明日は、山吹さんと水族館。

そんな思いの中眠りに入った翌日。

朝早くに起きて、鏡と睨めっこをした。

別に睨んだからって何か変わるわけでもないけれど、自分の髪型やコーデセンスのダサさに呆れている最中なのだ。

着ている時はいい感じだと思っていたのだけれど、こうして見ると、ダサい、ダサすぎる。

それに髪は肩ぐらいまでしかないくせにツインテールをしたからか、髪がほぼ下に落ちてくる。
あとあたしにツインテールは似合わないということも判明した。

流石にこのままではいけない。

でも、あたしのコーデセンスは絶望的だ。

こうなると、家には一人しかいない。

そんなことするぐらいなら適当に服を着て、バレないうちにさっさと出かけたかったのだけれど_

適当にやった結果がこれなのだ。
無理もない。

あたしが鏡を睨んでいると、起きてきた母親に叫び声を上げられた。

「__な、何そのダサコーデ!」

正直ショックだったけれど、鏡で見返してみたら事実だった。

母親は息を荒くさせながら、赤色のネイルをした手であたしを指さす。

「ど、どうしてそんな格好をしてるの?」

「・・・・・少し、おしゃれをしてみたくて」

しどろもどろにそう答えると、母親はさらに絶叫した。

「嘘でしょその格好で!」

あんなに恐ろしいほど優しかった母親はどこに行ったのか、今もなお絶叫している。
そして、その格好でいられるくらいなら私が着替えさせるといい、母親はあたしを魔法の様に変身させた。

鏡を見てみると、本当に魔法の様だった。

あの母親のいう、「ダサコーデ」から生まれ変わったのだ。

母親は息を荒くさせながら、疲れたのでもう一度寝てくると行って寝室に入ってしまった。

起きたら、またあの恐ろしい笑みの母親に戻ってしまっているのだろうか。

そんな思いを巡らせながら、母親が寝ている今を狙ってカバンの中にお財布を詰め込むと玄関の扉を開けた。

開ける時、少し部屋の中を見つめる。

このコーデにしてくれたとき、お母さんを本当の「お母さん」_と思えた。
着替えさせてくれた時少し冗談なども言い合えて、普通の「お母さん」という感覚があった。

いつか、お母さんと幸せに過ごせたらいいな_

そう強く思いながら、あたしはあのカフェに走り出した。





山吹さんは、いるだろうか

少し不安になりながら、色褪せてしまったチョコレート色のドアの取っ手を掴んだ。
取っ手を引っ張って、いつもの木の香りに安堵してからあたりを見回す。

_山吹さん

いたとわかった瞬間、あたしの体は安心でいっぱいになった。

もし、またいなくなってしまっていたらどうしよう

そんな思いが身体を巡っていたからだ。

山吹さんの元に駆け寄り、私が今できる精一杯の微笑みを作る。
山吹さんは、あの弱々しくて、今にも壊れてしまいそうな微笑みを返してくれた。

「山吹さん、おはようございます!」

「・・・おはよ」

掠れている声を聞きとげて、あたしは座っている山吹さんに手を伸ばした。

恥ずかしさなんてものは、とうに消えている。

「じゃあ、水族館に行きましょう!」

山吹さんの微笑みを、満開のお花畑にして見せるんだ。

そんな思いを胸に、あたしは山吹さんの茶色の瞳を懸命に見つめた。

山吹さんは戸惑いながらもあたしの手をとり、立ち上がる。

「・・・いこっか」

乾いた声で山吹さんはそう言って、あたしたちは水族館に出発した。





チョコレート色のドアを開けて、あたしたちは外に出た。

スマホの地図を頼りに道を歩いて行く。

でも、あたしは。

「・・・山吹さん、これ今どこですか?」

完全なる方向音痴だ。

学校でも修学旅行などで班別行動はあったけれど、他のみんなについて行っただけ。

地図はよめる・・・と思うんだけど、こうやって迷うのがオチだ。
山吹さんに助けを求めると、山吹さんは苦笑しながらあたしの方にやってくる。

そして、あたしのスマホを覗き込んだ。

山吹さんのふわふわな髪が、あたしの頬に触れる。
肩が、触れ合う。

_こんな時にドキドキしてしまうのは、おかしいだろうか

距離が近くて、心臓の高鳴りがおさまらない。

チラリと山吹さんをみると、山吹さんの整った横顔があたしの視線にうつった。

何度も見たはずなのに。

それらをみるたびに、あたしのドキドキもさらに高鳴る。

でもそんな様子に気づかない山吹さんは、スマホの上に人差し指を乗せた。

「今がここだから、ここの道を通って、その次はここを左かな」

山吹さんの綺麗な人差し指が、画面の上を踊っていく。

山吹さんの髪が、さらにあたしの頬にかかった。
山吹さんの匂いが、あたしの鼻へ運ばれていく。

あたしの顔は、きっと赤面してる。

「・・や、山吹さ」

「ん?」

山吹さんの綺麗な瞳があたしを見つめた。

もう恥ずかしさにたえられない。

あたしはゆっくり、ゆっくりと後ろ向きに下がった。

山吹さんの瞳が、大きく見開く。

いきなり距離を取られたのだから、驚くのも当然だと思う。

笑顔にすることが目的だったのに、自分の恥ずかしさを優先してしまった。
ごめんなさい、山吹さん。

でも、山吹さんは焦った様に口を開いた。

「ひまりちゃん、そこは_」

言い終わらないうちに、山吹さんはあたしの方へと全速力で走ってきた。

何だろうと思って後ろを振り返ると_

赤色の車があたしの方へ向かってきていた。

いや、違う。

ここは道路なんだ。

それに気づいた瞬間、あたしの頭は真っ白になった。

どうしようというどうにもできない衝動。
まるで映画のスローモーションのようにすぎていく。

赤色の車が急ブレーキを踏んだ。
耳を痛くする音を鳴らしながらこちらへと向かってくる。

死ぬのかな

そんな思いで心がいっぱいになって、あたしはあっけなく目を閉じた。

強い衝撃が体をおおう。

周りの騒ぐ声。
この世界が、音でいっぱいになった様な気がした。

この次は、意識がとぎれるんだろう。
そう思っていたけど、あたしの意識がとぎれることはなかった。

もしかして、あたしもう幽霊になっちゃったんじゃないか。

そんな思いでおそるおそる目を開く。

慌てる大人たち
次々と止まる車

さまざまなものが視界に入ってきたが、『それ』が視界に入ってきた時は、息を呑んだ。

」山吹さん・・・?」

出てきた言葉はそれだった。

あたしは道路の端の道に倒れ込んでいて、山吹さんは__

赤い車の前に、倒れ込んでいた。

その瞬間、あたしの頭は一斉に理解すると同時にさまざまな感情が押し寄せてきた。

怒り、悲しみ、苦しみ

山吹さんは、あたしを庇ってくれたんだ。

早く、早く救急車を呼ばなきゃ。

そんな思いでいっぱいで、スマホを探していると山吹さんの手の先に転がり落ちているのが目にうつった。

そうだ、山吹さんに持たせっぱなしだった。
そのことにまた胸がちくりと痛むも、急いでスマホを起動する。

山吹さんの温もりが、あたしの手にうつった。

_山吹さん

ぼやける視界の中、あたしは震える手で番号を打ち込んだ。
救急車を呼んだのは初めてで、聞かれたことにうまく対応できなかったけれどすぐにきてくれるらしい。

救急車を呼んだ後、山吹さんを少しでも楽にさせてあげたくて山吹さんの元に駆け寄った。

こういう時何をしてあげたら楽になるのか全くわからなかったけど、とにかく山吹さんの手を握りしめた。

「山吹さん・・・」

静かに山吹さんに呼びかけるが、山吹さんは目を開けようとしない。

もしかして、死んでしまったのだろうか

そんな自分の考えにヒヤリとして、慌てて心臓が動いているのかを確認した。

ドク ドク ドク

規則正しい心臓の音が聞こえてきて、安心する。

でも、今だけなのではないか?
どんどん心臓の音は小さくなっていくんじゃないか?

そんな考えが頭をよぎり、あたしの体は一気に冷える。

目を閉じている山吹さんは、元から色白いので本当に死んでしまったのではないかと疑ってしまうほどだった。

死んでないか死んでるか、どう確認できるのだろうか。

「山吹さん、山吹さん・・・」

必死に呼びかけてももちろん返事が来るわけもなく、山吹さんは目を閉じたまま。

それを見て、あたしの視界は一瞬でぼやけた。
次から次へと頬に涙が伝っていく。

「山吹さん、生きてるよね?」

山吹さんの暖かい手を握り締めながら、あたしは何度も何度も繰り返した。

生きてるよね、山吹さん

心の中で小さく呼びかけると、あたしの手に握り返してくれるような感触があった。
驚いて、山吹さんの手を確認するように見つめてしまう。

これは、生きているのだろうか?

「・・そう思っていいよね?山吹さん」

心なしか、山吹さんが頷いた様にも見えてくる。

その時、救急車のサイレンが聞こえた。
ほっと安堵に包まれる。

「山吹さん、もう大丈夫だよ」

そう小さく呼びかけて、視界がまたぼやけた頃に山吹さんを救急車に乗せてもらった。

大丈夫、山吹さん。もう助かるよ。

また心の中で呼びかけて、救急車_の中にいる山吹さんに微笑んだ。

救急車がサイレンを鳴らしながら去っていく。

あたしは

乗らなかった。