「滝采琥珀様病室」と書かれたプレートの病室をやっとの思いで探し出した。

 学校からは比較的遠めの大きな市内病院で、学校の施設の何億倍も綺麗だった。

 入るのは、正直少し怖い。

 もし彼が私のことを何一つとして見えなくなっていたらどうしよう。

 もう一生、私が居ると認識されなかったらどうしよう。

 それでも、好きになってしまったのは滝采だったのだ。

 笑ってほしい。

 もし私だとわからなくなっても、一緒に綺麗や嬉しいを共有できなくなったとしても、振られたとしても、それでも滝采には幸せになって欲しい。

 私は今日、これを伝えに来たのだ。

 今度は私に救わせてほしいから。


 きれいなスライド式扉の取っ手は指先が凍ってしまうのではないかと思うほど冷たく、静かで、この先に人がいるなんて到底思えなかった。


 「滝采琥珀様、病室…」


 スライド式の扉を開けると、冬の快晴の光を一身に浴びてこちらを見てくる滝采がいた。

 本当はほぼほぼ見えていないはずなのに、彼は視線を外すことなくこちらを見ていた。


 「誰?」


 その言葉に肩が落ち込み、少しシュンとなる。

 やっぱり見えていないんだ。

 彼の顔を直視できずに少し顔をそらしながら横目で滝采を見る。

 想像していたよりも病院チックなものは身につけておらず、強いて言うなれば病院のベッドくらいだった。

 ストンとベッドから降りて滝采がこちらに向かって歩いてくる。

 眼の前まで来て、ぐいっと顔を寄せてくる。


 「多分合ってる」


 あまりの顔の近さにのけぞりそうになるが、合っていたということは入って来た瞬間から私だと思っていたと言うことでいいのだろうか。

 私の思い上がりではないだろうか。


 「滝采…」

 「なんだよ」


 変わらない優しい笑いに涙があふれる。

 もし彼が分からなかったらなんて思ってしまった数分前の自分を殴りたい。

 あれだけ私のことを気にかけてくれていた彼が忘れるなんてことなかったんだ。

 目が見えなくても、入った瞬間からわかってくれた。

 嬉しいに決まっている。

 
 「ううん。なんでもない」

 「泣くほどのことかよ」


 「だって」と言いながら鼻をすする自分はすごくみっともないかもしれない。

 でも、見えていないんだから少しくらい涙が落ちたって彼には気づかれないだろう。

 考えてきた言いたかったことも、実際に会ってみると嬉しさで全て忘れてしまいそうだ。


 「なんで見えないんだろうな」

 「え?」


 いきなり彼がそんなことを言い出すから流れていた涙は少しだけ止まった。


 「少し場所変えよう」


 そう言って彼は立ち上がった。

 開いていた窓を閉める際、窓に近寄った彼は、空き教室で風に当たっている姿と全く同じだった。

 君の空白は、今もなお心に残っているのかもしれない。

 それでも、私は彼を救うために精一杯できることをするだけだ。