「転校生…?」
「そ、てんこーせい」

 ぱちくりと目を瞬かせた凪沙に、したり顔の夏海が笑みを深める。

「こんな中途半端な時期に転校って、なんか珍しいね?」
                                                          
 凪沙の真っ当な疑問に夏海がうなずく。
                                                          
「そうそう、なんか家の都合らしいぜ。家族が仕事で海外に行くんだけど、まだ学生の内は国内に居てえって事で親戚んちに移る事になって。ほんでそっから近いこの高校に転校」
「ふーん、そりゃまた大変な」
「実はさ、あたし顔写真見ちゃったんだけど、これが結構なイケメンだったのよ。爽やか系…っつーの?あたしの好みじゃねーけど、そん時一緒にいた萌果なんかはめちゃくちゃはしゃいでたぜ。ありゃ多分ガチで狙いに行くな」
「あー…。もえちゃん面食いだからねぇ」
                                                           
 話題に上がった萌果は夏海と同じく陸上部に所属しており、二人とは高校二年で初めてクラスメイトになった少女である。彼女の苗字は『上代』であり、夏海や凪沙とは名前順でも並んで関わりが多い。校内で良くつるむ友人の一人でもあった。

「アイツ顔が可愛いだけに軒並み男捕まえてくからな。今回の転校生も気づけばぱっくりいかれんじゃねーか?」
「そんな捕食みたいな言い方…。夏海ィ、言わんとしてることは分かるけど、流石にそりゃもえちゃんに失礼よ?」
                                                         
 そんな会話を交わしつつ、二人は揃って二年三組の扉を開く。教室を見渡せば生徒も軒並み揃っているようで、転々と並んだ空席を目指して進んで行った。
                                                         
「あ、なぎちゃん、なっちゃん!おはよぉ、今日はちょっと遅かったね?もう直ぐ先生来ちゃうよ」
「もえちゃんおはよ。遅くなったのはね、八割がたコイツのせいだよ」
「いやなんでだよ!あ、なあ萌果。今日って現国以外に小テストあったか?」
「えーどうだったかなぁ」
                                                          
 窓際の列、前から四番目に座った萌果。その後ろに夏海が腰かけて、凪沙の席は一番後ろの六番目だ。
 最後尾、重ねて窓際とこれ以上ない良席をくじ運のみで獲得した凪沙は、喜びよりも先に変わり映えの無い面子に肩を落とした記憶が強い。                                                   
 生憎と隣は空席で、たった一人隔離されるような席順に些か不満は残るものの。長身の夏海の壁のように広い背中や、窓辺から差し込む陽射しは心地よく、やはり倍率の高い席であるだけは有ると納得できる過ごしやすさだった。
                                                          
 凪沙は適当にリュックサックから教材を取り出し、豚の形を模したペンケースをぼんやりと弄る。何とも言えぬ柔らかさの触り心地に無心になって指先を動かしていれば、引き扉の開く無機質な音が騒がしい教室内に突如響いた。
                                                        
「はいはいお前ら席付け~。何時までも喋ってる奴らは遅刻扱いにしてやっかんな」
                                                          
 間延びした教師の声に、話し声の目立っていた室内が徐々に静かになっていく。萌果や夏海も例に倣って口を閉じると、各々の個性を感じる姿勢で教卓に体を向けていた。

「うし、ンじゃまずは出欠な。今日は欠席の連絡は無し、見たとこ遅刻もいないみたいだな。月曜の朝一にしちゃ感心じゃねえかお前ら」
                                                         
 誰よりも眠たげな男教師は、隠すことなくあくびをのんびりとかきながら目を擦る。                  
 溌溂とした活力はまるでないが、均等の取れた長身や筋肉なんかはスポーツマンと言われても違和感がない。しかしこの男、進級式での顔合わせ以降、一向にスーツを身に着けず、こうしてジャージ姿で教壇に立ち続けている。
                                                        
「いいか、俺は昨日の酒がまだぬけてねえ。加えて朝っぱらから野球部の朝練、もうな、目蓋が限界だって悲鳴上げてんだわ。つーことでさっさと挨拶終わらせて、一限目は仮眠にあてたいのよね」
                                                         
 私情に塗れた声にあちこちから苦言や苦笑が上がる。しかし当の教師はそんな生徒の声も頭に響くらしく、眉を顰めて出欠簿との睨み合いを続けていた。
                                                         
「なあなあ凪沙。カトセン、やっぱ滅茶苦茶いい男だよな。けだるそーな目とか口とか、三十手前なのに草臥れ切ったあの感じすげぇトキメクんだが」

 声を潜めるようにして後ろを向いた夏海がキャッキャとはしゃいで頬を染める。彼女の好みに関しては口を閉じつつ、凪沙は至って優しい笑顔で頷いた。好きって人それぞれだよね、と胸中で呟いてしまったのは許して欲しい。
                                                          
「あーっと、そんじゃ連絡事項の前に。お前らに紹介しなきゃいけない奴がいるんだわ」
                                                        
 気だるげに顔を上げた教師の声に、凪沙と夏海は顔を見合わせて目配せをした。同じく教師の話に心当たりのある萌果も、心なしかその小さな背中がそわそわと弾んでいるように見える。
                                                         
「お前らに紹介すんのはコイツな~。おら転校生、入ってこい」
「はい」