カインはシティに出るとすぐに服を着替え、目深にキャップ式の帽子をかぶった。
 伸び切っていた黒髪は赤く染めた。髪を染めたら特徴だった切れ長の目が目立たなくなった。
 いつものようにすぐに短く切らずに髪を伸ばしていたのは正解だったかもしれない。
 もう、どこにカンパニ-の人間がいるかわからない。ケイナに会うまでは誰にも邪魔されたくなかった。
 こんな服、今まで着たことも興味を示したこともなかったのにな……。
 少年たちが着る少し派手なマークのついた黒いジャケットを眺めてカインは苦笑した。
 でも、そのほうがかえって見つからない。
 いくらなんでもカンパニーの御曹子が流行りの少年のファッションをしているなどと誰も思わないからだ。
 左手は首から吊って固定していると目立つので包帯だけを残して外した。
 痛みがないのでうっかり使ってしまう危険を避けるために左手だけ動かしにくい固い革の手袋をはめた。
 見慣れた『中央塔』を横目に見ながら、カインはカフェのコンピューターを使って割り出した密売者とコンタクトを取るために狭い路地の中へ入っていった。
 どこへ行ってもこういう場所はあるんだな……。
 カインはゴミの散らばった細い道を眺めて思った。
 男は路地の隅の小さな扉の影に立っていた。
「カサ・ディ?」
 カインは言った。
「そうだよ。あんたか? 銃が欲しいってのは」
 背の低い男はカインの頭の先から足の先までじろじろと眺め回した。顔が真四角で大きな鼻が不格好にひしゃげていた。
「ガキが威勢をつけるために銃か? 似合わねえな」
「さっさと出せよ」
 カインは言った。舐められると銃は手に入らない。
 男は鼻に皺を寄せてカインを胡散臭そうに見やると、足元に置いた大きなケースを開いた。
「軍のお流れ品が多いな。前の持ち主用にきっちり合わせてあるからそれを解除する手数があって割高になるぜ」
 男は言った。
「大きな銃はいらない。ST-50かベルグ……」
 カインはケースの中を眺めながら言った。男の目が細くなった。
「いやに詳しいな……」
「ないんだったらほかを当たる」
 カインがそう言ったので、男はカインを睨みつけながらケースの下をひっかき回した。
「LOA-2型だ。軽くて持ちやすい。だけど標的をほとんど逃さないのが利点だぜ」
「エネルギーは?」
 カインは男が出した黒い色をした小さな銃を見て尋ねた。
「改造してあるから、気がついたときにそこいらの電源に充填装置をはめときゃいい。 2、30秒で完了する。携帯用のエネルギーカードは500にしとくぜ」
 男は得意そうに言った。
「じゃあ、そんなに威力はないな……」
 カインがつぶやいたので、男は少しむっとした顔をした。
「ガキのケンカにゃそれくらいで充分だよ」
「いや…… 威力がないほうがいいんだ。ちょっとだけケガさえしてくれりゃいい」
 カインは答えた。男は口をへの字に曲げて目を細めた。
「いくら?」
 カインの言葉に男はにやっと笑った。
「10万でどうだ?」
 カインはため息をついた。こんなおもちゃみたいな銃に10万? 冗談じゃない。
「性能的にはいいところ3万だ。それ以上は出さない」
「おい、いい気になるなよ。欲しがってんのはそっちだ。10万より下はない」
 カインはかすかに笑みを漏らした。
「だったら、1回充填しただけでダメになるような銃じゃなくて、ちゃんとしたものを出してくれ」
「何?」
 男の目が細くなった。カインは笑った。
「LOA-2型は普通の補填エネルギーには合わないんだ。改造してあるものはたいがい使い捨て式になる。おまけに使える発射回数は30発ときてる。裏取り引きでも相場は3万だよ」
「おまえ、何者だ?」
 男は警戒したように身構えた。
「別に警備関係の人間じゃないから安心しろよ」
 カインはそう言うと、男のケースからすばやくひとつの銃を取り出した。
「あっ!」
 男が慌てて取り戻そうとしたが、カインはさっと男から離れた。
「こっちを10万でもらうよ」
「冗談じゃない! そりゃ、30万のものだ!」
「10万。TT3、バージョン2」
 カインは男を見つめた。
 男は頬をひくひくと痙攣させていたが、やがて渋々うなずいた。
 カインはポケットから紙幣を取り出して男に差し出した。男はそれをひったくるようにして取り上げた。
「あんた、いったい誰だ? TT3を知ってる人間は何か特別の訓練を受けたやつだぞ?」
 男はカインを睨みつけて言った。カインは銃をジャケットのポケットにしまい込むと何も言わず笑って男の前から立ち去った。
「何か特別の訓練を受けたやつ…… か」
 カインはつぶやいた。
 そうだよな。TT3は『ビート』で訓練に使用したことがある銃だ。
 ほかで使っているとすれば『ビート』とは別のカンパニーの私設部隊か、軍の部隊か……。
 威力の調整ができるので最小にすれば『ライン』の『点』程度の威力しかない。実戦では使い分けるのだ。
 でも、なんでこんなものが闇ルートに流れるのかな。
 まあ、そんなことはもう、どうでもいいか……。
 カインは表通りに停めておいたヴィルに飛び乗った。そしてウェスト・タウンに向かって飛び立った。行き先はケイナのアパートだ。
 アパートにうまく入れるだろうか。その保証はなかった。
 しばらくしてアパートが見えたとき、カインはアパートの窓から空を見上げる人物に気づいた。
「ジェニファ……?」
 カインはびっくりして、そしてすばやく下を見回した。誰もいる気配はない。
 彼女はカインのヴィルに気づいたのか、しきりに自分の腕を差してみせた。
 そうか……。通信機のスイッチを入れたのか……。
 カインはアパートを通り過ぎるとさらにその先の湖まで飛んだ。たぶんあそこは誰も来ない。
 目指す湖が見えて来たので、カインはヴィルを林の手前に降り立たせた。
 そしてレイからもらった通信機を取り出してジェニファの持っている通信機のコードを入力した。すぐにジェニファが出た。
「カイン、良かった。分かってくれたか心配だったわ。今、どこにいるの?」
「西の湖です」
「分かった。すぐに行くから待ってて」
 彼女はすぐに通信機を切ってしまった。音声通信するのは彼女にはそれが精一杯だったのだろう。カインは苦笑した。
 湖に目をやると、静かな水の面に光がちらちらと反射して揺れていた。
 どこかで見た風景だ。どこだっただろう……。
 ああ、そうだ…… ケイナの意識の中だ……。
 カインは林を抜けて湖に歩み寄った。透明な水が静かに寄せていた。
 ケイナはこの湖が好きだったんだ……
 顔をあげると、ケイナの意識があちらこちらに残っているのが感じられた。
 向こうから彼が歩いてくるような錯覚に陥るのは、ここに残る彼の意識が強いせいだ。
「ケイナ…… 今、どこにいる……」
 カインはつぶやいた。
「ここで呼んでも…… ぼくの声は届かないか……」
 カインは規則正しく足に近づく水を見つめた。
 寄せて返す水の動きに混じって小さな光る点がちらちらと見えた。
 4つ…… 3つかな…… なんだろう…… 何か『見えて』いるんだろうか……
 しばらくして気配を感じたので振り向くと、ジェニファが体をゆすりながら砂浜の向こうの林から必死になって歩いてくるところだった。砂浜におりる前にカインは彼女に手を差し出した。ジェニファは半ばすがりつくようにカインの手を掴んだ。
「ご、ごめんなさいね。ここ、来るの何ヶ月ぶりかしら」
 そしてカインの顔を見てびっくりしたような顔をした。
「痩せたわね」
 カインはかすかに笑みを浮かべた。
「それに、どうしたの? その格好は。髪まで染めて……」
「立場的にはケイナたちと同じですよ。ぼくも人に見つかるとまずいんだ」
 カインは答えた。
「あのときいなかったから、どうしたのかと思っていたのよ……」
 ジェニファは首を振って言った。
「生きていてくれて安心したわ」
 カインはうなずいた。
「ここは滅多に人が来ないのよ。とりあえず座りましょう」
 ジェニファはそう言うと湖に体を向けて砂浜に腰をおろした。カインもその隣に座った。