組長――。みんなからは、そう呼ばれている。

 高校に入学して、十日程経った頃、クラスメートにそう呼ばれ始めた。
 誰が最初にそう呼び始めたか。それはよく覚えている。
 自分の席の三つ前のそして一つ右隣に座っている、あの児玉(こだま)だ。

 児玉とはこの高校で出会った。出身の中学は別なので、いわゆる同中(おなちゅう)というやつではない。
 入学早々のホームルームで、担任は児玉を委員長に、自分を副委員長に任命してきた。
 そして、その十日後、児玉はいきなり自分を組長と呼び始めたのだ。
 それからというもの、クラスのみんなからも組長と呼ばれ。下手すると、隣のクラスの奴等からも組長と呼ばれる始末。全ての元凶が児玉にあることは言うまでもない。

 そんなこんなで、クラスメートも全員無事進級し(危うい人物も何名かいたが、その話はここには関係ないので、今は伏せておこう)、二年生となったわけである。

 自分は一年間勤めた副委員長という立派な座を、麗子さんという見るからに麗しい女子生徒に受け渡した。ちなみに児玉もその委員長の座を、見るからに女受けしそうだけれど名前は平凡な佐藤という男子生徒に受け渡した。
 まさしく、美男美女のツーショットである。
 委員長の座には、自分の名もあがっていたのだが(もちろん、推薦してきたのはあの児玉だ。さらに過去一年間で自分の株は上昇したのだ)、組長が佐藤をやんわりと推薦したために、少し照れながらも彼が委員長となったわけである。

 さて、今年度最初のホームルームではクラス委員、及び委員会を決めたわけであるが、栄えある第二回のテーマは「お花見」である。
 さらにクラスの交流を深めましょう(これ以上深めてどうするのだ)ということで、「お花見」なのだ。
 たまたま、この高校はこの地区のお花見の名所としてあげられるだけあって、学校の敷地の周囲はぐるりと桜で囲まれている。
 だから、四月になればどのクラスもお花見をするのが恒例なのだ。もちろん、飲み食い(未成年なのでお酒は禁止です)ありの、一発芸ありの、といった具合なのだ。
 その辺の会社のお花見と変わりはない。ただこちらの方が少々どころか、かなり年齢が若いというだけである。
 違いはそれだけ。多分。

 たかがお花見。されどお花見。

 けれど、お花見をしていい日というのは学校側から決められていて、四月の土日のみなのである。
 学生の本業は勉強だからもちろん授業を潰すなんてもっての他。誰がなんと言おうと他の日は駄目。

 ということは、どのクラスも桜が満開に咲き誇っている土日を狙うわけで。
 次の日のことを考えるとやはり土曜日がベストなわけで。
 さらに加えるならば、普段は「関係者以外立ち入り禁止」のこの構内も一般の人に開放されるわけで。
 かつ一学年八クラスあるこの高校では、お花見の場所取りというのは、とても熾烈な争いごとのわけで。

 社会人もびっくりである。
 乗り遅れた一般の方はそのにぎやかさにさぞ驚くことであろう。

 これらのこともふまえて、今日のホームルームはとても念入りに行われた。
 まずは、場所取りについて。これも学校側から指定があって、お花見当日の午前七時より前に、学校の敷地内に入ることは禁止されている。
 ようするに校門が開かない。ということは、校門が開くのと同時にダッシュで場所取り合戦が始まるのだ。よい場所をどのクラスよりも、どの一般人よりも早く確保するためには人選が重要となってくる。

一、七時より前に学校へ来ることができる人。
二、足が速い人。
三、体力に自信があり、かつ他人にもその体力が認められている人。

 以上、この三つの条件を備えた、陸上部の次期キャプテン候補と、サッカー部レギュラーの三名の計四名が場所取り係となった。手強いクラスといえば、現陸上部キャプテンがいる三年六組だろうか。次期キャプテン候補には期待がかかる。
 それから、買出し係、料理係、会場係を決めなくてはならない。買出し係と会場係の仕事は知れたものだ。
 買出し係はその名の通り、買出しに行く。会場係は余興を提案する、かつ必要なものを準備する。
 ところが料理係はクラスメート四十人プラス担任の分のお料理を作らなければならない。これだけみても、少々考えるのが面倒くさいかもしれない会場係でさえ、非常に楽に思えてしまう。

 料理に関しては出前やお惣菜でまかなってしまうクラスもあるのだが、せっかく調理室も借りることができるのだから、という理由でこのクラスは生徒がお料理の準備をするのだ。
 はっきり言って、料理係とは面倒な係である。
 女子に任せてしまえばいいという差別的な考え方を持つことは許されないので、けれど男子からは場所取り係が出動することで、男子対女子を三対七の比率で料理係とすることになった。
 要するに、男子は三名。女子は七名、でいいだろうということ。
 もちろん、自分だって料理係なんてやりたくない。けれど、また児玉のヤツがやらかしたのだ。自分を推薦してしまったのである。
 クラスにおける自分の地位はけして低いほうではない。
 自分の名前が出たのなら、反対する理由など誰も持ち合わせていないのだ。

 もちろん、反撃に出た。

「だったら、児玉。お前も料理係となって料理を作れ!」

 児玉に指先を向けて、命令口調で言葉を放つ。
 しかし、児玉には重要な、かつ楽な任務があったのである。そう、買出し係。
 彼の家は商売をやっているので、そこで安く飲み物を売ってくれ、かつ何本か差し入れしてくれるというのである。ということで、敢無く却下。
 けれど料理係には、麗子さんも配属されたことで、自分の心中は少し穏やかになったのだった。現金である。

 麗子さんはふわふわとしていて、とても柔らかな空気をまとっている女性である。他クラスにおける男子人気はとどまることを知らない。それに反感を覚えている女子生徒もいるのだが、少なくともこのクラスにはそういう類の女子生徒はいないのだ。
 そして、自分も麗子さんに憧れを抱いている生徒の一人であった。
 なぜって、麗子さんだけが自分のことを本名で呼んでくれるから。でも、急にそう呼ばれてしまうとドキドキしてしまう。呼ばれ慣れしていないのかもしれない。
 そして第二回ホームルームは無事終了。