「トリ…… 顔色が良く無いですよ」
リンクはトリの顔を見て気遣うように言った。トリはかすかに笑みを浮かべたまま何も言わなかった。
ケイナは朝からリンクと一緒にいたが、やはりトリの顔色には気づいていた。しかし何があったのかは知る由もない。
ケイナのことが原因でリアが一晩中泣き明かしたと言っても、今のケイナにとっては他人事としか思えなかっただろう。もとより、ケイナもリアもお互いに大事な部分の記憶がない。
何かを言っても問題はややこしくなるばかりだ。だからトリは一切を自分に閉じ込めて、リンクの前の画面に目を向けた。
「アシュアとリアが遺髪をとりに今朝出ましたけれど…… 待ち時間が惜しいのでになんとか治療法を探し出してみているんです。でも、もっと早い時期ならいざ知らず、一年という期間内ではどれもこれも……」
リンクは苦渋に満ちた顔で言った。
「今のところ特に体の異常はないね?」
トリはケイナの顔を見た。ケイナは小さくかぶりを振った。
「もし記憶障害や手足の自由に問題が起こったらすぐに言ってくださいよ」
リンクは心配そうにケイナの顔を覗き込むようにして言った。
この少年は、どうも意思表示がうまくできそうにない。
せっつかないと何にも言わずに過ごしてしまうのではないか、という危惧はリンクも薄々感じていた。
「まだセレスには何も伝えていないの?」
トリの問いにケイナは目を伏せた。
「何をどう伝えればいいのか分からないんだ」
「彼は女性への変換を受け入れられますかね。そのほうが少しでも時間が稼げるんですが……」
リンクの言葉にトリは首を振った。
「さあ…… それは何とも……。あの子は自分のことよりケイナのことのほうを心配するタイプだろう」
「でも、ずっと隠しておくわけにはいきませんよ」
リンクは言った。彼の言うことはもっともだった。
「遺髪が来て分析が終わるまでは待ってくれないかな。おれが何とか言うから」
ケイナは言った。
「辛かったらぼくが言いますから……」
リンクが心配そうにケイナを見つめて言ったが、ケイナは拒むように顔をこわばらせて首を振った。
「大丈夫。おれがちゃんと伝える」
ケイナはそう言うと立ち上がってテントを出て行った。それを見送ってリンクはトリの顔を見た。
「いよいよとなったら…… ホライズンのセキュリティを破ってあっちのデータを取る」
それを聞いてリンクはため息をついてうなずいた。
「そのときには宣戦布告が知れますね」
「いずれは知れるんだ。……だけど、今はだめだ。遺伝子操作の証拠がない……」
トリはつぶやいた。
その頃、アシュアとリアは森の西側を歩いていた。
地球から同志が届けものを持って来るので、それを受け取るようにとしか教えられていなかった。
「私ひとりでも充分なのに」
リアはぶつぶつと文句を言った。
「おれが一緒に行ったほうがいいと思うくらい大事なものが届くんだろ」
アシュアは答えた。
森の西の外れで1時間ほど待っていると、しばらくして地平線の向こうから一台のプラニカがこちらに向かってくるのが見えた。
それは森の前の砂地を飛び越えてくると音もなく降りてきた。
中から出てきたのはひとりの女性だった。しかし『ノマド』の恰好はしていない。ごく普通の民間人の服装だ。
「エラ・リ・トス」
リアはそう彼女に声をかけた。
「エルア・リ」
彼女はそう答えて、手に持っていた包みをリアに差し出した。
「長老はお元気ですか? エリド・タヤが心配しています」
「元気よ」
リアは包みを受け取ると、女性に笑みを浮かべて答えた。女性はそれを聞いて笑みを返した。
「サウス・ドームのほうでまた砂地が増えました。悪い夢に泣く者も増えています。……なんだか不吉なものが取り巻いているみたい。気をつけてね……」
女性は言った。
「トリに伝えるわ。ありがとう。あなたも気をつけて帰ってね」
リアは答えた。女性は微笑んでリアの口の端にキスをすると再びプラニカに乗り込んで、来たときと同じように飛び去って行った。
「あんなふうに普通の恰好をしていたら、『ノマド』なんて分からねえよな……。パスは偽造か?」
「余計な詮索をするもんじゃないわ」
アシュアの言葉にリアはそう答えると、さっさと森の中に入っていった。アシュアは肩をすくめた。
しばらく歩いて、ふとリアが口を開いた。
「……昨日はごめんなさい」
「え?」
アシュアは前を歩くリアを訝し気に見た。
「トリにそう言えって言われたのよ。だから一応言っておくわ」
リアは振り向きもせずにつっけんどんに言った。アシュアは顔をしかめた。
こいつは一から十まで反抗的な女だ、と思った。
しばらくして再びリアは口を開いた。
「あんたはケイナとどれくらいのつき合いになるの?」
アシュアはリアの言葉の真意を図りかねて目を細めた。
「そうだな……。4年くらいかな」
「『ライン』てところに入ってからの知り合いなの?」
「ああ。そうだ」
「ケイナは外でどんな生活をしていたの」
「別に。普通の生活だよ」
アシュアは答えた。大きな嘘だったが、いちいちリアに説明してやる気はなかった。彼は足を踏み出すとリアを追い越した。
「セレスとケイナはどこで出会ったの!」
その後ろ姿にリアは声を荒げて言った。アシュアは足をとめて振り返った。
「同じ『ライン』でだよ。それがあんたにいったい何の関係がある」
アシュアの目は険しくなっていた。リアは黙り込んだ。
「ケイナのことを知りたきゃ、直接本人に聞け。だけど、あいつはしゃべらないだろうな。誰だっていちいち言いたくないことはあるんだよ。特にあんたみたいなヤツにはケイナは絶対何も言わねえと思うぜ」
「ひどいわ」
リアは憤慨してアシュアを睨みつけた。しかし、アシュアは動じなかった。彼はくるりと背を向けるとスタスタと歩き出した。
「何よ、偉そうに。あんたの剣の腕なんか、ケイナの足元にも及ばないじゃない。あたし、昨日つくづくそう思ったわ。偉そうな顔しないで」
リアは悪態をついた。アシュアの足がぴたりと止まった。
「おい!」
アシュアは怒りで赤くなった顔をリアに向けた。
「忘れてやいねえか? あんたはおれに剣を教えてもらってる身なんだぞ! それがさっきごめんなさいと言った人間の言うことかよ!」
「ふん、だからなによ。事実じゃない」
リアも負けてはいなかった。
「嫌な女だ……。男だったら一発ぶん殴ってるところだぜ……」
アシュアは言った。
「女だからって遠慮は無用よ! そんなふうに差別しないで欲しいわ。悔しかったら殴ってみなさいよ! だけど、あんたなんかに殴られるようなヘマはしないわよ!」
「なんだと、この野郎……!」
そう言ったアシュアの顔がふいにさっと緊張した。
何かいる。
リアもそれを感じたのか、腰の剣に手をかけた。
「リールか……?」
「違う。動物じゃない」
リアは言った。ふたりはすばやく木の影に身を隠すとあたりに神経を集中させた。
「リア」
アシュアは油断なくあたりに目を配りながら言った。
「あんたはその包みをしっかり守ってろ」
「うん。分かってる」
リアは答えた。自分が素直にアシュアの言葉に従っていることには気づかなかった。
「アシュア、向こうの木のほうにいる」
リアは言った。
「見えるのか?」
アシュアは思わずリアの顔を見た。
「わたし、目がいいの。今、右に移動した。こっちを狙ってる。でも、こっちの居場所までは特定できていないみたい」
リアは言った。
「木を伝って上から行けばいい。あたしが行こうか?」
「いや、おれが行く。ここで待ってろ」
アシュアはそう言うとリアから離れてすばやく木によじ登っていった。
それを見て、再び相手に目を移したリアは愕然とした。さっきまで感じていた気配の場所には誰もいなかった。
「アシュア……!」
リアは上を見上げたがアシュアの姿はもう見えなかった。
ただの侵入者じゃない。何か訓練を受けた人間だ。アシュアはそのことに気づいただろうか。リアは全身の血が凍りつくような気がした。感じる殺気が違っていた。
そして彼女はぎくりとして立ち上がった。手に持った剣はあっけなくはじき飛ばされた。
「誰……?」
リアは目の前の見たこともない背の高い黒髪の男の姿を見た。
まだ若い。アシュアと同じくらいの年齢だ。
彼の手には銃が握られていた。
「この……!」
男の銃が発射される直前、アシュアが雄たけびをあげながらリアに飛びかかって彼女もろとも草の中に転がり込んだ。
男はあっという間に森の奥に消えていった。
アシュアは息を吐くと、脱力したように地面に膝をついた。
「ちくしょう…… ユージーかよ……」
左肩から血が流れていた。
ユージー……。すっかり忘れていた。あいつの暗示はまだ解けていないんだ……。
「アシュア!」
リアは仰天してアシュアの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「心配ないよ、かすっただけだ。」
アシュアは答えた。
しかし、ユージーは実戦用の銃を持っていた。思ったより深い傷かもしれない。
リアは自分の腕に巻いていた布をほどくとアシュアの肩の付け根をしっかりとゆわえた。
「血はこれで少しは止まると思うけど…… 早く帰ろう」
「リア、あんた足を怪我してないか」
突然の言葉にリアはびっくりしてアシュアの顔をまじまじと見た。
「足……?」
「痛くないか?」
アシュアは肩の痛みに顔をしかめながら答えた。
「足は分からない……。別に、めだった外傷はないわ」
リアは自分の足を見て言った。立ち上がってみたが、ふらりとよろけてしまう。アシュアは手を伸ばすとリアの足首に手をかけた。
ふとリアはどきりとした。
「やっぱ傷めてるな……。おれの体重がかかったしな……」
アシュアはそう言うと立ち上がってリアを抱き上げた。
「アシュア、だめよ! あんたこそ怪我してるのよ!」
「こんなもん、たいしたことじゃねえよ。それよりそのまんまコミュニティまで歩くと歩けるようになるまで時間がかかることになるぞ。んで、悪いけどおれに自分でもつかまってくんねえかな。そのほうがラクなんだ」
アシュアはそう言うと歩き出した。リアはおずおずとアシュアの首に手を回した。
アシュアの息が彼女の額にかかった。
「アシュア…… ごめん。ありがと。……ほんとに…… ごめん」
リアは言った。
「ちゃんと戻れたらもっぺん言ってくれよ」
アシュアは答えた。
リンクはトリの顔を見て気遣うように言った。トリはかすかに笑みを浮かべたまま何も言わなかった。
ケイナは朝からリンクと一緒にいたが、やはりトリの顔色には気づいていた。しかし何があったのかは知る由もない。
ケイナのことが原因でリアが一晩中泣き明かしたと言っても、今のケイナにとっては他人事としか思えなかっただろう。もとより、ケイナもリアもお互いに大事な部分の記憶がない。
何かを言っても問題はややこしくなるばかりだ。だからトリは一切を自分に閉じ込めて、リンクの前の画面に目を向けた。
「アシュアとリアが遺髪をとりに今朝出ましたけれど…… 待ち時間が惜しいのでになんとか治療法を探し出してみているんです。でも、もっと早い時期ならいざ知らず、一年という期間内ではどれもこれも……」
リンクは苦渋に満ちた顔で言った。
「今のところ特に体の異常はないね?」
トリはケイナの顔を見た。ケイナは小さくかぶりを振った。
「もし記憶障害や手足の自由に問題が起こったらすぐに言ってくださいよ」
リンクは心配そうにケイナの顔を覗き込むようにして言った。
この少年は、どうも意思表示がうまくできそうにない。
せっつかないと何にも言わずに過ごしてしまうのではないか、という危惧はリンクも薄々感じていた。
「まだセレスには何も伝えていないの?」
トリの問いにケイナは目を伏せた。
「何をどう伝えればいいのか分からないんだ」
「彼は女性への変換を受け入れられますかね。そのほうが少しでも時間が稼げるんですが……」
リンクの言葉にトリは首を振った。
「さあ…… それは何とも……。あの子は自分のことよりケイナのことのほうを心配するタイプだろう」
「でも、ずっと隠しておくわけにはいきませんよ」
リンクは言った。彼の言うことはもっともだった。
「遺髪が来て分析が終わるまでは待ってくれないかな。おれが何とか言うから」
ケイナは言った。
「辛かったらぼくが言いますから……」
リンクが心配そうにケイナを見つめて言ったが、ケイナは拒むように顔をこわばらせて首を振った。
「大丈夫。おれがちゃんと伝える」
ケイナはそう言うと立ち上がってテントを出て行った。それを見送ってリンクはトリの顔を見た。
「いよいよとなったら…… ホライズンのセキュリティを破ってあっちのデータを取る」
それを聞いてリンクはため息をついてうなずいた。
「そのときには宣戦布告が知れますね」
「いずれは知れるんだ。……だけど、今はだめだ。遺伝子操作の証拠がない……」
トリはつぶやいた。
その頃、アシュアとリアは森の西側を歩いていた。
地球から同志が届けものを持って来るので、それを受け取るようにとしか教えられていなかった。
「私ひとりでも充分なのに」
リアはぶつぶつと文句を言った。
「おれが一緒に行ったほうがいいと思うくらい大事なものが届くんだろ」
アシュアは答えた。
森の西の外れで1時間ほど待っていると、しばらくして地平線の向こうから一台のプラニカがこちらに向かってくるのが見えた。
それは森の前の砂地を飛び越えてくると音もなく降りてきた。
中から出てきたのはひとりの女性だった。しかし『ノマド』の恰好はしていない。ごく普通の民間人の服装だ。
「エラ・リ・トス」
リアはそう彼女に声をかけた。
「エルア・リ」
彼女はそう答えて、手に持っていた包みをリアに差し出した。
「長老はお元気ですか? エリド・タヤが心配しています」
「元気よ」
リアは包みを受け取ると、女性に笑みを浮かべて答えた。女性はそれを聞いて笑みを返した。
「サウス・ドームのほうでまた砂地が増えました。悪い夢に泣く者も増えています。……なんだか不吉なものが取り巻いているみたい。気をつけてね……」
女性は言った。
「トリに伝えるわ。ありがとう。あなたも気をつけて帰ってね」
リアは答えた。女性は微笑んでリアの口の端にキスをすると再びプラニカに乗り込んで、来たときと同じように飛び去って行った。
「あんなふうに普通の恰好をしていたら、『ノマド』なんて分からねえよな……。パスは偽造か?」
「余計な詮索をするもんじゃないわ」
アシュアの言葉にリアはそう答えると、さっさと森の中に入っていった。アシュアは肩をすくめた。
しばらく歩いて、ふとリアが口を開いた。
「……昨日はごめんなさい」
「え?」
アシュアは前を歩くリアを訝し気に見た。
「トリにそう言えって言われたのよ。だから一応言っておくわ」
リアは振り向きもせずにつっけんどんに言った。アシュアは顔をしかめた。
こいつは一から十まで反抗的な女だ、と思った。
しばらくして再びリアは口を開いた。
「あんたはケイナとどれくらいのつき合いになるの?」
アシュアはリアの言葉の真意を図りかねて目を細めた。
「そうだな……。4年くらいかな」
「『ライン』てところに入ってからの知り合いなの?」
「ああ。そうだ」
「ケイナは外でどんな生活をしていたの」
「別に。普通の生活だよ」
アシュアは答えた。大きな嘘だったが、いちいちリアに説明してやる気はなかった。彼は足を踏み出すとリアを追い越した。
「セレスとケイナはどこで出会ったの!」
その後ろ姿にリアは声を荒げて言った。アシュアは足をとめて振り返った。
「同じ『ライン』でだよ。それがあんたにいったい何の関係がある」
アシュアの目は険しくなっていた。リアは黙り込んだ。
「ケイナのことを知りたきゃ、直接本人に聞け。だけど、あいつはしゃべらないだろうな。誰だっていちいち言いたくないことはあるんだよ。特にあんたみたいなヤツにはケイナは絶対何も言わねえと思うぜ」
「ひどいわ」
リアは憤慨してアシュアを睨みつけた。しかし、アシュアは動じなかった。彼はくるりと背を向けるとスタスタと歩き出した。
「何よ、偉そうに。あんたの剣の腕なんか、ケイナの足元にも及ばないじゃない。あたし、昨日つくづくそう思ったわ。偉そうな顔しないで」
リアは悪態をついた。アシュアの足がぴたりと止まった。
「おい!」
アシュアは怒りで赤くなった顔をリアに向けた。
「忘れてやいねえか? あんたはおれに剣を教えてもらってる身なんだぞ! それがさっきごめんなさいと言った人間の言うことかよ!」
「ふん、だからなによ。事実じゃない」
リアも負けてはいなかった。
「嫌な女だ……。男だったら一発ぶん殴ってるところだぜ……」
アシュアは言った。
「女だからって遠慮は無用よ! そんなふうに差別しないで欲しいわ。悔しかったら殴ってみなさいよ! だけど、あんたなんかに殴られるようなヘマはしないわよ!」
「なんだと、この野郎……!」
そう言ったアシュアの顔がふいにさっと緊張した。
何かいる。
リアもそれを感じたのか、腰の剣に手をかけた。
「リールか……?」
「違う。動物じゃない」
リアは言った。ふたりはすばやく木の影に身を隠すとあたりに神経を集中させた。
「リア」
アシュアは油断なくあたりに目を配りながら言った。
「あんたはその包みをしっかり守ってろ」
「うん。分かってる」
リアは答えた。自分が素直にアシュアの言葉に従っていることには気づかなかった。
「アシュア、向こうの木のほうにいる」
リアは言った。
「見えるのか?」
アシュアは思わずリアの顔を見た。
「わたし、目がいいの。今、右に移動した。こっちを狙ってる。でも、こっちの居場所までは特定できていないみたい」
リアは言った。
「木を伝って上から行けばいい。あたしが行こうか?」
「いや、おれが行く。ここで待ってろ」
アシュアはそう言うとリアから離れてすばやく木によじ登っていった。
それを見て、再び相手に目を移したリアは愕然とした。さっきまで感じていた気配の場所には誰もいなかった。
「アシュア……!」
リアは上を見上げたがアシュアの姿はもう見えなかった。
ただの侵入者じゃない。何か訓練を受けた人間だ。アシュアはそのことに気づいただろうか。リアは全身の血が凍りつくような気がした。感じる殺気が違っていた。
そして彼女はぎくりとして立ち上がった。手に持った剣はあっけなくはじき飛ばされた。
「誰……?」
リアは目の前の見たこともない背の高い黒髪の男の姿を見た。
まだ若い。アシュアと同じくらいの年齢だ。
彼の手には銃が握られていた。
「この……!」
男の銃が発射される直前、アシュアが雄たけびをあげながらリアに飛びかかって彼女もろとも草の中に転がり込んだ。
男はあっという間に森の奥に消えていった。
アシュアは息を吐くと、脱力したように地面に膝をついた。
「ちくしょう…… ユージーかよ……」
左肩から血が流れていた。
ユージー……。すっかり忘れていた。あいつの暗示はまだ解けていないんだ……。
「アシュア!」
リアは仰天してアシュアの顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「心配ないよ、かすっただけだ。」
アシュアは答えた。
しかし、ユージーは実戦用の銃を持っていた。思ったより深い傷かもしれない。
リアは自分の腕に巻いていた布をほどくとアシュアの肩の付け根をしっかりとゆわえた。
「血はこれで少しは止まると思うけど…… 早く帰ろう」
「リア、あんた足を怪我してないか」
突然の言葉にリアはびっくりしてアシュアの顔をまじまじと見た。
「足……?」
「痛くないか?」
アシュアは肩の痛みに顔をしかめながら答えた。
「足は分からない……。別に、めだった外傷はないわ」
リアは自分の足を見て言った。立ち上がってみたが、ふらりとよろけてしまう。アシュアは手を伸ばすとリアの足首に手をかけた。
ふとリアはどきりとした。
「やっぱ傷めてるな……。おれの体重がかかったしな……」
アシュアはそう言うと立ち上がってリアを抱き上げた。
「アシュア、だめよ! あんたこそ怪我してるのよ!」
「こんなもん、たいしたことじゃねえよ。それよりそのまんまコミュニティまで歩くと歩けるようになるまで時間がかかることになるぞ。んで、悪いけどおれに自分でもつかまってくんねえかな。そのほうがラクなんだ」
アシュアはそう言うと歩き出した。リアはおずおずとアシュアの首に手を回した。
アシュアの息が彼女の額にかかった。
「アシュア…… ごめん。ありがと。……ほんとに…… ごめん」
リアは言った。
「ちゃんと戻れたらもっぺん言ってくれよ」
アシュアは答えた。