ケイナは激しく咳込みしながら喘いだ。
「ケイナ!」
アシュアはケイナに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「なん…… だよ…… いったい……」
ケイナは息を喘がせながらアシュアを見た。
「なんで…… おまえたちが…… ここにいる?」
カインはおそるおそるセレスに近づき、彼の顔を覗き込んだ。そしてジェニファを振り返った。それを見たジェニファが近づいてセレスの顔に手を触れていたが、やがて顔をあげた。
「大丈夫よ。呼吸はちゃんとしてるわ。命に別状ない」
ケイナはそれを聞くなり怒りに燃えた目で3人を見た。
「何があったんだ……」
「ケイナ…… その…… ちょっと計算違いがあったんだ」
アシュアがそう言いかけると、ケイナはすばやくアシュアの胸ぐらを掴んだ。
「何があったのかって聞いてんだよ!!」
怒鳴って再び咳き込んだ。
「ケイナ、彼から手を放して。こんなことになったのは私の責任なのよ」
ジェニファが慌てて言った。
ケイナは眉をひそめてジェニファを見た。
「おれ…… か……?」
ケイナは困惑したように言った。
「おれが何かしたのか……?」
手が力なくアシュアから離れた。
「ケイナ、悪く思わないでくれよ……。 こうしなくちゃ、おまえはセレスに首絞められて殺されるところだったんだ……」
アシュアは申し訳なさそうに言った。
「いや、あの…… その前にはおまえがセレスを殺そうとしてたんだ……」
ケイナは自分の喉元を押さえた。
「嘘だ……」
力なくそう言うと、がっくりとベッドに腰をおろした。
「またあいつが出てきたのか……?」
「ケイナ」
ジェニファはケイナに近づくと、床にひざまづいて彼の顔を覗き込んだ。
「私がいけなかったのよ。あなたにあそこまで凶暴な人格があるなんて予想していなかったの。分かっていたらもっと深く催眠状態にしていたわ」
「催眠状態……」
ケイナはつぶやいた。
「おれに催眠術をかけたのか? なんで……?」
「きみを助けたかったんだ……」
カインが沈痛な面持ちで答えた。ケイナはカインをちらりと見て首を振って目を伏せた。
「ケイナ、あなたは自分の中に隠れてる自分に勝たなくちゃいけないわ」
ジェニファは言った。
「あなたには闇しか見ないあなたと、滅亡しか見ないあなたと、そして光を求めようとするあなたと、3人の人格が同時に入っているのよ。本当のあなたは今ここにいるあなたよ。セレスのことを大切に思い、生きたいと願うあなたなの。分かる?」
「頭の中がざわつく……」
ケイナはこめかみを押さえた。
「おれ、いったい何をしゃべったんだ……?」
「ケイナ、落ち着いて。あなたはこのままだと自分を殺すか、すべてを敵に回して生きていくかのどちらかしかないのよ」
アシュアもカインも黙ってケイナを見つめた。
「今ね、あの子が凶暴なあなたを吸い取っちゃったのね。あんまりにも急激に吸い取ってしまったからゆっくり眠らなくちゃ」
ジェニファはセレスを見て言った。
「でも、全部吸い取ったわけじゃないのよ。本体はまだあなたのここにいる」
彼女はケイナの胸を指差した。
「ここにいる闇のあなたはひたすら自分を解放したがっているわ。そしてもうひとりのあなたが必死になってそれを阻止しようとしている。自らの命を絶ってまでもね。どちらに転んでもあなたは不幸になるだけだわ。そこから抜け出す鍵を担うのはたぶんあの子なのね……」
ジェニファはセレスに再び目を向けた。
「ケイナ、あなたは本能的にあの子が必要だと悟っていたの。彼はあなたの中から邪悪な部分をきっと取り去る力があるんだと思う。それが消えれば残りのほうもきっといなくなるわ。いる必要がなくなるもの」
「ケイナ」
カインが口を挟んだ。
「きみの中のひとりはセレスを殺すように暗示をかけてるんだ。……ユージーに……」
「え?」
ケ イナはカインを見た。
「ユージーに…… 暗示?」
カインはうなずいた。
「暴走体のきみは自分を殺す暗示をセレスに摺り替えている。暗示を解かないとセレスは死ぬことになる」
「そんな…… そんな覚えは……」
ケイナはつぶやきかけて黙り込んだ。
記憶がないのは当たり前だった。自分ではない自分がかけた暗示など知るはずもない。
「なんにしても、荒っぽいもうひとりのおまえはおとなしく『ホライズン』に行く気はないようだぜ」
アシュアは言った。
「焦ってるみたいだ。そいつは、早く自分がおまえの主になりたがってるんだよ。だから自分に対峙するセレスが邪魔だと思ってるんだ」
ケイナはそれを聞いてもただ呆然としたような表情を浮かべていた。
自分ではない自分が、自分の意思とは全く違うことを話したり行動したりすることは感づいていた。
暴走した自分がまさにそうだった。
しかし、感情が高揚するあまり自分で自分がコントロールできない状態で、まさか別の人格に自分が乗っ取られているなどとは思ってもいなかったのだ。
「ケイナ、頑張って闇の部分を追い払いましょう」
ジェニファは言った。
「言ったはずよ、セレスにはあなたの闇の部分を消す力があるって。セレスが目覚めたらもう一度ふたりを催眠状態にするの。そしてセレスの意識をあなたの中に送り込むのよ」
「ケイナの体の中でセレスとあいつを戦わせる? そんなことできるのか?」
アシュアが目を細めた。ジェニファはうなずいた。
「そうよ。れっきとした治療法で確立されているわ」
「失敗したら?」
ケイナは言った。
「失敗しないようにするしかないわ。セレスとあなたでお互いの信頼関係を今以上に築くことね。あなたがセレスを大切に思う力が強ければ強いほどセレスが勝つ可能性が高くなるわ」
ケイナの目に不安の色が浮かんだ。
そんなことを言われても具体的にどうすればいいのか分からないからだ。
そのときアシュアが横にいたカインをつついた。
「ブロードから通信が入ってる」
アシュアは腕にはめた通信器を指差して言った。カインは顔をしかめた。
「早くふたりを見つけて戻って来いと言ってる」
「ジェニファ」
カインは言った。ジェニファは顔をあげてカインを見た。
「ふたりは『ライン』に戻らないといけない。『ライン』を追放されたら、その時点でケイナは『ホライズン』送りになるんだ」
「それはまずいわね」
ジェニファは立ち上がった。
「本当はこのまま帰らないほうがいいんだけど……」
ジェニファはカインとアシュアを見たが、ふたりともそれはできない、という表情を浮かべた。
ジェニファはため息をついた。
「ケイナ、昨日からまた夢が変わったの。たぶん、闇の部分のあなたが明確になったからよ。でも、執拗に追ってくるわ。だから逃げて欲しいの」
ケイナはジェニファを見上げた。なんと言えばいいのか分からなかった。
カインはジェニファの「闇」という言葉が辛かった。
ジェニファもアシュアも自分がケイナの敵であるとは全く思っていないようだが、ケイナのあの反応はカインの心に深く刻みつけられた。
自分はケイナの心の中では敵だと思われている。敵だと……。
「セレスはあとどれくらいで目覚める?」
アシュアがカインの様子をちらりと横目に見ながら尋ねた。
「本当は半日くらい寝かせてやりたいんだけど……。このさいだから覚醒させるわ。体力のある子だから大丈夫でしょう。しばらく体がふらつくと思うから気をつけてね」
カインは自分の腕から通信機を外した。何か調整をしたあとジェニファに渡した。
「ジェニファ、これを持っててください。アシュアの通信機にアクセスできるようにしてあります。とりあえず向こうに戻ってから、またコンタクトします。あなたには聞きたいことがたくさんある。ここのランプが点滅したら、こっちのボタンを押してください。それで話せますから」
「分かったわ」
ジェニファはうなずいて通信機を受け取った。
「それじゃあ悪いけれど、あっちの部屋に行っててくれる?」
彼女の言葉にケイナは立ち上がり、カインもアシュアも寝室をあとにした。
「カイン」
リビングでケイナはカインに声をかけた。
「なんでおれとまっすぐに目を合さない? おれはおまえに何かひどいことを言ったのか?」
カインは思わず言葉に詰まった。アシュアが心配そうにふたりを見た。
「手に…… 感触が残ってる……。おれはセレスの首だけじゃなくて、おまえまで殺そうとしたんじゃないのか……?」
カインはしばらくケイナの顔を見たあと、首を振った。
「いや。そんなことはない。心配するな。きみは自分のことを考えていればいい。ぼくらは必ずきみを守るから」
ケイナは疑わしそうにカインを見ていたが、それ以上何も言わなかった。
アシュアはカインの首元に残っているケイナの指のあとに気づいていた。
それをケイナが見ていないはずはなかったが、ケイナもその事実を知ることが怖くてたまらないのだ。
しばらくしてジェニファが寝室から出てきた。
「セレスが目覚めたわ」
彼女のうしろでセレスが意識のはっきりしないような顔で立っていた。
「なんでみんな揃ってるの……?」
セレスはくぐもった声で顔をこすりながら言った。
足を踏み出そうとしたとたんにつまづいて前に倒れそうになった。それを慌てて支えに走ったのはケイナだった。
カインの目にかすかに戸惑いの色が浮かんだのをアシュアは見逃さなかった。
「ごめん…… なんか、まだ頭がぼやっとしてるんだ……」
セレスは頭を押さえた。
「セレス、『ライン』に戻るぞ。ブロード教官が手ぐすねひいて待ってる」
アシュアが言うと、セレスはかすかに笑ってうなずいた。
「そうだね」
3人は部屋を出てヴィルの停めてある階下まで降りた。
見送りに来たジェニファは最後にカインに近づいた。そしてささやいた。
「ちょっと嫌な予感がするの。戻ったら何かあるかもしれない。気をつけて」
「ぼくもそれを感じていたところです」
カインはヴィルのエンジンをかけながら言った。
「見えていたの?」
ジェニファは驚いたようにカインを見た。
「バイクに乗ったときにちょっと嫌な光が見えたから……」
カインは何気ないように答えた。
「あなたは……」
ジェニファはカインを見つめて何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだようだった。
少し間を置いて彼女はうなずいた。
「自暴自棄にだけはなっちゃだめよ」
カインはジェニファを見てかすかに笑みを見せた。
ヴィルを少し浮かせ、最後にジェニファに軽く手をあげると、先に上昇していったケイナとアシュアのあとに続いた。
「みんな生きて帰ってきて……」
ジェニファは祈るような声でつぶやいた。
「ケイナ!」
アシュアはケイナに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「なん…… だよ…… いったい……」
ケイナは息を喘がせながらアシュアを見た。
「なんで…… おまえたちが…… ここにいる?」
カインはおそるおそるセレスに近づき、彼の顔を覗き込んだ。そしてジェニファを振り返った。それを見たジェニファが近づいてセレスの顔に手を触れていたが、やがて顔をあげた。
「大丈夫よ。呼吸はちゃんとしてるわ。命に別状ない」
ケイナはそれを聞くなり怒りに燃えた目で3人を見た。
「何があったんだ……」
「ケイナ…… その…… ちょっと計算違いがあったんだ」
アシュアがそう言いかけると、ケイナはすばやくアシュアの胸ぐらを掴んだ。
「何があったのかって聞いてんだよ!!」
怒鳴って再び咳き込んだ。
「ケイナ、彼から手を放して。こんなことになったのは私の責任なのよ」
ジェニファが慌てて言った。
ケイナは眉をひそめてジェニファを見た。
「おれ…… か……?」
ケイナは困惑したように言った。
「おれが何かしたのか……?」
手が力なくアシュアから離れた。
「ケイナ、悪く思わないでくれよ……。 こうしなくちゃ、おまえはセレスに首絞められて殺されるところだったんだ……」
アシュアは申し訳なさそうに言った。
「いや、あの…… その前にはおまえがセレスを殺そうとしてたんだ……」
ケイナは自分の喉元を押さえた。
「嘘だ……」
力なくそう言うと、がっくりとベッドに腰をおろした。
「またあいつが出てきたのか……?」
「ケイナ」
ジェニファはケイナに近づくと、床にひざまづいて彼の顔を覗き込んだ。
「私がいけなかったのよ。あなたにあそこまで凶暴な人格があるなんて予想していなかったの。分かっていたらもっと深く催眠状態にしていたわ」
「催眠状態……」
ケイナはつぶやいた。
「おれに催眠術をかけたのか? なんで……?」
「きみを助けたかったんだ……」
カインが沈痛な面持ちで答えた。ケイナはカインをちらりと見て首を振って目を伏せた。
「ケイナ、あなたは自分の中に隠れてる自分に勝たなくちゃいけないわ」
ジェニファは言った。
「あなたには闇しか見ないあなたと、滅亡しか見ないあなたと、そして光を求めようとするあなたと、3人の人格が同時に入っているのよ。本当のあなたは今ここにいるあなたよ。セレスのことを大切に思い、生きたいと願うあなたなの。分かる?」
「頭の中がざわつく……」
ケイナはこめかみを押さえた。
「おれ、いったい何をしゃべったんだ……?」
「ケイナ、落ち着いて。あなたはこのままだと自分を殺すか、すべてを敵に回して生きていくかのどちらかしかないのよ」
アシュアもカインも黙ってケイナを見つめた。
「今ね、あの子が凶暴なあなたを吸い取っちゃったのね。あんまりにも急激に吸い取ってしまったからゆっくり眠らなくちゃ」
ジェニファはセレスを見て言った。
「でも、全部吸い取ったわけじゃないのよ。本体はまだあなたのここにいる」
彼女はケイナの胸を指差した。
「ここにいる闇のあなたはひたすら自分を解放したがっているわ。そしてもうひとりのあなたが必死になってそれを阻止しようとしている。自らの命を絶ってまでもね。どちらに転んでもあなたは不幸になるだけだわ。そこから抜け出す鍵を担うのはたぶんあの子なのね……」
ジェニファはセレスに再び目を向けた。
「ケイナ、あなたは本能的にあの子が必要だと悟っていたの。彼はあなたの中から邪悪な部分をきっと取り去る力があるんだと思う。それが消えれば残りのほうもきっといなくなるわ。いる必要がなくなるもの」
「ケイナ」
カインが口を挟んだ。
「きみの中のひとりはセレスを殺すように暗示をかけてるんだ。……ユージーに……」
「え?」
ケ イナはカインを見た。
「ユージーに…… 暗示?」
カインはうなずいた。
「暴走体のきみは自分を殺す暗示をセレスに摺り替えている。暗示を解かないとセレスは死ぬことになる」
「そんな…… そんな覚えは……」
ケイナはつぶやきかけて黙り込んだ。
記憶がないのは当たり前だった。自分ではない自分がかけた暗示など知るはずもない。
「なんにしても、荒っぽいもうひとりのおまえはおとなしく『ホライズン』に行く気はないようだぜ」
アシュアは言った。
「焦ってるみたいだ。そいつは、早く自分がおまえの主になりたがってるんだよ。だから自分に対峙するセレスが邪魔だと思ってるんだ」
ケイナはそれを聞いてもただ呆然としたような表情を浮かべていた。
自分ではない自分が、自分の意思とは全く違うことを話したり行動したりすることは感づいていた。
暴走した自分がまさにそうだった。
しかし、感情が高揚するあまり自分で自分がコントロールできない状態で、まさか別の人格に自分が乗っ取られているなどとは思ってもいなかったのだ。
「ケイナ、頑張って闇の部分を追い払いましょう」
ジェニファは言った。
「言ったはずよ、セレスにはあなたの闇の部分を消す力があるって。セレスが目覚めたらもう一度ふたりを催眠状態にするの。そしてセレスの意識をあなたの中に送り込むのよ」
「ケイナの体の中でセレスとあいつを戦わせる? そんなことできるのか?」
アシュアが目を細めた。ジェニファはうなずいた。
「そうよ。れっきとした治療法で確立されているわ」
「失敗したら?」
ケイナは言った。
「失敗しないようにするしかないわ。セレスとあなたでお互いの信頼関係を今以上に築くことね。あなたがセレスを大切に思う力が強ければ強いほどセレスが勝つ可能性が高くなるわ」
ケイナの目に不安の色が浮かんだ。
そんなことを言われても具体的にどうすればいいのか分からないからだ。
そのときアシュアが横にいたカインをつついた。
「ブロードから通信が入ってる」
アシュアは腕にはめた通信器を指差して言った。カインは顔をしかめた。
「早くふたりを見つけて戻って来いと言ってる」
「ジェニファ」
カインは言った。ジェニファは顔をあげてカインを見た。
「ふたりは『ライン』に戻らないといけない。『ライン』を追放されたら、その時点でケイナは『ホライズン』送りになるんだ」
「それはまずいわね」
ジェニファは立ち上がった。
「本当はこのまま帰らないほうがいいんだけど……」
ジェニファはカインとアシュアを見たが、ふたりともそれはできない、という表情を浮かべた。
ジェニファはため息をついた。
「ケイナ、昨日からまた夢が変わったの。たぶん、闇の部分のあなたが明確になったからよ。でも、執拗に追ってくるわ。だから逃げて欲しいの」
ケイナはジェニファを見上げた。なんと言えばいいのか分からなかった。
カインはジェニファの「闇」という言葉が辛かった。
ジェニファもアシュアも自分がケイナの敵であるとは全く思っていないようだが、ケイナのあの反応はカインの心に深く刻みつけられた。
自分はケイナの心の中では敵だと思われている。敵だと……。
「セレスはあとどれくらいで目覚める?」
アシュアがカインの様子をちらりと横目に見ながら尋ねた。
「本当は半日くらい寝かせてやりたいんだけど……。このさいだから覚醒させるわ。体力のある子だから大丈夫でしょう。しばらく体がふらつくと思うから気をつけてね」
カインは自分の腕から通信機を外した。何か調整をしたあとジェニファに渡した。
「ジェニファ、これを持っててください。アシュアの通信機にアクセスできるようにしてあります。とりあえず向こうに戻ってから、またコンタクトします。あなたには聞きたいことがたくさんある。ここのランプが点滅したら、こっちのボタンを押してください。それで話せますから」
「分かったわ」
ジェニファはうなずいて通信機を受け取った。
「それじゃあ悪いけれど、あっちの部屋に行っててくれる?」
彼女の言葉にケイナは立ち上がり、カインもアシュアも寝室をあとにした。
「カイン」
リビングでケイナはカインに声をかけた。
「なんでおれとまっすぐに目を合さない? おれはおまえに何かひどいことを言ったのか?」
カインは思わず言葉に詰まった。アシュアが心配そうにふたりを見た。
「手に…… 感触が残ってる……。おれはセレスの首だけじゃなくて、おまえまで殺そうとしたんじゃないのか……?」
カインはしばらくケイナの顔を見たあと、首を振った。
「いや。そんなことはない。心配するな。きみは自分のことを考えていればいい。ぼくらは必ずきみを守るから」
ケイナは疑わしそうにカインを見ていたが、それ以上何も言わなかった。
アシュアはカインの首元に残っているケイナの指のあとに気づいていた。
それをケイナが見ていないはずはなかったが、ケイナもその事実を知ることが怖くてたまらないのだ。
しばらくしてジェニファが寝室から出てきた。
「セレスが目覚めたわ」
彼女のうしろでセレスが意識のはっきりしないような顔で立っていた。
「なんでみんな揃ってるの……?」
セレスはくぐもった声で顔をこすりながら言った。
足を踏み出そうとしたとたんにつまづいて前に倒れそうになった。それを慌てて支えに走ったのはケイナだった。
カインの目にかすかに戸惑いの色が浮かんだのをアシュアは見逃さなかった。
「ごめん…… なんか、まだ頭がぼやっとしてるんだ……」
セレスは頭を押さえた。
「セレス、『ライン』に戻るぞ。ブロード教官が手ぐすねひいて待ってる」
アシュアが言うと、セレスはかすかに笑ってうなずいた。
「そうだね」
3人は部屋を出てヴィルの停めてある階下まで降りた。
見送りに来たジェニファは最後にカインに近づいた。そしてささやいた。
「ちょっと嫌な予感がするの。戻ったら何かあるかもしれない。気をつけて」
「ぼくもそれを感じていたところです」
カインはヴィルのエンジンをかけながら言った。
「見えていたの?」
ジェニファは驚いたようにカインを見た。
「バイクに乗ったときにちょっと嫌な光が見えたから……」
カインは何気ないように答えた。
「あなたは……」
ジェニファはカインを見つめて何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだようだった。
少し間を置いて彼女はうなずいた。
「自暴自棄にだけはなっちゃだめよ」
カインはジェニファを見てかすかに笑みを見せた。
ヴィルを少し浮かせ、最後にジェニファに軽く手をあげると、先に上昇していったケイナとアシュアのあとに続いた。
「みんな生きて帰ってきて……」
ジェニファは祈るような声でつぶやいた。