「詩、さん……」
つらい記憶を話させてしまった。そのことにひどく罪悪感をおぼえる。
わたしは家族がばらばらになったとしても、またいつか会えるかもしれない。姿を見かける日が来るかもしれない。
けれど、詩さんは違うんだ。
もう、二度と会えることはない。
それなのに、どうしてこんなにまっすぐ、前を向いていられるんだろう。
そんな強さが、わたしも欲しい。
なんて、また生まれたひとつのよくばり。
「……でも、これから俺たちはまた新たな家族をつくることができる。だから、決して一人になることはないんだ。家族の大切さを知ったからこそ、新しい家族ができたとき、世界一大切にしてやろうって、思えるんだ」
「新しい、家族……?」
「それまでは孤独で、寂しくて、絶望するかもしれねえけど、俺たち人間はそうやって寄り添いあって生きていくしかないんだ。だからすべての巡り合わせを大切にしていかなきゃいけない」
じん、と心が震えたような気がした。
なぜだか分からないけれど、彼の言葉はまっすぐにわたしに届いて。
ほろりとさっきとは違う、あたたかな涙がこぼれ落ちた。
「きっと今日、俺たちがここでこうして出会ったのも運命だ。もっと言えば、ゆめの両親と俺の両親がああなったのは、この日のため……とかは不謹慎だな。悪い」
小さく謝罪をこぼした詩さんは、静かに目を伏せる。
睫毛が光を受け、その顔に影を落とした。
「俺さ。ずっとこんな人生くそくらえだって思ってたんだ。誰にも言ったことがなかったけど、本当は親父とお袋が死んだこと、すげえ悲しかった。目の前が真っ暗になって、生きてる意味すらわからなかった。これは全部夢で、いっそ醒めちまわないかなって。俺が俺じゃなかったらどんなにいいだろうって、そう思ってた……ついさっきまでは」
詩さんはそこで顔を上げて、夜の色をした瞳でわたしを見つめた。
ふっ、とその瞳に混ざるものは。
ねえ、詩さん。
それはいったい、なんですか────?
「でも、お前に出会えて変わった。俺は俺で生まれてくることができてよかったって思ってる」
「……え?」
「こいつに出会うために、もう一度自分は自分として生まれてきたい。この仕事に就くために、もう一度同じ人生を歩みたい。そんなふうに思えることが、きっと生きる意味になるんだ」
詩さんは視線を空に流す。
「今はゆめにとってすごくつらい時期かもしれない。毎日がつまらなくて、孤独で、生きている意味がわからなくなってしまうかもしれない。家族が今とは違う形になって、その苦しさにこの世界から逃げたくなるかもしれない」
まっすぐ、まっすぐ。
わたしの胸にそっと言葉を渡してくれる詩さん。
「……そのときは、俺が」
ぴた、と。
そこで言葉を止めた詩さん。
それでも、なんとなくその先が分かるような気がした。
その先に続く言葉はきっと、わたしがなによりも求めている言葉なんだって。
「ありがとうございます」
すっと視線を逸らした詩さんにそっと告げると、わずかに目を見開いた彼はひどく美しい微笑を浮かべた。
金髪が夜の風に揺れて、さらさらと舞う。
「……わたし、夢をみるんです。朝起きて、家族がおはようって迎えてくれる幸せな夢を。でも、起きたらそれはぜんぶ嘘で、現実とは違うから。その違いに絶望して、怖くなって。だからきっと、眠れなくなってしまったんだと思います」
本当は、分かっていた。
なぜ眠れなくなったのか。
それは起きて絶望するのが怖いから。
夢が醒めたその先に、優しさなど存在しないんだって突きつけられるのが怖くて。
つらい記憶を話させてしまった。そのことにひどく罪悪感をおぼえる。
わたしは家族がばらばらになったとしても、またいつか会えるかもしれない。姿を見かける日が来るかもしれない。
けれど、詩さんは違うんだ。
もう、二度と会えることはない。
それなのに、どうしてこんなにまっすぐ、前を向いていられるんだろう。
そんな強さが、わたしも欲しい。
なんて、また生まれたひとつのよくばり。
「……でも、これから俺たちはまた新たな家族をつくることができる。だから、決して一人になることはないんだ。家族の大切さを知ったからこそ、新しい家族ができたとき、世界一大切にしてやろうって、思えるんだ」
「新しい、家族……?」
「それまでは孤独で、寂しくて、絶望するかもしれねえけど、俺たち人間はそうやって寄り添いあって生きていくしかないんだ。だからすべての巡り合わせを大切にしていかなきゃいけない」
じん、と心が震えたような気がした。
なぜだか分からないけれど、彼の言葉はまっすぐにわたしに届いて。
ほろりとさっきとは違う、あたたかな涙がこぼれ落ちた。
「きっと今日、俺たちがここでこうして出会ったのも運命だ。もっと言えば、ゆめの両親と俺の両親がああなったのは、この日のため……とかは不謹慎だな。悪い」
小さく謝罪をこぼした詩さんは、静かに目を伏せる。
睫毛が光を受け、その顔に影を落とした。
「俺さ。ずっとこんな人生くそくらえだって思ってたんだ。誰にも言ったことがなかったけど、本当は親父とお袋が死んだこと、すげえ悲しかった。目の前が真っ暗になって、生きてる意味すらわからなかった。これは全部夢で、いっそ醒めちまわないかなって。俺が俺じゃなかったらどんなにいいだろうって、そう思ってた……ついさっきまでは」
詩さんはそこで顔を上げて、夜の色をした瞳でわたしを見つめた。
ふっ、とその瞳に混ざるものは。
ねえ、詩さん。
それはいったい、なんですか────?
「でも、お前に出会えて変わった。俺は俺で生まれてくることができてよかったって思ってる」
「……え?」
「こいつに出会うために、もう一度自分は自分として生まれてきたい。この仕事に就くために、もう一度同じ人生を歩みたい。そんなふうに思えることが、きっと生きる意味になるんだ」
詩さんは視線を空に流す。
「今はゆめにとってすごくつらい時期かもしれない。毎日がつまらなくて、孤独で、生きている意味がわからなくなってしまうかもしれない。家族が今とは違う形になって、その苦しさにこの世界から逃げたくなるかもしれない」
まっすぐ、まっすぐ。
わたしの胸にそっと言葉を渡してくれる詩さん。
「……そのときは、俺が」
ぴた、と。
そこで言葉を止めた詩さん。
それでも、なんとなくその先が分かるような気がした。
その先に続く言葉はきっと、わたしがなによりも求めている言葉なんだって。
「ありがとうございます」
すっと視線を逸らした詩さんにそっと告げると、わずかに目を見開いた彼はひどく美しい微笑を浮かべた。
金髪が夜の風に揺れて、さらさらと舞う。
「……わたし、夢をみるんです。朝起きて、家族がおはようって迎えてくれる幸せな夢を。でも、起きたらそれはぜんぶ嘘で、現実とは違うから。その違いに絶望して、怖くなって。だからきっと、眠れなくなってしまったんだと思います」
本当は、分かっていた。
なぜ眠れなくなったのか。
それは起きて絶望するのが怖いから。
夢が醒めたその先に、優しさなど存在しないんだって突きつけられるのが怖くて。