テストの結果は思っているよりも散々だった。
「春露、今回のテストどうした? 体調でも悪かったのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「この学力のままだったら志望大学に受かるか危ういぞ。まぁでも春露なら大丈夫だな」
「はい…」
進路担当の先生と別れてから、不安と苛立ちをねじ込むために深呼吸する。
一拍置き、ポケットからスマホを取り出す。
手に取れる、目に見える場所にあるスマホは集中力を削ぐと言うけれど、これがあると安心する。
最近になってSNSに日々の苛立ちを投稿することが多くなった気がする。
[うちの親も勉強の話より時間の話の方がうるさいです。それでも頑張ってるホタルさんはすごくすごいと思います!]
[ホタルさんも自分のペースでいいんですよ無理しないでくださいね]
暖かいコメントをみるとやっぱり居場所はここなんだと思わされるから不思議だ。
私の居場所は報告を強制させられる家でも、優等生を振る舞う学校でもなく、ここなんだと錯覚してしまう。
[進路担当の先生、テストの結果がいつもより悪かっただけで呼び出して。それなのにお前なら大丈夫だなって何? なんのために呼び出したの?]
文章を打って推敲する様な間もなくノールックで投稿の文字を押す。
すぐつくコメントに、口角が緩やかに上がる。
コメントを開けようとすると、微かに足音が聞こえてきて、さっとスマホが見られない様にする。
なんでわざわざ隠してるんだろう、
「あれ、誰…?」
つぶやく様な声色に反応して、微かに声のした方向を向く。
訝しげにこちらを睨みながら少しずつ歩いてくる人影は徐々に誰だか判別できる様になってきた。
これといって目立った特徴のある容姿をしているわけではないけれど、どことなく雰囲気を感じられる人影は、滝采琥珀のものだった。
嫌な奴に会ってしまったと思ったと同時に、彼への違和感を感じる。
太陽のオーラを感じない。
満ち足りた様な笑顔で満ち足りた人生を送っていそうなワードを刺してくる彼の雰囲気を感じない。
「春露?」
いつのまにか私のことを視認できるこほどの距離まで近づいてきたのだろう。
私の手に持っているスマホを指差す。
隠すように持っていたスマホは、異空間のような雰囲気に圧倒されたのか、手の束縛から解放されて画面が見やすくなっている。
しまったと思った頃にはもう遅い。
彼は画面を覗き込んで、素朴な疑問をぶつけるかのようにこちらを向く。
「見ず知らずの人から来たコメントって嬉しいの? 実際に言ってもらう方が嬉しくない?」
あぁほら、太陽のは周りの光なんか見えないくらい自分が明るいんだ。
私とは違って、空白が一ミリもないんだ。
「というか、春露もそんなのやるんだな。やっぱちゃんと人間なんだな〜」
でも、太陽というものは思っているよりもみんなを包み込んでいるらしい。
攻めるでも、嘲るでもない単なる感想といったような会話に瞳孔が開く。
「なんとも、思わないの…?」
素直に気になってしまったことを問う。
その問いに、なぜか彼の方は驚いた様な顔をする。
「べつになにも思わないだろ。そんなのみんなやってるし。それに、春露のスマホは春露のもんなんだし。同じく春露のアカウントは春露のものだろ」
なんとでもなくサラリという彼を少し見直した。
あんなにふざけているのに先生にも友達にも好かれていて、楽しそうな人生だけを送ってるような彼なら「そんなことするなんて」と怒るかと思っていたのだ。
「でも、やりすぎは良くない。人の愚痴だって、正直書かない方がいい。SNSは瓦礫の山だ。それぞれの思いがそこらじゅうにあって、周りのことなんか気にせずに瓦礫を投下する。いい話も悪い話もぜんぶが一色たんにあるんだから。人を恨んだって、なんの得にもならない…」
その言葉を聞いて落胆する。
はじめの言葉は単なる一般論であって、彼自身の気持ちではなかったのだ。
そう分かってしまうと、心の底からぐるぐると違和感が溜まっていく。
「春露だって、こんなことしたって無駄だって分かってるんじゃ__」
「ごめん。私今日勉強しないといけないんだった」
彼の言葉を遮断してそう伝える。
一度口を開くと思ってもないことまで口に出てしまう。
「滝采みたいに、満ち足りた人生送ってる人には、一生この気持ちは分からないよ」
よくある捨て台詞の様なものを吐いて、その場を走り去った。
この空白を現実で詰めるのはどことなくいやだったのだ。