水分をとらせる以外は家にあった解熱剤を飲ませるだけで、できることはもう他になかった。「ここは大丈夫だから」と美希は暗に俺の仕事のことを慮った。こんな時だというのに、俺にできることはあと仕事ぐらいなのだろうか。とりあえずパソコンの電源を入れた。いつも通りメールの確認をすると、「〇〇の確認」「〇〇のお願い」といった題名がずらりと連なっている。マウスでスクロールしながら、そんなに俺に「お願い」や「確認」をしてほしいのか、と鼻で笑った。気取った言葉を並べて隠しているけど、要はすべて、雑務処理だった。
俺はあきらめたようにメールを一通ずつ開封して、中身を確認すると同時に処理を始めた。
_こんな仕事、俺じゃなくてもできるのに。
キーボードをたたく指先に、悔しさや情けなさが滲む。
こんな誰でもできるような仕事をしている時間があったら、まだ体調が万全じゃない美希の代わりに、娘たちの看病をしてやりたい。美希をゆっくり寝かせてあげたい。ちゃんとしたご飯を作って食べさせたい。少しでもみんなの症状を楽にしてあげたい。
これらはすべて、今の俺にしかできないことなのに。他の誰にもできない、俺にしかできない仕事なのに。
_「今は、今できることをして待つしかないの」
美希の言葉が不意に浮かんだ。俺は目に浮かんでは零れ落ちようとする涙と必死に戦いながら、今自分にできることをしようと思った。たとえそれが、俺じゃない誰にでもできる仕事であっても。そうすることで、みんなが健康な日常を取り戻せると、信じて。