トリは奥で画面を前にして座っている男のそばに近づいた。
リンクだ。
「例の遺髪はこっちにしかるべきルートで送ってもらえることになりました」
トリはケイナに言った。
「とりあえずそれまでにきみとセレスの遺伝子分析を行っているんです」
ケイナはリンクの後ろから画面を見た。細かい数字がびっしりと並んでいる。
「見て分かりますか?」
トリの言葉にケイナはわからない、というように肩をすくめた。
「分かりやすいようにビジュアルに切り替えましょう」
リンクはキイを叩き、いくつもの立方体が浮ぶ画面を映し出した。立方体は少しずつ大きさや色が違っている。
「画面が上下に分割されているのは分かりますね? 上がきみの遺伝子です。下がセレス君のもの……。かなり似通った部分があるんですが、ふたりとも他人であることを遺伝子配列が証明しています」
「他人……」
ケイナはつぶやいた。リンクはうなずいてちらりとケイナを振り返った。
「でも、これは遺伝子学上としての話なんです。ぼくはもともとふたりとも血のつながりがあったのではないかと思うんですよ。どうもね…… 確証があるわけではないんですがふたりとも後天的に遺伝子をいじられているのではないかと思えるんです……」
ケイナの顔が険しくなった。リンクは心配そうにケイナを見た。
トリが椅子を勧めてくれたので、ケイナはリンクの横に腰をおろした。
「選別していくと残るんですよ。何だか分からない遺伝子配列が……。何かの遺伝子と合わせられているんじゃないかと思うんです。それも、きみたちがまだ卵の状態のときに。問題はそれで細胞分裂し、生まれてきたきみたちへの弊害なんです」
リンクは淡々と話していたが、彼が努めて感情を交えないように話そうといることがケイナにはよく分かった。
「セレス君が…… 男性と女性の両方の性を持っていることをご存じですか?」
「え……」
ケイナは思わずリンクの顔を見た。
「知らない…… かな……」
リンクが気づかわしそうに見つめている。
何と言えばいいのか分からなかった。前にアパートでいきなりセレスが女性に見えたことがあった。それと……夢の中で……。
ジェニファに催眠術をかけられていたときの記憶はセレスを助けようとしたことだけが鮮明だった。あのときだけ一時覚醒したからだ。それ以外のことは本当に夢の中であったのか、そうでないことなのか自分でもよく分からなかった。
「彼はね今は表現体がマンになっていますね。これは男性ホルモンの分泌のほうが盛んだからです。でも、いずれは女性への変換を遂げる必要があるでしょうね。でないと寿命を縮めます」
リンクは首を振った。
「これはセレス君だけに言えることじゃないんですよ。ケイナ、きみも同じなんです。いや、きみのほうが深刻なんです。きみには両性の資質はありませんが、どこかで遺伝子治療を受ける必要があります。でないといずれは命を落とすことになるんです。どういうことかと言うと…… ふたりとも全く別のものの遺伝子を入れられているんですが、どちらも今も遺伝子の書き替えをひたすら行っているんですよ。セレスは男性ホルモンの影響ですさまじい運動神経や俊敏力をつけていきますが、それが彼の体に大きな負荷を与えるんです。人間が異様に巨体になっては困るでしょう? だから必要最低限の筋肉しか発達しないのに、そこに最大限の力を出させる遺伝子命令が出るんですよ」
リンクはそこで言葉を切って気づかうようにケイナの顔を見た。
「最後は立つことはおろか、歩くこともままならず、しゃべることもできない、全く何もできない状況になって……そして死に至ります」
リンクにとっても言いたくないことだったのかもしれない。彼は辛そうにケイナから目をそらせた。
ケイナは動揺を見せまいとしたが、やはり隠すことはできなかった。手がかすかに震えた。トリはそんなケイナを黙って見つめていた。
「ケイナ、きみは脳に対しての異常なほどの発達を促す書き替えが今も行われているんです。信じられないほどの脳細胞とシナプスが今もきみの頭の中で増え続けている。つまり、セレスは直接身体機能に能力が働く成長をし、きみの場合は脳からの指令で体を動かす成長になっているわけです。しかしそれにも限界があります。いずれ同じく……」
「分かった」
ケイナはリンクの言葉を遮った。
「あとどれくらい?」
ケイナは言った。その言葉にリンクとトリは顔を見合わせた。
「あとどれくらいまで普通でいられるんです?」
リンクはためらうように下唇を噛むと、せわしなくまばたきをした。
「セレスはあと3年。ケイナ、きみは…… 1年。」
彼はそう言うといたたまれないように目を伏せた。
「18歳のタイムリミット……」
ケイナはつぶやいた。
「そういうことだったのか……。だからカンパニーは18歳になったらとしつこく制限していたのか……」
ケイナは自嘲気味に笑みを浮かべた。
「助かる方法はあるんですよ」
トリは言った。
「ふたりとも組み込まれた余分な遺伝子を排除する治療を受ければいいんです」
ケイナはそれには答えず立ち上がった。
「できる限りのことをしますから」
リンクは気づかわしげにケイナの顔を見上げて言った。
「一年じゃ…… できないかもしれないんでしょう? 遺伝子治療」
ケイナがそう言ったので、リンクは思わず目をそらせた。
「きみの遺伝子に手を加えた張本人なら…… その方法を知っているのでしょうけれど……」
苦渋に歪む彼の顔をケイナは黙ってみつめた。
「新しい機器を導入してフルにきみの治療に当たりますよ」
トリが安心させるように言ったが、ケイナは何も言えなかった。
アシュア…… 地球一個分の命…… おれにはないかもしれない……。
命なんてどうでもいい、と思って生きてきたのに、現実に命の期限を突きつけられると押しつぶされそうな不安に襲われた。
立っているのがやっとなくらい足元が揺らぐ。
「ケイナ。きみは生きなきゃいけないんだよ」
トリは言った。
その言葉にすらケイナは答えることができなかった。