と、その下の方に何人かの子どもがワイプでずらりと映し出されている。
「学級閉鎖中はオンライン授業なんだよ」
「そ、そうなのか」
オンライン授業ということであれば俺も何も言えなかった。
「早くあっち行ってよ。みんなに見られたら恥ずかしいでしょ」
「あ、うん。でも、パパも今オンライン会議中だからもう少し音小さくしてくんない?」
「鍵盤ハーモニカだから、音量の調節なんて無理だよ」
「目いっぱい吹くから大音量になるんだろ。もっとそっと吹いてみ。顔が真っ赤になるまで頑張って吹かなくていい」
「頑張って吹かなくていいって、それってサボってるみたいじゃん」
「花恋は十分真面目だよ。ほら、そっと吹いてみ」
花恋は今度はそっと息を吹き込んだ。すると、柔らかな音が出た。
「あ、ほんとだ。ありがと、パパ」
その満たされたような笑顔に、俺の肩の力が抜けていった。そのおかげか、いつもは緊張気味に臨んでいた会議にも心なしかリラックスして参加できた。