トウは大きな音をたてて椅子から立ち上がった。
「刺したのは誰!!」
彼女の前には小柄な男が身を硬直させて敬礼をしたままで立ちすくんでいた。
「死亡しました」
彼は答えた。
「ギリアスです」
「カインはどこ」
トウは男に噛みつかんばかりに言った。
男はトウの形相に必死に堪えた。足が震える。
「コリュボスのエタール病院で手術を受け、今ホライズンに着いたそうです」
「いったい…… どうなってるのよ! セレス・クレイは逃がす、『ライン』の中はめちゃくちゃ、ランディングはのびていたですって?! 計画に抜けはない、と言っていたはずよね!?」
トウはデスクの上の書類をひっつかむと力任せに男にたたきつけた。
「あんたはクビよ!!」
トウはそう怒鳴るとバッグを掴んで男を残して部屋を出た。
トウの怒りはすさまじかった。
彼女は自らの運転でプラニカに乗り『ホライズン』に向かった。今頃秘書が大騒ぎをしているだろうが、そんなことはどうでも良かった。
『ホライズン』に着くとすぐにカインの部屋に案内するように一番近くにいた女の職員に言った。
トウの剣幕に怯えながら彼女は案内をした。
病室に入ると、部屋の中央のベッドでカインが横たわっているのが見えた。トウはゆっくりとベッドに歩み寄った。
カインは目を閉じている。手術後の麻酔がまだ覚めないのだろう。
顔色も青白く憔悴して見えた。
「ミズ・リィ」
部屋にカインの担当医らしき中年の男が緊張した面もちで入ってきた。トウは振りかえって男を見た。
「急にお見えになるので驚きました」
「外に出ましょう」
トウは医師を促すと部屋を出た。
「応接室があちらに……」
医師の言葉にトウはかぶりを振った。
「ここでいいわ。カインの容体を聞かせて」
「左腕のここの部分をかなり深く鋭利な刃物で刺されています」
医師は自分の左の二の腕の外側を差しながら言った。
「一度刺してから切るように動かしているので、腕の神経を数本切断しているんです。ちょっとそれを繋ぐのが厄介でしたが、何とか無事に手術も終わりました。今後に何か支障が残ることはないでしょう。リハビリは少し必要になりますが……」
トウはほっと息を吐いてうなずいた。少し足元がぐらりと揺らいだ気がして、壁に手を当てた。
「ただ……」
医師はさらに言った。
「だいぶん体力を消耗しておられるようです。栄養補給の点滴を行っていますが、怪我と体力の回復で少し時間がかかると思います。特にご子息の場合薬物にかなり抵抗力がありますから、感染や化膿予防に強い薬を使っています。もしかしたら少し副作用が出るかもしれません。一過性のものですが」
「分かったわ。ありがとう…… 何かあったらオフィスに連絡をして」
トウはそう答えると再び病室に入った。医師は黙ってそれを見送った。
トウは静かにベッドに歩みより、カインの顔をじっと見つめた。そっとその手をカインの顔に触れた。
「どんどんボルドーに似てくる…… あんたまで私を裏切るっていうの?」
トウはつぶやいた。カインにその声が聞こえているはずもなかった。
「目が覚めたら全部教えてあげるわ。どうして18歳で彼が『ホライズン』に行かないといけなかったのか。私が始めたことじゃないのよ。これはずっと前からここでやってきたことなのよ。あんたはそれをそろそろ知らなくちゃならない。放っておくと彼らは死んでしまう。私たちの力がなければ助からない。そのためにもあなたはしっかり生きなくちゃいけないのよ…… ちゃんと生きなさい。カイン」
トウは束の間口を引き結び、最後にカインを一瞥すると、くるりと背を向けて病室をあとにした。
アルのコテージはノースタウンの小高い丘を越えたコテージ集落の一番北の端にあった。
集落といってもコテージとコテージは何ブロックも離れていて、アルのコテージは緑の林を後ろにひっそりと立っていた。セレスが言った通り誰も使っていないらしい。
「セキュリティが設置されているかもしれない。だとしたら無理に入った途端にセンターに連絡されてしまう」
ケイナはコテージの前でつぶやいた。
「カインならすぐに破れるんだけどな……」
アシュアはため息をついた。3人は着のみ着のまま、持っているのはたった一本のナイフだけだ。
ケイナはアシュアの腕の通信機に目をやった。
「それ、ちょっと貸せ」
ケイナは言った。アシュアは眉を吊り上げたが黙って通信機を外してケイナに渡した。
ケイナは身をかがめて通信機を何やらいじくり始めた。
「何をしてるの?」
セレスが覗き込んだ。
「おれの部屋のコンピュータにアクセスしてる」
ケイナは答えた。
「『ライン』の?」
「いや、アパートだ。ほとんど使ったことがないけど、いつも立ち上げてある……。寝室の引き出しの中に入っている小さいやつ」
「それでどうしようっての……」
セレスは一緒に覗き込みながら言った。
「ちょっと黙ってろ」
ケイナは髪をかきあげてセレスをじろりと見た。セレスは肩をすくめてアシュアを見た。アシュアも肩をすくめてみせた。
「アルの家が使っているセキュリティ会社はリィ系列だろ」
しばらくしてケイナはセレスの顔を見た。
「う、うん…… たぶん。お父さんが中央のお医者さんだし……」
セレスは答えた。
「だったら、ノースタウン・リアルセキュリティだ。アル・コンプトンの誕生日とか知ってるか?」
「知ってるけど……」
セレスは面くらいながら答えた。
「誕生日、個人通信用のアクセスナンバー、家の番地、なんでもいいから言ってくれ」
セレスは言われるままにひとつずつケイナに伝えた。最後にアルのヴィルのナンバーを言ってしばらくすると、ずっと無言だったケイナの顔に笑みが浮かんだ。
「セキュリティが解除された」
彼は立ち上がって通信機をアシュアに渡した。
「どういうこと?」
セレスは不思議そうな顔をした。ケイナは笑みを浮かべた。
「絶対誰にも分からないように、って言ってても人の使うセキュリティパスなんてこんなもんだ。アルの誕生日とヴィルのナンバーをまぜたもの。アルが自分でセキュリティ解除しようとするならなおさらだ。通信機とおれのコンピューターでセキュリティセンターのホストにアクセスして、ここで解除コマンドを入れたと同じことをした」
「なんでそんなことできるの?」
「それより……」
ケイナは言った。
「このコテージを知っているのはおまえとアルだけか?」
「ト二も知ってると思う…… 休暇のときに一緒に行く約束をしてたから……」
セレスは不安を感じながらケイナを見上げた。
「なに? ふたりがここを誰かに教えるかもってこと?」
「銃を突きつけられて脅されてるんじゃなきゃそうは思わない。でも、セキュリティが緩すぎる。アルがここに来るとき、メモリーキーを携帯していたら覚えやすい簡単なパスにする必要がない」
「……」
ケイナはそう言い捨ててコテージに歩み寄っていった。
「なんにしても、おれたちはここでちょっと補給が必要だ。長居はしないつもりで使わせてもらおう。仕方ない」
返す言葉もなく黙り込んでいるセレスの肩を叩いてアシュアは言った。
コテージの中はアルの家のように清潔でぴかぴかの状態だった。
「出る時、掃除しとかないといけないみたいだな」
アシュアが自分の靴の裏を確かめながらつぶやいた。
一階は大きなリビングとキッチン、ダイニング、客室が2つ、バスルームがある。2階にもいくつか部屋があるようだ。
アシュアはキッチンに入り、持ち手のついた非常用のライトを持ってきた。
「灯りはつけられねえけど、いくらなんでも真っ暗やみっつうわけにはいかんだろ?」
彼はそう言ってリビングのテーブルに置いた。
「夜はあっちの客室にいよう」
ケイナは奥の部屋を指差した。
「あっちなら窓が裏の林に面しているから光が漏れても人に分かる可能性が低い」
「あいよ」
アシュアは素直にそれに従い、ライトを持っていった。
リビングのすみには小さなコンピューターも通信装置も揃っていた。とりあえず外部となんらかのコンタクトを取ることは可能だ。
セレスは通信装置に小さな赤い点が点滅しているのを見つけて近づいた。
「メッセージ……? コテージ、普段使ってなかったんじゃ……」
検索ディスプレイを表示させると、二時間半ほど前に録音されていることが分かった。
ケイナが近づいてセレスの後ろから覗き込んだ。
「再生してみる……? やばかったらすぐ出ないと……」
セレスは言った。ケイナは考え込むような顔をしていたがうなずいた。
アシュアもふたりの様子に気づいて近づいてきた。
セレスは再生のボタンを押した。
しばらくして画面に出てきたのはアルだった。
「アル……?」
セレスはびっくりして画面を見つめた。
画面の中のアルは少し緊張した面もちだった。
(この留守録に気づいてくれるといいんだけど……。いや、それよりもきみがぼくと同じことを考えてそこにいてくれるといいんだけど……)
アシュアとケイナは顔を見合わせた。セレスは画面を食い入るように見つめた。
(今ね、午後1時30分なんだ。昼食の休憩の間にバスルームに隠れてこっそり入れてるんだ。あ、うん、分かってるよ)
アルは隣に誰かいるらしく、腕を突かれて慌ててうなずいた。
(この通信機、ぼくがこっそり家から持ち込んだものだ。おもちゃみたいなもんだからあんまりもたない。手短に言うよ。セレス、今『ライン』の中、変な真っ黒な服着た兵士でいっぱいなんだ。朝食ン時からダイニングにも一杯いるんだよ。今日は全員部屋で待機って言われた。朝食のあと、ぼく、その中のひとりに呼ばれたんだ。セレスのこといろいろ聞かれた。きみがよく行く場所とかいろいろ聞かれた。どうしてかって聞いたらケイナとゆうべ抜け出したって言ったからびっくりしたんだ。だからってなんでこんなに見たこともない兵士がごまんといるのか分からない。とにかくきみを連れ戻すって言うんだ)
アルは服の袖で額を拭った。
(ああ、長くなっちゃうな…… ええとね、さっきまでものすごいドタバタがあって、ゲートが破られたって聞いたんだ。もう大騒ぎだよ。全然様子見に行けないんだけど、きみがやましいことで追われてるなんてぼくらは信じてない。あいつら変だもの。それで、うまくあいつらから逃げたとき、きみがどこに行くだろうかってトニと話ししたんだ。もしかしたらコテージのことを覚えててくれて、そこに逃げてくれるといいな、と思ったんだ)
「アル……」
セレスはつぶやいた。こんなに心配してくれているなんて、少しも考えなかった……。
(ぼくら、まだ同じこと考えてるよね? セレス、そこは安全だよ。ぼくは誰にも言ってない。セキュリティあるけど、ケイナがいるんなら大丈夫だってトニは言ってる。ケイナは頭がいいから何でもできるって。だからここからセキュリティ変えた。きみがそこに入っても誰も気づかないようにしといた。2階の奥がぼくの寝室なんだ。クローゼットにおこづかいが入ってる。クローゼットの奥が隠し金庫になってるんだ。探してみて。それから手前の寝室のクローゼットにも父さんがお金を金庫に隠してる)
画面の向こうのアルは緊張のあまり顔を真っ赤にして汗を流していた。
(地下の貯蔵庫に水と少しだけ保存食がある。あと、裏の倉庫にプラニカが一台入ってる。 キイは父さんの寝室のクローゼットの引き出しだ。使っていいよ。気にしなくていいから。 どうぜ使わないでさびちゃうやつなんだ。それから、ええと、ええと……)
業を煮やしたのか、いきなりアルを押し退けてトニの姿が画面に映った。
(セレス! 何があったのか分からないけど、無事でいてくれよな! あのね、さっき聞いたんだけど、どさくさの中でユージー・カートまでいなくなっちゃったんだ! もうどうなってんのか分からないよ。滅茶苦茶だ)
アシュアは呆然とした。暗示が発動した……?!
それ以外に考えようがなかった。
再びアルが画面に入ってきた。
(なんでもいいからさ、落ち着いたら連絡してよ。頼むよ。この通信機のアクセスナンバーそっちに送っておくからさ! 頼むよ! このメッセージ、1時間たったら消えるからそれまでに。それと……)
そこで画面がぷつりと切れた。セレスは何も映らなくなった画面の前から動くことができなかった。
アルとトニの気持ちに胸が痛んだ。
ぼくら、まだ同じことを考えてるよね?
うん、アル。そうだね。
でも、おれ、アルのことちゃんと考えてなかったよ。
ごめん……。
「セレス……」
ケイナが静かに言った。
「どんなにここが安全でも数時間が限界だ……」
「うん。分かってる」
セレスはうなずいて袖で目をこすった。
時間はそんなにない。これからのことを考えなければいけない。
アシュアは黙って目を伏せた。
「刺したのは誰!!」
彼女の前には小柄な男が身を硬直させて敬礼をしたままで立ちすくんでいた。
「死亡しました」
彼は答えた。
「ギリアスです」
「カインはどこ」
トウは男に噛みつかんばかりに言った。
男はトウの形相に必死に堪えた。足が震える。
「コリュボスのエタール病院で手術を受け、今ホライズンに着いたそうです」
「いったい…… どうなってるのよ! セレス・クレイは逃がす、『ライン』の中はめちゃくちゃ、ランディングはのびていたですって?! 計画に抜けはない、と言っていたはずよね!?」
トウはデスクの上の書類をひっつかむと力任せに男にたたきつけた。
「あんたはクビよ!!」
トウはそう怒鳴るとバッグを掴んで男を残して部屋を出た。
トウの怒りはすさまじかった。
彼女は自らの運転でプラニカに乗り『ホライズン』に向かった。今頃秘書が大騒ぎをしているだろうが、そんなことはどうでも良かった。
『ホライズン』に着くとすぐにカインの部屋に案内するように一番近くにいた女の職員に言った。
トウの剣幕に怯えながら彼女は案内をした。
病室に入ると、部屋の中央のベッドでカインが横たわっているのが見えた。トウはゆっくりとベッドに歩み寄った。
カインは目を閉じている。手術後の麻酔がまだ覚めないのだろう。
顔色も青白く憔悴して見えた。
「ミズ・リィ」
部屋にカインの担当医らしき中年の男が緊張した面もちで入ってきた。トウは振りかえって男を見た。
「急にお見えになるので驚きました」
「外に出ましょう」
トウは医師を促すと部屋を出た。
「応接室があちらに……」
医師の言葉にトウはかぶりを振った。
「ここでいいわ。カインの容体を聞かせて」
「左腕のここの部分をかなり深く鋭利な刃物で刺されています」
医師は自分の左の二の腕の外側を差しながら言った。
「一度刺してから切るように動かしているので、腕の神経を数本切断しているんです。ちょっとそれを繋ぐのが厄介でしたが、何とか無事に手術も終わりました。今後に何か支障が残ることはないでしょう。リハビリは少し必要になりますが……」
トウはほっと息を吐いてうなずいた。少し足元がぐらりと揺らいだ気がして、壁に手を当てた。
「ただ……」
医師はさらに言った。
「だいぶん体力を消耗しておられるようです。栄養補給の点滴を行っていますが、怪我と体力の回復で少し時間がかかると思います。特にご子息の場合薬物にかなり抵抗力がありますから、感染や化膿予防に強い薬を使っています。もしかしたら少し副作用が出るかもしれません。一過性のものですが」
「分かったわ。ありがとう…… 何かあったらオフィスに連絡をして」
トウはそう答えると再び病室に入った。医師は黙ってそれを見送った。
トウは静かにベッドに歩みより、カインの顔をじっと見つめた。そっとその手をカインの顔に触れた。
「どんどんボルドーに似てくる…… あんたまで私を裏切るっていうの?」
トウはつぶやいた。カインにその声が聞こえているはずもなかった。
「目が覚めたら全部教えてあげるわ。どうして18歳で彼が『ホライズン』に行かないといけなかったのか。私が始めたことじゃないのよ。これはずっと前からここでやってきたことなのよ。あんたはそれをそろそろ知らなくちゃならない。放っておくと彼らは死んでしまう。私たちの力がなければ助からない。そのためにもあなたはしっかり生きなくちゃいけないのよ…… ちゃんと生きなさい。カイン」
トウは束の間口を引き結び、最後にカインを一瞥すると、くるりと背を向けて病室をあとにした。
アルのコテージはノースタウンの小高い丘を越えたコテージ集落の一番北の端にあった。
集落といってもコテージとコテージは何ブロックも離れていて、アルのコテージは緑の林を後ろにひっそりと立っていた。セレスが言った通り誰も使っていないらしい。
「セキュリティが設置されているかもしれない。だとしたら無理に入った途端にセンターに連絡されてしまう」
ケイナはコテージの前でつぶやいた。
「カインならすぐに破れるんだけどな……」
アシュアはため息をついた。3人は着のみ着のまま、持っているのはたった一本のナイフだけだ。
ケイナはアシュアの腕の通信機に目をやった。
「それ、ちょっと貸せ」
ケイナは言った。アシュアは眉を吊り上げたが黙って通信機を外してケイナに渡した。
ケイナは身をかがめて通信機を何やらいじくり始めた。
「何をしてるの?」
セレスが覗き込んだ。
「おれの部屋のコンピュータにアクセスしてる」
ケイナは答えた。
「『ライン』の?」
「いや、アパートだ。ほとんど使ったことがないけど、いつも立ち上げてある……。寝室の引き出しの中に入っている小さいやつ」
「それでどうしようっての……」
セレスは一緒に覗き込みながら言った。
「ちょっと黙ってろ」
ケイナは髪をかきあげてセレスをじろりと見た。セレスは肩をすくめてアシュアを見た。アシュアも肩をすくめてみせた。
「アルの家が使っているセキュリティ会社はリィ系列だろ」
しばらくしてケイナはセレスの顔を見た。
「う、うん…… たぶん。お父さんが中央のお医者さんだし……」
セレスは答えた。
「だったら、ノースタウン・リアルセキュリティだ。アル・コンプトンの誕生日とか知ってるか?」
「知ってるけど……」
セレスは面くらいながら答えた。
「誕生日、個人通信用のアクセスナンバー、家の番地、なんでもいいから言ってくれ」
セレスは言われるままにひとつずつケイナに伝えた。最後にアルのヴィルのナンバーを言ってしばらくすると、ずっと無言だったケイナの顔に笑みが浮かんだ。
「セキュリティが解除された」
彼は立ち上がって通信機をアシュアに渡した。
「どういうこと?」
セレスは不思議そうな顔をした。ケイナは笑みを浮かべた。
「絶対誰にも分からないように、って言ってても人の使うセキュリティパスなんてこんなもんだ。アルの誕生日とヴィルのナンバーをまぜたもの。アルが自分でセキュリティ解除しようとするならなおさらだ。通信機とおれのコンピューターでセキュリティセンターのホストにアクセスして、ここで解除コマンドを入れたと同じことをした」
「なんでそんなことできるの?」
「それより……」
ケイナは言った。
「このコテージを知っているのはおまえとアルだけか?」
「ト二も知ってると思う…… 休暇のときに一緒に行く約束をしてたから……」
セレスは不安を感じながらケイナを見上げた。
「なに? ふたりがここを誰かに教えるかもってこと?」
「銃を突きつけられて脅されてるんじゃなきゃそうは思わない。でも、セキュリティが緩すぎる。アルがここに来るとき、メモリーキーを携帯していたら覚えやすい簡単なパスにする必要がない」
「……」
ケイナはそう言い捨ててコテージに歩み寄っていった。
「なんにしても、おれたちはここでちょっと補給が必要だ。長居はしないつもりで使わせてもらおう。仕方ない」
返す言葉もなく黙り込んでいるセレスの肩を叩いてアシュアは言った。
コテージの中はアルの家のように清潔でぴかぴかの状態だった。
「出る時、掃除しとかないといけないみたいだな」
アシュアが自分の靴の裏を確かめながらつぶやいた。
一階は大きなリビングとキッチン、ダイニング、客室が2つ、バスルームがある。2階にもいくつか部屋があるようだ。
アシュアはキッチンに入り、持ち手のついた非常用のライトを持ってきた。
「灯りはつけられねえけど、いくらなんでも真っ暗やみっつうわけにはいかんだろ?」
彼はそう言ってリビングのテーブルに置いた。
「夜はあっちの客室にいよう」
ケイナは奥の部屋を指差した。
「あっちなら窓が裏の林に面しているから光が漏れても人に分かる可能性が低い」
「あいよ」
アシュアは素直にそれに従い、ライトを持っていった。
リビングのすみには小さなコンピューターも通信装置も揃っていた。とりあえず外部となんらかのコンタクトを取ることは可能だ。
セレスは通信装置に小さな赤い点が点滅しているのを見つけて近づいた。
「メッセージ……? コテージ、普段使ってなかったんじゃ……」
検索ディスプレイを表示させると、二時間半ほど前に録音されていることが分かった。
ケイナが近づいてセレスの後ろから覗き込んだ。
「再生してみる……? やばかったらすぐ出ないと……」
セレスは言った。ケイナは考え込むような顔をしていたがうなずいた。
アシュアもふたりの様子に気づいて近づいてきた。
セレスは再生のボタンを押した。
しばらくして画面に出てきたのはアルだった。
「アル……?」
セレスはびっくりして画面を見つめた。
画面の中のアルは少し緊張した面もちだった。
(この留守録に気づいてくれるといいんだけど……。いや、それよりもきみがぼくと同じことを考えてそこにいてくれるといいんだけど……)
アシュアとケイナは顔を見合わせた。セレスは画面を食い入るように見つめた。
(今ね、午後1時30分なんだ。昼食の休憩の間にバスルームに隠れてこっそり入れてるんだ。あ、うん、分かってるよ)
アルは隣に誰かいるらしく、腕を突かれて慌ててうなずいた。
(この通信機、ぼくがこっそり家から持ち込んだものだ。おもちゃみたいなもんだからあんまりもたない。手短に言うよ。セレス、今『ライン』の中、変な真っ黒な服着た兵士でいっぱいなんだ。朝食ン時からダイニングにも一杯いるんだよ。今日は全員部屋で待機って言われた。朝食のあと、ぼく、その中のひとりに呼ばれたんだ。セレスのこといろいろ聞かれた。きみがよく行く場所とかいろいろ聞かれた。どうしてかって聞いたらケイナとゆうべ抜け出したって言ったからびっくりしたんだ。だからってなんでこんなに見たこともない兵士がごまんといるのか分からない。とにかくきみを連れ戻すって言うんだ)
アルは服の袖で額を拭った。
(ああ、長くなっちゃうな…… ええとね、さっきまでものすごいドタバタがあって、ゲートが破られたって聞いたんだ。もう大騒ぎだよ。全然様子見に行けないんだけど、きみがやましいことで追われてるなんてぼくらは信じてない。あいつら変だもの。それで、うまくあいつらから逃げたとき、きみがどこに行くだろうかってトニと話ししたんだ。もしかしたらコテージのことを覚えててくれて、そこに逃げてくれるといいな、と思ったんだ)
「アル……」
セレスはつぶやいた。こんなに心配してくれているなんて、少しも考えなかった……。
(ぼくら、まだ同じこと考えてるよね? セレス、そこは安全だよ。ぼくは誰にも言ってない。セキュリティあるけど、ケイナがいるんなら大丈夫だってトニは言ってる。ケイナは頭がいいから何でもできるって。だからここからセキュリティ変えた。きみがそこに入っても誰も気づかないようにしといた。2階の奥がぼくの寝室なんだ。クローゼットにおこづかいが入ってる。クローゼットの奥が隠し金庫になってるんだ。探してみて。それから手前の寝室のクローゼットにも父さんがお金を金庫に隠してる)
画面の向こうのアルは緊張のあまり顔を真っ赤にして汗を流していた。
(地下の貯蔵庫に水と少しだけ保存食がある。あと、裏の倉庫にプラニカが一台入ってる。 キイは父さんの寝室のクローゼットの引き出しだ。使っていいよ。気にしなくていいから。 どうぜ使わないでさびちゃうやつなんだ。それから、ええと、ええと……)
業を煮やしたのか、いきなりアルを押し退けてトニの姿が画面に映った。
(セレス! 何があったのか分からないけど、無事でいてくれよな! あのね、さっき聞いたんだけど、どさくさの中でユージー・カートまでいなくなっちゃったんだ! もうどうなってんのか分からないよ。滅茶苦茶だ)
アシュアは呆然とした。暗示が発動した……?!
それ以外に考えようがなかった。
再びアルが画面に入ってきた。
(なんでもいいからさ、落ち着いたら連絡してよ。頼むよ。この通信機のアクセスナンバーそっちに送っておくからさ! 頼むよ! このメッセージ、1時間たったら消えるからそれまでに。それと……)
そこで画面がぷつりと切れた。セレスは何も映らなくなった画面の前から動くことができなかった。
アルとトニの気持ちに胸が痛んだ。
ぼくら、まだ同じことを考えてるよね?
うん、アル。そうだね。
でも、おれ、アルのことちゃんと考えてなかったよ。
ごめん……。
「セレス……」
ケイナが静かに言った。
「どんなにここが安全でも数時間が限界だ……」
「うん。分かってる」
セレスはうなずいて袖で目をこすった。
時間はそんなにない。これからのことを考えなければいけない。
アシュアは黙って目を伏せた。