代り映えの無い通学路は、それでも毎日が活気や笑い声なんかに満ちている。
 高校を二年と数か月過ごしてきた凪沙はそれなりに友人も多く、社交的な性格も相まってか人脈も広い。塗装されたコンクリートを進んで行けば、代わる代わるに挨拶の声が掛けられた。
                                                          
「おーっす凪沙!今日も五月終盤だってのにあちーな!」
                                                           
 ぱちんと肩に乗せられた手。掛けられた声に振り返って見れば、快活な笑みを浮かべる一人の少女。短く切り揃えられた髪は肌と同じく日に焼けて茶色がかり、真っ白な歯が際立つように目に留まる。

「おはよ、夏海。相変わらず朝っぱらからテンション高いねアンタは」
「んぁ、そーかぁー?まあ今日は陸部の朝練も無かったし、ぐっすり寝てきたからかもしんねーな!」
                                                          
 夏海と呼ばれた少女は凪沙の肩に腕を回し、あくびを噛み殺すようにして眉を顰めている。筋肉質な肉体が遠慮なくしなだれかかるように体重を預けて来るので、凪沙は文句片手に夏海の背中を容赦なく叩いた。
                                                          
「ちょっと重たいってば!元気なら自分の足で歩きなさいって―の」
「重たいってお前シツレーな奴だな。アタシは筋肉が重たいだけだっつーの。つかお前はもっと太った方が良いぞ?絶対に夏の体育で貧血になって倒れるぜ。去年だってリレーの最中に鼻血出してぶっ倒れたんだしよ」
「何時までその話引きずるんだよもう…。保健室まで連れてってくれたのにはちゃんとお礼したでしょうが」
「ああ、購買のカレーパンな。あれめっちゃ美味いんだけど量が少ねえんだよ量が。…あ、つか食い物の話してたら腹減って来た。学校ついたらまず早弁だなこれは」
「…アンタ自由すぎ」
                                                          
 テンポよく交わされる会話に遠慮は無い。煌々入学時から良くつるむ彼女との馴れ初めは、名前順が前後であったなんて特別感の欠片も無いものだった。
 『神崎 夏海』と『霧島 凪沙』。生憎にも長身の夏海が前の座席に座る席順となってしまった訳だが、彼女は授業の半数以上を机に突っ伏して眠っていたので黒板が見えにくいと思ったことは実はそれほどない。
 お昼時になれば今のように何の気ない雑談を繰り返しながら、夏海の何度目かも分からない弁当に凪沙が苦笑を浮かべる。そんな日々が定例となりつつある今日この頃だ。                                       
                                                          
「あ、そういや凪沙」
「ん、なに?」
                                                          
 正門を潜った先の下駄箱で靴を履き替えて、こちらは随分と硬い上履きに苦戦しつつも踵を押し付ける。夏海はとっくに踵を潰して履いているので、今はしゃがんだ凪沙の分の荷物を預かるようにして仁王立ちしていた。
 そして気になる会話の切り出し口に、上履きとの格闘を終えた凪沙が立ち上がって鞄を受け取り首を傾げる。                     
                                                         
「いやさ聞いてくれよ。昨日夜練の後あたし鍵当番でさ、部室のカギ職員室まで戻しに行ったんだけど。そん時ちょいと小耳に挟んだ情報がありまして…」
「ほう?」
                                                         
 凪沙が眉を吊り上げ見つめた先で、夏海は楽しそうににやにやと口角を持ち上げている。二年の教室が立ち並ぶ二階に向けて階段を昇る最中、僅かに腰を曲げた夏海が耳打ちするように顔を寄せてきた。
                                                         
「今日、うちらのクラスに転校生が来るらしいっすよ」