数分して、いきなり3人の前にレジー・カートの姿が現れた。
「どこにいる!」
彼は姿を見せるなり怒鳴った。
エアポートでケイナが暴走したとき以来見るレジー・カートだ。アシュアにはあの時より少し彼がやつれたように見えた。
「なぜ…… なぜ逃げ出したりした! あと半年…… あと半年待てばアライドに行けたというのに……!」
レジーは悔しさとも怒りともつかない表情を浮かべていた。ケイナの顔が苦痛に歪んだ。
「アシュア・セスか」
レジーがアシュアに険しい目を向けた。
「カイン・リィは一緒ではないのか」
アシュアは緊張しながらレジーに顔を向けた。そして手をあげて敬礼をした。
「カイン・リィとは行動をともにしていません」
アシュアは答えた。
「きみの確保には命の保証が入っていないぞ」
分かっていたことだった。アシュアは自分を落ち着かせるように小さく深呼吸した。
「知っています」
リアが心配そうにアシュアを見た。
「私の元に出頭すれば、今ならまだトウ・リィに知られずアライドに亡命させる手続きが可能だ」
「残念です」
アシュアの言葉にケイナは思わず彼の顔を見た。
「自分の任務はまだ解かれていませんので」
レジーは顔をしかめて目を背けた。
「お義父さん……」
ケイナは義理の父の顔を見据えた。
「聞きたいことがあるんだ」
口がからからに乾いていた。水……。水を持ってくれば良かった……。ケイナは頭の隅で考えた。
「今、どこにいるんだ。彼女は『ノマド』の人間か?」
リアを見てレジーは言ったがケイナはそれには答えなかった。
「ひとつめは…… ハルド・クレイ指揮官の消息を知りたい」
「ハルドは地球にはおらん」
レジーは即座に答えた。
「セレス・クレイと一緒なのか?」
「ハルド・クレイの消息を教えてください」
ケイナは同じ言葉を繰り返した。エアポートの光を反射するケイナの目が青く光っている。
「ケイナ、迎えに行くから居場所を教えろ! 手後れになるぞ」
「ハルド・クレイはどうしたんですか!」
ケイナは怒鳴った。手に力がこもったので、リアがかすかに痛みに顔をしかめた。
ケイナの手の力は強い。そのことは前にも経験して知っていた。
レジーは口を引き結び、ケイナを見据えた。
「アライドだ。アライドに亡命させた。トウ・リィはわたしが手引きしたことは知らん。彼の秘書のリーフは私の指示でずっと彼を護衛していた。カンパニーがハルドに対して動いたときにはすぐに手をうつ準備はできていた。そもそもトウ・リィが気づく可能性などなかった」
レジーはかぶりを振った。
「いいか、ケイナ。おまえは早く治療しないといけないんだ。命の危険があるんだぞ。『ホライズン』はどんなに裏から手を尽くしてもおまえの治療計画書を見せなかった。そもそも治療などする気はないんだ。おまえの14歳の契約を反古にして無理矢理『ライン』に入れたのはいちかばちかのカケだった。3年かかって、やっとアライドがおまえを受け入れると言ってきたんだ!」
「もう先が長くないことは知ってます」
ケイナは言った。レジーの目が険しくなった。
「なんだと……?」
「お父さん…… おれ、アライドには行けない」
レジーは厳しい表情でケイナを見た。
本当に目の前にレジー・カートが立っているような気がする。アシュアは手にじっとりと汗が滲むのを感じた。
「でも、生きなくちゃならない。カートは今どっちの側についているんです」
「側?」
レジーは呆れたように首を振った。
「トウ・リィは勘違いをしている。このプロジェクトはとっくに終わったものだ。続いてなどいない。闇に葬った。そういう誓約をしているんだ。当時10社くらいが参加していただろう。全部が今後一切このプロジェクトは掘り起こさないと誓った」
「プロジェクト……」
ケイナはつぶやいた。
「いったい何のプロジェクトだったんだ……」
「おまえにはいつか全部を話そうと思っていた」
レジーは言った。
「もともとは人口拡大と延命のための遺伝子治療が目的だった。しかし、結果を見るにはサンプル数と時間がかかるんだよ。遺伝子を治療して、経過を追わなければ分からない。そしてそのあと次世代が生まれてみなければさらに分からない」
リアの手にケイナの手のかすかな震えが伝わって来た。
アシュアを振り向くと、彼の緊張した顔が自分を見つめ返した。
「心配すんな。おれがそばにいる」
アシュアは小さくリアに言った。リアはうなずいた。
胸の内のトリの髪が熱い。今頃トリはコミュニティで必死になってケイナの動揺を飲み込もうとしているだろう。だけどこんなに怖く感じるなんて思いもしなかった。自分の背後にアシュアがついていてくれなければ、今すぐにでもケイナの手をふりほどきたい心境だ。
「いいか、ケイナ。おまえは自分の命を長らえることだけを考えろ。余計なことにはもう首を突っ込むな。アライドで治療を終えたらおまえの生活は確保してある」
「おれの命はもうたくさん『ホライズン』に保管されてるじゃないか!」
ケイナは語気を粗くして言った。
「いつっ……」
リアは手の痛みを感じてびくりと体を震わせた。
怖い。怖いよ、アシュア……。
アシュアの大きな手が自分の肩を掴むのが分かった。
アシュア、お願い、ずっとそうしてて。でなきゃ、わたし今にも逃げ出しそう……。
リアは無我夢中で空いているほうの手で肩に乗せられたアシュアの手を掴んだ。
「おれが自分の命を確保しても、おれの命の断片はあいつらのおもちゃにずっとなるのかよ! 冗談じゃねえ!」
「そう、おもちゃだ」
レジーが言ったので、ケイナはぎょっとして彼を見た。
「ふざけた名前がついていたよ。このプロジェクトは」
「ふざけた名前……?」
ケイナはかすれた声でつぶやいた。
「トイ・チャイルド・プロジェクト。……おもちゃの子供だ」
「どこにいる!」
彼は姿を見せるなり怒鳴った。
エアポートでケイナが暴走したとき以来見るレジー・カートだ。アシュアにはあの時より少し彼がやつれたように見えた。
「なぜ…… なぜ逃げ出したりした! あと半年…… あと半年待てばアライドに行けたというのに……!」
レジーは悔しさとも怒りともつかない表情を浮かべていた。ケイナの顔が苦痛に歪んだ。
「アシュア・セスか」
レジーがアシュアに険しい目を向けた。
「カイン・リィは一緒ではないのか」
アシュアは緊張しながらレジーに顔を向けた。そして手をあげて敬礼をした。
「カイン・リィとは行動をともにしていません」
アシュアは答えた。
「きみの確保には命の保証が入っていないぞ」
分かっていたことだった。アシュアは自分を落ち着かせるように小さく深呼吸した。
「知っています」
リアが心配そうにアシュアを見た。
「私の元に出頭すれば、今ならまだトウ・リィに知られずアライドに亡命させる手続きが可能だ」
「残念です」
アシュアの言葉にケイナは思わず彼の顔を見た。
「自分の任務はまだ解かれていませんので」
レジーは顔をしかめて目を背けた。
「お義父さん……」
ケイナは義理の父の顔を見据えた。
「聞きたいことがあるんだ」
口がからからに乾いていた。水……。水を持ってくれば良かった……。ケイナは頭の隅で考えた。
「今、どこにいるんだ。彼女は『ノマド』の人間か?」
リアを見てレジーは言ったがケイナはそれには答えなかった。
「ひとつめは…… ハルド・クレイ指揮官の消息を知りたい」
「ハルドは地球にはおらん」
レジーは即座に答えた。
「セレス・クレイと一緒なのか?」
「ハルド・クレイの消息を教えてください」
ケイナは同じ言葉を繰り返した。エアポートの光を反射するケイナの目が青く光っている。
「ケイナ、迎えに行くから居場所を教えろ! 手後れになるぞ」
「ハルド・クレイはどうしたんですか!」
ケイナは怒鳴った。手に力がこもったので、リアがかすかに痛みに顔をしかめた。
ケイナの手の力は強い。そのことは前にも経験して知っていた。
レジーは口を引き結び、ケイナを見据えた。
「アライドだ。アライドに亡命させた。トウ・リィはわたしが手引きしたことは知らん。彼の秘書のリーフは私の指示でずっと彼を護衛していた。カンパニーがハルドに対して動いたときにはすぐに手をうつ準備はできていた。そもそもトウ・リィが気づく可能性などなかった」
レジーはかぶりを振った。
「いいか、ケイナ。おまえは早く治療しないといけないんだ。命の危険があるんだぞ。『ホライズン』はどんなに裏から手を尽くしてもおまえの治療計画書を見せなかった。そもそも治療などする気はないんだ。おまえの14歳の契約を反古にして無理矢理『ライン』に入れたのはいちかばちかのカケだった。3年かかって、やっとアライドがおまえを受け入れると言ってきたんだ!」
「もう先が長くないことは知ってます」
ケイナは言った。レジーの目が険しくなった。
「なんだと……?」
「お父さん…… おれ、アライドには行けない」
レジーは厳しい表情でケイナを見た。
本当に目の前にレジー・カートが立っているような気がする。アシュアは手にじっとりと汗が滲むのを感じた。
「でも、生きなくちゃならない。カートは今どっちの側についているんです」
「側?」
レジーは呆れたように首を振った。
「トウ・リィは勘違いをしている。このプロジェクトはとっくに終わったものだ。続いてなどいない。闇に葬った。そういう誓約をしているんだ。当時10社くらいが参加していただろう。全部が今後一切このプロジェクトは掘り起こさないと誓った」
「プロジェクト……」
ケイナはつぶやいた。
「いったい何のプロジェクトだったんだ……」
「おまえにはいつか全部を話そうと思っていた」
レジーは言った。
「もともとは人口拡大と延命のための遺伝子治療が目的だった。しかし、結果を見るにはサンプル数と時間がかかるんだよ。遺伝子を治療して、経過を追わなければ分からない。そしてそのあと次世代が生まれてみなければさらに分からない」
リアの手にケイナの手のかすかな震えが伝わって来た。
アシュアを振り向くと、彼の緊張した顔が自分を見つめ返した。
「心配すんな。おれがそばにいる」
アシュアは小さくリアに言った。リアはうなずいた。
胸の内のトリの髪が熱い。今頃トリはコミュニティで必死になってケイナの動揺を飲み込もうとしているだろう。だけどこんなに怖く感じるなんて思いもしなかった。自分の背後にアシュアがついていてくれなければ、今すぐにでもケイナの手をふりほどきたい心境だ。
「いいか、ケイナ。おまえは自分の命を長らえることだけを考えろ。余計なことにはもう首を突っ込むな。アライドで治療を終えたらおまえの生活は確保してある」
「おれの命はもうたくさん『ホライズン』に保管されてるじゃないか!」
ケイナは語気を粗くして言った。
「いつっ……」
リアは手の痛みを感じてびくりと体を震わせた。
怖い。怖いよ、アシュア……。
アシュアの大きな手が自分の肩を掴むのが分かった。
アシュア、お願い、ずっとそうしてて。でなきゃ、わたし今にも逃げ出しそう……。
リアは無我夢中で空いているほうの手で肩に乗せられたアシュアの手を掴んだ。
「おれが自分の命を確保しても、おれの命の断片はあいつらのおもちゃにずっとなるのかよ! 冗談じゃねえ!」
「そう、おもちゃだ」
レジーが言ったので、ケイナはぎょっとして彼を見た。
「ふざけた名前がついていたよ。このプロジェクトは」
「ふざけた名前……?」
ケイナはかすれた声でつぶやいた。
「トイ・チャイルド・プロジェクト。……おもちゃの子供だ」