ヴィルを飛び立たせても頼り無いセレスにケイナは気が気ではなかった。
「セレス、もうちょっとしっかりしろ」
セレスの腕を掴みもう片方の手でハンドルを握りながらケイナは言ったが、それでもセレスは滑り落ちてしまいそうだった。
見るに見兼ねてアシュアがケイナのヴィルの後ろについた。
「なんか、こんなの初めて…… 気を許すとまた寝ちゃいそうなんだ……」
セレスはぼんやりとした様子でつぶやいた。そしてケイナの背に顔を押しつけた。
「ケイナの背中、あったかい…… 気持ちいい……」
それを聞いたケイナの顔にかっと血が昇った。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ! 突き落すぞ!」
振り向きざまに怒鳴りつけた途端、セレスの体がぐらりと傾き、アシュアが慌てて腕を伸ばして怒鳴った。
「こらあ! 空中でケンカすんな!」
セレスはくすくす笑った。
「良かった…… いつものケイナ」
アシュアが目を向けると、ケイナは赤くなった顔を見られまいと顔をそらせた。
カインは終始無言のままだった。
『中央塔』に着くといつもの駐車場にヴィルを停め、4人はエントランスに向かった。
エレベーターの中に入る頃にはセレスは少ししゃんと立っているようになった。
「目が覚めたか」
気づかわしげにケイナに言われてセレスはうなずいた。
「向こう出たときよか、だいぶん頭がはっきりしてきた。なんかものすごく長い夢を見てたような気がする。今、何時?」
「午前11時前だ」
カインが腕の時計を見て言った。
「おれたちどうなるのかなぁ」
セレスは頭をくしゃくしゃと掻きながらつぶやいた。
「とりあえず教官室に直行だな」
カインは答えたが、その予想は外れた。
4人はラインのある階にエレベーターが止まったのを確認してドアから出た。
そして立ち止まった。目の前に3人の男が立っていた。見なれない制服だ。
全身が黒ずくめで頭には顔の上半分を覆うのヘルメットを被っているので口元しか見えない。
「私設警備兵?……」
カインがつぶやくのがケイナとアシュアには聞こえた。
「背の低い子だ」
まん中の警備兵の声に残りのふたりが素早くセレスの腕をつかんだ。
「何をする!」
ケイナがその手を振りほどき、アシュアとカインもセレスの前に立ちはだかった。
「法的な手続きは踏んでいます。こちらがその証明書になります」
真ん中の兵士ははていねいな口調で言った。
空中の仮想モニターに3枚の書面が浮かび上がる。
「こちらが政府の委任状、こちらの2枚がセレス・クレイ養家コロアド氏、ハルド・クレイ氏の承諾書です」
「承諾書? なんの」
カインが眉をひそめた。
「『リィ・カンパニー』管理下において、『ホライズン研究所』にお迎えすることとなります」
「ちょっと待ってくれ。トウ・リィに話をさせてくれないか。ぼくはカイン・リィだ」
「存じあげています」
兵士は答えた。
「ですがあなたにはこの件についての権限はないとうかがっています」
「な……」
カインは怒りの目で兵士を睨みつけた。
兵士がセレスに再び腕を伸ばしかけたので、カインは反射的にその腕を掴んだ。
「トウ・リィに連絡をとらせろ。こんなことは……」
カインの言葉がいい終わらないうちに、ケイナがいきなり兵士を殴りつけ、あっという間にその腰の銃を奪い取っていた。そして残りのふたりのヘルメットを弾き飛ばし、床に叩きつけた。
「ケイナ!」
セレスが悲鳴をあげた。
「うっとうしい」
ケイナは言った。
「ごちゃごちゃ口で言って通用するかよ」
「なんて速さだ……」
アシュアはそう言いながらも床に倒れた兵士の腰から銃を引き抜いた。
「トウに伝えろ。セレス・クレイは渡せない。もちろんケイナもだ」
カインもさっきまで自分の前にいたはずの床に転がった兵士から銃を奪いながら言った。
「ご子息、無駄です」
ケイナに銃を奪われた兵士は口端から血を流しながら言った。
「どうかな」
カインはそう言って3人をちらりと振り返った。
「ゲートを抜けてロウライン!」
アシュアは呆然としているセレスの腕をひっぱった。
カインがゲートのセキュリティを銃で破壊し、4人はライン棟の中へ走り込んだ。
後ろでエレベータのドアが開き数人の足音が聞こえたが振り返らなかった。
「もしかしたら『ビート』のやつが来ているかもしれない」
アシュアは走りながら呻いた。
ケイナは走りながら片っ端から天井に設置してある監視カメラを撃っている。
「いま人を殺したら、そのことを理由にカインとアシュアが追われる。逃げることだけに集中しろ」
セレスに言うケイナの言葉にカインとアシュアが走りながら顔を見合わせた。
そんなことは当の自分たちは全く考えもしなかった。
それにしても妙に静まり返っている。これだけ監視カメラを撃っても非常警報さえ鳴らないところを見ると、こういう事態になることは想定内だったのだろう。
4人はハイラインの棟を抜けてロウラインの棟に向かって走った。
さっきのゲートと反対のゲートに誰もいないとは思えなかったが、『ライン』の中で『ビート』のメンバーが撃ってくる可能性は低い。
「待て!」
ケイナは背後に誰も追ってくる様子がないことを確認して立ち止まった。
「どうした」
アシュアが言った。
「いくらあっち側でもエレベータを使うのは危険が高い。ほかから脱出しよう」
「ほかから脱出ったって……」
ケイナは笑った。
「簡単だ。もう一度戻るんだよ」
「ばかな……」
アシュアは目を剥いた。
「相手はおれたちがガキだと思って舐めてる。どんなにトウ・リィが事前に言ってたところで そんなもんさ」
そしてケイナは上を見上げた。まだ撃っていないカメラの範囲内には入っていない。
「彼らはぼくたちのようにライン生のいる棟を抜けては来ない。きっと人のいないメインの廊下を抜けて最短距離であっちに向かっているはずだ。戻るぞ!」
カインがケイナに同意した。 4人は再び走ってきた廊下を戻り始めた。
「だからさっき監視カメラを撃っていたの?」
セレスは尋ねた。しかしケイナはそれには答えなかった。
そしてふいにケイナは向きを返ると所長室に向かった。
「どこへ行くつもりだ!」
カインが叫んだ。ケイナの行動は本当に予測がつかない。
「所長室の後ろに専用のエレベーターがある。そいつを使う」
ケイナは言った。
「そんな無茶な……! 所長がいたらどうするんだ!」
アシュアの仰天した声にケイナはぴたりと足をとめて3人を振り返った。
「無視」
ケイナは笑った。カインはその顔の恐ろしさに思わずぞっとした。
「万が一のために兵士の数人くらいはいるだろうが、所詮さっきの奴らと同じレベルだ」
「ケイナ……」
セレスは震える声で言った。
「人を殺すことだけはしないで!」
「殺さないよ」
ケイナは答えた。
「ここにいるおまえ以外の人間にはそれができる」
ケイナは再び3人に背を向けた。
「向こうがこっちの動きに気づくまで1分。走るぞ!」
その声で彼らは再び走り始めた。
所長室の前に来るとケイナはセキュリティプレートを銃で吹き飛ばし、中に入るやいなや、数発撃った。
カインとアシュアが相手をとらえる時間もなかった。彼らがケイナの後ろから部屋に入ったときには所長自身が青い顔をして両手をあげ、彼の足元に2人の兵士が転がっている光景だった。
「狙ってねえじゃねえか……」
アシュアはつぶやいた。
目が対象を捕らえる前にもう銃を発射している。ケイナの底知れぬ力をまざまざと見せつけられた気分だった。
「エレベーターのセキュリティを外してください」
ケイナは銃口を向けて口調だけは冷静に言った。
ラインの所長は昔中央塔の警備隊で指揮官まで務めた男だ。『ライン』の生徒が銃口を向けたからといって動揺するような人間ではない。
彼は白髪まじりの首を横に振ったが、それでもケイナの迫力にはさすがに恐怖を覚えて頬を痙攣させていた。
「ばかなことをするもんじゃない」
かろうじてそう言ったが、ケイナはその言葉が終わる前に彼の手元に向かって銃を発射していた。インターホンの小さなボックスが弾け飛んだ。
「動く前におれは撃つ」
ケイナは言った。相手の頬がさらにぴくりと動いた。
「ケイナ…… 所長を撃っちゃだめだ」
セレスは震える声でケイナの背後から懇願するように言った。
「腕、吹っ飛ばすくらいの決心はついてるよ。死なない程度に」
カインはすばやく所長のデスクを周り、部屋のバックヤードに入った。そこにエレベータがある。
セキュリティを解除するつもりだった。
所長と押し問答が長引くのはほかの人間が来る危険性もあるし、ケイナが本当に撃ってしまう可能性があった。
「迎えに来たのはセレス・クレイだ! なぜ、きみたちが……」
所長の顔は怒りで顔を真っ赤だ。
ケイナはそれには答えなかった。
「ケイナ! 開いた!」
カインが叫んだ。
アシュアはカインの声を聞いてセレスの腕を引っ張り、エレベーターに向かった。
それを見送ったケイナは思い切り所長の顔を殴り飛ばした。彼は大きな音をたてて倒れ込んだ。
「すみません、所長……」
ケイナはつぶやくとエレベーターに向かった。
「ケイナ、早く!」
カインがエレベーターの前で待っていた。アシュアとセレスは先に乗り込んでいる。
ケイナが乗り込んだあと、それに続こうとしていたカインがいきなり呻き声とともにがっくりと膝をついた。
ケイナが振り返った。
「カイン!」
アシュアが叫んだ。カインの腕から血が吹き出している。
カインの背後に背の高い見たこともない男が立っているのを見て3人はぎょっとした。男の手に握られた鋭いナイフからしたたって赤いしずくは、きっとカインの血だ。
「おまえも『ビート』なら同じ『ビート』を甘く見るな」
低い男の声にアシュアはごくりと唾を飲み込んだ。カインが青い顔をして叫んだ。
「行け!!」
その声で反射的にアシュアはエレベータのドアのボタンを押した。
しかし男はカインを押しのけるとエレベータのドアにしがみついた。無情にもドアは障害物を感知して再び開いてしまった。
ケイナがセレスの腕を掴み、頭をかばうように抱き締めた。その途端、銃の発射音が響いた。
「セレス、もうちょっとしっかりしろ」
セレスの腕を掴みもう片方の手でハンドルを握りながらケイナは言ったが、それでもセレスは滑り落ちてしまいそうだった。
見るに見兼ねてアシュアがケイナのヴィルの後ろについた。
「なんか、こんなの初めて…… 気を許すとまた寝ちゃいそうなんだ……」
セレスはぼんやりとした様子でつぶやいた。そしてケイナの背に顔を押しつけた。
「ケイナの背中、あったかい…… 気持ちいい……」
それを聞いたケイナの顔にかっと血が昇った。
「ふざけたこと言ってんじゃねえ! 突き落すぞ!」
振り向きざまに怒鳴りつけた途端、セレスの体がぐらりと傾き、アシュアが慌てて腕を伸ばして怒鳴った。
「こらあ! 空中でケンカすんな!」
セレスはくすくす笑った。
「良かった…… いつものケイナ」
アシュアが目を向けると、ケイナは赤くなった顔を見られまいと顔をそらせた。
カインは終始無言のままだった。
『中央塔』に着くといつもの駐車場にヴィルを停め、4人はエントランスに向かった。
エレベーターの中に入る頃にはセレスは少ししゃんと立っているようになった。
「目が覚めたか」
気づかわしげにケイナに言われてセレスはうなずいた。
「向こう出たときよか、だいぶん頭がはっきりしてきた。なんかものすごく長い夢を見てたような気がする。今、何時?」
「午前11時前だ」
カインが腕の時計を見て言った。
「おれたちどうなるのかなぁ」
セレスは頭をくしゃくしゃと掻きながらつぶやいた。
「とりあえず教官室に直行だな」
カインは答えたが、その予想は外れた。
4人はラインのある階にエレベーターが止まったのを確認してドアから出た。
そして立ち止まった。目の前に3人の男が立っていた。見なれない制服だ。
全身が黒ずくめで頭には顔の上半分を覆うのヘルメットを被っているので口元しか見えない。
「私設警備兵?……」
カインがつぶやくのがケイナとアシュアには聞こえた。
「背の低い子だ」
まん中の警備兵の声に残りのふたりが素早くセレスの腕をつかんだ。
「何をする!」
ケイナがその手を振りほどき、アシュアとカインもセレスの前に立ちはだかった。
「法的な手続きは踏んでいます。こちらがその証明書になります」
真ん中の兵士ははていねいな口調で言った。
空中の仮想モニターに3枚の書面が浮かび上がる。
「こちらが政府の委任状、こちらの2枚がセレス・クレイ養家コロアド氏、ハルド・クレイ氏の承諾書です」
「承諾書? なんの」
カインが眉をひそめた。
「『リィ・カンパニー』管理下において、『ホライズン研究所』にお迎えすることとなります」
「ちょっと待ってくれ。トウ・リィに話をさせてくれないか。ぼくはカイン・リィだ」
「存じあげています」
兵士は答えた。
「ですがあなたにはこの件についての権限はないとうかがっています」
「な……」
カインは怒りの目で兵士を睨みつけた。
兵士がセレスに再び腕を伸ばしかけたので、カインは反射的にその腕を掴んだ。
「トウ・リィに連絡をとらせろ。こんなことは……」
カインの言葉がいい終わらないうちに、ケイナがいきなり兵士を殴りつけ、あっという間にその腰の銃を奪い取っていた。そして残りのふたりのヘルメットを弾き飛ばし、床に叩きつけた。
「ケイナ!」
セレスが悲鳴をあげた。
「うっとうしい」
ケイナは言った。
「ごちゃごちゃ口で言って通用するかよ」
「なんて速さだ……」
アシュアはそう言いながらも床に倒れた兵士の腰から銃を引き抜いた。
「トウに伝えろ。セレス・クレイは渡せない。もちろんケイナもだ」
カインもさっきまで自分の前にいたはずの床に転がった兵士から銃を奪いながら言った。
「ご子息、無駄です」
ケイナに銃を奪われた兵士は口端から血を流しながら言った。
「どうかな」
カインはそう言って3人をちらりと振り返った。
「ゲートを抜けてロウライン!」
アシュアは呆然としているセレスの腕をひっぱった。
カインがゲートのセキュリティを銃で破壊し、4人はライン棟の中へ走り込んだ。
後ろでエレベータのドアが開き数人の足音が聞こえたが振り返らなかった。
「もしかしたら『ビート』のやつが来ているかもしれない」
アシュアは走りながら呻いた。
ケイナは走りながら片っ端から天井に設置してある監視カメラを撃っている。
「いま人を殺したら、そのことを理由にカインとアシュアが追われる。逃げることだけに集中しろ」
セレスに言うケイナの言葉にカインとアシュアが走りながら顔を見合わせた。
そんなことは当の自分たちは全く考えもしなかった。
それにしても妙に静まり返っている。これだけ監視カメラを撃っても非常警報さえ鳴らないところを見ると、こういう事態になることは想定内だったのだろう。
4人はハイラインの棟を抜けてロウラインの棟に向かって走った。
さっきのゲートと反対のゲートに誰もいないとは思えなかったが、『ライン』の中で『ビート』のメンバーが撃ってくる可能性は低い。
「待て!」
ケイナは背後に誰も追ってくる様子がないことを確認して立ち止まった。
「どうした」
アシュアが言った。
「いくらあっち側でもエレベータを使うのは危険が高い。ほかから脱出しよう」
「ほかから脱出ったって……」
ケイナは笑った。
「簡単だ。もう一度戻るんだよ」
「ばかな……」
アシュアは目を剥いた。
「相手はおれたちがガキだと思って舐めてる。どんなにトウ・リィが事前に言ってたところで そんなもんさ」
そしてケイナは上を見上げた。まだ撃っていないカメラの範囲内には入っていない。
「彼らはぼくたちのようにライン生のいる棟を抜けては来ない。きっと人のいないメインの廊下を抜けて最短距離であっちに向かっているはずだ。戻るぞ!」
カインがケイナに同意した。 4人は再び走ってきた廊下を戻り始めた。
「だからさっき監視カメラを撃っていたの?」
セレスは尋ねた。しかしケイナはそれには答えなかった。
そしてふいにケイナは向きを返ると所長室に向かった。
「どこへ行くつもりだ!」
カインが叫んだ。ケイナの行動は本当に予測がつかない。
「所長室の後ろに専用のエレベーターがある。そいつを使う」
ケイナは言った。
「そんな無茶な……! 所長がいたらどうするんだ!」
アシュアの仰天した声にケイナはぴたりと足をとめて3人を振り返った。
「無視」
ケイナは笑った。カインはその顔の恐ろしさに思わずぞっとした。
「万が一のために兵士の数人くらいはいるだろうが、所詮さっきの奴らと同じレベルだ」
「ケイナ……」
セレスは震える声で言った。
「人を殺すことだけはしないで!」
「殺さないよ」
ケイナは答えた。
「ここにいるおまえ以外の人間にはそれができる」
ケイナは再び3人に背を向けた。
「向こうがこっちの動きに気づくまで1分。走るぞ!」
その声で彼らは再び走り始めた。
所長室の前に来るとケイナはセキュリティプレートを銃で吹き飛ばし、中に入るやいなや、数発撃った。
カインとアシュアが相手をとらえる時間もなかった。彼らがケイナの後ろから部屋に入ったときには所長自身が青い顔をして両手をあげ、彼の足元に2人の兵士が転がっている光景だった。
「狙ってねえじゃねえか……」
アシュアはつぶやいた。
目が対象を捕らえる前にもう銃を発射している。ケイナの底知れぬ力をまざまざと見せつけられた気分だった。
「エレベーターのセキュリティを外してください」
ケイナは銃口を向けて口調だけは冷静に言った。
ラインの所長は昔中央塔の警備隊で指揮官まで務めた男だ。『ライン』の生徒が銃口を向けたからといって動揺するような人間ではない。
彼は白髪まじりの首を横に振ったが、それでもケイナの迫力にはさすがに恐怖を覚えて頬を痙攣させていた。
「ばかなことをするもんじゃない」
かろうじてそう言ったが、ケイナはその言葉が終わる前に彼の手元に向かって銃を発射していた。インターホンの小さなボックスが弾け飛んだ。
「動く前におれは撃つ」
ケイナは言った。相手の頬がさらにぴくりと動いた。
「ケイナ…… 所長を撃っちゃだめだ」
セレスは震える声でケイナの背後から懇願するように言った。
「腕、吹っ飛ばすくらいの決心はついてるよ。死なない程度に」
カインはすばやく所長のデスクを周り、部屋のバックヤードに入った。そこにエレベータがある。
セキュリティを解除するつもりだった。
所長と押し問答が長引くのはほかの人間が来る危険性もあるし、ケイナが本当に撃ってしまう可能性があった。
「迎えに来たのはセレス・クレイだ! なぜ、きみたちが……」
所長の顔は怒りで顔を真っ赤だ。
ケイナはそれには答えなかった。
「ケイナ! 開いた!」
カインが叫んだ。
アシュアはカインの声を聞いてセレスの腕を引っ張り、エレベーターに向かった。
それを見送ったケイナは思い切り所長の顔を殴り飛ばした。彼は大きな音をたてて倒れ込んだ。
「すみません、所長……」
ケイナはつぶやくとエレベーターに向かった。
「ケイナ、早く!」
カインがエレベーターの前で待っていた。アシュアとセレスは先に乗り込んでいる。
ケイナが乗り込んだあと、それに続こうとしていたカインがいきなり呻き声とともにがっくりと膝をついた。
ケイナが振り返った。
「カイン!」
アシュアが叫んだ。カインの腕から血が吹き出している。
カインの背後に背の高い見たこともない男が立っているのを見て3人はぎょっとした。男の手に握られた鋭いナイフからしたたって赤いしずくは、きっとカインの血だ。
「おまえも『ビート』なら同じ『ビート』を甘く見るな」
低い男の声にアシュアはごくりと唾を飲み込んだ。カインが青い顔をして叫んだ。
「行け!!」
その声で反射的にアシュアはエレベータのドアのボタンを押した。
しかし男はカインを押しのけるとエレベータのドアにしがみついた。無情にもドアは障害物を感知して再び開いてしまった。
ケイナがセレスの腕を掴み、頭をかばうように抱き締めた。その途端、銃の発射音が響いた。