あぁ、イライラする。
命令口調な先生も、異個体を噂する同級生も、周りのことを顧みない人たちも、公共の機関で騒ぎ倒す人たちも、何も知らないくせに口先だけの親も、全部全部イライラする。
何かにおいてできていないと思ってしまった時、先生や親に遠回しに説教をされている時、すべて壊したくなる。
何もできない自分に腹が立つ。
なんでこれだけ勉強に時間を費やしているのにこんなにもできないの?
もっと効率の良い方法も思いつかないの?
悪い時には自分の存在価値を見失ってしまう。
なんで私はこうもダメなの?
でも、どれだけ腹が立っても、自分を見失っても、私を認めてくれる場所がある。
そう思うと、自然と心は軽くなって文字しかないはずのSNSに救われたような感覚になる。
ポケットから取り出したスマホは最近になって触る機会が増え、何回か落としてガラスのフィルムが割れてしまった。
でも、どれだけ壊れたとしても、使ってくれる人がいるだけでまだこのスマホにも存在価値があるのだ。
私もいわばヒビの入ったスマートフォンだ。
[理不尽なことで叱られてる時とか、何かで指摘された時って無性になにか壊したくなる。じゃあお前はできるのかって思っちゃうんだけど]
多分今日だって、共感コメントを打ってくれる人がいる。
わかりますって私を認めてくれる人がいる。
その人がいる限り、私の存在価値はまだあるのだ。
お昼休み、人気のない廊下の突き当たりでゆっくりとSNSを見る。
最近できてしまった日課は、悪い意味でとても優等生とは思えない。
ピコンと入った一件の通知に表情が緩む。
最近見てくれる人が少しだけだけれど増えてきて、いつもコメントしてくれる人以外からのコメントも来るようになった。
この速さだったらいつもの人かな、と予想しながらコメントを開く。
まだ一件しかきていないコメントをぱっと開いて答え合わせをはじめる。
[なにそれ。真面目アピ?それとも病みアピ?お前ができてないのが悪いんだろって思うわ。こんな私可哀想って悲劇のヒロインアピもかかさないんだな]
は?
なんなのこのコメント。
心のない冷酷なコメントにさらっと目を通してスマホを置く。
こんなの、気にしなければいいんだ。
ただの戯言、とりあえず批判して回る人だって世の中にはいるんだ。
そろそろ予鈴が鳴る。
時間を見ようと思い先ほど置いたスマホを手に取る。
カタカタと小刻みに画面が揺れていた。
そのとき初めて自分が震えていることに気がつく。
帰らないと。
そう思っているのに体が芯から冷えていく様な感じがして、床に吸盤でも付いているのかと思うほどその場から足が動かない。
もしかしてみんなも言わないだけで、こうやって人目に晒されないようにスマホを見にここまで来る私を病みアピールしていると思っているのだろうか。
ノートを開け、問題集を解くようなそぶりを見せ、先生のもとに質問しにいく私は真面目アピールしているように見えるのだろうか。
一度そう思ってしまうと、教室に帰るのがより怖くなって、ここから動けなくなる。
胃が締め付けられるように痛い。
ぐるぐると渦巻いて、体内を正体不明の何かが暴れる。
痛い、うるさい、気持ち悪い、嫌い、壊したい、腹が立つ、叩きたい。
いろいろな感情が体の中全身を巡って止まらない。
視界がぐらぐらとして、頑張って培ってきた壁がガタガタと壊れる。
だめ、消えないで。
私の貯めたものが、全部真っ白になっていく。
「うぅ…」
小さなうめき声となって口から出た言葉は自分が思っているよりも辛そうな声になってしまい、たったあれだけのコメントにここまで精神を壊されているのだと再認識してしまう。
「春露こんなとこで何してんの?」
静かな声が突き当たりの廊下まで響く。
あぁ、なんでこういう時に限って滝采にばかり会うんだろう。
彼は、大きめの教科書サイズの本を片手に、この間と同じく訝しそうにこちらを見てくる。
そして、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきて、私の目の前で止まる。
汚い上靴は視界の端から微動だにしない。
「早く行かないと遅刻になるよ」
「それはそっちもだろ」
どうせ返ってくるだろうなと思っていた返事にため息をつく。
面倒くさい。
「どうせこの間みたいに愚痴書き込んだら批判が来たんだろ」
そう言い残し、視界に移っていた上靴が消えて足音が響いた。
見捨てられたな。
私も行かないと。
行かないと、いけないかな…?
うるさいクラスと、ぐちゃぐちゃになってしっかり思い出せない教科担任の顔が浮かぶ。
嫌だな。
息が詰まる教室、みんなが本当はなんで思っているのかわからない。
怖い。
チャイムの音が校舎全体に響く。
ついに欠課が出てしまった。
しかも無断欠席なんて、先生から後で何を言われるだろう。
どうせ進路がどうこうなるだけの話だ。
勉強をして、真面目に過ごして、いい子を気取って、息が詰まる。
もう、全て投げ出してやめてしまいたいな。
「ほら、行くぞ」
彼の声だけが、真っ白で静かな空間を超えて、私の耳に入ってきた。