ユージーに連れられて、カインはアシュアと一緒に軍機から出て現場まで歩いていった。
白夜の時期はもう終わりに近づいているらしい。暗くなってきた中に氷を照らす照明が美しく光っていた。
吐く息が白く霧のように流れる。
「医療関係の運営を担って欲しい」
ユージーは言った。
「必要なものがあって資金が足りないときは援助する。彼らは最初どうしても医療処置が必要になる」
カインはユージーの顔を見た。
「彼らのためだけじゃない。今後長期的に見たときに、必要か不必要かの決断人材がどうしても不足しているんだ」
カインはうなずいた。
「帰ったらすぐに検討を始めます。組織運営については時間を持って詰めていったほうがいいかもしれない」
冬眠、あるいは仮死保存か……。
カインはユージーから顔をそらせて目を伏せた。
結果的にふたりはそのどちらとも当たらずとも遠からずの状態で眠り続けていたのかもしれない。
それにしても長過ぎた。
半分凍った状態で一年以上も生命を維持できるなど不可能だ。
その不可能が可能になった奇跡が起こったとしても、低温と少ない呼吸、得られない生命維持の栄養、それらがふたりの体にいったいどれほどのダメージを与えているか予想しきれない。脳の損傷や、体の一部の欠落などは充分に考えられることだった。
それでも、自然は彼らを生かす道を選んだ……。
カインは上着のポケットに手を入れて、セレスのブレスレットを取り出した。
ユージーがそれを見て目を細めた。
「誤解しないでくれ。プロジェクトに関するものは、もうこれしかない。続けるつもりで残したんじゃないんだ」
カインは言った。
「この緑色の石は記録メディアだ。このブレスレットにはセレスの遺伝子情報が記録されてる。ケイナはたぶん自分のものを首にかけているはずだ。それを読めば治療の方法が見つかるかもしれない」
アシュアが心配そうにカインとユージーを交互に見た。
「……ぼくも、諦めきれなかったんだよ……」
カインの言葉にユージーはうなずいた。
「彼らの身体的機能の回復はチームを作って全面対処します。遺伝子治療のほうはアライドで、反プロジェクトの組織とつながりがあるのなら、そっちで解析して治療方法をフィードバックして欲しい。何にしても彼らの状態を見てからの判断になりますが。」
「解析したら焼却するぞ」
ユージーは言った。
「彼らの治療は彼らのためだけに。もうあとには残さないでください」
ユージーはしばらくカインの顔を見つめたあと、彼の手からブレスレットを受け取った。
カインはほっと息を吐いて照明に光る氷に目を移した。
「ユージー、ハルドさんは?」
ぽつりと漏らしたカインの問いにユージーは顔を曇らせた。
「『グリーン・アイズ』の特性を取り去った遺伝子は短命なんだよ。無茶されてるんだ。どうしようもなかった……」
「……」
「あの地震のときにはすでに遺伝子治療を始めてたらしいんだが、彼を地球によこしたのは、フォル・カートじゃない。クレイ指揮官自身の意志だったそうだ。……分かってればおれだってあんなに長居はさせなかった」
ユージーはかすかに悔しげな表情を浮かべて氷を見つめた。
「あの人がいなかったらおれはあいつらと一緒に氷の下に埋もれてた。あの人にとってもそうだったかもしれない。おれがいなけりゃ、無駄と分かってても離陸なんてしなかっただろうな」
カインとアシュアは無言でユージーの言葉を聞いていた。
ふたりの葛藤は見ていなくったって分かる。
「おやじはあの人を信頼していたし、おれもできれば一緒に仕事がしたかった。でも、今はもう動けない。。呼吸器なしじゃ動けないんだ。このままだと、あと2年ももたないかもしれない」
カインは束の間目を閉じたあと、顔をあげて空を見上げた。セレスは悲しむだろうな……。
命の期限。何もなくったって誰もが持っている。
ぼくらはいったいどれだけ生きるだろう。
生きている間にどのくらいのことができるのだろう。
「もう、夏は終わりだな。外の作業が厳しくなる」
ユージーがカインの視線の先を見てつぶやいた。その言葉にカインは初めて自分が見ていたものに気づいた。
「オーロラかよ。初めてだぜ」
アシュアがびっくりしたように言った。
「コミュニティはここからそう遠くないはずなのに見えなかったぜ。あいつらに教えてくる」
そう言って軍機に駆け出すアシュアをカインとユージーは見送り、顔を見合わせて少し笑った。
―― ラストシーンは未来に続く。彼らは時間を取り戻すだろう ――
トリの言葉を思い出した。
ケイナ、セレス。ぼくの声が聞こえるかい。
きみたちは目が覚めて、また最初からお互いを探していく。
大丈夫。きっとすぐに気づくだろう。
あんなに声を響かせていたふたりだ。
必ず命は続く。
ぼくも、ユージーも、アシュアも……
誰かの声を聞いて、誰かに声を届かせて生きていく。
「戻ろうか」
ユージーの言葉にカインはうなずいた。
END
白夜の時期はもう終わりに近づいているらしい。暗くなってきた中に氷を照らす照明が美しく光っていた。
吐く息が白く霧のように流れる。
「医療関係の運営を担って欲しい」
ユージーは言った。
「必要なものがあって資金が足りないときは援助する。彼らは最初どうしても医療処置が必要になる」
カインはユージーの顔を見た。
「彼らのためだけじゃない。今後長期的に見たときに、必要か不必要かの決断人材がどうしても不足しているんだ」
カインはうなずいた。
「帰ったらすぐに検討を始めます。組織運営については時間を持って詰めていったほうがいいかもしれない」
冬眠、あるいは仮死保存か……。
カインはユージーから顔をそらせて目を伏せた。
結果的にふたりはそのどちらとも当たらずとも遠からずの状態で眠り続けていたのかもしれない。
それにしても長過ぎた。
半分凍った状態で一年以上も生命を維持できるなど不可能だ。
その不可能が可能になった奇跡が起こったとしても、低温と少ない呼吸、得られない生命維持の栄養、それらがふたりの体にいったいどれほどのダメージを与えているか予想しきれない。脳の損傷や、体の一部の欠落などは充分に考えられることだった。
それでも、自然は彼らを生かす道を選んだ……。
カインは上着のポケットに手を入れて、セレスのブレスレットを取り出した。
ユージーがそれを見て目を細めた。
「誤解しないでくれ。プロジェクトに関するものは、もうこれしかない。続けるつもりで残したんじゃないんだ」
カインは言った。
「この緑色の石は記録メディアだ。このブレスレットにはセレスの遺伝子情報が記録されてる。ケイナはたぶん自分のものを首にかけているはずだ。それを読めば治療の方法が見つかるかもしれない」
アシュアが心配そうにカインとユージーを交互に見た。
「……ぼくも、諦めきれなかったんだよ……」
カインの言葉にユージーはうなずいた。
「彼らの身体的機能の回復はチームを作って全面対処します。遺伝子治療のほうはアライドで、反プロジェクトの組織とつながりがあるのなら、そっちで解析して治療方法をフィードバックして欲しい。何にしても彼らの状態を見てからの判断になりますが。」
「解析したら焼却するぞ」
ユージーは言った。
「彼らの治療は彼らのためだけに。もうあとには残さないでください」
ユージーはしばらくカインの顔を見つめたあと、彼の手からブレスレットを受け取った。
カインはほっと息を吐いて照明に光る氷に目を移した。
「ユージー、ハルドさんは?」
ぽつりと漏らしたカインの問いにユージーは顔を曇らせた。
「『グリーン・アイズ』の特性を取り去った遺伝子は短命なんだよ。無茶されてるんだ。どうしようもなかった……」
「……」
「あの地震のときにはすでに遺伝子治療を始めてたらしいんだが、彼を地球によこしたのは、フォル・カートじゃない。クレイ指揮官自身の意志だったそうだ。……分かってればおれだってあんなに長居はさせなかった」
ユージーはかすかに悔しげな表情を浮かべて氷を見つめた。
「あの人がいなかったらおれはあいつらと一緒に氷の下に埋もれてた。あの人にとってもそうだったかもしれない。おれがいなけりゃ、無駄と分かってても離陸なんてしなかっただろうな」
カインとアシュアは無言でユージーの言葉を聞いていた。
ふたりの葛藤は見ていなくったって分かる。
「おやじはあの人を信頼していたし、おれもできれば一緒に仕事がしたかった。でも、今はもう動けない。。呼吸器なしじゃ動けないんだ。このままだと、あと2年ももたないかもしれない」
カインは束の間目を閉じたあと、顔をあげて空を見上げた。セレスは悲しむだろうな……。
命の期限。何もなくったって誰もが持っている。
ぼくらはいったいどれだけ生きるだろう。
生きている間にどのくらいのことができるのだろう。
「もう、夏は終わりだな。外の作業が厳しくなる」
ユージーがカインの視線の先を見てつぶやいた。その言葉にカインは初めて自分が見ていたものに気づいた。
「オーロラかよ。初めてだぜ」
アシュアがびっくりしたように言った。
「コミュニティはここからそう遠くないはずなのに見えなかったぜ。あいつらに教えてくる」
そう言って軍機に駆け出すアシュアをカインとユージーは見送り、顔を見合わせて少し笑った。
―― ラストシーンは未来に続く。彼らは時間を取り戻すだろう ――
トリの言葉を思い出した。
ケイナ、セレス。ぼくの声が聞こえるかい。
きみたちは目が覚めて、また最初からお互いを探していく。
大丈夫。きっとすぐに気づくだろう。
あんなに声を響かせていたふたりだ。
必ず命は続く。
ぼくも、ユージーも、アシュアも……
誰かの声を聞いて、誰かに声を届かせて生きていく。
「戻ろうか」
ユージーの言葉にカインはうなずいた。
END