ケイナはテントから少し離れて立っていた。
「リア。怪我しないように少し離れて見てな」
ケイナはそう言うやいなや、いきなり剣を振り上げセレスに向かって突進した。セレスは仰天した。
「な……!!!」
思わず目を閉じた。次に目を開けたとき、セレスは自分がそれを自らの剣で受けていたことを知り呆然とした。いったいいつ自分が剣を引き抜いたのか憶えがなかった。
リアは目を丸くして立ち尽くしていた。
「ケイナ! いったい何を……!」
セレスはぎりぎりと自分の剣を押さえつけるケイナに抗議した。ケイナはちらりとリアを見て、かすかに笑みを浮かべた。
「手合わせするんだっただろう?心配すんな。思いっきりかかって来い」
「刃のついた剣で手合わせするなんて言ってないよ!! アシュアの棒でいい…… じゃないか!」
セレスは満身の力で彼の剣を跳ね返すと、すばやく身を離して叫んだ。
しかし、ケイナは容赦しなかった。再び飛びかかってきたので、セレスはやむなく剣を構えた。
ケイナが何を考えているのかセレスにはさっぱり分からなかった。
ただ、彼の剣の切っ先を交わすうち、ケイナが言っていたことが本当だったことを知った。
必要があれば、自分の体が勝手に動いてくれる。
そのとおりだった。面白いほど体が動く。いつしかセレスは夢中になっていた。
リアはそんなふたりの姿を見ているうちに体が震えてくるのをどうすることもできなかった。
リアには彼らの動きの次が全く読めない。ケイナは腕力の違いで少しはセレスに手加減をしているだろうが、それでも彼はかなり本気になってかかっていることが分かった。
でなければ彼自身もセレスの剣から逃れられないからだ。
「レベルが…… 違い過ぎる……」
リアは震える声でつぶやいた。
セレスの剣の切っ先がケイナの金髪を少しかすり落した時、ケイナの目がかすかに険しくなった。
次の瞬間、ケイナはそれまで右手で持っていた剣を左手に持ち替えた。
リアははっとした。
そうだ。ケイナの利き手は左だ。どうして今まで右で剣を持っていたんだろう。それをどうして左に持ち替えたのだろう。
……手加減をしていたんだ ……だけど、セレスの相手では手加減しきれなくなっているんだ……
ケイナの剣先がセレスの頬をかすめた。ぱっと赤い血が空中に散った。
ふとケイナの表情にはっとしたような色が浮かんだが、セレスはその隙を逃さなかった。
彼が剣を振り上げたとき、アシュアの怒声が響いた。
「セレス!!」
セレスはアシュアの声で反射的に剣を空中で止めた。ケイナの構えた剣にかちりと自分の剣が当たり、セレスは我を取り戻した。
「ハメ外し過ぎんなよ」
アシュアはそう言うとリアをちらりと見て、さっさとテントに入っていった。
ケイナは無言でリアに近づくと、剣をくるりと回して柄を差し出した。
リアは青い顔でそれを受け取ると何も言わずに身を翻し、走り去って行ってしまった。
「悪かった……。つい勢い余って……」
ケイナは走り去るリアを見送ってセレスに言った。セレスは息をきらしながらかぶりを振った。
「こんなの全然……。ケイナ、大丈夫だった?」
「おまえになんか怪我させられるようなドジ踏まねえよ」
ケイナは言った。セレスは笑い、そして顔をしかめた。頬についた傷が痛んだ。
「ケイナとは銃ででも手合わせしたことなかったのに……。なんだか初めてじゃないみたいな気がしたよ……」
セレスは頬をこすってつぶやいた。
「あ、でも、バスケットだけやったよね」
そしてくすくす笑った。
「あんときと一緒だ。ケイナは全然息が乱れてないんだ」
「笑いごっちゃねえや、バカヤロウ」
アシュアが仏頂面でテントの中から顔を出した。
「ケイナと手合わせしろなんて言うんじゃなかったぜ。おまえらふたりそろって正気を無くしたら、誰が呼び戻すんだよ」
「セレスと手合わせして正気なんか失わねえよ」
ケイナは苦笑した。
「うそつけ。なんで途中で左に剣を持ち替えたんだ」
アシュアはケイナを睨んだ。
「おまえ、左手使うとアブねえような気がするぜ」
「右だと…… 余計危ないと思ったんだよ……」
ケイナは髪をかきあげた。
「セレスの動きについていけないからか?」
アシュアは不機嫌そうに言った。
「おれ、そんなたいして動いてないよ。ちょうどいいくらい。気持ちいいよ」
ケイナとアシュアはセレスの顔を凝視した。やがてケイナはくすくす笑い出し、そしてテントの中に入っていった。
「この能天気者」
アシュアはセレスの頭を軽く殴りつけるとテントに入っていった。
「いって…… なんで殴るわけ?」
セレスは頭を押さえてテントに消えたアシュアを睨みつけた。
リアは自分のテントに戻って暗闇の中でただじっとベッドの上にうずくまって座っていた。
ケイナの動きを見たとき、どこか頭の奥底がひっかき回されるような感覚があった。
どことなく既視感があったが、思いだせなかった。
(ケイナは自分で意識せずに動いているんだ)
アシュアの言葉が思い出された。
本当にそうだった。ケイナだけではない。セレスもそうだ。あのふたりだからお互いが相手になるのだ。
もし、自分が相手だったら…… ケイナは自分への手加減もしづらくてしようがないに違いない。
あそこまでの力を持たない普通の感覚を持っているアシュアだからこそ、自分はレクチャーしてもらえるのだ。
悔しかった。ここまで自分の技術のなさを思い知らされるとは思いもしなかった。
何よりも、セレスの頬から血が流れたときのケイナの表情が目にこびりついて離れなかった。
一瞬のうちに見せた庇いの表情。 大切なものを傷つけてしまったというような後悔の色。
あの目を思い出すと、胸をえぐられるような気持ちになる。
「リア」
トリがテントに入ってきても、リアは動こうとはしなかった。
「アシュアには会ってきたの」
「会ってないわ。いなかったもの」
リアは素っ気無く暗闇の中で答えた。トリの気配がそばに感じられた。
「もういやよ」
リアは呻いた。
「どうしてこんな思いをさせるのよ。兄さんは私に剣を持つことをやめさせたいの? ケイナをそんなにも諦めさせたいの?」
「ケイナがおまえに剣を教えることはできないということは分かったんだろ?」
トリは静かに言った。
「セレスなんかいなくなればいいのよ。大嫌いよ、あの子」
泣き出すリアのそばにトリはただ無言で立っていた。
「リア。怪我しないように少し離れて見てな」
ケイナはそう言うやいなや、いきなり剣を振り上げセレスに向かって突進した。セレスは仰天した。
「な……!!!」
思わず目を閉じた。次に目を開けたとき、セレスは自分がそれを自らの剣で受けていたことを知り呆然とした。いったいいつ自分が剣を引き抜いたのか憶えがなかった。
リアは目を丸くして立ち尽くしていた。
「ケイナ! いったい何を……!」
セレスはぎりぎりと自分の剣を押さえつけるケイナに抗議した。ケイナはちらりとリアを見て、かすかに笑みを浮かべた。
「手合わせするんだっただろう?心配すんな。思いっきりかかって来い」
「刃のついた剣で手合わせするなんて言ってないよ!! アシュアの棒でいい…… じゃないか!」
セレスは満身の力で彼の剣を跳ね返すと、すばやく身を離して叫んだ。
しかし、ケイナは容赦しなかった。再び飛びかかってきたので、セレスはやむなく剣を構えた。
ケイナが何を考えているのかセレスにはさっぱり分からなかった。
ただ、彼の剣の切っ先を交わすうち、ケイナが言っていたことが本当だったことを知った。
必要があれば、自分の体が勝手に動いてくれる。
そのとおりだった。面白いほど体が動く。いつしかセレスは夢中になっていた。
リアはそんなふたりの姿を見ているうちに体が震えてくるのをどうすることもできなかった。
リアには彼らの動きの次が全く読めない。ケイナは腕力の違いで少しはセレスに手加減をしているだろうが、それでも彼はかなり本気になってかかっていることが分かった。
でなければ彼自身もセレスの剣から逃れられないからだ。
「レベルが…… 違い過ぎる……」
リアは震える声でつぶやいた。
セレスの剣の切っ先がケイナの金髪を少しかすり落した時、ケイナの目がかすかに険しくなった。
次の瞬間、ケイナはそれまで右手で持っていた剣を左手に持ち替えた。
リアははっとした。
そうだ。ケイナの利き手は左だ。どうして今まで右で剣を持っていたんだろう。それをどうして左に持ち替えたのだろう。
……手加減をしていたんだ ……だけど、セレスの相手では手加減しきれなくなっているんだ……
ケイナの剣先がセレスの頬をかすめた。ぱっと赤い血が空中に散った。
ふとケイナの表情にはっとしたような色が浮かんだが、セレスはその隙を逃さなかった。
彼が剣を振り上げたとき、アシュアの怒声が響いた。
「セレス!!」
セレスはアシュアの声で反射的に剣を空中で止めた。ケイナの構えた剣にかちりと自分の剣が当たり、セレスは我を取り戻した。
「ハメ外し過ぎんなよ」
アシュアはそう言うとリアをちらりと見て、さっさとテントに入っていった。
ケイナは無言でリアに近づくと、剣をくるりと回して柄を差し出した。
リアは青い顔でそれを受け取ると何も言わずに身を翻し、走り去って行ってしまった。
「悪かった……。つい勢い余って……」
ケイナは走り去るリアを見送ってセレスに言った。セレスは息をきらしながらかぶりを振った。
「こんなの全然……。ケイナ、大丈夫だった?」
「おまえになんか怪我させられるようなドジ踏まねえよ」
ケイナは言った。セレスは笑い、そして顔をしかめた。頬についた傷が痛んだ。
「ケイナとは銃ででも手合わせしたことなかったのに……。なんだか初めてじゃないみたいな気がしたよ……」
セレスは頬をこすってつぶやいた。
「あ、でも、バスケットだけやったよね」
そしてくすくす笑った。
「あんときと一緒だ。ケイナは全然息が乱れてないんだ」
「笑いごっちゃねえや、バカヤロウ」
アシュアが仏頂面でテントの中から顔を出した。
「ケイナと手合わせしろなんて言うんじゃなかったぜ。おまえらふたりそろって正気を無くしたら、誰が呼び戻すんだよ」
「セレスと手合わせして正気なんか失わねえよ」
ケイナは苦笑した。
「うそつけ。なんで途中で左に剣を持ち替えたんだ」
アシュアはケイナを睨んだ。
「おまえ、左手使うとアブねえような気がするぜ」
「右だと…… 余計危ないと思ったんだよ……」
ケイナは髪をかきあげた。
「セレスの動きについていけないからか?」
アシュアは不機嫌そうに言った。
「おれ、そんなたいして動いてないよ。ちょうどいいくらい。気持ちいいよ」
ケイナとアシュアはセレスの顔を凝視した。やがてケイナはくすくす笑い出し、そしてテントの中に入っていった。
「この能天気者」
アシュアはセレスの頭を軽く殴りつけるとテントに入っていった。
「いって…… なんで殴るわけ?」
セレスは頭を押さえてテントに消えたアシュアを睨みつけた。
リアは自分のテントに戻って暗闇の中でただじっとベッドの上にうずくまって座っていた。
ケイナの動きを見たとき、どこか頭の奥底がひっかき回されるような感覚があった。
どことなく既視感があったが、思いだせなかった。
(ケイナは自分で意識せずに動いているんだ)
アシュアの言葉が思い出された。
本当にそうだった。ケイナだけではない。セレスもそうだ。あのふたりだからお互いが相手になるのだ。
もし、自分が相手だったら…… ケイナは自分への手加減もしづらくてしようがないに違いない。
あそこまでの力を持たない普通の感覚を持っているアシュアだからこそ、自分はレクチャーしてもらえるのだ。
悔しかった。ここまで自分の技術のなさを思い知らされるとは思いもしなかった。
何よりも、セレスの頬から血が流れたときのケイナの表情が目にこびりついて離れなかった。
一瞬のうちに見せた庇いの表情。 大切なものを傷つけてしまったというような後悔の色。
あの目を思い出すと、胸をえぐられるような気持ちになる。
「リア」
トリがテントに入ってきても、リアは動こうとはしなかった。
「アシュアには会ってきたの」
「会ってないわ。いなかったもの」
リアは素っ気無く暗闇の中で答えた。トリの気配がそばに感じられた。
「もういやよ」
リアは呻いた。
「どうしてこんな思いをさせるのよ。兄さんは私に剣を持つことをやめさせたいの? ケイナをそんなにも諦めさせたいの?」
「ケイナがおまえに剣を教えることはできないということは分かったんだろ?」
トリは静かに言った。
「セレスなんかいなくなればいいのよ。大嫌いよ、あの子」
泣き出すリアのそばにトリはただ無言で立っていた。