3人は呆然としてレジーの顔を見つめた。
「わたしは生まれてもいないし、もともとの話は父から聞いたものだ。……その父ももちろんその時に生きていた人間ではない。そもそも当事者はもうこの世にはいない。今、ことの概要を知っているのは当時の関係者の子孫の中でも限られた者だけになっていると思う」
レジーは不機嫌そうに口を歪めた。
「遺伝子改良のために地球上の遺伝子はすべて先が見えていて、ほかの星からさまざまな遺伝子を収集していたんだ。サンプルの遺伝子を集めることを、関係者は隠語で『おもちゃを買い足す』と言っていた」
ケイナは何も言わなかったが、腹立たしそうに一瞬視線を落した。
「アライドで地球から分岐して収集した遺伝子は一番安定していた。それでも実験もせずに安全性を詠い商品化するなど正気の沙汰ではなかったと思う。もちろん、そんなことは外には出さんよ。とんでもない商品で、とんでもなく高価な商品だ。それでも財力のある人間がこぞって購入した。癌は発生しない、確実に子孫は増える。そう信じていた。あの時代でも相当せっぱ詰まっていたんだな。結果が相応に良かったのは幸運だったとしか言いようがない。それでも、何よりも研究に資金が必要だった。そのための金が欲しかったんだ」
レジーは額に浮んだ汗を軍服のポケットから出したハンカチで拭った。
そういえばレジーは高血圧だ。血圧があがってぶっ倒れるのはこっちじゃねえだろうな……。
アシュアはふと心配になった。
「混血ではない地球上の本来の種を残すことが望みだったのだ。最終的にはそうしたかった。 誰の命令でもない、利益のためでもない。本当に最初は純粋な種の確保の必要性を望んだ人間の集まりだったのだ。細胞の状態から遺伝子を治療し、最初に無事子供として生まれて来たのは10体程度だったと聞く。その子らは孤児として誰にも知られぬまま人の中に入っていった。知っていたのはプロジェクトに関わった人間だけだ。そしてまた数十人、また数十人。じわりじわりと遺伝子改良された人間が世に放たれるという計画だ。誰と誰が結婚し、次世代はどうであったかというデータは膨大な費用と時間をかけてとられていった」
レジーはかすかに顔をしかめた。
「……実はそのデータはつい最近までとられていたよ」
「え?」
ケイナが目を細めた。レジーはそれを見て肩をすくめた。
「まさかと思った。そんなことはわしも知らなかった。とっくにデータは放棄されたと思っていたよ。『ビート』のメンバーがその子孫なんだ。トウ・リィがそう言ったとき仰天したよ。そりゃあ、まとめてしまえばデータをとるのも楽になるだろう」
「は……?」
今度はアシュアが素頓狂な声をあげた。
冗談じゃねえ。冗談じゃねえけど……。
なんでいきなりおれが『ビート』に引き抜かれたのか…… 分かっちまった……。
「でも、カインは……」
ケイナは言った。
「カイン・リィはトウの息子だからだ」
「息子って……」
アシュアはかすれた声でつぶやいた。
レジーはちらりと自分の背後に目をやった。部屋のドアでもあるのかもしれない。
「あまり長い話はできない……」
レジーは息を吐いた。多忙なレジーは大慌てで誰もいない部屋に駆け込んだのだろうが、確かにいつまでも話を続けるわけにはいかないだろう。
「このデータは開始して30年たったときに一度、外に流出した。流したのはわたしの曾祖父だ。カートは最初からこの人体実験ともいえるこのプロジェクトに反対だった。その先になにがあるか読めたからだよ。それは人類創造の欲だ。自らの手で新しい生命を作りたいという欲だ。すべてが成功して普通の人として暮らしていたわけではない。『ビート』メンバーのルートはもっとも安定して子孫を残した“種”だった。安定はしていたが、実質寿命は目覚ましいほど変わってはいないんだよ。生殖機能検査でプラス方向の人間がわずかに増えただけだっただろう。そして、彼らとは別に、操作された遺伝子に苦しむ人間が途方もなく増えた。ほかの人とは違う自分に苦しむんだ。曾祖父は全部を暴露する決心をつけたんだろう。異様に突出して研ぎすまされた能力を持つ彼らの存在のほうが危険だと感じたんだ」
「それが『ノマド』の始まり?」
こぶしを振り上げて言い募るレジーに向かってリアがふいに口を開いた。
レジーはリアの顔を見た。
「そうだよ。あなたもやがては長老から聞くことになるだろう」
「ふざけないでよ!」
リアは怒鳴った。
ケイナの手の力に怯えていたリアの手から、今度はケイナの手に彼女の手の力が伝わった。ケイナは思わずその手を握り返した。
「何が危険よ! あたしの体に刻みつけられた遺伝子の情報はずっとあとに続くのよ。トリがいったいどれだけ苦しんで来たと思うの……! 危険だなんて、ひどいわ! あたしたちは化け物じゃないのよ! 人間だわ!」
「だからプロジェクトは解散することにしたんだ」
レジーは険しい顔でリアを見つめて言った。
「研究者たちは人間を作っているという思いがどんどん薄れていく。命の操作の重みが麻痺するんだよ。だがね、正直言って、携わっていた者は『ノマド』たちに殺されるかもしれないという恐怖を感じていたんだ。『ノマド』の人間の持つ能力はもう人智を超えていた。これ以上ことが大きくなる前にプロジェクトに携わっていた企業は隠れ蓑としてひとつの企業をでっちあげたのだ。それがリィ・カンパニーだ」
レジーは息を吐いた。
「元のリィ・カンパニーは、このプロジェクトに薬品を納入していた小さな会社だった。もう生け贄だな。買収して押しつけたんだよ。施設などは全部その名義に変更した。『トイ・チャイルド・プロジェクト』に関する事後はすべてこの会社を表に出すことにしたんだ。小さな薬品会社の社長は言うなりになるしかなかった自分を悔いて自ら命を断つ道を選んだ。そして…… 次にカンパニーの社長として据えられたのは息子の10歳にも満たないシュウ・リィという少年だ」
レジーは再び額を拭った。
「シュウ・リィは頭のおそろしくきれる少年で、20年後、気がついたらリィを買収したはずの会社が逆にことごとくリィに吸収されていた。シュウは父親を死に追いやった者たちへの復讐をしたのかもしれない。だが、問題はそのことじゃない。プロジェクトを解散したときに携わっていた研究スタッフたちへの注意が足りなかったことだ。あのとき、研究対象として残っていた卵子も精子も破棄するように指示したはずだった。しかし、それぞれが自分の会社の存続に躍起になって奔走していて、当時研究リーダーだった男がこっそり研究をそのまま続けていたことに誰も気づかなかった」
ケイナが無言で目を細めた。レジーはそれを見てかすかにうなずいた。
「彼は人間を作るという魔力にとりつかれたんだ。技術の蓄積だけはあったのだから。おぞましいことだがね、彼はいろんな遺伝子と人間を合わせて全く新しい人間を作ろうとしていた。その研究は彼の孫の代にまで継続されていたよ。闇に葬られるはずだったプロジェクトだということは知らされぬまま、しかし人目を避けるように研究は続けられていた。緑色の目と緑色の髪を持つその少年を見たとき、わしの曾じいさんは卒倒しそうになっただろうな。だが、すでに息をして10年以上も生きている彼を殺すことなどとてもできなかった」
「だから『ノマド』に行かせたのか」
ケイナの言葉にレジーは渋面を見せた。
「そこしか行く場所はなかろう」
「だけど、そのために『ノマド』はひどい目に遭った」
「ならば殺したら良かったのか?」
レジーの言葉にさすがにケイナは答えることができなかった。
「厄介なのは秘密裏に全部処理するはずだったことを、最終的にシュウ・リィに知れてしまったことだった。シュウはまた研究を再開させてしまったんだ」
「シュウ・リィは『ノマド』に研究は続けないと誓約したわ」
リアが口を開いた。
「そりゃ誓約書のサインは書いたようだがね。当時10歳そこそこの少年にそんな判断がつくはずもない。よもや分かってもいなかっただろう。 無責任な話だがな、十数社がこのプロジェクトには参加していたが、リィ・カンパニー設立時にほとんど責任放棄して逃げたんだよ。事後の処理まできちんと見守ろうとしたのは曾祖父だけだった。だからリィはカートを生かしたんだ」
レジーは答えた。
「しかし、シュウが動きだしてから先は雪崩のごとくだ。曾祖父はすでに82歳、シュウ・リィは50歳を超えていて、彼のほうが社会的立場は強かった。世代交代してしまっていたんだ。私の祖父や父はむしろシュウに恩義を感じるほうが強かっただろう」
レジーは言葉を切り、息を吐いた。
「シュウ・リィが一番やりたかったのは自分の子孫を残すことだったんじゃないかと思う。消えたはずのプロジェクトを掘り起こした一番の理由はそれだ。彼の遺伝子は子孫を残しにくかった。生まれた彼の息子は長生きしなかった。30年も生きていなかったんじゃないかな。 ……言いたかないがね、もう分かるだろう。トウ・リィとサエ・リィはシュウの娘たちだよ。人工的に作られたシュウの娘だ。男ではなく女ならば子孫を残す確率が高いと思ったんだろう。このことをトウ・リィが知って研究を継続させているのかどうなのか、わたしは確認する勇気がない。しかし、自分の父親と見知らぬ女性との間にできたのが自分と姉だと聞かされていたことは彼女の心に相当な負担を強いてはいただろうな。リィの次期社長を担うときにはその若さも手伝って、生い立ちまでどうこう取り沙汰されるはめになって大変だったんだよ」
アシュアは顔をしかめた。
吐き気がする……。最低だ……
トウ・リィの相手を見下すような表情が目に浮かんだ。確かに彼女の母親のことはほとんど公になっていない。アシュアはレジーが言ったように彼女の母親は父親と婚姻関係でない仲で子供を生んだという話を聞いたこともあるし、母親は病気で死んだとも聞いた。
何にしても、アシュアがトウと出会ったときにはトウはすでに自分の地位を確立していたときだったから、そんな事はどうでもよかった。ただ威圧感のある恐ろしい女性というイメージでしかない。
レジーはこぶしを握りしめるアシュアに気づかず話を続けた。
「わたしは生まれてもいないし、もともとの話は父から聞いたものだ。……その父ももちろんその時に生きていた人間ではない。そもそも当事者はもうこの世にはいない。今、ことの概要を知っているのは当時の関係者の子孫の中でも限られた者だけになっていると思う」
レジーは不機嫌そうに口を歪めた。
「遺伝子改良のために地球上の遺伝子はすべて先が見えていて、ほかの星からさまざまな遺伝子を収集していたんだ。サンプルの遺伝子を集めることを、関係者は隠語で『おもちゃを買い足す』と言っていた」
ケイナは何も言わなかったが、腹立たしそうに一瞬視線を落した。
「アライドで地球から分岐して収集した遺伝子は一番安定していた。それでも実験もせずに安全性を詠い商品化するなど正気の沙汰ではなかったと思う。もちろん、そんなことは外には出さんよ。とんでもない商品で、とんでもなく高価な商品だ。それでも財力のある人間がこぞって購入した。癌は発生しない、確実に子孫は増える。そう信じていた。あの時代でも相当せっぱ詰まっていたんだな。結果が相応に良かったのは幸運だったとしか言いようがない。それでも、何よりも研究に資金が必要だった。そのための金が欲しかったんだ」
レジーは額に浮んだ汗を軍服のポケットから出したハンカチで拭った。
そういえばレジーは高血圧だ。血圧があがってぶっ倒れるのはこっちじゃねえだろうな……。
アシュアはふと心配になった。
「混血ではない地球上の本来の種を残すことが望みだったのだ。最終的にはそうしたかった。 誰の命令でもない、利益のためでもない。本当に最初は純粋な種の確保の必要性を望んだ人間の集まりだったのだ。細胞の状態から遺伝子を治療し、最初に無事子供として生まれて来たのは10体程度だったと聞く。その子らは孤児として誰にも知られぬまま人の中に入っていった。知っていたのはプロジェクトに関わった人間だけだ。そしてまた数十人、また数十人。じわりじわりと遺伝子改良された人間が世に放たれるという計画だ。誰と誰が結婚し、次世代はどうであったかというデータは膨大な費用と時間をかけてとられていった」
レジーはかすかに顔をしかめた。
「……実はそのデータはつい最近までとられていたよ」
「え?」
ケイナが目を細めた。レジーはそれを見て肩をすくめた。
「まさかと思った。そんなことはわしも知らなかった。とっくにデータは放棄されたと思っていたよ。『ビート』のメンバーがその子孫なんだ。トウ・リィがそう言ったとき仰天したよ。そりゃあ、まとめてしまえばデータをとるのも楽になるだろう」
「は……?」
今度はアシュアが素頓狂な声をあげた。
冗談じゃねえ。冗談じゃねえけど……。
なんでいきなりおれが『ビート』に引き抜かれたのか…… 分かっちまった……。
「でも、カインは……」
ケイナは言った。
「カイン・リィはトウの息子だからだ」
「息子って……」
アシュアはかすれた声でつぶやいた。
レジーはちらりと自分の背後に目をやった。部屋のドアでもあるのかもしれない。
「あまり長い話はできない……」
レジーは息を吐いた。多忙なレジーは大慌てで誰もいない部屋に駆け込んだのだろうが、確かにいつまでも話を続けるわけにはいかないだろう。
「このデータは開始して30年たったときに一度、外に流出した。流したのはわたしの曾祖父だ。カートは最初からこの人体実験ともいえるこのプロジェクトに反対だった。その先になにがあるか読めたからだよ。それは人類創造の欲だ。自らの手で新しい生命を作りたいという欲だ。すべてが成功して普通の人として暮らしていたわけではない。『ビート』メンバーのルートはもっとも安定して子孫を残した“種”だった。安定はしていたが、実質寿命は目覚ましいほど変わってはいないんだよ。生殖機能検査でプラス方向の人間がわずかに増えただけだっただろう。そして、彼らとは別に、操作された遺伝子に苦しむ人間が途方もなく増えた。ほかの人とは違う自分に苦しむんだ。曾祖父は全部を暴露する決心をつけたんだろう。異様に突出して研ぎすまされた能力を持つ彼らの存在のほうが危険だと感じたんだ」
「それが『ノマド』の始まり?」
こぶしを振り上げて言い募るレジーに向かってリアがふいに口を開いた。
レジーはリアの顔を見た。
「そうだよ。あなたもやがては長老から聞くことになるだろう」
「ふざけないでよ!」
リアは怒鳴った。
ケイナの手の力に怯えていたリアの手から、今度はケイナの手に彼女の手の力が伝わった。ケイナは思わずその手を握り返した。
「何が危険よ! あたしの体に刻みつけられた遺伝子の情報はずっとあとに続くのよ。トリがいったいどれだけ苦しんで来たと思うの……! 危険だなんて、ひどいわ! あたしたちは化け物じゃないのよ! 人間だわ!」
「だからプロジェクトは解散することにしたんだ」
レジーは険しい顔でリアを見つめて言った。
「研究者たちは人間を作っているという思いがどんどん薄れていく。命の操作の重みが麻痺するんだよ。だがね、正直言って、携わっていた者は『ノマド』たちに殺されるかもしれないという恐怖を感じていたんだ。『ノマド』の人間の持つ能力はもう人智を超えていた。これ以上ことが大きくなる前にプロジェクトに携わっていた企業は隠れ蓑としてひとつの企業をでっちあげたのだ。それがリィ・カンパニーだ」
レジーは息を吐いた。
「元のリィ・カンパニーは、このプロジェクトに薬品を納入していた小さな会社だった。もう生け贄だな。買収して押しつけたんだよ。施設などは全部その名義に変更した。『トイ・チャイルド・プロジェクト』に関する事後はすべてこの会社を表に出すことにしたんだ。小さな薬品会社の社長は言うなりになるしかなかった自分を悔いて自ら命を断つ道を選んだ。そして…… 次にカンパニーの社長として据えられたのは息子の10歳にも満たないシュウ・リィという少年だ」
レジーは再び額を拭った。
「シュウ・リィは頭のおそろしくきれる少年で、20年後、気がついたらリィを買収したはずの会社が逆にことごとくリィに吸収されていた。シュウは父親を死に追いやった者たちへの復讐をしたのかもしれない。だが、問題はそのことじゃない。プロジェクトを解散したときに携わっていた研究スタッフたちへの注意が足りなかったことだ。あのとき、研究対象として残っていた卵子も精子も破棄するように指示したはずだった。しかし、それぞれが自分の会社の存続に躍起になって奔走していて、当時研究リーダーだった男がこっそり研究をそのまま続けていたことに誰も気づかなかった」
ケイナが無言で目を細めた。レジーはそれを見てかすかにうなずいた。
「彼は人間を作るという魔力にとりつかれたんだ。技術の蓄積だけはあったのだから。おぞましいことだがね、彼はいろんな遺伝子と人間を合わせて全く新しい人間を作ろうとしていた。その研究は彼の孫の代にまで継続されていたよ。闇に葬られるはずだったプロジェクトだということは知らされぬまま、しかし人目を避けるように研究は続けられていた。緑色の目と緑色の髪を持つその少年を見たとき、わしの曾じいさんは卒倒しそうになっただろうな。だが、すでに息をして10年以上も生きている彼を殺すことなどとてもできなかった」
「だから『ノマド』に行かせたのか」
ケイナの言葉にレジーは渋面を見せた。
「そこしか行く場所はなかろう」
「だけど、そのために『ノマド』はひどい目に遭った」
「ならば殺したら良かったのか?」
レジーの言葉にさすがにケイナは答えることができなかった。
「厄介なのは秘密裏に全部処理するはずだったことを、最終的にシュウ・リィに知れてしまったことだった。シュウはまた研究を再開させてしまったんだ」
「シュウ・リィは『ノマド』に研究は続けないと誓約したわ」
リアが口を開いた。
「そりゃ誓約書のサインは書いたようだがね。当時10歳そこそこの少年にそんな判断がつくはずもない。よもや分かってもいなかっただろう。 無責任な話だがな、十数社がこのプロジェクトには参加していたが、リィ・カンパニー設立時にほとんど責任放棄して逃げたんだよ。事後の処理まできちんと見守ろうとしたのは曾祖父だけだった。だからリィはカートを生かしたんだ」
レジーは答えた。
「しかし、シュウが動きだしてから先は雪崩のごとくだ。曾祖父はすでに82歳、シュウ・リィは50歳を超えていて、彼のほうが社会的立場は強かった。世代交代してしまっていたんだ。私の祖父や父はむしろシュウに恩義を感じるほうが強かっただろう」
レジーは言葉を切り、息を吐いた。
「シュウ・リィが一番やりたかったのは自分の子孫を残すことだったんじゃないかと思う。消えたはずのプロジェクトを掘り起こした一番の理由はそれだ。彼の遺伝子は子孫を残しにくかった。生まれた彼の息子は長生きしなかった。30年も生きていなかったんじゃないかな。 ……言いたかないがね、もう分かるだろう。トウ・リィとサエ・リィはシュウの娘たちだよ。人工的に作られたシュウの娘だ。男ではなく女ならば子孫を残す確率が高いと思ったんだろう。このことをトウ・リィが知って研究を継続させているのかどうなのか、わたしは確認する勇気がない。しかし、自分の父親と見知らぬ女性との間にできたのが自分と姉だと聞かされていたことは彼女の心に相当な負担を強いてはいただろうな。リィの次期社長を担うときにはその若さも手伝って、生い立ちまでどうこう取り沙汰されるはめになって大変だったんだよ」
アシュアは顔をしかめた。
吐き気がする……。最低だ……
トウ・リィの相手を見下すような表情が目に浮かんだ。確かに彼女の母親のことはほとんど公になっていない。アシュアはレジーが言ったように彼女の母親は父親と婚姻関係でない仲で子供を生んだという話を聞いたこともあるし、母親は病気で死んだとも聞いた。
何にしても、アシュアがトウと出会ったときにはトウはすでに自分の地位を確立していたときだったから、そんな事はどうでもよかった。ただ威圧感のある恐ろしい女性というイメージでしかない。
レジーはこぶしを握りしめるアシュアに気づかず話を続けた。