「少し寝ろ」

え、と声を出す前に頭を引き寄せられ、コツ、と彼の肩に頭が当たる。そのまま預けるように頭をもたれさせると、心の奥がじんわりと、氷を溶かしていくようにあたたかくなったような気がした。

「俺がいる。お前の夢が醒めたその先で、俺がお前を待っててやる。だから安心しろ」

寝るのが怖い……はずだった。
だけど今は、となりに人がいる。
わたしを見てくれる人がいる。

ただそれだけなのに、なんて幸せなんだろう。

こうして肩を並べて夜を過ごすのは、詩さんとがいい。
───…詩さんじゃないと、だめだ。

もし、彼と出会える運命ならば。
今日という孤独な夜に、詩さんと出会える未来があるのなら。
生まれ変わったとしても、わたしは何度だってわたしになりたい。

「いいか、ゆめ。人は、逃げていいんだ。甘えていいんだ。もしその場所がないなら、俺がお前をここで待ってる」
「……ありがとうございます」
「でもこんな時間はだめだ。もしどうしても夜じゃないと会えないなら、俺がお前を迎えにいく」

諭すように言ってふっと微笑む彼は、わたしよりもずっとずっと大人で。
それでもちゃんと子供の延長線上にいた。

わたしはもう一人じゃない。
息苦しさがすうっと闇に溶けて消えていく。

そっと見上げると、紺色の空に三日月が輝いていた。

「月が綺麗だな」

そう呟いた彼に、はい、と返事をして、ゆっくりと目を閉じる。

静かな夜。
ずっとずっと、息苦しかったはずだった。
どこにいても、何をしていても息苦しくて、いつのまにか呼吸の仕方を忘れていた。
夢を見るのが怖かった。
起きた時に、絶望するのが怖かった。

───…だけどきっと、今日は。

詩さんが一緒にいてくれる。
夢が醒めたら。
そのときはきっと、詩さんがとなりで笑ってくれる。

彼とふたりだけの夜を吸い込むように、ゆっくりと息を吸う。
そして夜に溶けるように、眠りに身を委ねた。


「おやすみ───…ゆめ。」


ふわふわと漂う意識のなかで、柔らかい響きを聞く。

孤独にとらわれた、三日月が輝く夜に彼と出会って。
少しだけ息がしやすくなった気がした。