「しかし、トウ・リィは子宮を摘出し、サエ・リィは卵巣障害を抱えていた。そのときやっとシュウはプロジェクトを諦めた。彼自身ももう若くなかった。何より、ずっと研究に携わっていた人間の血筋が絶えることが分かってたんだよ」
ふとケイナの手に力がこもった。リアがそれに気づいてちらりとケイナを見た。
「わたしは、レイスランド・クレイと幼馴染みでな……。スクールが同じで父同士も仲が良かった。昔からの腐れ縁というやつだ」
「クレイ?」
ずっとうつむいて耳を傾けていたアシュアがはっとして顔をあげた。レジーはじろりとアシュアを見た。
「レイスランド・クレイ…… レイサー・クレイはハルド・クレイとセレス・クレイの父で…… 緑色の目の人間を作ったナイジェル・クレイのひ孫になる」
アシュアは思わずケイナの顔を見た。ケイナは睨みつけるようにレジーを見つめている。
思いのほか冷静なのは、リアが手を繋いでいるせいか、それとも頭のどこかでそれが分かっていたからか……。
「父親がプロジェクトに参加していたが、レイサーは頑固として自分が関わることを拒否した。大学で教鞭をとっていた。今で言う『プレイス』だな。『ライン』や『スクエア』と同じ専門特化教育部門だよ。シュウ・リィは知らなかっただろうが、 レイサーの父親はシュウがようやっと中止を言い渡した時にすでに細胞分裂を起こした子供を3体育てていたんだ。最後の子供だ。それが、ハルドとセレス、そしておまえだ」
トリは少し足をよろめかせながら歩いた。
「大丈夫ですか」
リンクが心配そうについてくる。
トリはセレスの眠っているテントまで来ると、中に足を踏み入れた。そして急いでセレスの手を掴んだ。
「ごめんよ。きみの力も借りる……」
トリはセレスの手を掴んだままベッド脇に座った。
リンクは不安そうな顔でそれを見つめていた。
「……大丈夫。だけど…… ケイナの力はものすごい。あの黒髪の少年のときの不安など比じゃない。彼の力を借りないとこっちが参ってしまいそうだ」
トリは力なくリンクに笑みを浮かべてみせた。
「あっちで何が起こっているんですか」
リンクはおそるおそるトリに尋ねた。
「さあ…… はっきりとは見えないけれど……」
トリはセレスの手をぎゅっと握った。
セレスの表情は実に平穏だ。幸せそうな顔にかすかに笑みまで浮んでいるように見える。
「アシュアが…… うまくピアスをつけられるといいと思うけど……」
トリの言葉にリンクはごくりと唾を飲み込んだ。
「時代はトウ・リィに代わる寸前のときでな。シュウにもトウにも知られずにこの子供たちをどうにかしなければならなかった」
レジーは額に汗を浮かべて話を続けながら、初めて動揺を顔に浮かべた。
それに反応するようにケイナの手にも力が入る。
リアがまた不安を感じたようにアシュアを振り向いたので、アシュアは空いているほうの彼女の手を握ってやった。
「この子らの安全を考えると『ノマド』に行かせるしかなかった。レイサーは相当父親を説得したらしいが、頑として聞き入れなかったんだそうだ。それもそのはずだ。レイサーには子供を作ることができず、クレイの血はそこで絶えてしまうことになっていたんだから」
「セレスとハルドはレイサーの息子じゃないのか……?」
ケイナが言うとレジーは首を振った。
「レイサーが子供を作れる可能性は低い。彼はマイナス3ポイントだったんだ」
「セレスの家であいつの両親の写真を見たことがある。セレスは父親そっくりだった」
ケイナの目に動揺が浮かんでいた。
「そりゃ、似もするだろう。セレスとハルドはレイサーの父親と『グリーン・アイズ 』から生まれた子供なんだから」
「いっ……」
リアが小さく叫んで顔をしかめた。ケイナの手に力が入ったからだ。
「たぶん、おまえが見たというのはエリサとレイサーが写っていた写真だと思うが、あれはハルドとセレスの出生がレイサーの婚姻関係の元で生まれたと ふたりに納得させるために私が用意したものだよ。もともとの写真はふたりを単に映像で撮った関係のないものだ。エリサとレイサーと私はジュニア・スクールでずっと一緒だったんだ。3人とも大人になってそれぞれの道は違っても時々会っていた。 ……エリサを巻き込むつもりはなかったが……」
レジーは言い淀んだ。あまり触れられたくない部分があるのかもしれない。
「『グリーン・アイズ』は両性の種だった。生まれた性が男でも女でも、出会う相手によってあとで自分の性を決定させる。そういう種だということは、最初の『グリーン・アイズ』で分かっていた。性別が決まれば、決まったほうの生殖器官が充実する。『ノマド』に行った最初の『グリーン・アイズ』の卵子が残されていたんだよ。だが、『グリーン・アイズ』は凶暴な種だった。突出した遺伝子の能力は必ずその反対因子として負の能力を抱える。『グリーン・アイズ』の負の因子は精神錯乱だ。絶えるか存続するかはそこを乗り越えるしかない。レイサーの父親は最初にセレスを誕生させ、しばらく育てたあとで仮死保存した。 『グリーン・アイズ』から、その種の特質を取り払って、できるだけ普通の人間に近づけたのが ハルドだ。そのハルドの遺伝子を使って……」
「やめろ!!」
「ひっ……!」
ケイナがいきなり叫ぶのと、リアが身をこわばらせるのが同時だった。
アシュアの手にびくんと震えるリアの手の感触が伝わった。
「……それ以上 ……聞きたくない……」
ケイナは草の上に手をついてうめいた。
「お父さん、もういい……」
ケイナは顔をあげてレジーを見た。顔が悲痛に歪んでいる。
「なんにしても、『ノマド』に行くことができたのはおれだけだった。一番凶暴なおれだけだった。そういうことでしょう」
レジーはケイナを見つめた。
「……昔のことなんかもうどうでもいい。『グリーン・アイズ』の遺伝子をベースにおれとセレスにいったい何が組み込まれているのかそれを教えてください。それが分かれば遺伝子治療ができる」
「プラスされた遺伝子を排除するだけでなく、『グリーン・アイズ』自体の遺伝子も改良しないとおまえたちは生き残れない。データは『ホライズン』が持っているはずなんだ。だが、彼らは改良する気はないぞ。おまえやセレスの突出した能力が惜しいんだ。延命や存続の改良は、彼らはできるだけ次世代からしたいと思ってる」
「そんなのはもうごめんだ。おもちゃにされるのはもう絶対に厭だ」
ケイナは呻くように言った。
レジーは辛そうにケイナから目をそらせた。
アシュアはリアの肩がぶるぶる震えているのを見た。
「わたしが真正面からデータを入手することはできるならとっくにそうしてる」
レジーは諭すように身を乗り出した。
「ユージーを盾にとられていては思うように動けないんだよ!」
ユージー?
ケイナはちらりとユージーの横たわる木の陰に目を向けた。
「ユージーは…… 今ここに連れて来てる」
「なんだと?」
ケイナの言葉にレジーが険しい目をした。
「お父さんが……」
ケイナは束の間言い淀んだ。
「お父さんが…… 話してくれなかったら…… おれもユージーを盾にするつもりだった」
「なんでそこにいる? おまえがやったのか?」
「そう……おれだ……」
ケイナは目を伏せた。
「おれが18歳で『ライン』を出るときに、ユージーに殺してくれるよう彼に暗示をかけてた……。 だからユージーはおれを追って来たんだ」
「暗示だと……?」
「ユージーは…… 強くて優しかった……。大事にしてくれて…… だから、おれを必ず殺してくれると信じたんだ……」
「必ず殺すだと? 冗談じゃない!」
レジーが噛みつくように怒鳴った。
「ユージーはな、おまえが『ノマド』から来た頃は話すこともままならないほど自分の殻に閉じこもった子供だった。おまえが来てからあいつは変わったんだ」
「……」
ケイナの手がぴくりと動いたのがリアの手に伝わった。
「ユージーは小さい頃に母親を亡くして大変だったんだよ。だが、おまえがそばで眠ると夜中に起き出して徘徊することがなくなった。少しずつ笑顔を出し、おまえには話をするようになった。いつもおまえのそばにいたがったよ。おまえの存在がどれほどあいつに生きる希望をもたらしたかしれない。だから14歳でおまえが『ホライズン』に行くことを知ったとき、あいつはわたしを殺しかねないほど怒りまくったんだ! そのあいつがおまえを殺すことなどあり得ない!」
「……」
ケイナは口を引き結んだ。
「あんなにおまえのことを大切にしていたユージーをおまえはいつしか遠ざけるようになった。そのときにはユージーも成長していたからさほどのダメージもなかったがな、顔を合わせるといつもわたしに言うのは『ケイナはどうしてる』そのひとことだ」
「そんなこと…… 今まで言わなかったじゃないか……」
ケイナは声を震わせた。
「ばかなことを言うな。おまえは休暇の時に一度でもわたしに会いに来たことがあるか。ジュニア・スクールのときですら、おまえはわたしの姿など目に入らないような顔をしていた。ユージーが殻から出るのと反比例して、おまえはどんどん殻に閉じこもっていったんだ」
アシュアはレジーの鼻の頭に浮いた汗を見つめた。彼の血圧がどんどんあがっているのが手にとるように分かる。
レジーは目をしばたたせると、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「まあ…… 今、そんなことは言ってもしかたがない。……ユージーは無事なんだな……」
「無事です……」
ケイナは答えた。リアと繋いでいないほうの手は地面の草を握りしめている。
「ちょっと消耗しているけど、命に別状ない。……今、薬で眠ってます」
「ケイナ……。トウ・リィはもともとのプロジェクトの経緯をほとんど分かっていない。彼女はシュウがこのプロジェクトに失敗して放棄したんだと勘違いしているんじゃないかと思う。わたしはできる限りのことをしたが、シュウが生きているときならいざ知らず、トウの時代になっている今となってはカートの威厳は皆無だ。おまえの治療は医学に長けているアライドに依存するしかなかった。遺伝子治療が『ノマド』でできるかどうか分からないが、もし彼らにその気があるのなら、『ホライズン』のセキュリティを破って向こうのデータを入手しろ。それが一番早い。こっちのコンピューターでは破れないんだ。『ノマド』の持つ技術力ならもしかしたら可能かもしれない。そのときのパスワードが一部分かっている。おまえの……」
ふいにぱっと光が散ったかと思うと、レジーの姿がかすかな血の粒を残して消えた。
「きゃあっ!」
リアが叫び声をあげた。
ふとケイナの手に力がこもった。リアがそれに気づいてちらりとケイナを見た。
「わたしは、レイスランド・クレイと幼馴染みでな……。スクールが同じで父同士も仲が良かった。昔からの腐れ縁というやつだ」
「クレイ?」
ずっとうつむいて耳を傾けていたアシュアがはっとして顔をあげた。レジーはじろりとアシュアを見た。
「レイスランド・クレイ…… レイサー・クレイはハルド・クレイとセレス・クレイの父で…… 緑色の目の人間を作ったナイジェル・クレイのひ孫になる」
アシュアは思わずケイナの顔を見た。ケイナは睨みつけるようにレジーを見つめている。
思いのほか冷静なのは、リアが手を繋いでいるせいか、それとも頭のどこかでそれが分かっていたからか……。
「父親がプロジェクトに参加していたが、レイサーは頑固として自分が関わることを拒否した。大学で教鞭をとっていた。今で言う『プレイス』だな。『ライン』や『スクエア』と同じ専門特化教育部門だよ。シュウ・リィは知らなかっただろうが、 レイサーの父親はシュウがようやっと中止を言い渡した時にすでに細胞分裂を起こした子供を3体育てていたんだ。最後の子供だ。それが、ハルドとセレス、そしておまえだ」
トリは少し足をよろめかせながら歩いた。
「大丈夫ですか」
リンクが心配そうについてくる。
トリはセレスの眠っているテントまで来ると、中に足を踏み入れた。そして急いでセレスの手を掴んだ。
「ごめんよ。きみの力も借りる……」
トリはセレスの手を掴んだままベッド脇に座った。
リンクは不安そうな顔でそれを見つめていた。
「……大丈夫。だけど…… ケイナの力はものすごい。あの黒髪の少年のときの不安など比じゃない。彼の力を借りないとこっちが参ってしまいそうだ」
トリは力なくリンクに笑みを浮かべてみせた。
「あっちで何が起こっているんですか」
リンクはおそるおそるトリに尋ねた。
「さあ…… はっきりとは見えないけれど……」
トリはセレスの手をぎゅっと握った。
セレスの表情は実に平穏だ。幸せそうな顔にかすかに笑みまで浮んでいるように見える。
「アシュアが…… うまくピアスをつけられるといいと思うけど……」
トリの言葉にリンクはごくりと唾を飲み込んだ。
「時代はトウ・リィに代わる寸前のときでな。シュウにもトウにも知られずにこの子供たちをどうにかしなければならなかった」
レジーは額に汗を浮かべて話を続けながら、初めて動揺を顔に浮かべた。
それに反応するようにケイナの手にも力が入る。
リアがまた不安を感じたようにアシュアを振り向いたので、アシュアは空いているほうの彼女の手を握ってやった。
「この子らの安全を考えると『ノマド』に行かせるしかなかった。レイサーは相当父親を説得したらしいが、頑として聞き入れなかったんだそうだ。それもそのはずだ。レイサーには子供を作ることができず、クレイの血はそこで絶えてしまうことになっていたんだから」
「セレスとハルドはレイサーの息子じゃないのか……?」
ケイナが言うとレジーは首を振った。
「レイサーが子供を作れる可能性は低い。彼はマイナス3ポイントだったんだ」
「セレスの家であいつの両親の写真を見たことがある。セレスは父親そっくりだった」
ケイナの目に動揺が浮かんでいた。
「そりゃ、似もするだろう。セレスとハルドはレイサーの父親と『グリーン・アイズ 』から生まれた子供なんだから」
「いっ……」
リアが小さく叫んで顔をしかめた。ケイナの手に力が入ったからだ。
「たぶん、おまえが見たというのはエリサとレイサーが写っていた写真だと思うが、あれはハルドとセレスの出生がレイサーの婚姻関係の元で生まれたと ふたりに納得させるために私が用意したものだよ。もともとの写真はふたりを単に映像で撮った関係のないものだ。エリサとレイサーと私はジュニア・スクールでずっと一緒だったんだ。3人とも大人になってそれぞれの道は違っても時々会っていた。 ……エリサを巻き込むつもりはなかったが……」
レジーは言い淀んだ。あまり触れられたくない部分があるのかもしれない。
「『グリーン・アイズ』は両性の種だった。生まれた性が男でも女でも、出会う相手によってあとで自分の性を決定させる。そういう種だということは、最初の『グリーン・アイズ』で分かっていた。性別が決まれば、決まったほうの生殖器官が充実する。『ノマド』に行った最初の『グリーン・アイズ』の卵子が残されていたんだよ。だが、『グリーン・アイズ』は凶暴な種だった。突出した遺伝子の能力は必ずその反対因子として負の能力を抱える。『グリーン・アイズ』の負の因子は精神錯乱だ。絶えるか存続するかはそこを乗り越えるしかない。レイサーの父親は最初にセレスを誕生させ、しばらく育てたあとで仮死保存した。 『グリーン・アイズ』から、その種の特質を取り払って、できるだけ普通の人間に近づけたのが ハルドだ。そのハルドの遺伝子を使って……」
「やめろ!!」
「ひっ……!」
ケイナがいきなり叫ぶのと、リアが身をこわばらせるのが同時だった。
アシュアの手にびくんと震えるリアの手の感触が伝わった。
「……それ以上 ……聞きたくない……」
ケイナは草の上に手をついてうめいた。
「お父さん、もういい……」
ケイナは顔をあげてレジーを見た。顔が悲痛に歪んでいる。
「なんにしても、『ノマド』に行くことができたのはおれだけだった。一番凶暴なおれだけだった。そういうことでしょう」
レジーはケイナを見つめた。
「……昔のことなんかもうどうでもいい。『グリーン・アイズ』の遺伝子をベースにおれとセレスにいったい何が組み込まれているのかそれを教えてください。それが分かれば遺伝子治療ができる」
「プラスされた遺伝子を排除するだけでなく、『グリーン・アイズ』自体の遺伝子も改良しないとおまえたちは生き残れない。データは『ホライズン』が持っているはずなんだ。だが、彼らは改良する気はないぞ。おまえやセレスの突出した能力が惜しいんだ。延命や存続の改良は、彼らはできるだけ次世代からしたいと思ってる」
「そんなのはもうごめんだ。おもちゃにされるのはもう絶対に厭だ」
ケイナは呻くように言った。
レジーは辛そうにケイナから目をそらせた。
アシュアはリアの肩がぶるぶる震えているのを見た。
「わたしが真正面からデータを入手することはできるならとっくにそうしてる」
レジーは諭すように身を乗り出した。
「ユージーを盾にとられていては思うように動けないんだよ!」
ユージー?
ケイナはちらりとユージーの横たわる木の陰に目を向けた。
「ユージーは…… 今ここに連れて来てる」
「なんだと?」
ケイナの言葉にレジーが険しい目をした。
「お父さんが……」
ケイナは束の間言い淀んだ。
「お父さんが…… 話してくれなかったら…… おれもユージーを盾にするつもりだった」
「なんでそこにいる? おまえがやったのか?」
「そう……おれだ……」
ケイナは目を伏せた。
「おれが18歳で『ライン』を出るときに、ユージーに殺してくれるよう彼に暗示をかけてた……。 だからユージーはおれを追って来たんだ」
「暗示だと……?」
「ユージーは…… 強くて優しかった……。大事にしてくれて…… だから、おれを必ず殺してくれると信じたんだ……」
「必ず殺すだと? 冗談じゃない!」
レジーが噛みつくように怒鳴った。
「ユージーはな、おまえが『ノマド』から来た頃は話すこともままならないほど自分の殻に閉じこもった子供だった。おまえが来てからあいつは変わったんだ」
「……」
ケイナの手がぴくりと動いたのがリアの手に伝わった。
「ユージーは小さい頃に母親を亡くして大変だったんだよ。だが、おまえがそばで眠ると夜中に起き出して徘徊することがなくなった。少しずつ笑顔を出し、おまえには話をするようになった。いつもおまえのそばにいたがったよ。おまえの存在がどれほどあいつに生きる希望をもたらしたかしれない。だから14歳でおまえが『ホライズン』に行くことを知ったとき、あいつはわたしを殺しかねないほど怒りまくったんだ! そのあいつがおまえを殺すことなどあり得ない!」
「……」
ケイナは口を引き結んだ。
「あんなにおまえのことを大切にしていたユージーをおまえはいつしか遠ざけるようになった。そのときにはユージーも成長していたからさほどのダメージもなかったがな、顔を合わせるといつもわたしに言うのは『ケイナはどうしてる』そのひとことだ」
「そんなこと…… 今まで言わなかったじゃないか……」
ケイナは声を震わせた。
「ばかなことを言うな。おまえは休暇の時に一度でもわたしに会いに来たことがあるか。ジュニア・スクールのときですら、おまえはわたしの姿など目に入らないような顔をしていた。ユージーが殻から出るのと反比例して、おまえはどんどん殻に閉じこもっていったんだ」
アシュアはレジーの鼻の頭に浮いた汗を見つめた。彼の血圧がどんどんあがっているのが手にとるように分かる。
レジーは目をしばたたせると、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「まあ…… 今、そんなことは言ってもしかたがない。……ユージーは無事なんだな……」
「無事です……」
ケイナは答えた。リアと繋いでいないほうの手は地面の草を握りしめている。
「ちょっと消耗しているけど、命に別状ない。……今、薬で眠ってます」
「ケイナ……。トウ・リィはもともとのプロジェクトの経緯をほとんど分かっていない。彼女はシュウがこのプロジェクトに失敗して放棄したんだと勘違いしているんじゃないかと思う。わたしはできる限りのことをしたが、シュウが生きているときならいざ知らず、トウの時代になっている今となってはカートの威厳は皆無だ。おまえの治療は医学に長けているアライドに依存するしかなかった。遺伝子治療が『ノマド』でできるかどうか分からないが、もし彼らにその気があるのなら、『ホライズン』のセキュリティを破って向こうのデータを入手しろ。それが一番早い。こっちのコンピューターでは破れないんだ。『ノマド』の持つ技術力ならもしかしたら可能かもしれない。そのときのパスワードが一部分かっている。おまえの……」
ふいにぱっと光が散ったかと思うと、レジーの姿がかすかな血の粒を残して消えた。
「きゃあっ!」
リアが叫び声をあげた。