自宅マンションに帰り着くと、エントランスの前で偶然、灯里に会った。

 彼女は既に制服から私服に着替えていて、今からクラスメートの女子たちと遊びに行くらしい。

「楽しんできて」

 すれ違いざまに持っていた赤のチューリップを軽く振ったら、灯里がそれに気付いてニヤリとした。

「それ、未亜からでしょ」
「なんでわかんの?」
「ぎりぎりまで、吏玖になにを渡すか悩んでたから。結局、チューリップにしたんだね」
「へえ」

 悩んでた? たった一本の花を選ぶのに……?

 未亜に渡された一輪の赤いチューリップ。透明なビニールと淡い水色のリボンが巻かれたそれを、不思議に思いながら、じっと見つめる。

「おれにでもわかりやすい花にしてくれたのかな」

 ぼそっとつぶやくと、「バカだなあ、吏玖」と、灯里が呆れ顔で見てきた。

「わざわざ花を渡すのなんて、何か意味があるに決まってるじゃん」
「どんな?」

 首を傾げたおれに向かって、灯里が「はあーっ」と盛大にため息をつく。

「にぶい吏玖くんは、あとで花言葉でも調べてください」
「は?」
「これバラしたらダメって言われてるけど、未亜は高一のときから吏玖のこと見てたんだよ。遠距離になっても仲良くね」
「え……?」

 灯里が何を言っているのか、よくわからなかった。

 遠距離になっても仲良くって言われても、ついさっき別れたところなんだよな……。

 言ったほうがいいかと思ったけど、灯里がおれの肩をぽんっと叩いて「じゃあね」と軽やかに去って行くから、結局言えずじまいになる。

 まあ、おれから言わなくてもそのうちバレるだろう。地元に残る、未亜経由で。

 おれは少しずつ遠くなっていく灯里の背中をしばらく見送ってから、家に帰った。